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106話 ラスボスの思惑

 穴の先は真っ暗な通路になっていた。突き当たりに小さな扉があり、そこからわずかに明かりが漏れている。

 さっそく開けようとするセシルを止め、彼に代わって扉に手をかける。


 学園長室の鍵は開いたままだった。つまり、マディは『誰が追ってきても構わない』と考えているということだ。


――ここまで何もなかったからこそ罠があるかもしれない。


 扉の隙間すきまから確認すると、予想通りそこは魔道具庫の中だった。目の前には魔道具の棚が並んでいる。その棚の間から、のそりと動く大きな影が見えた。

 背の高い土のかたまりが薄暗い魔道具庫内を闊歩(かっぽ)している。しかも、何体も。


「アレン、どうだ?」


 ライアンが待ちきれないというように小声で尋ねてきた。動き回っているそれらから目を離さず、同じく小声で答える。


「複数体のゴーレムが作動している」

「ゴーレムが!?」


 以前の騒動を思い出したのだろう。ライアンは驚いたように声を上げ、慌てて両手で口を押さえた。

 セシルが眉を(ひそ)め、握った杖に目を向ける。


「学園長代理が作動させたのか。こんなところで戦っている暇はないんだが……」

「なんとか気付かれずに移動できないのか?」


 ライアンの言葉に、腕を組んで頭を(ひね)る。1体ならともかく複数体のゴーレムを相手に隠れられるものだろうか。咄嗟(とっさ)に良い魔法も思い付かない。

 そこで、幼い声がした。


「全部倒してしまうのはダメなんですか?」


 ロニーがそう言って杖を取り出す。確かに彼の魔法ならゴーレムを行動不能にできるかもしれない。少しだけなら範囲攻撃もできるようになったらしく、彼は任せてくださいと胸を叩いた。


「あ、でも……まだ範囲が狭いから、何体かは当たらないかも」

「じゃあ俺が土魔法で一か所に固めるか。一瞬でいいよな?」


 彼らが作戦を立てている間にちらりとセシルを見る。ゴーレムは学園の備品でかなり高価な魔道具だが、今は仕方ないと彼は首を振った。そんなことまで気にしていては門の開放を止められない。


 私は後方へ下がり、代わりにライアンとロニーが前に出る。音を立てないようにそっと扉を開け、2人は同時に杖を構えた。


土よ囲め(フレーム・クラッド)!」


 ライアンが先に唱える。彼の身長であまり見えないが、うまくゴーレムを1か所に集めることができたようだ。

 突然の攻撃にゴーレムたちが慌てて頭部の魔鉱石を入れ替える音が聞こえる。カシャンと高い音が響く魔道具庫内に飛び込んで、ロニーが唱えた。


敵を壊せ(クラッシュ)!」


 一瞬室内が真っ白に光り、続いて轟音(ごうおん)が鳴り響く。振動で通路が揺れ、ルーシーは耳を塞いで小さな悲鳴を漏らした。

 少し間を置いてロニーが声を上げる。


「大丈夫です! ちゃんと当たりました!」


 その声でようやく私たちも魔道具庫へ足を踏み入れる。部屋の一部、土の壁に囲まれた中にはゴーレムが5体ほど煙を上げて横たわっていた。

 私はかなり時間をかけてやっと1体止めることができたのに、やはり雷魔法の威力は段違いだ。さすがだなと声をかけると、ロニーは嬉しそうに笑った。


「あっ……ここです! 先程お話しした、魔道具になっている床!」


 ルーシーが駆け出し、からになっているゴーレムの棚の前で止まる。薄暗いのによくわかったなと思いつつ、全員で彼女の元に集まった。

 マディが作動させたはずの床は、今は完全にいつも通りの状態になっている。よく見ると周囲には瓶の欠片が散乱していた。


 床に埋め込まれた石を見て、セシルが呟く。


「なんとなくだけど石に色が付いているね。学園長代理はこれを動かすために、違法魔道具を使ったようだ」


 彼も周囲の瓶が違法魔道具だと気付いたようだ。おそらく4つの属性が必要だと言いかけたところで、先にルーシーが口を開いた。


「赤、青、黄色、緑……なんだか、みなさんの魔力属性の色みたい」

「確かに、そう見えなくはないかも。みんなで何かすればいいのかな?」


 しゃがんで眺めていたロニーが同意する。それならとセシルが杖を床に向けた。


「僕たちも彼が違法魔道具を使ったように、各属性の魔法をぶつけてみようか」

「……そうだな。物理的に破壊しないようできるだけ魔力を抑えておこう」


 頷いて私も杖を床に向ける。ライアン、ロニーも続き、ルーシーが数歩下がって息をのんだ。息を合わせ、各々(おのおの)使い慣れている呪文を唱える。


 魔法は発動しなかった。


 代わりに、ズズンと重いものが動く音がした。石が埋め込まれていたタイルがスライドし、その先に階段が現れる。

 地下へ続く真っ暗な階段。奥から感じる気配に、ぞくと背筋が冷たくなった。


「……行こう」


 セシルが杖を握り締めて真っ先に足を踏み出した。先頭を彼に任せ、ルーシーを真ん中にするように並んで階段を下りる。

 私は一番後方から付いて行ったが、床の魔道具が閉じることはなかった。


 階段を下りた先は洞窟どうくつのようになっていた。蝋燭ろうそくもないのに妙に明るく、背の高いライアンでも余裕で通れるほど広い道が先へと続いている。

 周囲を警戒しながら足を進めると、遠くに黒いローブを着た後ろ姿が見えた。反響する足音に気付いたらしく、彼はこちらを振り返って呆れたような顔をする。


「なんだ。お前たちか」


 てっきり門の傍にいるかと思っていたが、道の途中で待機していたらしい。マディは馬鹿にしたように笑ってわざとらしく首を傾げた。


「こんなところまで何の用だ? ここは生徒が来ていい場所ではないぞ」

「……それはこちらのセリフだ」


 セシルが足を止めて杖を構えた。私たちも彼の横に並び、杖を握る。怒りを抑えているのか、セシルは低い声でマディに問いかけた。


「何故ここにいる? ……いや、違うな。何故あなたは、魔界の門を開放しようとしているんだ?」

「ほう! 理由を聞いてくれるのか!」


 マディは嬉しそうに顔を輝かせた。話したくてたまらないといった様子で大きく腕を広げ、洞窟内に声を響かせる。


「私は気付いたのだ。この世界は間違っている! どんな血筋の生まれでも、どの魔法を使えるかで価値が決まる。何の努力もせずに最初から持っていた力だけで、勝手に評価される! おかしいと思わないか?」


 ぎろりと鋭い目がセシルを睨み付けた。マディは弟である学園長のことを言っているのだろう。兄弟で自分だけ火魔法を使えないということが、よほどコンプレックスになっているようだ。


 彼は語りを続けた。


「そんなものより努力して手に入れた力こそ称賛(しょうさん)されるべきだ! 私は努力によって闇魔力を身に着けた。人の心も行動も思いのままに操り、誰もが怯える瘴気しょうきにすら耐える素晴らしい力を! それなのに誰もこの素晴らしさを認めようとしない。あまつさえそれは愚かなことだと、闇魔力など隠すべきだと言い放った!」


 声を荒げ、マディは拳を握った。後天的に得ることができるのは聖魔力か闇魔力だけだ。そこで何故闇魔力を選んだのかはわからない。しかし、得ようと思って簡単に得られるような力ではないはずだ。


――努力をしたのは本当なんだろうが……使い方がよくないな。


 杖を構えたまま心の中で呟く。マディは大きく息をついて、声高(こわだか)に叫んだ。


「だからあの門を開けてやるのだ! 門が開きこの世界に瘴気しょうきが充満すれば、生き残ることができるのは闇魔力を持っている選ばれし者だけだ! この力を馬鹿にし、差別した者はみんな死ぬ。たとえ火魔法を扱う王族であろうとも!!」


 そう言って彼がふところから取り出したのは、ダンスパーティーで見た輪のような魔道具だった。あまりの言葉に呆れていたため、全員反応が遅れる。

 彼は何かを呟いて、にやりと笑った。


「あの世で後悔するがいい。私を認めなかったことを」


 ぐらりと大きく足元が揺れる。足を滑らせたロニーが転び、同じく転びかけたルーシーをライアンが受け止めた。

 あの魔道具を持たせたままでは門に闇魔力を送られてしまう。揺れが収まるより先に狙いを定め、唱える。


「アイスウォール!」


 マディの足元から現れた氷の壁が彼の手から魔道具を弾き飛ばした。フンと鼻で笑って、彼は肩をすくめる。


「そんなことをしても無駄だ。すでに門の開放に必要な闇魔力は溜まっている」

「何……!?」

「今のは仕上げだ。一足遅かったようだな」


 ダンスパーティー以外でもマディは門へ闇魔力を送り続けていたのだろう。おそらく、遠征訓練の直後から。早く封印しなければ、本当に手遅れになってしまう。

 私たちを足止めをするようにその場に立ち(ふさ)がり、彼は両手を前に突き出した。


「そんな小娘に門の封印ができるものか。邪魔をしないでもらおう!」

「ッルーシー! 下がれ!」


 セシルがルーシーを庇うように前に出る。しかし、マディの闇魔法が彼女に向かうことはなかった。

 突然地面から闇が広がる。視界が黒に染まる。身動きが取れなくなり、「何だ!?」とライアンの声が聞こえた。


「みんな!!」


 ルーシーの悲鳴のような声が響く。どうやらマディの魔法は彼女ではなく、私たち攻略対象に向けて放たれたらしい。

 わずかに気持ち悪くなったが、耐性があるためこの魔法にどんな効果があるのかわからない。みんなは無事だろうかとセシル達の方へ目を向ける。


 そこで、ふっと闇が消えた。


「……うん? あれ、なんだったんだ?」


 ライアンがきょとんとした顔をしている。ロニーは首を傾げている。セシルも目を丸くしているが、特に変わった様子はない。

 どういうことだと思っていると、マディがありえないというように口を開いた。


「な……何故効かない!? 闇魔力が普段よりも強まっているというのに、何故耐えられるんだ! 早くその小娘に攻撃しろ! そういう魔法をかけたはずだ!」


 慌てているマディに向かって、ふいにルーシーが足を踏み出した。キッと鋭い目をして彼を睨み付ける。


 マディは一瞬たじろいで、懐から杖を取り出した。


「闇魔力の素晴らしさも分からないガキめ。貴様も恵まれた力でちやほやされて良い気になりおって!」

「私はこの『力』が素晴らしいなんて思ってない」


 ぴしゃりと叩きつけるように、ルーシーが言った。思わず息をのんで彼女に視線を向ける。ルーシーは(うつむ)いて自分の手を見ながら続けた。


「聖魔力のせいでいきなり生活が変わって好き勝手にいろんなことを言われて、ずっと嫌だった。最初は小さな怪我しか治せなくて、自分にも使えないこの力の何がいいのか分からなかった。……この学園に入って、みんなと出会うまでは」


 胸の前で両手を握りしめて、彼女は顔を上げた。


「私はこの力で大事な人たちの怪我を治して、感謝してもらえてようやく気付いた。持っている力が素晴らしいかどうかは『使い方』で決まるの。あなたの力の使い方は、間違ってる」


 その言葉に既視感を覚える。これはゲームのセリフだ。記憶にある最後のイベントで誰かが言っていた。確か、この後に続く言葉は……。


 ルーシーはマディから目を逸らさずに、声を上げた。


「心も行動も思いのままに操るなんて、そんな力の使い方が素晴らしいわけない。本当に大事な気持ちは、人の強い想いは、そんなものじゃ消せないんだから!」


 隠された図書室で思い出した『強い想いを闇魔法で消すことはできない』というセリフ。あれはヒロインである彼女の言葉だったらしい。


 そうか、と納得したようにセシルが呟いた。


「今の魔法が僕たちに効かなかったのも……」

「ルーシーに対する想いを消そうとされたから、失敗したってことか」


 ライアンがそう言って照れたように頬を掻いた。マディはわなわなと肩を震わせ、ルーシーに向かって杖を振り上げる。


「綺麗事をぬかしおって、たかが平民の小娘が!!」

「させるか!」


 彼が呪文を唱える前にセシルの杖から火の玉が飛んだ。それは正確にマディの杖を弾き飛ばし、そのまま炎で包む。

 杖が一瞬で灰に変わったのを見て、マディは顔を青くした。急いで(きびす)を返し、走って逃げようとしたところで目の前に土の壁が現れる。


「行かせねえ!」


 ライアンの声が洞窟に反響した。間を置かず、緑の閃光(せんこう)が走る。


「いい加減にどいて!」


 雷鳴が(とどろ)き、マディの足元から煙が上がった。雷魔法が当たったと思ったのか、マディは白目を()いてその場に崩れ落ちる。完全に気絶してしまったようだ。


――マディは、一応ラスボスのはずなんだが……。


 みんな強すぎないか、と苦笑する。あっという間にラスボス戦が終わってしまった。私は最初に輪の魔道具を弾き飛ばしただけで、大して何もしていない。

 ゲームではさすがにもう少ししっかり戦っていた気がするが、本当にこれでいいのだろうか。みんな訓練をしすぎて強くなりすぎていたのかもしれない。


 まぁ、戦闘が長引くよりはいいだろう。そう思い道の先へ目を向ける。


「早く門のところへ行きましょう!」

「そうだね、急ごう」


 ルーシーの言葉に頷いて、みんな一斉に駆け出した。私も付いて行こうとしたところで、倒れたマディがそのままになっていることに気付く。


「先に行ってくれ! 念のため彼を縛ってから向かう」

「……わかった、気を付けて!」


 一瞬不安げな顔をしたセシルを見送って制服のネクタイを外す。ゲームではこの後どうなっていたか分からないが、マディは門の開放を企んだ危険人物に違いない。すぐに衛兵を呼べない今、拘束もせず放置して逃げられてしまっては困る。


 彼の傍にしゃがみ込みネクタイで腕を縛っていると、ぶつぶつと呟いている声が耳に届いた。


「くそ、くそっ、能無し共め。私の考えが差別に苦しむ少数派を救うと何故理解できない。もう少しで否定され続けた闇魔力保持者が他者を見下し、認められる世界になるところだったというのに」


 いつの間にか意識が回復していたらしい。簡単にほどけないようしっかりと結び目を作り、息をついて立ち上がる。


「あなたのやり方は間違っていた。……少数派は差別されるべきではないが、極端に優遇されるべきでもない。認められるために他者を(おとし)めるのはやりすぎだ」

「貴様に何がわかる。長年存在しない者として扱われてきた者の気持ちなど」

「わかる。……私には」


 マディは首を動かし、怪訝(けげん)な顔をして私を見上げた。それを見返して背を向けたところで、彼が思い出したように言った。


「そういえば貴様は監視魔法の反応も妙だったな。特にダンスパーティーの日は」

「……何のことだ?」


 思わず立ち止まって振り返る。

 マディはフンと鼻を鳴らして顔を逸らすと、予想外の言葉を口にした。


「私のものではない闇魔法を食らっていただろう。せいぜい用心しておくことだ」

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