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12.5話 星見 ◇

「そろそろ電気消すよー」


 瑠海るみに声をかけて、スイッチを押す。ベッド横に置かれたランプ以外の電気が消え、部屋が暗くなった。窓とカーテンの隙間から少しだけ街灯の灯りが見える。ベッドに入ってスマホのアラームをセットしていると、瑠海が口を開いた。


「今日はめっちゃよかった。予定通り全部回れたし」

「そうだね。水族館に開館と同時に入ったの初めてだった」

「私も。着いたのがちょうどだったね」


 珍しく互いの連休が被ったため、急遽計画した瑠海との旅行。1泊2日という短い日程だったが、行きたいと思っていた場所はほぼ全部回ることができた。

 朝一で水族館に行って、そこから近所のカフェに行って、ショッピングして、夜はホテルのバーで飲んで。友達と2人で旅行するのは初めてだったが、何のトラブルもなく過ごせた。よかったと言ってもらえたのもなんだか嬉しい。


「楽しかったね。他のとこも行ってみたいわ、旅行」


 瑠海の言葉に布団の中で頷く。私もとても楽しかった。きっと一緒に他のところに行っても楽しいだろう。

 そこから、互いに行ってみたい場所を口にする。沖縄はまだ行ったことがないから行ってみたい。それなら私は四国に行きたい。北海道も気になるというように、少しずつ眠気を感じながら、思い思いに希望を述べる。


 そこでふと、テレビで見たとある島を思い出した。


「そうだ。私、星を見に行きたいんだよね。星が綺麗に見える島があるんだって」

「星かぁ」


 瑠海はランプの灯りを弱めながら、苦笑いを浮かべた。


「いやー、さすがにそれは恋人と行きたいかな。友達とはいいわ」

「あ……そう、だよね。確かに」

「もう寝る? ならランプ消すけど」

「うん、消していいよ」


 おやすみ、とランプの灯りが消える。寝る体勢に入った瑠海の背中を見て、どうして私はこんなにショックを受けているんだろう、と疑問に思う。


 綺麗な星は友達よりも恋人と見たい。別に何もおかしくはない。ロマンチックだし、きっと誰に聞いたって友達より恋人と見たいと言われるだろう。……でも、そうなったら。

 

――私は、1人で見るしかないのか。


 ただ親友と、思い出を共有したかっただけなんだけどな。

 心の中で呟いた言葉は、夜の静けさに包まれて消えていった。




===




「アレン、星を見に行かないかい?」


 クールソン家の屋敷でお茶をしていた時に、セシルが突然そう言った。最近は王妃様と母様に関係なく、こうしてセシルだけが遊びに来ることも増えた。一緒にクッキーをつまみながら直前まで違う話をしていたため、きょとんとしてしまう。


「星を?」

「ああ。今度、年に一度の星見祭があるだろう?」


 星見祭とは主に平民たちの祭りで、その日だけは夜は早めに仕事を終えて、ゆっくり星でも眺めましょうという日らしい。ちょうど流星群が見られる時季らしく、貴族たちの間でもその日は星を眺める習慣ができたそうだ。


 街で大きな祭りをするというよりは、恋人や家族と過ごすイベントらしい。その日のためにお酒やご馳走を買う人もいるのだとか。星見祭がゲームのセシルルートにあったかは覚えていないが、誰かのルートでは出てくるのかもしれない。


「毎年王宮から見ていたけど、今年は流星群の方角がいまいちでね。少し街から離れた高台で眺めようという話になっているんだ。それで、母上が君とクールソン夫人も一緒にどうかなって」


 父上は忙しいから来ないけど、とセシルが笑って紅茶を飲む。前世ではネットで話題になるたびに空を眺めていたが、この世界の流星群は見たことがない。

 アレンとしても、去年までは一人で見る気にもならず、気付いたら星見祭が終わっていた。だからその誘いは素直に嬉しかった。


「母様と相談してみないと分からないが、それは楽しそうだな。私も君と一緒に見たい」


 私がそう返すと、彼は嬉しそうに微笑んだ。夜は闇の魔力が強まるという話を本で見たことがあったのでそこは少し心配だったが、どうやら護衛として魔術師が付くらしい。念のため防御用の魔道具も用意されているようだ。

 さらに、国には魔物が出てこないよう結界が張られているため、そこまで心配しなくてもいいらしい。まぁ本編が始まったら普通に出てくるが、ということはひとまず置いておく。


 セシルを見送った後にさっそく母様に話してみたが、二つ返事で「行くわ!」と答えていた。早馬で手紙を出して、数日後の星見祭を待つ。

 晴れるといいなと思いながら、思った以上に楽しみにしている自分に気が付いた。



 そして、星見祭当日。


 王宮から迎えの馬車が来て、母様と共に乗る。今回はジェニーとナタリーも一緒に乗っていた。馬車を分けるという話も出ていたが、護衛対象を減らすためにもまとまっている。王宮の馬車は4人乗っても余裕があるほど大きかった。


 途中からセシルや王妃様が乗っている馬車と合流して、そのまま高台へと向かう。遠目に見える街もどこか浮き立っているようだ。ちらちらと馬車に視線を送る人達も、急ぎ足で家に向かっている。みんな今夜は同じ星空を眺めるのだろうかと思うと余計にわくわくした。


「アレン!」


 高台に着いて馬車から降りると、先に着いていたセシルが護衛のスティーブンと共に走ってきた。答える間もなく手を取られ、こっちだよ! と引っ張られる。セシルもかなり楽しみにしていたらしい。でも、まずは王妃様に挨拶をしなければ流石に失礼だろう。


「セシル、先に王妃様にご挨拶を」

「大丈夫さ。今日は公式の場じゃないし、気にしなくていいって母上も言っていたから」

「いや、そういうわけには……」


 答える間にも馬車から離れていく。慌てて振り返ると、馬車から降りて母様と話していた王妃様と目が合った。王妃様はくすりと笑った後、こちらに向かって微笑んで手を振ってくれた。申し訳ないと思いつつ一礼して、大人しくセシルに付いていく。


 向かった先は開けた場所だった。周囲より高いため、どこに星が流れてきても見えそうだ。そんな特等席に絨毯のようなものが敷かれていて、その上に大きなクッションがいくつか置いてあった。

 日本人の感覚で靴を脱ぎたかったが、セシルはそのまま進んでクッションに飛び込んだ。当然彼に手を引かれている私も一緒に飛び込むことになる。衝撃を覚悟したが、ふわふわのクッションに包まれてまったく痛くなかった。


「ごめんね。今日が楽しみで、我慢できなくて」


 仰向けになるように体勢を整えて、セシルは苦笑いを浮かべた。その気持ちはわからなくもない。私も今日が楽しみだった。

 ずっと昔に、誰かとこうやって星を眺めたいと思ったような気がする。それがいつだったのか覚えていないが、ようやく夢が叶うのだと思うとさらに期待が高まった。同じように仰向けになって「私もだ」と返す。


「誰かと一緒に星を眺めるのは、初めてだ」


 セシルは驚いたように目を丸くした。毎年星見祭をしているこの国で、そんなことを言うのは私くらいかもしれない。彼も毎年王宮から家族と共に見ていたのだろう。今年はそこに混ぜてもらえるのだから、彼と王妃様に感謝しなければ。

 それに、今年は母様も、ジェニーもナタリーも一緒だ。こんなに嬉しいことはない。


 少しずつ周りに人の気配が増えてくる。魔術師の護衛が配置に付き、王妃様や母様も用意された椅子に座った。メイドたちはてきぱきとお茶やお酒の用意をしている。護衛兵も周りを固めつつ、みんな時々同じように上を向き、流星群を待っていた。


 星はどこに流れてくるのだろうと暗くなってきた空を眺めていると、セシルが口を開いた。


「……本当はね、君には断られるかもしれないと思ってたんだ。星を見ること自体には興味がない男性も多いから」


 思わず顔を向ける。

 こっちを見ていた彼は、嬉しそうに笑った。


「だから、嬉しいよ。君と一緒に見られることが」


 彼に応えようとしたその時、誰かが「あ」と声を漏らした。それにつられるように空を向く。暗闇の中に一筋白い光が通ったと思えば、その光を追いかける形で何本も線が走り出した。


 わあ、と歓声が上がる。青白く輝くものもあれば、黄色のように見えるものもあった。前世の流星群と言えば1時間に数個見ることができれば良いくらいだったが、この世界は違うらしい。

 流星群の名の通り、群れのように空のあちこちに連続して流れる星を目で追いかける。すごい、という感想は口の中だけで消えていった。つい黙って眺めてしまう。それは隣にいるセシルも同じようだった。


 空が流れているのか自分たちが動いているのか分からなくなるほど一斉に星が走って行った後、今度は間をあけて時々星が流れるようになった。

 さっきまで流星群に気を取られていてあまり目に入っていなかったが、それ以外の星もとても綺麗だ。街の明かりが届かないからか、公爵家の屋敷から見るのとは全く星の数が違っている。


 闇の中できらきらと輝くたくさんの星に囲まれて、宇宙にいるみたいだと思った。このまま空に吸い込まれてしまいそうで、気付いたらどちらからともなくセシルと手を繋いでいた。


「綺麗だね」


 呟くようにセシルが言った。星から目を離さずに、頷いて返す。彼からは見えていないかもしれないが、それ以上私もセシルも何も言わなかった。母様や王妃様も黙って星を見ているのか、とても静かだ。


 星が流れていく音が聞こえてきそうな空を眺めていると、ふと前世でプラネタリウムを見た時のことが頭に浮かんだ。声をかけた友人たちと予定が合わず、結局1人で行った。人工の星も綺麗だったが、宇宙の広さと共に妙な孤独感と寂しさを感じて怖くなった記憶がある。


――こんなに美しいのに、どうして怖くなるんだろう。


 この闇の先が、どこまで続いているかわからないからだろうか。怖いというより不安なのかもしれない。

 先が見えない不安。前世の記憶を持っている今だってそうだ。これからどうなっていくのか、不安がないわけじゃない。もし記憶通りにストーリーが進んだとしても、私のせいで、門の封印が失敗するようなことがあったら……。


 そんなことを考えながら空を見ていると、セシルがぎゅっと手の力を強めた。彼も、なんともいえない不安を感じているのだろうか。それとも、また私の気持ちが伝わってしまったのだろうか。


 繋いだ手に不思議と安心感を覚えつつ、私も握り返す。いつかヒロインを支えるセシルの手は、まだ幼く小さい。私も彼も他の攻略対象たちも、ヒロインだってまだ子供なんだ。少しくらい、難しいことは考えずに今を楽しんでも罰は当たらないかもしれない。


 1時間くらい経っただろうか。星はまだ時々流れているが、静けさのせいか体勢のせいか、少しずつまぶたが重くなってきた。まだもっと綺麗な星空を見ていたいのに、子供の体はいうことを聞いてくれない。繋いでいない方の手で目を擦り、そういえばセシルの言葉に応えていなかったと思い出す。


「セシル」


 顔を横に向ける。しかし彼は既に夢の世界に旅立った後だったようで、すやすやと寝息を立てていた。それを見て、どうやら少し遅かったようだと苦笑する。視線を空に戻して、きっと聞こえていないだろうけど、と小さく笑って呟いた。


「私も同じだ。君と一緒に見られて嬉しいよ」




===




 仲良く手を繋いで眠っている子供たちを見て、クリスティナと顔を見合わせて笑う。普段よりまだ少し早い時間ではあるが、静かで暗い場所で横になっていたため耐えられなかったらしい。他の子供たちより大人びている2人でも、やっぱりこういうところは子供っぽいわねと微笑ましくなる。


「最近は王宮でもアレンの話ばかりしているのよ」


 そう言うクリスティナは嬉しそうだ。少し前まで愛想笑いばかり浮かべていたというセシル王子は、アレンと出会ってからよく笑うようになったらしい。王子としての教育はしっかり受けつつも年相応の子供らしさを取り戻したと、お茶会の度に彼女から話を聞いている。


 良い変化があったのはアレンも同じだ。あの子は今まで屋敷にこもりきりで、同じ歳の友人もいなかった。セシル王子と出会ってからは王宮に出かけることも増え、少し活発になった気がする。今日の星見祭だって、約束したあの日からずっとそわそわしているのが伝わってきていた。


「アレンもセシル王子のおかげで楽しそうにしているわ」

「もうすっかりお友達ね。ずっとこのまま仲良く成長してほしいものだわ」

「そうね。私たちのように」


 これからあの子たちがどんな風に成長していくのかはわからない。でも、願わくば大人になっても末永く続く友情であってほしい。今日の星見祭のことを、大人になった時にも話せるような友達のままであってほしい。

 そう願いながら星を眺める。去年まではベッドの中にいて、星を見る余裕なんてなかった。今こうして親友とお酒を飲めているのも、私の大事な息子のおかげだ。彼もいつか同じように、親友とグラスを並べるのだろうか。


「願いを込めて、彼らの友情に」


 クリスティナがお酒の入ったグラスを軽く持ち上げた。意図を理解して少しだけ驚いたが、今日は無礼講だと彼女が最初に言っていたのを思い出す。ふふ、と笑って私もグラスを持ち上げる。


「「乾杯」」


 グラスを合わせる綺麗な音が、小さく星空に響いた。

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