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114話 婚約者候補と進路

「そうだ。ノーラが王宮に来て、レオはとても喜んでいたよ。もうすっかり仲良くなったみたいだ」


 放課後の生徒会室。生徒会長席に座ったセシルが思い出したように言った。それを聞いて、よかったと胸を撫で下ろす。


 神殿近くで彼女たちを発見したあの日から数日。2人の名前がそれぞれエミリア、ノーラだということは分かったが、未だ姉であるエミリアの意識はない。

 ノーラが家名を口にしないため、どこから来たのかも不明なままだ。前神官様に似ていると思ったが、神殿関係者たちも心当たりはないらしい。


 髪色から貴族だろうと推察(すいさつ)されたが、そうなると神殿に『お気持ち』を収める必要がでてきてしまう。それに意識のないエミリアはともかく、いつまでもノーラを神殿に住まわせるわけにはいかない。


 ひとまずクールソン家に任せられないかと考えていたところで、セシルがノーラを王宮で保護することを提案してくれた。ちょうどレオ王子の遊び相手を探していたらしい。

 ただ、ノーラからするといきなり姉と離されることになる。大丈夫だろうかと心配していたが、杞憂(きゆう)だったようだ。


「しかし、本当によかったのか? 身元も分からないのに王宮に入れるなんて」

「大丈夫だよ。まったく見当が付いていないわけではないからね」


 そう言ってセシルはにっこりと笑った。彼が時々見せる、含みのある笑顔だ。それなら大丈夫そうだなと苦笑する。


「でも、心配ですわね。エミリアさんはまだ意識が戻られていないのでしょう?」


 書類にペンを走らせていたカロリーナが不安そうな顔をした。

 小さく頷いて、答える。


「リリー先生はそう言っていたな。また次の休日に様子を見に行くつもりだ」


 彼女たちを発見した後、すぐに神殿で怪我の状態を確認した。ノーラはほとんど無傷だったが、エミリアは酷い状態だった。

 よく見ると裸足はだしだった彼女はあちこちに怪我をしていて、腕だけでなく足にも縛られたようなあとが残っていた。どう考えても良い扱いを受けていたとは思えない。


 思い出すだけで眉が寄ってしまう。ふうと息をついて、改めて手元の書類に目を向ける。


 今確認しているのは入学式の名簿だった。何度数えても国に出生登録された今年の入学予定リストと数が合わない。

 家から入学取り消し申請があったらしく名前は分からないが、女子生徒が1人足りていないらしい。


――そういえば、エミリアも私たちと同じくらいの年齢に見えたな。


 貴族であればこの学園に入っているはずだ。しかし彼女に出会ったことはない。珍しい真っ白な髪なんて一度見たら忘れないだろう。どこかの学年にいたら噂になっていてもおかしくないが、ウォルフから彼女の話を聞いたこともない。


 もしかして、と頭に浮かんだことを口に出す。


「エミリアは、本当は今年学園に入学する予定だったんじゃないか?」


 私が呟くと、何故かセシルが小さく笑った。なんだろうと首を傾げる。彼はこちらに顔を向けて、嬉しそうに微笑んだ。


「さすがだね、アレン。僕も君と同じ考えだよ」

「直前に入学取り消しを受けた生徒が彼女だと?」

「ああ。まれ体裁(ていさい)を保つために、子供を最初から入学させないという判断をする家があってね」


 セシルはちらりとカロリーナに視線を向ける。それを受け取って、彼女は自分の机に置かれていた本を開いた。ぱらぱらとページをめくり、頷く。


「そうですね。よほど素行不良だったり、危険思想を持っているような方は入学自体を取り消すことがあるようです。あとは滅多(めった)にありませんが、入学式を過ぎても魔力開放が起こっていない場合ですわね」

「魔力開放が? ……魔法が使えないということか」


 エミリアが何故入学取り消しになったかは分からない。しかし神殿に運び込んだ時、ひとつ気付いたことがある。


「……彼女は、杖を持っていなかった」


 カロリーナがハッとしたように顔を上げた。セシルは腕を組んで眉を(ひそ)める。


「魔法が使えない貴族がどういう扱いを受けるかは……あまり表には出ていないけど、相当酷いものだと聞いている。家によっては(せき)を抜いて追い出したり、使用人同然として扱うこともあるようだね」

「そんな……まさか、エミリアさんも?」


 カロリーナは青い顔をして口に手を当てた。貴族と平民の違いが『魔法が使えるかどうか』にあるこの国では、魔法が使えないことは貴族にとって致命的だ。どれだけ身分が高くても、貴族である証明をできないのだから。


 でも、エミリアはどうして拘束されていたんだろう。もし彼女が暴力的で危険な性格だとしたら、一緒にいたノーラの態度に違和感がある。

 それに家名を出さないということは、彼女たちにとって『家』は救いとなる場所ではないのだろう。どこかで拘束されていて家に帰る途中だったというわけでもなさそうだ。


 もしや自分たちの家に拘束されていたのでは。そう考えていたところで、セシルが時計を見て立ち上がった。


「そろそろ時間だな。すまないが、僕は学園長と話があるから席を外すよ。君たちも切りのいいところで寮に戻ってくれ」

「ああ、わかった」

「いってらっしゃいませ」


 カロリーナと共に彼を見送り、机の上の書類をまとめる。


 もしエミリアが魔法を使えないせいで入学取り消しになったのであれば、意識が戻っても学園には入れないだろう。

 貴族が自分の身内をどう扱っていても、それはあくまで家庭内の問題だ。ただ自分の意思で家出をしただけという話になってしまったら、彼女たちは強制的に連れ戻されるかもしれない。


――さすがに生徒でない相手には、生徒会としては何もできないだろうな……。


 実際はエミリアの話を聞いてからになるだろうが、貴族ならばクールソン家として関わりすぎるのも良くないだろう。それよりは神殿関係者として、個人的にできることを考えたほうがいい。


「……そういえば、アレン様。私もお伝えしたいことがございます」


 ふいに、カロリーナが口を開いた。改まってなんの話だろうと手を止めて彼女に顔を向ける。カロリーナは小さく息をつくと、にっこりと微笑んだ。



「実は先日、セシル様の婚約者候補を降りることが決定いたしましたの」



「……えっ!?」


 予想外のことに驚いて反射的に椅子から立ち上がる。彼女はきょとんとした顔をすると、くすくすと笑った。

 何でもないことのように落ち着いている彼女を見て余計に戸惑(とまど)ってしまう。


 卒業後は結婚するのだろうと思っていた2人が、まさかこのタイミングで関係を解消するなんて。


「な、何故だ? 2人は仲が良かったんじゃないのか?」

「ええ、とても。仲違(なかたが)いをしたわけではありませんから、ご安心くださいませ」


 カロリーナは静かに席を立って私の前まで歩いてくると、先程までセシルが座っていた席に目を向けた。


「ちゃんと話し合ってお互いに納得した結果です。解消するなら私のためにも早いほうが良いだろうと……それでも、本当に申し訳ないと謝られました」


 柔らかい笑みを浮かべる彼女に何と言っていいか分からず口をつぐむ。おそらく解消はセシルから言い出したことなのだろう。彼には他に心を寄せる相手がいたのだろうか。

 確かに1年のダンスパーティーでもそんな話をカロリーナから聞いた気がする。一時的なものかと思っていたが、セシルは本気だったようだ。


 親友なのに知らないことが多いなと思いながら目の前の彼女を見る。昔からセシルに恋をしていたはずなのに、今も心から彼の幸せを願っているカロリーナは本当にかっこいい。

 黙っているわけにもいかず、少しだけ間を置いて声をかける。


「君はとても魅力的な女性だ。きっとすぐ素敵な相手が現れるだろう」


 迷った挙句、そんなありきたりな言葉しか出てこなかった。カロリーナはくるりと私を振り返ると、眉を下げて笑った。


「ありがとうございます。でもそれは、別に今すぐでなくても良いのです」


 その言葉に目を丸くしてしまう。彼女はぐっと胸の前で拳を握った。そして、期待を込めるように言った。


「ウォルフお兄様が魔道具の研究中に開発の楽しさに目覚められたようで。卒業後は手伝わないかと誘われていますの。私も魔道具に関わるお仕事に憧れていましたから、ちょうど良い機会ですわ」




===




 カロリーナと別れて図書館へ向かう。渡り廊下まで来たところで小さく息をつく。彼女が落ち着いていたのに私が慌ててどうする、と我ながら呆れてしまう。


――2人が納得したなら、きっとこれでよかったんだ。


 3年になってから婚約解消なんて、他の令嬢なら落ち込んでもおかしくない状況だ。あれだけ前向きに新しい道を歩み始めているカロリーナはすごいな、と改めて尊敬する。

 彼女だけじゃない、セシルもだ。知らない間に大きな決断をしていたらしい。彼もまたカロリーナと同じように将来を見定めているのだろう。


 そこでふと、神殿で言われたことを思い出した。


『聖女様が神殿にいらっしゃるおかげで、安心して働けます』


 神殿の手伝いをするようになってから同じような言葉を何度もかけられた。治療を受けに来た人にも、神殿で働く人達にも。

 聖魔力は神殿にたくわえられているが、自分の魔力のみで治療できる人がいるのといないのでは大違いらしい。学園卒業後は神殿にお勤めになるんですよね、と笑顔で言われたこともある。


 神殿にはルーシーもいるが彼女は罪人として軟禁(なんきん)されている身で、神殿関係者からは聖女補佐と呼ばれている。あくまで『聖女』は私だけだ。


――卒業後……私は、どうしようか。


 乙女ゲームが終わってからと先延ばしにしていたが、いよいよ本格的に決めなければならない。セシルを支えられるように宰相(さいしょう)を目指したい気持ちは変わらない。しかし神殿にいてほしいと言われて、悩んでしまったのも事実だ。

 そんな簡単に揺らいでしまう程度の想いで、国の中枢(ちゅうすう)になう重要な役職を目指してもいいのだろうか。


「あっ、クールソン様!」


 前から歩いてきた相手に声をかけられ、顔を上げる。昼休みにも食堂で一緒だった彼が本を片手に駆け寄って来た。


「アンディー。君も本を借りに来ていたのか」

「はい! 明日の授業で学ぶことの予習をしておこうかと」


 それは偉いなと返しながら、彼は何の専門授業を受けているのだろうと考える。思えば今まで詳しく聞いたことがなかった。


「……君も、卒業後の進路は決まっているのか?」


 ちょうど考えていたことをそのまま尋ねる。彼は迷わず頷いた。


「そうですね。家を継ぐことに変わりありませんが、鑑定士(かんていし)になりたいと思っています。ギレット家は昔から石魔力の家系で宝石を扱っていたので、僕も幼い頃から宝石を目にしていて……」


 アンディーはそう言って頬を掻いた。鑑定士の資格という資格はないため、今はお父上に認めてもらえるようひたすら勉強をしているらしい。

 しばらくそのまま立ち話をしていると、辺りが薄暗くなってきた。門を封印してから魔物が出ることはなくなったが、ここは裏山にも近い。


「引き留めてすまない。気を付けて帰ってくれ」

「ありがとうございます。それでは、また」


 彼を見送って図書館に入り、まっすぐ目当ての棚へ進む。宰相の試験について書かれた本を手に取って、ぱらりとめくる。

 アンディーもしっかり卒業後を見()えて努力しているようだ。みんなすごいな、と素直な呟きが誰もいない図書館に(こぼ)れる。


 こうやって進路を考えるのもなつかしい。昔、それこそ前世で学生だった頃も進路を決めるのは苦手だった。特に就きたい仕事もなく結婚して辞めるという選択肢もなかったため、自分の将来の姿が全く思い浮かばずに悩んでいた気がする。


――そんなことは覚えているのに、未だに前世の名前は思い出せないな。


 無事に門の封印を終えてからも、例の記録に書かれた日本語は読めるようになっていなかった。もしかしてルーシーなら読めるのだろうか。彼女も、前世の名前は覚えていないんだろうか。

 せっかく同じ転生者に出会えたのに、まだちゃんと話したことがない。彼女の考えは理解できないが、ひとつの目標を掲げて何年も努力をしていたことだけを考えれば立派だと思う。


「ルーシーと話す機会はないだろうか……」


 彼女は私と話したくなんかないだろうけど、とため息をつく。

 ひとまず手にしていた本を借りて図書館を後にした。

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