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104話 終わりの始まり

 ダンスパーティーから3日が経った。


 あの後ホールに戻ってからは何事もなく、パーティーは無事に終わった。生徒会として最後に見回りをしたが、去年のように魔物が現れることもなかった。

 あれから今日までマディにもまったく動きがない。これが嵐前の静けさだと知っているのは、おそらく私だけだ。


 門の場所も行き方も、おおよその見当はついている。マディが動く前に行動することもできるが……と考え、小さく首を振る。

 私たちには監視魔法が付いているはずだ。今更下手に動いてゲームのストーリーを変えてしまう方が危険だろう。


 いつイベントが起こっても良いようにとふところの杖を確認しつつ、配られた書類を自分の机に並べる。


「ダンスパーティーが終わったばかりだけど、来週は卒業式だね」


 生徒会長席に座ったセシルが書類に印を押しながら言った。私の正面、副会長席に座っているカロリーナが頷いて答える。


「今の3年生がいなくなってしまったら、いよいよ私たちが3年生になりますわね」

「今年は意外と生徒が残っているから、来年は専門授業の席を増やしたほうがいいかもしれないな。それと、全学年合同の交流授業もね」


 セシルの言葉で手元の書類に目を落とす。私が整理しているのは来週卒業する生徒たちの名簿だ。この学園では学年に関係なく婚約者が決まった生徒から卒業していくが、今年の卒業生は例年よりも少ない。

 男子生徒が残ることは多いらしいが、女子生徒も同じくらい残っている。


――まぁ、まだセシルが学園にいるからな。


 カロリーナが卒業していないため、生徒たちもまだセシルの婚約が確定ではないと分かっているのだろう。あと数年学園にいるだけで王妃になれる可能性があるとなれば、家から命じられて残っている生徒もいるのかもしれない。


 考えているうちに無意識にセシルを眺めてしまっていたらしい。私の視線に気付いた彼がこちらを向いて首を傾げた。


「どうしたんだい? アレン」

「ああ、すまない。今年は女子生徒が多く残っているから、みんな君の婚約者の座を狙っているのかと思ってな」


 カロリーナとの婚約が確定していない理由は分かっている。まだ乙女ゲームの本編中だからだろう。しかしそれを知らない生徒たちからすれば、セシルかカロリーナのどちらかがこの婚約に反対しているのだと考えられてもおかしくない。

 カロリーナから反対するのは難しいだろうから、王族のセシルが納得していないのだと思われているかもしれない。


 彼は苦笑いを浮かべて首を振った。


「みんな、というわけではないと思うけどね。……他にも魅力的な男子生徒が卒業せずに残っているから」

「そうなのか」


 彼がわざわざ魅力的だと言うなんて、一体誰のことだろう。やはり同じ学年の誰かだろうか。セシルが直接関わったことのある男子生徒といえば、私が知る限りはライアンとロニー、あとはアンディーくらいしか覚えていない。

 卒業とは違うが、ロニーは卒業式の日に学園を出ることになっている。だとすればルーシーと結ばれない限り来年も学園に残るはずの、ライアンのことだろうか。


 マディを追っていたため知らなかったが、ダンスパーティーではライアンとロニーは次々に女子生徒から誘われていたらしい。ルーシーと踊ってから姿が見えなかったのは、生徒たちに囲まれていたからだろう。


 ライアンは有名なウィルフォード家の令息であり、例の火事で活躍したと噂が広まっていたから。ロニーはまだ幼いが、雷魔法をその歳で使いこなしているから。

 女子生徒に大人気だったと聞いて、さすが攻略対象だと感心してしまった。


――そう考えると、私は攻略対象としては彼らほど目立ってはいないんだな。


 入学当初は尾ひれの付いた噂のせいで目立っていたが、あれは10年近く昔の話だ。学園に入ってから手柄を立てたライアン達とは違う。

 思い返せば、アレンはゲームでも『セシルのおまけ』みたいな立ち位置だった。きっとこれで正しいのだろうとこっそり頷く。


 何故かセシルとカロリーナが顔を見合わせたところで、バタバタと足音が生徒会室に近付いてきた。次いで、ノックと同時に扉が開く。


「し、失礼します!」


 普段は大人しいアンディーが、酷く慌てた様子で飛び込んできた。これは只事ただごとではないなとセシルが立ち上がる。


「どうしたんだい? そんなに慌てて」

「こ、校庭! 校庭に……!」


 全速力で走って来たらしく一度呼吸を整えて、アンディーは声を上げた。


「校庭に、魔物が!」

「こんな昼間から?」


 セシルが眉を(ひそ)める。魔物は基本的に瘴気(しょうき)が溜まりやすい暗い場所にしか現れない。今日は曇っているが、外は薄暗い程度で夜ほどの暗さはない。

 しかし昼間とはいえ、魔物が出ただけなら魔法で対処すれば済む話だ。わざわざ報告に来たということは、それだけ異常な事態なのだろう。


 これはもしやと彼に尋ねる。


「数は?」

「すみません、数えられていません! 多すぎて……!」

「わかった、ありがとう。すぐ校庭へ向かう」


 言い終わる前に席を立ち、そのまま生徒会室を飛び出す。「僕たちも行こう!」というセシルの声を背中に受けながら、ついに来たかと呟いた。


 学園内に大量の魔物が発生する『魔物襲来イベント』。うろ覚えの記憶では最後の共通イベントであり、ここからストーリーが最終局面へ向かう。つまりこれを乗り越えれば、その先に待ち構えているのはマディと魔界の門の封印だけだ。


 ルーシーが誰と結ばれるかは未だに分からないが、全員の好感度が上がっているのは確実だ。きっと誰のルートに進んでいても、門の封印は成功する。……いや、成功させる。


――何があっても、絶対にバッドエンドにはさせない。


 徐々に近付く嫌な気配を感じながら、ぐっと拳を握った。




===




 校庭では魔物と先生たちの争いが繰り広げられていた。あちこちで魔法が放たれ、辺りには悲鳴と轟音が響いている。

 ちょうど校庭で1年生の授業をしていたらしく、先生方は魔物の相手をするのに手一杯で生徒の避難が間に合わなかったようだ。


「クールソン様!」


 1年生を誘導していたピアが振り返った。彼女に駆け寄って、周囲を見回す。


「どういう状況だ?」

「先生方が魔物を退治するからと、生徒は校舎に入るよう言われたのですが……」


 そこに重なるように生徒の悲鳴が聞こえた。ピアと同時に顔を向けると、校舎へ続く道の途中にも魔物が数匹現れていた。

 1年生は魔物を見るのもオリエンテーション以来らしく、咄嗟(とっさ)に動けないようでまごついている。私が杖を向けるより先に、セシルの声がした。


焼き払え(フレイム・バーン)!」


 ボッと音を立てて魔物が火に包まれる。が、それだけでは消えない。炎を(まと)ったまま唸り声を上げる魔物に向かって、すかさず唱える。


氷の弾丸(ブレット・クリエイション)!」


 空中に円を描くように現れた氷の弾丸が連続して魔物を貫いた。ようやく通れるようになった道を生徒たちが慌てて走って行く。

 その後ろで、霧散したはずの黒い(もや)が再びじわじわと集まっていた。


「……消えない?」


 魔物と戦っている先生方を振り返る。先程から何度も攻撃魔法を放っているはずなのに、校庭に溢れている魔物の数はほとんど減っていない。

 むしろ、少しずつ増えているようにも見える。


「まずいな。これではきりがない」


 駆け寄って来たセシルが苦い顔をした。

 その後ろから、カロリーナがピアに声をかける。


「ピア様、魔物が現れた時の状況をご存知ですか?」

「は、はい!」


 ピアは頷いて詳しく話してくれた。彼女はちょうど別館にいて授業を受けていたらしい。校庭から悲鳴が聞こえて窓の外を見ると、地面から黒い煙のようなものが溢れてあっという間に魔物に変化したそうだ。


「地面から、ですか?」

「溢れ出てきたのはきっと闇魔力だろう。しかし、何故校庭に……」


 カロリーナとセシルは怪訝(けげん)な顔をする。魔物が現れるのは門の封印が弱まっているからだと理解していても、それと校庭の闇魔力は結び付かないのだろう。

 今ならいいか、と口を開く。


「闇魔力といえば、魔界の門はこの学園のどこにあるんだ?」


 私がそう言うと、セシルは顔を強張らせた。

 ぐるりと校庭を見回し、次いで足元に目を向ける。


「まさか、この下にあるのか!?」

「ま、魔界の門って、あの……?」


 ピアが青い顔をして口を押さえる。同じように顔を青くしたカロリーナが、杖を握り締めて呟いた。


「でも、おかしいですわ。前神官様が亡くなって門の封印が弱まっているのは以前から知っていましたが、こんなに早く瘴気しょうきが溢れるなんて。封印を維持するために講堂から送られている生徒たちの魔力は、……!」


 途中で言葉を止め、彼女は私に目を向けた。小さく頷いて答える。


「おそらくそれが例の『魔力溜まり』になっていたんだろう。あれも校庭の地下にあるという話だったからな」

「門を封印するための魔力が表に出て、魔道具に影響を与えていたということは……正しく門に送られていなかったということですか?」

「……そういうことだろうな」


 実際はマディの手によって止められていたのだろうと思うが、それも想像でしかない。なんにせよ、これで門の封印が本来よりも弱まっている可能性があると分かったようだ。


 黙って私たちの話を聞いていたセシルが顔を上げた。


「そういうことなら、やるべきことは1つだ。ルーシーと共に門へ向かい、一刻も早く聖魔法で封印をかけ直してもらうしかない」


 彼の言葉に、カロリーナと共に頷く。そこへ遅れてアンディーが走って来た。生徒会の私たちはともかく、他の生徒たちが校舎へ向かっている中で逆走していた彼は今の今まで先生に止められていたらしい。

 気にせずに避難していてもいいと思ったが、生徒会に報告した者として逃げ遅れた生徒たちの避難を手伝いに来たという。


「アンディー。ここに来るまでに、ルーシー・カミンを見ていないか?」


 セシルが周囲を見回しながら尋ねた。校庭にルーシーの姿はないため、いるとすれば校舎内か寮だろう。

 アンディーは息をつくと、大きく頷いた。


「はい、見かけました。ウィルフォード様とランプリング様と一緒に、食堂前の廊下にいたと思います!」


 どうやらルーシーは、しっかり攻略対象の傍にいるらしい。1人で行動しているよりは安全だろうと思いつつ、アンディーに礼を言う。


 さっそく校舎へ向かおうとしたところで、突然ぐらりと足元が揺れる。転びかけたピアをカロリーナが支え、校庭に顔を向けて固まった。

 彼女の視線を追って目を向け、息をのむ。


 地面が瘴気らしき(もや)に覆われる。辺りが一層暗くなり、多くの魔物が現れた。犬のような形をしたものから馬のような大きさのものまで様々だ。

 やはりあの揺れは門と連動しているらしい。先程よりも輪郭りんかくがはっきりした魔物たちを前にして、さすがの先生方も狼狽うろたえている。


 その隙に、魔物は避難している生徒たちへ狙いを定めたようだ。

 先生方を飛び越えて一斉に駆け出す。


切り裂いて(リップ・ナイフ)!」


 誰よりも早くカロリーナが唱えた。風の刃が飛び、魔物を切り裂く。彼女は杖を構えたまま、私とセシルに目を向けた。


「おふたりは、ルーシーさんと合流して門の封印へ向かってくださいませ! 私はこちらで生徒たちの避難を!」

「しかし、君だけでは……」


 危険だと言いかけたところで、ふいにピアが杖を握った。カロリーナの魔法を受けても消えなかった魔物に向かって呪文を唱える。


圧せよ(ポンプ・スタンプ)!」


 ドンと地面から水が噴き出し、複数の魔物を宙へ持ち上げた。一瞬の間を置いて今度は上から水が降り注ぎ、魔物を押し潰す。黒い影はその一撃で霧散した。

 ピアの魔法は初めて見たが、こんなに強かったのかと驚いてしまう。


 そこで、近付いてくる気配を感じる。私たちに向かって鳥のような形をした魔物が飛んできた。魔法を放つにはあまり距離がない。


 杖を向けようとしたところで、隣からアンディーの詠唱えいしょうが聞こえた。


石の斧(ライト・アックス)!」


 バキンッと音がして、彼の杖が灰色の石で覆われる。それは大きな(おの)のような形をしていた。アンディーは勢いよく前に飛び出し、両手で握った斧を振った。

 石の斧に両断された魔物は、さらさらと消えていく。


 この魔法はもしや……と思っていると、彼は振り返って頬を掻いた。


「すみません、クールソン様の剣を参考にさせていただきました。あまり耐久性はありませんが、近接でも十分戦えます。この場はお任せください」


 再び斧を構え、彼はこちらに背を向ける。その隣でピアが力強く頷いた。


「私たちもカロリーナ様と一緒に、生徒の避難をお手伝いします!」


 それを聞いて、セシルと顔を見合わせる。彼は小さく頷くと、何も言わず校舎へ向かって駆け出した。

 生徒たちが避難するまで際限なく復活する魔物と戦うなんて。いくら彼らが強いとしても、先に魔力が切れてしまうかもしれない。


 だが門の封印をしなければ、いつまでも状況は変わらない。


――私が今やるべきなのは、彼らを心配して留まることではない。


「……わかった。ここは頼む!」


 ぎゅっと杖を握り、セシルを追って足を踏み出す。

 背後から聞こえたのはとても頼もしい返事だった。

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