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121話 報告と手紙

 授業を終え、教室を出て行く生徒たちの背中を見ながら息をつく。昨日は寮に戻ったのが遅かったから睡眠が足りなかったようだ。

 疲れが取れてないな、と軽く頭を押さえて席を立つ。


 収穫祭から神殿に戻ったところで、エミリアが目覚めたと聞いた。彼女は自分が神殿にいることに混乱していたが、神殿関係者と食事をしているうちに落ち着いたらしい。今日は彼女の妹であるノーラが報告を受けて神殿へ向かっているはずだ。


『アレン様。あのエミリアって子……たぶん、聖魔力を持ってると思う』


 ルーシーに言われたことを思い出す。私も改めてエミリアを見て同じ考えを抱いた。あの夜に見たのは見間違いではなく、彼女の瞳はルーシーと同じ金色だった。


――確か、今日は魔力確認もするんだったな。


 私たちの考えが正しければ、エミリアは聖魔力を持っているはずだ。しかしそうなると例外の私は除いて、同じ時期に2人の聖魔力保持者が現れたことになる。

 ルーシーが現れるまでが長すぎたのか。それとも記録に残っていないだけで、同時期に複数人の聖魔力保持者がいるのはおかしいことではないのか。


 どうにも気になってしまい、足は自然と図書館へ向かう。学園長が学園に戻ってきてから、マディに燃やされた聖魔力に関する本は復活していた。

 クールソン家の屋敷に置いたままだった本も念のため寮に送ってもらった。聖女に関して前神官様が門を封じた以前の記録は少ないが、資料は多いほうがいい。


「……あ、そうだ」


 階段を下りる途中で足を止め、(きびす)を返す。図書館の前に生徒会室に行かなければならない。


 3年になってから、セシルは時々王族として視察を任されるようになった。来週は例の採掘場の事故現場へ向かうらしい。だからこそ、早いうちに確認が必要な書類をまとめておいてほしいと言われていた。


 もしエミリアが聖魔力以外の属性魔力を持っていなかったとしても、魔法が使えれば学園に入学することになる。生徒会長であるセシルがいない時、エミリアのために動けるのは私とカロリーナだけだ。

 彼女には色々と事情がありそうだ。その時はしっかりサポートしなければと生徒会の扉を開けたところで、目の前にいたカロリーナに目を丸くしてしまった。


 生徒会室にセシルの姿はない。カロリーナだけが、何故か私が来ると分かっていたようにこちらを向いて立っていた。

 なんともいえない不思議な圧を感じ、そっと中に入って扉を閉める。


「……カロリーナ? どうして立っているんだ?」

「アレン様にお聞きしたいことがありましたので」


 彼女はにっこりと笑った。それは答えになっていないような気がする。何かに怒っているのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。

 なんだろうと首を傾げていると、カロリーナがすっと横に退いた。来客用のテーブルにお茶とお菓子が並べられているのを見てきょとんとしてしまう。


 手招きされるままソファーに座ると、向かいの席に座った彼女は紫の瞳をきらりと光らせた。


「ライアン様から、アレン様がリリー先生とおふたりで収穫祭にいらっしゃったと伺いましたの。よろしければお話を聞かせていただけませんか?」




===




 書類の整理をしに来たはずがすっかり話し込んでしまった。時計の針が1周したところで、カロリーナが口に手を当てて眉を(ひそ)めた。


「まぁ、そんなことが……」


 彼女には嘘をつかないと約束しているため、心配をかけないようジェニーにも言わなかった話もひとつ残らず伝えた。


「リリー先生がすぐに駆けつけてくださって良かったですわ。衛兵の目が届かないこともありますし、やはり護衛兵がいないと危険ですわね」

「貴族として狙われたわけではないが……まぁ、危険ではあるか」


 あの時の男性からは一切悪意を感じなかったから、こうして悪く言うのも少しだけ申し訳ない。

 しかしあれが私ではなく、女性であるカロリーナ相手だったらかなり危険な行為だろう。もう同じようなことは起こらないと思うが、対策として護衛兵を連れ歩くのは大事だなと頷く。


「聖女様という呼び方もあまり良くないのでしょうか」

「前神官様の時に広まってしまったからな。今から変えるのは難しいだろう」


 人々からしても性別は関係なく、神殿にいる聖魔力保持者という意味で使っているはずだ。もしくは魔界の門の封印をした人物を指しているのかもしれない。

 聖女という呼び方に違和感を覚える人はいても、実際に私を見て女性だと勘違いする人は滅多(めった)にいないだろう。


――収穫祭で会った女の子にも気を使われてしまったし、どうにかしたいとは思っているんだが……。


 聖女として扱われるようになったばかりだから、しばらくはこのままだろう。仕方ないなと小さく息をつく。

 カロリーナは紅茶を一口飲んで「それにしても」と話を続けた。


「魔物が現れたというのも気になりますわね。アレン様が門を封印されてから1度も報告が上がっていませんのに」

「ああ。結界の力が弱まっているとも思えないし、原因が分からない」


 人気(ひとけ)のない暗い道だったからかと思ったが、そんな場所はいくらでもある。魔物に関しては神殿からウィルフォード領に報告されたため、今頃は男爵が調査を始めているはずだ。

 闇魔力が強まる何かがあったのか。先日の事故との関係はあるのか。気になることばかりだが、学園内とは違って自分1人で動き回るわけにはいかない。


 こうなってくると、もはや前世の記憶はほとんど役にたたない。乙女ゲームの世界とはいえ、ゲームではエンディングまでしか描かれていなかった。その先はこの世界の誰にもわからない。


 そう考えたところで、ふっと妙な不安が胸をよぎった。


――私たちの前に魔物が現れたのと、エミリアが目覚めたのは同じくらいの時間だったな。


 今までずっと眠ったままだったのに、何故そのタイミングで目覚めたんだろう。


 門の封印以来現れていなかった魔物の出現。そしておそらく聖魔力保持者であろう彼女の覚醒かくせい。それが同時に起こるなんて、まるで……。


――まるで、乙女ゲームのオープニングのようだ。


 こっそり首を振って、淹れ直した紅茶を飲む。さすがに考え過ぎだろう。ホリラバのエンディングは終わったとルーシーも認めていたし、これ以上この世界で『乙女ゲーム』が始まることはないはずだ。


「3年生になってからも色々なことがありますわね。去年以上の日々は訪れないかと思っていましたのに」

「そうだな」


 眉を下げて笑うカロリーナに私も苦笑する。エンディングを迎えれば穏やかな日常が続くかと思っていたが、そう上手くはいかないらしい。まだまだ気になることが多すぎる。

 そこで、ふと疑問が浮かんだ。


「そういえば、どうして急に収穫祭の話を聞きたいと言い出したんだ? わざわざお茶の用意までして」


 尋ねると、カロリーナは珍しく言葉を詰まらせた。少し間を置いて口を開く。


「アレン様とリリー先生がとても親しい様子でしたので……学園外でどのように関わってらっしゃるのか気になってしまいましたの。誤解のないようお伝えしておきますが、決して他の意図はございませんわ」


 確かに、私も学園長とセシルが出かけたと聞いたらどんな話をしているのか気になってしまうかもしれない。学園内の先生しか見ていないカロリーナからすれば、不思議に思うのも理解できる。


「リリー先生とは神殿でも会っているからな。移動用の魔道具を使えるのが神殿関係者しかいないというのもあって、他の誰かを誘うわけにはいかなかったんだ」

「そういうことでしたのね。……あら、でも先程おふたりでお揃いのキーホルダーを頂いたとおっしゃっていませんでしたか?」

「ああ、記念としてお揃いにした。本当は神殿のみんなの分もと思ったんだが、すでにたくさんお土産があったからな」


 私が答えると、カロリーナは何かを考える素振りをした。「なるほど」と納得したように呟いて、大きく頷く。


「つまり、現段階では五分(ごぶ)五分(ごぶ)ということですわね。安心いたしました」

「何のことだ?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 突然どうしたんだろうと首を傾げる。彼女はにっこりと笑って、切り替えるように軽く手を叩いた。


「そうでした。私、エルビン先生とお話があるのです。急にお時間を頂いてしまって申し訳ありません。書類の整理はアレン様の分まで終わっておりますので、ご確認だけお願いします。ではまた明日、食堂で」

「あ、ああ。わかった、ありがとう」


 素早くカップと空になった皿を片付け、礼をして生徒会室を出て行く彼女を見送る。エルビン先生ということは、魔道具関係の話でもするのだろうか。

 お茶会のために書類整理まで済ませていたなんて。彼女の行動力には時々驚かされてしまう。


 残っていた紅茶を飲み干し、カップを下げる。生徒会室の端には来客のためにお茶を用意する棚が置かれていた。お湯は魔道具で用意できるようになっているが、お菓子はおそらくカロリーナの持参だったのだろう。


――来客用といっても生徒会室には誰も来ないから、基本的に私たちしか使っていないんだが。


 生徒のため扉の鍵は常に開いているが、それでも生徒会室を訪れる生徒はほとんどいない。他の場所ならともかく、王子と公爵家令息令嬢が揃っている部屋に入る勇気はないらしい。

 もう少し見回りを増やすべきかと独りごちながら副会長の席に着いたところで、ノックの音が聞こえた。


 誰も来ないと考えた直後に人が来るなんて。慌てて返事をすると、ゆっくりと扉が開いた。部屋に入ってきた人物を見て、思わず椅子から立ち上がる。


「学園長?」

「ああ、クールソン殿だけでしたか。ちょうどよかった」


 学園長は嬉しそうに笑ってパタンと扉を閉めた。マディにそっくりだが、やはり雰囲気が全然違っている。こうして2人で話す機会は珍しいため、少しだけ緊張しながら近寄る。


「私に何か御用でしょうか?」


 学園長は小さく頷いた。懐に手を入れ、何かを取り出す。


 それは鎖の付いた小さな銀色のかぎだった。鍵自体には何も装飾がなく、寮の鍵のほうが豪華に見えるシンプルなものだ。

 差し出されるまま受け取って学園長を見上げる。これは、と尋ねる前に彼が口を開いた。


「本館の『屋上庭園』の鍵です。卒業までの短い間ではありますが、クールソン殿に預かっていただきたい」

「……屋上庭園?」


 屋上に庭園があるとは知らなかった。校舎の最上階からさらに上へ続く階段があることは気付いていたが、屋上は入れないものだと思っていた。


「何故これを私に?」

「そうですね……理由を上げればきりがありませんが、夫婦共々クールソン殿には助けられてばかりですから。その礼だと思っていただければ」


 その言葉にきょとんとしてしまう。夫婦共々と言われたが、学園長の奥方には会ったこともないはずだ。彼は何かを思い出したように笑って言った。


「ああ、お伝えしていませんでしたな。私の妻は学園の食堂でメイドとして勤めております」

「え? ……まさか」


 頭に浮かんだのは、元王宮メイドのハンナだった。むしろ彼女以外のメイドとはそこまで関わった覚えがない。

 学園長は肯定するように頷いた。


「聞くところによると、クールソン殿は色々とお考えになる機会が多いとか。屋上庭園であれば誰にも邪魔されずに集中できるでしょう。本を読むでも手紙を読むでも、どうぞご自由に。鍵は学園を卒業される際にお返し頂ければ」


 そう言って、学園長は優しく微笑んだ。


 私が受け取るわけには……と断ることも考えたが、せっかくの厚意を無駄にするわけにはいかない。ぎゅっと鍵を握り締めて彼に向き直る。


「ありがとうございます。大切にお預かりします」


 学園長は満足げに笑うと、そのまま生徒会室を出て行った。マディの後始末で忙しいだろうに、わざわざこの鍵を渡すためだけに来てくれたのだろうか。


――しかし、ハンナが学園長の奥方だとは知らなかったな。


 セシルは知っているかもしれないが、他の生徒たちは知らないんじゃないだろうか。ウォルフも何も言っていなかったし、もしかしたらおおやけにはされていないのかもしれない。

 そんなことを考えながら書類の確認を終え、生徒会室を出る。


 今日は授業が早く終わったから、寮に戻るまでまだ時間がある。ひとまず図書館へ向かおうとしたところで、ふいに呼び止められた。


「あ、あの! クールソン様!」


 振り返ると、3人組の女子生徒が立っていた。あまり見覚えがないから1年生だろうか。どうしたと尋ねるより先に、目の前に白い封筒が突き出される。

 中心の女子生徒は顔を真っ赤にして手を震わせながら、声を振り絞るようにして言った。


「う、受け取ってくださいませ!」


 これはもしやと状況を察する。戸惑いつつ封筒を受け取った瞬間、彼女たちは声をかける間もなく走り去っていった。

 あっという間の出来事に、ついその場に立ちすくんでしまう。


 手紙は大事な情報が外に漏れることを防ぐため、基本的には家を通して送るものだ。手渡しで受け取ったのは初めてかもしれない。


 内容によっては人に見られるとまずい可能性もある。どうするべきかと封筒に目を向け、先程学園長に言われた言葉を思い出した。


『本を読むでも手紙を読むでも、どうぞご自由に』


――もしかして、こうなることを知っていたんだろうか?


 さっそく使わせてもらうことになりそうだ。

 ポケットの中で、チャリと小さな金属音が鳴った。

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