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131話 相談と信頼①

 エミリアは無事に授業を受けられただろうか。確か今日は交流系の授業だったはずだが、と頭を捻りつつ教室を出る。

 彼女が入学して2週目。ホワイト家の話は伏せられているため、昼休みに会った時はいつも通りだった。以前食堂で私が彼女を庇ったことになっているせいか、あれ以降他の生徒に絡まれることもないらしい。


 魔界に行ったことは彼女には話していない。しかし、どこかで続編ヒロインである彼女とジャック達の顔合わせは必要だろう。

 それも彼が来てから決めなければと思ったところで、視界の端に影が映った。


「ご主人!」


 顔を向けると同時に声をかけられ、慌てて周囲を見回す。幸いなことに辺りには誰もいなかった。廊下の窓越しに黒猫の姿が見え、思わず眉を(ひそ)める。


「……テッド、勝手に部屋から出たのか?」

「ごめんなさい! でも伝えたほうが良いと思って」


 彼は器用に窓の(ふち)に乗ったまま、空を見上げて言った。


「魔王様が来たって! 正門の辺りにいるらしいよ」

「ジャックが?」

「うん! ギルも一緒にいるみたい」


 それを聞いて少し考える。今日の放課後は生徒会室で報告書の内容をセシルに説明しようと思っていた。しかしジャックが来たのであれば、先に学園長と話し合わなければならない。


――本当は1週間後の予定だったが……。


 おそらくテッドが人間界にいると察して予定を早めたのだろう。正門にいる彼らを放っておくわけにもいかない。黒猫に向かって小さく頷く。


「分かった、すぐに行く。君も人に見られないように気を付けて向かってくれ」

「はーい、待ってるね!」


 テッドは元気よく答え、ひょいと姿を消した。ここは2階だが、猫の姿であれば飛び降りても平気らしい。


 わざわざ私にも知らせたということは、これからさっそく話し合うことになるのだろうか。確かに早いほうが良いかと(きびす)を返し、階段へ足を向ける。

 そのまま踊り場まで下りたところで、ちょうどセシルが廊下を通りがかった。彼もこちらに気付き、顔を上げる。


「アレン! どこかに行くのかい?」

「ああ、少し正門に……」


 答えようとしてハッとする。未だ彼には何も伝えていなかった。昨日も話そうとしたところでテッドが現れたため、結局魔界に行った話すらしていない。

 セシルは不安そうな顔をして、躊躇(ためら)いがちに言った。


「昨日から様子がおかしい気がするんだけど、僕の気のせいだろうか?」


 彼は私が何かを隠していると気付いているのだろう。考えてみれば、昨日の誤魔化(ごまか)し方も無理があった。階段を下りて彼の前で立ち止まる。


「すまない、なかなか話す時間がなくて。大したことでは……」


 と、言いかけて気付く。セシルは生徒会長だ。もしジャック達が学園に入ることになれば、きっと彼も生徒会として関わることになる。

 王子として忙しい彼に余計な心配事を増やすべきではないと考えていたが、これ以上黙っているのはよくないだろう。万が一学園内で問題が起こった時のためにも情報共有はしっかりしておいたほうがいい。


――言葉が足りなくて誤解を生むというのは、こういうところなんだろうな。


 ルーシーに言われたことを思い出して息をつく。首を傾げている彼と目を合わせ、改めて口を開く。


「……セシル。今からでもいいだろうか」

「え?」

「君には知っていてほしい。ちゃんと話すから、私と一緒に来てくれないか」


 セシルは目を丸くした。少しだけ間を置いて、こくりと頷く。


 並んで正門に向かいながら、彼は眉を下げて笑った。私がこんなに簡単に答えるとは思っていなかったらしい。


「聖魔力の件で君は意外と隠し事が上手いとわかったからね」


 そう言われ、何も言えず苦笑してしまう。実際、彼に隠していることはまだいくつもある。こほんと軽く咳をして前を向いたまま答える。


「これは生徒会長としても知っておいてもらった方が良いと思ってな。……少々驚くかもしれないが」


 黒猫姿のテッドを紹介した学園長とは違い、彼にはいきなり魔族の王と対面してもらうことになる。

 心の準備をしておいてくれと伝えると、セシルは不思議そうな顔をしていた。




===




「ほんっとにすまん!! マジで迷惑をかけた!!」


 正門に着いた途端、待っていた魔王(ジャック)に頭を下げられた。隣にいたギルも同じように頭を下げる。門の横に控えた衛兵たちは怪訝(けげん)な顔をして彼らを見ていた。

 尖った耳や牙はそのままだが、ジャックのつのは消えている。言っていた通り頑張って仕舞っているのだろう。じっと見られなければ、人間ではないと疑われることもなさそうだ。


 セシルは少し離れた位置に立って様子を伺っている。ここに来るまで誰もいなかったため、ひとまず魔界に行ったこと、魔族と知り合いになったことは伝えておいた。話を聞いた直後も固まっていたから、まだ混乱しているのかもしれない。


「こっそり馬鹿(テッド)を迎えに来たつもりだったんだが……こいつがアレンにも報告したせいで余計な手間をかけさせちまった」


 ジャックは申し訳なさそうに顔を上げると、近くにしゃがみ込んでいたテッドの頭を力強く叩いた。テッドは私と別れた後、黒猫姿から人型に戻っていたようだ。


「痛い! なんで2回も叩くの!?」

「それだけ危険なことをした自覚を持て! 箱の鍵まで壊しやがって、どんだけ探したと思ってんだ!」


 頭を押さえているテッドは涙目だ。どうやら私たちが来る前にも1度鉄拳(てっけん)制裁(せいさい)をくらっていたらしい。

 彼らは主従というより兄弟や親子みたいだなと思っていると、ばっとテッドが立ち上がった。私を盾にするように背中に回り、ジャックに向かって声を上げる。


「だって早くご主人に会いたかったんだよ! やっと出会えたのに、1週間なんて待てるわけないでしょ!」

「ご主人?」


 その言葉にセシルが反応する。どう伝えるべきか迷いつつ、彼の怪我を治したら成り行きでそうなったんだと簡単に説明する。


 ジャックは呆れた顔をしてため息をついた。


「せめて相談してからにしろよ。お前は昔も勝手に城から出たことがあっただろ。世界間の移動なんてすぐに駆けつけられねぇし、何かあってからじゃ遅いんだぞ」


 テッドはようやく心配されていたことに気付いたらしい。彼が大人しく謝ったところで、彼らの話が落ち着いたことを察する。

 衛兵たちには少しだけ離れてもらい、音量を落としてセシルに声をかける。


「セシル、彼らが先程話していた相手だ」


 魔族という単語は出さないよう気を付けつつ、ジャックから順にギルとテッドの名前を紹介する。合わせて、ジャックが彼らの(おさ)であることも伝えておく。

 魔王とは言わなかったが、セシルにはしっかり伝わったようだ。


 次いで、彼らにもセシルが学園の生徒会長でありこの国の第一王子だと説明する。それを聞いてジャックは目を丸くした。


「王子? ……ってことは、まさか」


 彼はセシルも前作の攻略対象だと知っていたらしい。誤魔化(ごまか)すように咳払いをして、(うやうや)しく頭を下げる。


「セシル王子にもご迷惑をおかけして申し訳ない。大事(おおごと)にするつもりはないんで、どうか俺らのことはご内密にしていただけませんか」

「……約束はできないな。まだ君たちを信用したわけではないからね」


 そう言うと、セシルは何故か私を庇うように前に出た。警戒されていると感じたのか、ギルが素早くジャックの前に立つ。いつの間にか彼らの傍にいたテッドも同じようにジャックを守った。


 その2人の肩をガシと掴んで、ジャックが慌てて首を振る。


「喧嘩腰やめろ、お前ら! 迷惑かけてんのはこっちだ」


 強制的に2人を下がらせた彼は、再度セシルに頭を下げて言った。


「すみません、次来る時までにちゃんと礼儀を覚えさせておくんで」

「次? もう帰るのか?」


 セシルが口を開く前に私から尋ねる。そういえば、テッドを迎えに来ただけだと言っていたような気もする。

 ジャックはきょとんとした顔をして首を傾げた。


「だって元は1週間後って話だっただろ。テッドのせいで早まっちまったけど、さすがにアレンも困るんじゃねぇか?」

「……学園長には、一応昨日のうちに事情を話しておいたんだ。まだ許可を貰ったわけではないが」

「え!? マジか、早いな」


 うっかりテッドと話しているのを見られてしまったからだが、これはこれでよかったのかもしれない。ただ意図したわけではないから、彼のおかげというのは何か違う気がして口をつぐむ。


「そうか……あっちに戻っても特別やることがあるわけじゃねえしなぁ。それなら先に今後の話を決めておいたほうが良いか?」


 腕を組んで悩んでいるジャックを、テッドとギルが不思議そうな顔をして見守っている。確かに急な話ではあるが、わざわざ待つ必要があるわけでもない。

 それに、ヒロインであるエミリアはすでに学園にいる。


――乙女ゲームがもう始まっているなら、できることは早めにやっておいたほうがいいだろう。


 そう考え、隣にいるセシルに顔を向ける。


「学園長は学園長室にいるだろうか」

「あ、ああ。そうだね。先程見かけたからいると思うよ」


 戸惑いながら答えてくれた彼に礼を返し、未だ悩んでいるジャックに向き直る。


「先延ばしにする意味はないだろう。君が良いなら、今から学園長室に行こう」

「……そうするか。いつまでも攻略対象が不在ってのもな」


 さらりと前世の単語が聞こえたが、周りにいるセシルたちには何のことか分からなかったようだ。追求されなくてよかったと小さく息をつく。

 話がまとまったため、全員で学園長室へ向かうことにする。


 魔族の彼らは制服を着ていない。生徒会である私たちが一緒でも目立ってしまうだろうと考え、あまり人がいない別館を経由していく。

 途中で魔道具庫の大きな扉に気付いたジャックが、思い出したように言った。


「そういやテッドのは回収したけど、アレンに渡してた腕輪はどうなった?」

「ああ、すまない。あれは検査中なんだ。しばらく借りていてもいいだろうか」

「なるほどな。まぁ予備があるから大丈夫だ」

「……アレン、腕輪って何のことだい?」


 私たちの会話を聞いていたセシルがそっと近寄ってきて尋ねた。それも伝えていなかったなと顔を向け、念のため小声で答える。

 まだ色々と話していないことがあると思われているのだろう。ジャックが作った移動用の魔道具だと説明すると、セシルは納得したように頷いた。


 階段を上がって廊下を進む。学園長室が見えたところでタイミングよく扉が開き、学園長補佐の先生が顔を出した。

 咄嗟(とっさ)にジャック達を隠そうとしたが間に合わなかった。私たちに気付いた先生は目を丸くする。


「セシル王子、クールソン様? その方々は……」


 と、先生の言葉を遮って聞き慣れた声が耳に届いた。


「お待ちしておりました。みなさま、どうぞ中へ」


 まるで来るのが分かっていたとでもいうように学園長が現れる。

 彼は軽く手招きをすると、にっこりと笑った。


「是非お話を聞かせてください」


 わずかに赤みがかった瞳は、まっすぐ魔王に向けられていた。

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