表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/196

132話 相談と信頼②

 学園長とジャックが向き合うようにしてソファーに座る。ジャックの隣には、それぞれギルとテッドが腰を下ろした。

 私とセシルは彼らの斜め後ろに置かれた椅子に座っている。学園長補佐の先生は戸惑いながらも人数分の紅茶を用意して、そっと部屋を出て行った。


――連日、学園長室に入ることになるとは。


 心の中で呟きつつ、口をつぐんで待機する。私とセシルはあくまで付き添いだ。

 廊下の気配も消えて完全に静かになった部屋で、ジャックが先に口を開いた。


「まずは、お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」


 そう言って躊躇(ためら)いなくぺこりと頭を下げる。彼は簡潔に自己紹介をすると、残りの2人の紹介を始めた。

 失礼な言い方だがとても『魔王』には見えない。前世の会社でのやり取りが頭に浮かび、もしかしたら彼も社会人だったのだろうかと親近感を覚える。


 学園長は少しだけ目を丸くして、微笑んだ。


「これはご丁寧に。マジックフォート学園の学園長、グレイと申します。お話は伺っておりますが、何故魔族を学園に入学させたいのか詳しくお聞かせ願えますか」


 それを聞いたセシルが隣で息をのむ。彼らが魔族だということは伝えたが、学園に入りたがっているというのは初耳だったはずだ。もう少しちゃんと時間をかけて説明したかったなと思いながら、ジャックの言葉に耳を傾ける。

 さすがに乙女ゲームのためと言うわけにはいかないだろう。ジャックは少し間を置いて話し始めた。


「実はここ数年、魔界には発生源不明の瘴気(しょうき)が増え続けているんです。魔族は大量の瘴気を取り込むと魔物のように凶暴化してしまいます。瘴気から離れれば元に戻りますが、元を絶たなければ繰り返すだけです」


 魔界に行った時、ギルから同じような話を聞いたことを思い出す。数年前から突然溢れ出した瘴気はあっという間に広がり、魔界は常に闇に覆われた暗い世界になってしまったらしい。

 魔族たちは外に出る回数を減らし、家に(こも)る生活を続けているという。


 でも、と彼はわずかに(うつむ)いた。


「瘴気……こちらでは闇魔力ともいうその力を完全に(はら)うことができるのは、聖魔力だけです。そして『魔族』は、聖魔力を持つことができません。その力を持っているのは『人間』だけなんです」


 それは知らなかった。思わずセシルと顔を見合わせる。つまり彼らはゲームを抜きにしても、聖魔力保持者を探すために人間界に来る必要があったということだ。

 ただ、それだけでは学園に入学する理由にはならない。ジャックはこほんと咳をして続ける。


「俺の考えとしては、学園にいる聖魔力保持者と交流して親しくなりたい。俺たちのうち誰かだけでも。そしてその相手に、魔界に来てほしいと思っています」


 セシルと学園長の視線が私に向けられたが、ジャックが言っているのはエミリアのことだろう。しかし、学園に魔族が入る理由としては弱い。私は初対面で魔界に行っているし、仲良くならなければ連れていけないというわけでもない。

 予想通り、学園長は首を傾げた。


「わざわざ親しくなる理由があるのですか?」

「人間は、そのままでは魔界に長居できません。国中の瘴気を祓うためには、その……魔族と『(ちぎ)り』を結ぶ必要があります」


 ジャックは口ごもりつつ答える。何故か再びセシルの視線がこちらを向く。どうやら魔族と契約をすれば、瘴気に対する耐性ができるらしい。

 それくらいなら私でも良いのではと思ったが、ここで求められているのはヒロインであるエミリアのはずだ。


――すでにテッドの怪我を治して(あるじ)になる役目を奪ってしまっているし、これ以上私が出しゃばるわけにはいかないな。


 学園長は「なるほど」と小さく頷いた。


「要するに、婚約者として聖魔力保持者を迎え入れたいわけですな。しかしそれであれば、学園でなくとも神殿に通うという手もあるのではないですか? クールソン殿もホワイト殿も、休日はほとんど神殿に向かわれているようですし」

「……主な目的は伝えた通りですが、学園を選んだ理由はもうひとつあります」


 ジャックはそう言うと、隣に座るギルを見た。そしてぽんと軽く彼の背中を叩きながら言った。


「こいつは魔界で生まれ育ちましたが、半分は人間の貴族の血が流れています」

「なんと……魔族と人間のハーフなのですか」


 学園長は目を丸くする。私も驚いたが、それを知って納得してしまった。テッドが『ギルには角も羽もない』と言っていたのは、おそらくこういう理由だったんだろう。牙もあり耳も尖っているが、それ以外は、ほぼ人間と変わらないそうだ。


 ギルの肩に手を置いたまま、ジャックは柔らかい口調で言った。


「こいつには、人間として生きる道も選べるようにしておきたいんです。そのためにはもっと人間界のことを学んで、人間を知る必要がある。平民学校があるのは知っていますが年齢的に入れないし、いきなり仕事に就くのも人間を本でしか知らない今は難しいでしょう」


 彼らの年齢は全員1歳違いでギルが16歳、テッドが17歳。魔王であるジャックもまだ18歳らしい。平民学校は15歳までしか通えないが、貴族学園なら16歳から18歳まで通うことができる。


 貴族の血を引いていると分かったのは、ギルが魔法を使えたから。魔族は元から飛行能力などを持っているせいか、魔力はあっても魔法を使えない者がほとんどらしい。魔王だけが持っている世界間の移動は遺伝的な力だという。


「入学のための費用は人間界の通貨で用意しています。難しい話だというのも理解していますが……どうか魔界の未来のためにも、許可を頂けませんか」


 来年になれば私は卒業するし、直接関わる機会も減ってしまう。彼らが入学するタイミングは今しかないだろう。

 学園長は紅茶のカップを口に運ぶと、息をついて顔を上げた。


「あなた方が学園に入りたがっている理由はわかりました。婚約者についてはお相手の気持ちもありますが、条件付きであれば臨時入学を許可いたしましょう」

「本当ですか!?」


 ジャックは一瞬だけソファーから腰を浮かせて、「ありがとうございます!!」と勢いよく頭を下げた。

 学園長は目を細め、入学の条件を提示する。


 挙げられたのは3つだった。事情を知らない相手には魔族だと気付かれないよう隠すこと。人間界にいる間は居場所を探知(たんち)する魔道具を身に着けること。特にこれは、学園都市から離れると王宮魔術師が飛んでくるという監視付きらしい。

 最後に生徒として学園にいられるのは1年間だけだと付け加え、学園長は私に顔を向けた。


「クールソン殿、いかがですかな。今までのお話はご存じの内容と一致していたでしょうか?」

「はい。初めての話もありましたが、(おおむ)ね聞いていた通りです」


 ここで間を作るのはよくないだろうと食い気味で答える。彼は満足そうに笑って、目の前のジャックに向き直った。


「して、学園に入学希望なのはあなた方3人ですかな」

「あ、いや……」


 尋ねられたジャックは考える素振りをして、首を振る。


「俺とギルの2人でお願いします。本当はギルだけでもと考えていましたが、何かあった時のために俺も傍にいられたらと……いえ、もちろん問題を起こすつもりはないのですが」


 隣でそれを聞いていたテッドが驚いたように声を上げた。


「えっ!? 俺は? なんで駄目なの?」

「お前は授業中大人しくできないだろ。敬語も使えねえし問題を起こす未来しか見えないから駄目だ。魔界でオリバーの手伝いを」

「もう人間界に来られないってこと!? やだ!」


 彼は慌てて辺りを見回すと、私を見てハッとした。隣にいたジャックが止める間もなく一瞬で黒猫の姿に変わる。

 猫はひょいとソファーを飛び降りて、こちらに駆け寄って来た。


「俺、ずっと猫の姿でいるよ! 入学しなくてもいいからご主人の傍にいたい!」

「お前なぁ……」


 ジャックが困ったように頭を押さえる。2人の様子を見ていた学園長は、どこか楽しそうに笑って言った。


「それでは、入学されるのはおふたりということで。……彼は猫の姿であれば、学園内は自由に行動しても良いことにしましょう」


 魔族とはバレないようお気をつけて、と付け足した学園長にテッドが顔を輝かせる。嬉しそうに私の膝に乗って来た彼を見て、セシルはそっと眉根を寄せた。昨日の黒猫が彼だったことに気付いたのだろう。


 次いで、学園長が寮の話を振る。ジャックが使う移動魔法には魔力量的に回数制限があるらしいが、朝夕使う分には問題ないらしい。最終的に彼らは寮に入らず、魔界と人間界を行き来して学園に通うことになった。

 遅くても明日の放課後には制服と魔道具の用意ができるそうだ。ジャックは改めて学園長に礼をすると、ギルと共に立ち上がった。


「ご承諾(しょうだく)いただきありがとうございます。では、本日はこれで失礼いたします」


 彼はそう言って私とセシルにも深く頭を下げる。(しぶ)るテッドを捕まえてギルと手を繋ぐと、そのままふっと消えた。

 わずかに闇魔力の気配がして黒い(もや)が見える。この一瞬で魔界へ帰ったらしい。


 何事もなく話し合いが終わってよかった。ほっと息をつき、立ち上がって学園長に顔を向ける。


「突然、大人数で押しかけてしまって申し訳ありません」

「いやいや、すでに伺っていましたからお気になさらないでください。また何かありましたら、いつでもご相談ください」


 彼は優しく微笑んで(ひげ)を撫でた。実際に気を付けなければならないのは明日以降だろう。とりあえず今日のうちに、生徒会室に溜まっている報告書の処理をしておいたほうが良い。

 そう思ってセシルを振り向いたところで、こちらを見上げた彼と目が合った。


「アレン、先に生徒会室に向かってもらえるかい? 僕はもう少し、学園長と話をしてから向かうよ」

「……そうか。わかった」


 彼の気持ちがわからないわけではない。魔族が明日から入学するなんて、ついさっきまで彼らの存在も知らなかったセシルからすれば冗談のような話だろう。

 私から話すより、学園長に任せたほうが理解できるかもしれない。


 学園長が小さく頷いたのを見て部屋を出る。とにかく、これで舞台となる学園に攻略対象とヒロインが両方揃ったことになるだろう。

 セシルや学園長を巻き込むのは申し訳ないが、乙女ゲームがバッドエンドに向かった時、この世界がどうなるか分からない。


――そういえば、ジャックと前世の話はできなかったな。


 彼らが人間界にいればまた2人で話す機会もあるだろう。

 そんなことを考えながら、学園長室を後にした。




===




 足音が離れていくのを確認して、紅茶を飲んでいる学園長に目を向ける。


「本当に彼らを内密に入学させるのですか?」


 考えるより先に、口から疑問が零れていた。


 初めて目にした魔族は、正直人間とそこまで違いがあるようには見えなかった。黒髪は人間にも普通にいるし言葉も通じた。猫に変身するのは驚いたが、それ以外は魔族だと言われなければ気付かない程だった。

 だからこそ、危険ではないかと考えてしまう。実は僕たちが知らないだけで、すでに魔族はこの世界にも来ているのではないか。人間に紛れて、この国に害を及ぼす()を伺っているのではないだろうか。


――王子として僕はどう動くべきなんだろう。


 アレンはきっと魔界に連れていかれた時、彼らから話を聞いたんだろう。まったく警戒しなかったわけではないだろうけど、優しい彼のことだ。魔王の話を素直に受け入れてしまったのかもしれない。

 思わず眉を(ひそ)めると、学園長は顔を上げた。


「私は『内密』にするつもりはございませんよ」

「え? どういう……」


 尋ねようとして、ふと気付く。先程魔道具の話が出た時、学園長は王宮魔術師が監視していると言っていた。

 つまり、すでに『王宮』には魔族が入学する話が伝わっているということだ。


 彼はにっこりと笑って続けた。


「クールソン殿には内緒ですが、昨日のうちに国の上層部には伝えておきました。さすがに学園内だけで済ませられる話ではありませんからね」

「……それは、国が魔族の滞在を許可したと?」

「そう受け取っていただいて良いでしょう。責任は私が持つことになっています」


 さらりと述べられた言葉に目を丸くする。魔族である彼らが問題を起こした時、その全てが学園長である彼の責任になるのだろうか。彼の口ぶりからは、学園外で何かあった時も責任を取るというように聞こえる。


「何故そこまで彼らを信じられるのですか? 出会ったばかりでしょう」

「そうですね。彼らとは先程初めて出会ったようなものです」


 含みのある言い方をして、彼はちらりと出入口の扉を見た。そのまま視線を戻さず思い出したように言う。


「それにしても、クールソン殿は責任感が強いお方ですな。ホワイト殿のことも彼らのことも、生徒会としてだけではなく神殿の『聖女』としてもなんとかしようと動いてらっしゃる。……そしてそのすべてに責任を感じておられるようです。どれも彼が1人で背負うには重すぎるというのに」


 それを聞いてハッとする。同時に、理解した。


 学園長は魔族の彼らではなく、アレンを信じているのだと。彼の負担が少なくなるように、協力することを選んだのだと。


 思い返せばアレンは1人で考えて行動することが多かった。今回のように大事なことを相談してくれるようになったのは、例の門を封印してからだ。

 今までは僕らを巻き込まないようにしていたんだろう。しかしその分、彼が抱え込んでいたものは大きかったはずだ。


 親友なのに彼を信じ切れていなかったなと反省する。目に見える情報を信じず否定して、想像だけで判断するなんて。王子としても良いとは言えない。

 アレンは魔族の彼らと直接話をして信じることにしたんだろう。あれだけたくさんの本を読んでいるのだから、魔族についての情報も知っていたはずだ。それでも人間が書いた本の内容ではなく、実際に会った魔族を信じた。


――僕はまだ魔族の彼らを信じられない。……でも、アレンのことは信じられる。


 それならどうするかは決まっている。学園長に顔を向けると、彼は再度紅茶のカップを持ち上げて言った。


「クールソン殿には驚かされてばかりですが、それでも何かお力になりたいと思えてしまうのは彼の魅力なのでしょうな」

「……そうですね。僕も同じ気持ちです」


 アレンの力になりたい。頼られたなら応えてあげたい。アレンが誰かを助けたいと思っているなら、協力しない選択肢なんて僕には存在しない。

 例えそれが、魔族相手だったとしても。


「彼は愛されておりますな」


 学園長は小さく笑うと、呟いて紅茶に口をつけた。

 視線がこちらに向けられていた気がしたが、それには何も答えないでおいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ