128話 情報共有
いつの間にか眠っていたらしい。目が覚めたら神殿の治療室にいて、何故かクールソン家の護衛兵たちに囲まれていた。
私が魔界にいる間に連絡が行ったらしく、かなり大事になってしまっていたようだ。もう少し戻るのが遅ければ、国中に捜索願いが出されるところだったという。
行方不明になっていた時間はそれほど長くなかったが、状況がよくなかった。
護衛兵や衛兵がすぐ傍にいたこと。不可解な魔法で連れ去られたこと。事件が起きたのが神殿の目の前だったこと。
さらに私が聖女であることも重なって、神殿関係者を巻き込んだ大規模な捜索が行われていたらしい。
「ほんっとに心配したんだから!!」
まだ早朝のため、並んで椅子に座ったルーシーは声を抑えて叫んだ。
先程まで人で溢れていた治療室には、今は私たちしかいない。様子を見に来た父様と母様がほとんどの護衛兵を連れ帰ってくれたことで、神殿内も落ち着きを取り戻していた。
本当なら護衛兵のフレッドとハービーは責任を問われるところだが、彼らには非がないと訴え続けていたら今回は不問となった。
ジェニーは私の傍を離れようとしなかった。……が、どうしてもルーシーと話したいことがあったため、なんとか説得して部屋の外で待機してもらっている。
「君も心配してくれていたのか」
「当たり前でしょ! 意味ないって分かってたけど、じっとしてられなくて神殿の中を探し回ってたわよ。ほんと、どこに行ってたの?」
当然の疑問に苦笑してしまう。家族からも同じことを聞かれたが、さすがに魔界に行っていたとは言えなかった。
みんなにはあの青年が使っていたのは移動用の魔道具で、移動先では彼の仲間を聖魔法で治療したとだけ伝えておいた。魔力の使いすぎで眠ってしまったが特に大きな怪我もなかったため、その返答で納得されたらしい。
ただ、身に着ける型の移動用魔道具はこの世界になかったようだ。ジャックに借りた腕輪は回収され、スワロー家で検査されることになった。
――あれ以外に、魔界に行っていたという証拠はないが……。
ルーシーなら大丈夫だろう。小さく息をついて彼女に顔を向ける。
「その件で君に相談があるんだ」
「みたいね。わざわざ人払いまでするんだから、聞かれたくないところかしら」
「……魔界に行って、魔族に会ってきた」
私がそう言うと、彼女はぽかんと口を開けて目を丸くした。話したいことはたくさんあるが、あまり時間をかけてもジェニーに心配されるだろう。
そう考え、ひとまず得た情報を大まかに伝える。
ルーシーの予想通りホリラバに続編があったこと。そのヒロインがエミリアだということ。攻略対象は魔族の3人で、そのうちの1人は魔王であること。
彼が私たちと同じ転生者だと話したところで、ルーシーは頭を抱えた。
「ま、待って。つまり魔王様に会って来たってこと? というか転生者って」
「もう少ししたら人間界に来るらしい。きっと君が会う機会もあるだろう」
「ええ……ちょっと、情報が多すぎるんだけど」
複雑な表情をして彼女はため息をついた。魔王に会えるのは嬉しいが、門を開かなくても彼に会う方法があったことにショックを受けたようだ。
もう少し時間をかけて伝えるべきだったかと思ったが、ルーシーは首を振った。
「まぁいいわよ。私の推しとは別人の可能性もあるし。それで、相談って?」
話を聞く姿勢を取った彼女に向き直る。これはゲームの内容に関係ないが、相談できるのは彼女しかいない。少し間を置いて、口を開く。
「その……誰に、どこまで話すべきかと思ってな」
魔族である彼らがこちらの世界に来た時、1番深く関わることになるのはきっと私だろう。転生者ということも共有しているし、学園の生徒会役員でもある。
しかし前世の記憶がある私たちと違い、瘴気による疫病を経験した人たちは魔界に良い印象を抱いていないだろう。いくら彼らが人間に擬態して来たとしても、私1人ではフォローしきれる気がしない。
「もしものために事情を知る味方を増やしておきたいが、下手をすれば私が洗脳されて帰ってきたのではと疑われるかもしれない」
「……そうね。魔界に行ってた間のことはアレン様にしか証明できないものね」
ルーシーは考える素振りをすると、「でも」と目を合わせて言った。
「信頼できる相手にはできるだけちゃんと話したほうがいいわよ。乙女ゲームのことは無理だとしても。言葉が足りなくて誤解を生むなんてクールキャラらしいけど、そんなの傍から見ててもしんどいだけだから」
「そうなのか」
確かに伝えるのが遅くなるほど余計な誤解が生まれてしまうかもしれない。前作のエンディングが終わった以上クールキャラとして振舞う必要はないし、最低限知っておいてほしい相手には最初から全て話しておくべきだろう。
――とりあえず、ジャックが来る前に学園長には1度相談しておくか。
エミリアの件があったばかりで申し訳ないが、魔族ということを除いても彼には話しておかなければならない。ヒロインである彼女が学園にいる限り、攻略対象の彼らも学園へ出入りする可能性がある。
学園長が魔族に忌避感を抱いていないことを祈っていると、ルーシーは真剣な顔をした。
「それにしても、話を聞く限りだと続編はもう始まってるってこと?」
「ああ、おそらく」
「ってことは油断できないわね。乙女ゲームならストーリーがあるはずだし、イベントもあるでしょ。当然、失敗したらバッドエンドもあり得るわ」
その言葉にハッとする。私たちは続編の主要キャラではないが、彼らと同じ世界で生きている。万が一続編のストーリーがバッドエンドに向かったら、この世界自体に影響が出てしまうかもしれない。
「……ハッピーエンドに辿り着くまでは気を抜けないな」
イベントには直接関わらないとしても、傍観しているわけにはいかない。幸い、私は攻略対象ともヒロインとも面識がある。
サポートをするだけなら、クール担当らしく振舞うよりは難しくなさそうだ。
――まずは、同じ転生者であり続編の攻略対象であるジャックを信頼しなければ。
ホリラバの続編については私もルーシーもまったく知識がない。本当ならもっと警戒するべきかもしれないが、彼を信じて情報を共有したほうがいいだろう。
今後の方向性が決まったところで治療室の扉が控えめにノックされた。「アレン様、そろそろ」とジェニーの声が聞こえる。学園に戻るため、クールソン家の馬車が迎えに来たらしい。
また何か進展があれば相談することにして椅子から立ち上がる。扉へ向かう前に、ぱっとルーシーを振り返る。
「ありがとう、ルーシー。君がいてくれてよかった」
私1人だったらもっと悩んでいたはずだ。魔族のことも乙女ゲームのことも、自分だけでなんとかしなければと考えていただろう。
改めて礼を言うと、ルーシーは何故か頬を赤くした。
「……そういうのはわざわざ言わなくていいのよ」
呆れたようにため息をついて彼女も席を立つ。
ルーシーに背中を押されるようにして治療室を後にした。
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「いいですか、アレン様。今日は絶っ対に18時の鐘が鳴る前に戻ってきてくださいね。暗くなったら危険ですから!」
心配そうなジェニーに見送られ、寮を出て図書館へ向かう。昨日の今日だから1日くらいは部屋にいてもいいかと思ったが、ジャックが来るまで1週間しかない。
――その間に、魔族についてもう少し調べておかなければ。
図書館にはいつの間にか魔界に関する本が増えていた。例の門が現れた当時、様々な仮説を立てて研究と調査が行われたらしい。
これを読めば、人間が魔族に対してどう思っているのかも分かるかもしれない。
本を数冊抱えて椅子に座る。周りには何人か生徒の姿があったが、本を選んでいる間に誰もいなくなっていた。
魔族についての記述はいくつかあったが、どれも古いものばかりだった。魔族は『みんな』角と羽があると書かれている時点でテッドの話とは違っている。
この数年で変わったのだろうか。少なくとも前神官様が門を封印してから魔族が人間界に現れることはなかったはずだ。ここに書かれているのは、門が現れるよりもっと前の記録なのだろう。
ギルが人間界と魔界を移動した時はあの腕輪型の魔道具を使っていたのだろう。となると、実際世界間を移動する力を持っているのは魔王であるジャックだけなのかもしれない。
誰が何の目的で門を作ったのかもまだ分からない。彼らが特殊なだけで、先代魔王や他の魔族は人間と敵対しているのだろうか。
それについてはジャックに聞いたほうが早いかと考えつつ本を読み進める。ふと、聞き覚えのある単語が目に留まった。
瘴気酔い、と書かれた文を指でなぞる。
体内に保有する魔力が周囲の瘴気、闇魔力に浸蝕されてしまう一時的な病。ゲームで流行っていた疫病の初期症状に近いようだ。
瘴気から離れれば回復するが、回復時にも大量の魔力を消費するという。
――実は、わりと危険な状態だったんだろうか。
すぐに帰してくれて助かったなと苦笑する。彼らの治療で魔力を消耗し、さらに自分の回復でも魔力を消費してしまったのだろう。魔力切れ寸前だったから、戻った直後はジェニーと話をする余裕もなく眠ってしまったらしい。
元の保有魔力が少ないエミリアだったらもっと危なかったかもしれない。そう考えて、はっとする。
『アレンは、聖女と間違って連れてこられたエミリアのポジションってことでいいんだよな?』
ジャックの口ぶりからすれば、本来は昨日のアレが攻略対象たちとヒロインの出会いイベントだったのだろう。それを私が潰してしまったのなら、今度彼らが対面する機会はあるのだろうか。
もしすでに出会っている前提でストーリーが進むようなことがあれば、乙女ゲームのイベントにも影響が出るかもしれない。
どこかで彼らが顔を合わせる機会を作るべきだろうか。それもやはり学園外では難しいかと頭を捻る。会わせるにも理由も考えなければ……と考えていたところで、本を支えていた手が滑ってしまった。
ぱらぱらとページが進み、最後の総括が開かれる。そこに書かれていた文を見て思わず眉を顰める。
『魔族は不可解で危険な存在だ。万が一出会った際は必要以上に関わらないこと』
モヤ、としてしまうのは直接彼らと関わったからだろうか。魔王が元人間の転生者だからだとしても、彼らは人間に対して友好的だった。
確かに説明もなしに連れていかれた件については言いたいこともあるが、状況を考えれば仕方がないとも思える。ギルやテッドにとってジャックがどのような存在かということも昨日の様子でなんとなく理解した。
――大事な人を想う気持ちは、きっと魔族も人間も同じなんだろう。
そもそも不可解と言いながら何故危険だとわかるのかと、つい本に向かって突っ込んでしまう。もちろん危険な魔族もいるだろうが、全員がそうだとは限らない。
実際に関わらなければ分からないこともあるはずだ。
ふう、と息をついて本を閉じる。残念ながら魔族についての情報はかなり偏っているようだ。明日にでも学園長に相談して、ジャックが来たらもう少し詳しい話を聞くことにしよう。
そう思って顔を上げたところで、気が付いた。
図書館の窓から見える渡り廊下の先。校舎の廊下に金色の髪が揺れている。もう戻ってきていたのかと本を棚に戻し、図書館を出る。
「セシル!」
渡り廊下から声をかける。彼は私に気付くと、ぱっと顔を輝かせた。
「アレン! 1週間ぶりだね、会いたかったよ」
こちらに向かって来たセシルは、そう言って嬉しそうに笑った。