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12話 秘密の図書室②

 階段はそれほど長くなかった。1階分下がっただろうかという辺りで急に視界が開ける。


 そこは天井もそれほど高くない、教室ほどの広さの部屋だった。背伸びすれば届くくらいの本棚が所々に置かれていて、机や椅子もある。それこそ本当に、学校の図書室を思い出すような造りだ。


 なんとなく懐かしい気持になりつつ、天井を見上げる。壁に窓はなく、明かりは天窓から入ってきているようだった。窓の外に草が揺れているのが見えるため、ここは地下なのかもしれない。足元を確認してみると、先ほど見たのと同じ形の魔道具が壁に接するように置かれていた。


「さっきまで3階にいたのに」


 思わず呟いてしまい、口を抑える。周りを確認しても人の気配はない。魔道具に魔力を込めた人がいるかもしれないと考えていたが、杞憂きゆうだったようだ。ではその人はどこに行ったのだろうと思っていると、セシルが近くの本棚から本を取り出した。ぱらぱらとめくり、奥付を確認している。


「ここにある本は、王宮の図書室にある本よりかなり古いみたいだ」

「この場所も王宮の中じゃないのか?」


 そう尋ねると、セシルは首を振った。

 手にしていた本を棚に戻して、辺りを見回す。


「魔道具で作られた通路を通ってきただろう? おそらくここは王宮からかなり離れた場所だと思う。その階段以外に出入り口がないみたいだから、秘密の図書室だね」


 確かに部屋の端まで見渡してみても、どこにも扉のようなものは見当たらない。もし本当に王宮からしか出入りできないのだとしたら、確実に子供が勝手に入っていいところではない。それこそ、図書室の利用許可とは別の許可が必要なのではないだろうか。

 下手をすると、王族ではない私は入ること自体が罪になるかもしれない。不安な気持ちが伝わったのか、セシルはこちらを向いて笑った。


「王子の僕が一緒だから心配しないで。誰かに気付かれる前に戻ればいいよ。せっかくだし、色々見てみよう」


 何故か彼には心を読まれてばかりだ。もしかして無表情だと思っているのは私だけで、結構顔に出ているのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、彼はさっそく目についた本を取り出して眺め始めた。ずっとその姿を眺めているわけにもいかないので、本棚の間を抜けて奥へ向かってみる。魔道具に魔力を込めた本人がいないなら有りがたい。正直、私もここにどんな本が置かれているのか気になっていた。


――直接じゃなくても、本編に関わるような情報があったらいいんだけどな。


 自分の記憶や知識は偏っている上にうろ覚えだ。魔界の門の開閉について書かれた本や、聖魔法の種類について書かれたような本があればと背表紙を見て回る。


 詳しい知識があれば、学園で事件が起こる前に門を閉じることができるかもしれないし、ヒロインの手助けができるかもしれない。逐一攻略対象の誰かが守らなくても、ヒロインがいろんな聖魔法を使いこなせていればそれだけで魔物に対しての戦力にもなる。


 さすがにそれは彼女の荷が重すぎるか、と苦笑していたところで、ある本に目が留まった。


 それは真っ白な背表紙に金の装飾が施された、綺麗な本だった。題も作者も書かれていない。少し背伸びしてその本を手に取る。

 表紙も同じく、真っ白で何も書かれていなかった。しかしなんとなく、白と金の色合いは聖魔法のイメージに近いような気がした。予想通り、表紙をめくると小さな文字で『聖魔法』と書かれていた。


 その本を持って天窓の下に向かう。明るい陽の下ではページ1枚1枚がきらきらと光っているように錯覚する。

 さらにページをめくると、聖魔力についての説明が書かれていた。説明といってもかなり簡潔に、一行だけだ。


『聖の魔力は神に愛された者にのみ与えられる』


 これは説明になっているのだろうか。おそらく、身分には関係ないという意味なのだろう。本来ならこの世界で魔法を使えるのは貴族だけだが、ヒロインは平民だった。

 元聖女である今の神官様はどうなのか分からないが、ゲームではヒロインが聖魔法を使う初めての平民として学園に入学していたので、きっと貴族なんだと思う。


 ページを進めると、見覚えのある言葉が載っていた。


『ヒール……怪我や病を癒す魔法』

『ホーリーライト……闇を祓う魔法』


 説明文はざっくりしているが、この2つは知っている。ゲームでヒロインが使っていた魔法だ。特にヒールは、怪我を治すことで好感度が上がるイベントもあったためよく覚えている。

 ホーリーライトは後半のイベントで覚える上に、1回くらいしか使わなかったから、どんな魔法だったのかあやふやだ。この説明文を読んでもなんとなくしか分からない。さらに他の魔法の説明も載っていたが、初めて聞く単語ばかりで全く頭に残らなかった。


 こんな機会があると知っていればメモを持ってきたのに、と悔やんでいたところで、手が滑ってページが飛んだ。一気にばらばらと最後のほうまでめくれてしまい、慌てて止める。


 できればもっとしっかり読みたい。大人しく椅子に座って読むかと思いながら、何気なく開かれたページに視線を落とす。

 そこで、思考が止まった。



『リセット……すべての状態異常を無効化する魔法』



 驚いたのはその魔法の説明文に対して、ではない。このページを見た瞬間、強烈な違和感を覚えた。

 何故ならそれが、今まで見慣れていたこの世界の文字ではなく、『日本語』で書かれていたからだ。


「リセット……?」


 ゲームの中ではそんな魔法見たこともない。もちろんヒロインも使っていなかった。どうしてこの世界の本に日本語で書かれているのかも分からないし、リセットという単語も若干不安になる。

 特にゲームでは、全てを消して最初からやり直す時に使うイメージが強い。以前なら気にも留めなかったが、ゲームの世界にいる今は他人ごとだと思えない。


「アレン、何か見つけたのかい?」


 セシルに声をかけられ、顔を上げる。子供とは思えないほど知識のある彼なら、この魔法が日本語で書かれている意味を知っているかもしれない。もしかしたら、日本語はこの世界で古代文字のような扱いをされている可能性もある。

 そう思い、開いていたページを彼に見せた。


「聖魔法の本を見つけたんだが、セシルはこの『リセット』という魔法を知っているか?」


 私がそう言うと、彼は何故か不思議そうな顔をした。少し考えるようにじっと本を見詰め、次いでこちらに視線を向ける。


「すまない。その魔法についてもう一度言ってほしい」


 聞こえなかったのだろうかと私も不思議に思いつつ、改めて口を開く。


「このページに書かれている、『リセット』という魔法を知っているか?」


 セシルは変わらず不思議そうな顔をしたまま首を傾げた。どうも様子がおかしい。どうしたと尋ねる前に、彼は申し訳なさそうに言った。


「君が魔法について話していることはわかるのに、何と言っているのかわからない」

「え?」


 予想外の言葉にきょとんとしてしまう。リセットという単語も普通にこの世界の言語で話しているつもりだが、セシルには日本語で聞こえているのだろうか。呪文扱いだからかもしれないが、会話で使う言葉すら勝手に別言語になるのか? と悩んでいたところで、彼が続けた。


「それから、そのページ……何も書かれていないように見える」

「っ!?」


 さすがに驚いて、彼に向けていた本をひっくり返す。そのページを見て思わず息をのんだ。


 確かにさっきまではリセットの文字と説明が書かれていたのに、元から何も書かれていなかったかのように真っ白になっている。というよりページそのものが消えてしまったようで、そのまま次のページが奥付になっていた。


――どうなってるんだ……?


 他のページを見ても、別に変わったところはない。ヒールやホーリーライトも説明と共にしっかり書かれている。幻覚でも見ていたのだろうか。……こんなにはっきり頭に残っているのに?


 どうしてこの世界の言葉にできないんだろう。どうして私にしか見えなかったんだろう。考えれば考えるほど怖くなってきて、静かに本を閉じる。

 心配そうな顔をしたセシルが隣に来て、そっと背中に手を添えてくれた。


「大丈夫かい?」

「……すまない。見間違い、だったみたいだ」


 そう思うしかなかった。一緒にいたセシルにも見えなかったのなら、本当にこの本に書かれていたと証明する手段はない。もはや自分でも本当に見たのか信じられないでいると、彼がぽんと背中を叩いた。


「僕にはわからなかったけど、それは聖魔法の本なんだろう? 君が見たその魔法もきっといつか役に立つよ。ついでに、他の属性魔法についても見てみないかい?」


 つい落ち込んでしまった私を励まそうとしてくれているようだ。さっきのことは忘れようと思いながら頷く。


 彼は手に持っていた本を掲げた。表紙にはくっきりした文字で『呪文詠唱の基本』と書かれている。いかにもな題名に目を丸くしてしまうが、そこでふと授業で学んだことを思い出した。


「呪文詠唱って、人によるんじゃないのか?」


 魔法と言えば呪文詠唱だが、使い手が少ない聖魔法と違い、ほとんどの魔法では呪文が固定ではないらしい。人によってイメージするものが違うとかで、その辺りは自由なんだそうだ。

 セシルは頷いて、近くの机に本を広げた。


「今はね。昔はみんな同じ呪文を使っていたんだって。これはその教本みたいなものだね」


 そう言って開いたのは、氷魔法のページだった。呪文と魔法の説明、イメージするものの挿絵が載っている。これで同じイメージを持てるようにしていたらしい。

 せっかく自由度の高い魔法を使っているのに、みんながみんな同じ呪文しか使っていなかったとはもったいない。私が魔法を使えるようになったら、色々試してみたいところだ。


「誰が使っても同じってどうなんだろうな。兵としてはいいかもしれないが」

「発想も固定されてしまうのは、ちょっとよくないよね」


 セシルはページをめくりつつ「でも」と続けた。


「やっぱり昔の魔法もかっこいいんだよね。絵が描かれているせいかもしれないけど」


 彼が開いたページを見て、納得する。ここには氷の攻撃魔法が書かれているらしく、説明と共に勢いのある挿絵が描かれていた。こういうのが実際に使えたらかっこいいと思う。範囲攻撃は仲間に当たったりしないのだろうかと考えたが、たぶん大丈夫なんだろう。


 英語じゃないけど発音的に英語なんだよなと思いつつ呪文を見てみる。みんな同じイメージを持てるようにするためか直訳が多いが、わかりやすさで言えば一番なのかもしれない。


――覚えてないけど、アイススピアやアイスウォールはゲームのアレンも使ってたかもな……氷の壁とか作ってた気がするし。


 念のため覚えておこうと説明を見ていると、セシルが顔を上げた。


「アレン、自分が使うとしたらどの魔法がいい?」


 突然そう聞かれると迷ってしまう。アイスウォールもいいが、絵面的には地味かもしれない。「そうだな……」と腕を組んで少しだけ考え、答えた。


「私はアイススピアかな。範囲攻撃だから強そうだ」

「いいね。消費魔力によって数も変わるし、攻撃対象を選べるみたいだし」

「セシルはどうなんだ?」

「僕はファイアボールかなぁ。単純に使い勝手がよさそうだから」

「火魔法なら、もっと派手なのもありそうだけどな」


 そんなことを言いながら2人で本を眺めていると、どこかで鐘の音が聞こえた。はっとして顔を見合わせ、急いで本を片付ける。


 階段を駆け上がり、周りに誰もいないのを確認して本棚の間から出る。元の王宮の図書室には相変わらず司書以外いないようで、静かだった。手すりから入口の扉を見てみると、変わらず司書は椅子に座っていた。それを確認して、セシルと共にほっと息をつく。


「そろそろ中庭に戻ろうか」

「……そうだな」


 結局ここの本は1冊も読まなかったなと思いながら、セシルに続いて螺旋階段を降りる。途中で2階と1階もちらりと見てみたが誰もいなかった。

 私たちが降りてきたのに気付いた司書は椅子から立ち上がり、頭を下げた。


「警備ありがとう。僕たちは戻るよ」

「はい。またお待ちしております」


 それだけ言って音もなく扉を開ける。最初から最後まで静かな人だった。私たちがいなかったことに気付いていたのかどうかもわからない。何も言われなかったので、ひとまずバレていないと思っておこう。


 扉の外で待っていたスティーブンと合流し、渡り廊下を通って中庭に向かう途中、前から魔術師が慌てた様子で走ってきた。セシルを見ると急いでローブのフードを取り頭を下げて、そこで何かに気付いたように顔を強張こわばらせた。


「し、失礼します。セシル王子、図書室からいらっしゃいましたか?」

「え? ああ、そうだよ」

「ええと、何と言ったらいいか……螺旋階段以外の階段は、ご使用になっていませんよね?」


 何故彼がこんなに慌てているのか分かり、セシルに視線を向ける。セシルはこちらを見ることもなく、にっこりと笑って頷いた。この歳でポーカーフェイスを身に着けているなんて恐ろしい子供だ、と心の中で苦笑する。


「うん。あの図書室に螺旋階段以外の階段があるのかい?」

「い、いえ! そうですよね。変なことをお聞きしてしまい、申し訳ございません」


 私たちが通り過ぎたのを確認して再び駆け出した彼を目で追う。少し忘れ物が、利用申請は午前中だけでは、と後ろから声が聞こえてくる。図書室の護衛兵となにやら揉めているようだ。

 同じようにそれを聞いていたらしいセシルが、含みを持たせて言った。


「『図書室』楽しかったね、アレン」

「ああ、そうだな。『図書室』の本はあまり読めなかったが」

「またおいでよ。君なら大歓迎だ」

「ありがとう。その時はお言葉に甘えさせてもらう」


 図書室から出てきたばかりの私たちがそんな会話をしているのが不思議らしく、スティーブンが首を傾げている。実際『図書室』にしか行っていないのだから、嘘はついていない。ただそれが、ちょっと王宮とは違う場所だっただけだ。


 セシルと顔を見合わせて、こっそり笑った。

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