133話 案内と告白
学園長室に魔族が集合してからちょうど1日が過ぎた。放課後の生徒会室には私とジャック、ギル、そしてテッドが集まっている。テッドは約束通り黒猫の姿だ。
セシルは学園長に報告書の束を届けに向かったが、カロリーナは授業が長引いているらしい。とりあえずセシルが戻ってくるまで生徒会室で待つことにした。
目の前のジャックとギルは、さっそく受け取ったばかりの制服に袖を通している。私たちと同じ茶色に赤いラインが入った制服は彼らにもよく似合っていた。
――制服を身に着けると、さらに『攻略対象』らしいな。
褒め言葉になるか分からない感想は胸の中に留めつつ、そういえばと頭に浮かんだ疑問をジャックに投げる。
「君たちに家名はあるのか?」
名乗る機会はそれほど多くないかもしれないが、彼らは臨時入学という扱いになっている。家名がなければ先生方や生徒に不審がられてしまうかもしれない。
尋ねると、ジャックは思い出したようにポンと手を叩いた。
「俺らに家名はねえけど、こっちの世界では全員『レイヴン』を名乗らせてもらうことになるらしい。さっき魔道具を受け取る時に学園長に言われたんだ」
どうやら魔族である彼らが浮かないように、学園長が調べられても問題ない家名を用意してくれていたらしい。何から何まで任せてしまって申し訳ないが、勝手にクールソンの家名を名乗らせるわけにもいかない。
学園長に相談して良かったと思いつつ、彼らに目を向ける。彼らの居場所を探知するという魔道具は、金属製のリストバンドのようなものだった。
猫の姿になっているテッドも左腕に銀色の腕輪を嵌めている。人間の姿で付けていたはずだが、変身しても外れないらしい。
「ねー、この腕のって外しちゃ駄目なの?」
「駄目だ。外したら魔王様に迷惑がかかる」
不満そうにしているテッドをギルが宥めている。それを横目に見ながら、ジャックが口を開いた。
「それにしてもアレン、ありがとな。ほんとに助かった。学園入学が鬼門だと思ってたからさ。ゲームみたいに自動的に入れるわけねえし、俺だけじゃここまで来るのも無理だったぜ」
「私は何も……君が学園長を説得したようなものだろう。しかし、これからどうするんだ?」
続編の攻略対象である彼らの入学は無事に決まったが、その先についてはまだ何も聞いていない。ジャックは考える素振りをすると、声を落として言った。
「逆に聞きたかったんだけどよ。アレンは、どうやってエンディングまで辿り着いたんだ?」
「え?」
「乙女ゲームの攻略対象経験者だろ? 本編中はどうしてたんだ?」
「どう、って……」
そう聞かれると、何と答えるか迷ってしまう。腕を組んで首を傾げる。
――私が最も意識していたことといえば……。
「……『クール担当』らしくヒロインに接すること、だろうか」
改めて言うとなんとなく恥ずかしい。乙女ゲームらしさを損なわないように努めていたが、それが本当に必要だったかと問われると分からない。
前作に限っては結局ヒロインであるルーシーもヒロインらしいキャラを演じていただけだったし、実はあまり関係ないのかもしれない。
言葉に詰まっていると、ジャックは複雑な顔をした。
「キャラを保つってことか。まぁ確かにその性格だからこそ起こるイベントもあるだろうし、エンディングもキャラで決まる……のか?」
現実とゲームが違うのは彼も分かっているらしい。しかし去年のことを思い出すと、ゲームで起こっていたことはこの世界でも起こると考えて間違いないだろう。
実際マディは魔界の門を開けようと動いていたし、半強制的に遠征などの共通イベントも起こっていた。そう伝えると、彼は頭を抱えて呟いた。
「マジか。いや、俺様キャラらしい振舞いはできる気がしねぇなあ」
聞こえた単語にきょとんとしてしまう。思わず「俺様?」と聞き返すと、彼は大きく頷いた。
「ああ。元のゲームではギルが『ツンデレ』でテッドが『ヤンデレ』。俺は『俺様ドS』キャラの設定なんだよ」
女子って俺様キャラ好きだよな、と続けられて苦笑する。続編としてホリラバにはいないキャラが設定されていたのだろうか。これはさすがに難易度が高すぎる。
ジャックが幼い頃から関わっていたおかげでギルとテッドの性格は多少落ち着いているようだが、それもヒロインと出会ったら変わる可能性がある。
「ストーリーとしてはエミリアが成長していくことくらいしか覚えてねえけど、一応全ルートやったからな。ギルのルート以外メリバだったのは覚えてんだ」
「メリバって……」
「ああ、『メリーバッドエンド』な。ヒロイン監禁エンドとか共依存エンドとか。俺もあんまり知らなかったけど、乙女ゲームには普通にあるらしいぜ」
「そうなのか。知らなかった」
もしや私が知らないだけで、ホリラバにもそんなエンドがあったのだろうか。共依存は分からなくもないが、監禁エンドはバッドエンドと何が違うんだろう。
ホリラバ2では共通イベントがほとんどない代わりに、嫉妬や三角関係のイベントが起こりやすいらしい。うっかり彼のルートに行かないためにテッドを入学させなかったが、攻略対象が減ってもメリバエンドよりはマシだろうとのことだった。
――前作は初心者向けだったはずだし、難易度もかなり低かったんだな。
バッドエンド以外にも気を付けなければならないイベントが多かったら、うまく立ち回れなかったかもしれない。ホリラバはちゃんとハッピーエンドに落ち着いて良かったと思っていると、ジャックが苦笑いを浮かべて言った。
「まぁ乙女ゲームはどうしても女性向けって感じがするし、エンディングまでしっかりプレイしたことがある俺らの方が珍しいかもな」
そう言われ、ふと違和感を覚える。それが何故かと考える前に、彼は「つーわけで」と真剣な顔をしてさらに声を落とした。
「俺らがヒロインのエミリアと出会ったら、アレンにはギルのルートに誘導するサポートをしてほしいんだ。もちろん本人たちの気持ち次第なのは分かってるし、何もしなくても惹かれ合うかもしれねぇけど。ストーリーのエンディングをちゃんと覚えてねえから、とりあえず思い出すまでの保険というか」
「ギル? ……君のルートでは駄目なのか?」
単純に考えるとわざわざギルを誘導するより、前世の記憶を持っているジャックが自分で動いたほうがストーリー通りに進むだろう。彼の性格ならメリバエンドには行かないだろうし、エンディングに恋が必要でないことも分かっている。
ジャックは少し間を置いて、首を振った。
「できれば俺のルートには来てほしくねぇ。俺はもう心に決めた相手がいるからな。まぁ、この世界で会えるかどうかは分かんねぇんだけど」
彼は照れたように笑って胸を叩いた。予想外の言葉に目を丸くしてしまう。会えないかもしれない相手を心に決めているなんて、どれだけ強い想いなんだろう。
その相手を尋ねても良いのだろうかと迷っていると、軽いノックと共に生徒会室の扉が開いた。そこで話を止め、扉に顔を向ける。
「すまない、待たせたね。着替えが済んだなら校舎内の案内をしようか」
戻って来たセシルが、金髪を揺らして顔を覗かせた。
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「食堂は俺らも使っていいんですか?」
「生徒には違いないから、マナーを守っていれば自由に利用して構わないよ」
放課後の廊下を並んで歩きつつ臨時入学の彼らを案内する。黒猫のテッドは目を離すとどこかに行ってしまいそうだったため、ギルが抱えて運んでいた。
食堂には数人のメイドがいたが、生徒たちの姿はない。私がしようと思っていた説明を代わりに引き受けてくれたセシルは、ちらりとジャックを見て「それから」と付け加えた。
「君は彼らの長なんだろう。王族という立場も歳も同じだし、僕に敬語は不要だ」
「えっ? ……いいのか?」
ジャックは驚いていたが、すぐに敬語を外した。ギルとテッドの手前、敬語で話し続けることにどうしても違和感があったらしい。
彼に頷いて返すセシルの隣でこっそり胸を撫で下ろす。昨日は突然の情報に困惑しているようだったが、セシルもなんとか彼らを受け入れてくれたようだ。
しかし彼の立場を考えると簡単に判断できることではなかっただろう。王宮の監視が付いているとはいえ、決断を急かしてしまったことを申し訳なく思う。
生徒会長として先生方を誤魔化してくれたのも彼だった。ジャックは私のおかげだと言ってくれたが、セシルのおかげで上手くいったことも多い。
――彼には、また改めて礼をしなければ。
そんなことを考えていたところで中庭に着いた。私は1度も試したことがないが、食堂の食事は中庭に運ぶこともできるはずだ。ジャックとギルはここでテッドと昼食を取ろうかと話し合っている。
「これでだいたいの案内はできたかな。あとは図書館くらいだけど……」
と、セシルがそう言って辺りを見回した時だ。離れたところから声がした。
「みなさま、遅れてしまい申し訳ございません」
顔を向けると、講堂に続く道からカロリーナが赤い髪を揺らして駆け寄ってくるのが見えた。ようやく授業が終わったらしい。
彼女は数歩離れた位置で立ち止まると、ふわりとスカートを摘まんで礼をした。
「生徒会副会長のカロリーナ・スワローと申します。臨時入学の件は伺っておりますわ。生徒会として種族の件も存じておりますので、お困りの際はいつでもお声掛けください」
彼女には今朝のうちに臨時入学の彼らが魔族であることを伝えていた。最初は驚いていたが、意外とすんなり受け入れられた。魔族だからと偏見を持つようなことはしたくないらしく、積極的に彼らと関わることを決めたようだ。
案内に間に合わなくても挨拶だけはしておきたいと言っていたため、授業が終わってすぐ飛んできたのだろう。カロリーナは顔を上げて、にっこりと微笑んだ。
案内が終わる前で良かったと思いつつ、ジャックに顔を向ける。
「ジャック、彼女が残りの生徒会役員で……」
言い終わる前にジャックが動いた。それまで呆然とカロリーナを見詰めていたが、素早い動きで彼女に近寄る。
そしてカロリーナの手を取ると、力強く声を上げた。
「カロリーナ、好きだ! 俺と結婚してくれ!!」
へ? とカロリーナの口から珍しい声が漏れる。突然の告白に、その場の全員が彼らを眺めたままぽかんとしてしまう。
目を丸くして固まっている彼女に向かって、ジャックは続けた。
「俺は君に会うためにこの世界に生まれてきたんだ! 絶対に幸せにする。後悔させないから、俺と結婚してくれ!」
「え……あ、の……」
彼の表情から冗談ではないと分かったのだろう。カロリーナの顔がじわじわと赤くなる。彼女は数歩後退ると、慌てて手を引いて踵を返した。
「か、考えさせてくださいませ!!」
そのまま逃げるように走り去ってしまう。言葉を失っているセシルと顔を見合わせ、おそるおそるジャックに声をかける。
「まさか、君が心に決めた相手というのは……」
「ああ。カロリーナだ」
彼女が走って行った先をきらきらした目で見詰めたまま、ジャックは嬉しそうに笑った。
「セシルと出会った時にもしかしてとは思ったが、同じ世界の同じ時代に推しがいるなんてな。最高だ。こんなに早く会えると思ってなかったぜ」
「……しかし、いきなり告白は早すぎるんじゃないか?」
セシルとカロリーナが関係を解消した後だったからよかったが、婚約中だったらどうするつもりだったんだろう。万が一王子の目の前で彼の婚約者にプロポーズなんかしたら大問題になってしまう。
そう思ったが、ジャックは目をパチクリとして言った。
「だって、今言っておかないといつ死ぬか分かんねぇだろ?」
「え……」
「ちゃんと気持ちを伝えておけばよかったって後悔したくないからな」
その言葉に何も返せず口をつぐむ。転生者ということは、彼も1度死を経験しているということだ。今の行動はその経験から来るものだったのだろう。
私は正直、その時のことはあまり覚えていない。しかし彼は、死ぬ瞬間の後悔まで鮮明に覚えているのかもしれない。
「後悔、か」
隣からぽつりと呟きが聞こえる。視線を向けると、セシルがどこか思い詰めたような表情をしているのが目に入った。
そういえば彼にも想い人がいたはずだ。もしや今のジャックの告白に感化されたのだろうか。みんな恋をしているなんてすごいな、と心の中で小さく笑う。
――セシルも、その相手に告白をするつもりなんだろうか。
今度こそ邪魔をしないようにしなければ。昔から友達として傍にいたが、本当に彼の幸せを願うなら、いつまでも頼っているわけにはいかない。
何故か少しだけ感じた寂しさには、気付かないふりをした。