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101話 ダンスパーティーと策略②

「え、ウォルフが来てたのか?」


 ダンスホールに戻ると、ちょうどパーティーが始まったばかりだった。入口の扉前で私を探していたらしいライアン、ロニーと無事に合流し、ほっと息をつく。


「ああ。ちょっと頼んでいたことがあってな」

「そうなのか。俺も久しぶりに会いたかったなぁ」


 ライアンはそう言って外に顔を向けた。ホールの前には、生徒たちの手荷物検査を任された先生方が数名並んで立っている。

 見えやすいように灯りが置かれているが、その先はもう真っ暗だ。


 ふと、ロニーが小さく唇を尖らせて黙っていることに気付く。


「ロニー、どうした?」

「……なんでもありません」


 彼は不満げな顔をしている。私とライアンがウォルフの話ばかりしているから話に混ざれなくて嫌だったのだろうか。

 申し訳ないなと思っていると、ライアンが小声で教えてくれた。


「たぶん、この日のために用意した服をアレンに褒めてほしいんだと思うぞ」


 ロニーは私が来るまでずっとそわそわしていたらしい。それを聞いて、改めて彼に目を向ける。大人っぽい落ち着いた深緑色のタキシードに、赤茶色の髪もオールバックになるようきちんとセットしているようだ。

 これは真っ先に褒めるべきだったな、とこっそり苦笑して声をかける。


「すまない、ロニー。あまりにも君がタキシードを着こなしているから気付くのが遅れてしまった。かっこいいな。とても似合っている」


 彼はパッと顔を上げると目を輝かせた。思わず頭を撫でたくなってしまうが、髪のセットが崩れるといけないので我慢する。

 ロニーの様子を見ていたライアンが「よかったなぁ」と笑みを浮かべた。


「大人っぽくするために結構時間かけてたしな」

「ばっ……ライアン! 言わなくていいって!」


 ロニーはぽかぽかと効果音が付きそうな勢いでライアンを叩いている。彼らを眺めていると、本当の兄弟のようで微笑ましくなる。

 そういえば、とライアンを見る。彼のタキシードは黒に近い茶色だ。イメージカラーは黄色のはずだが、黄色のタキシードはあまり見たことがない。


――ゲームでも、みんな同じタキシードを着ていたんだろうか。


 考えているうちに、ついじっと見詰めてしまっていたらしい。私の視線に気付いたライアンがこちらを向いて首を傾げた。


「ん? どうかしたか?」

「ああ、いや。かっこいいなと思って」

「えっ!? あ、ありがとう……」


 何故か大げさに驚いたライアンは顔を赤くする。もしや自分には似合わないと思っていたのだろうか。茶色のタキシードも大人びていてかっこいいと思うのだが。


 と、そこで声をかけられた。


「クールソン様、お話し中すみません」


 生徒の名簿を確認していたエルビン先生が、不思議そうな顔で辺りを見回す。


「ルーシー・カミンが何時ごろ参加するかご存知でしょうか?」

「ルーシー? ……まだ来ていないんですか」


 他にも何人か遅れている生徒はいるらしいが、いずれもメイドから遅くなると連絡が入っているらしい。その中でルーシーだけは連絡も何もないという。

 言われてみれば確かに今日はあの目立つ桃色の髪を見ていない。ライアンとロニーに尋ねてみるが、彼らも首を横に振った。ホール内でも見かけていないらしい。


「女子は準備に時間がかかってるんじゃないか?」


 ライアンの言葉に腕を組んで頭を捻る。ルーシーは平民だが、世話役として王宮からメイドが派遣はけんされていると聞いたことがある。王宮のメイドなら手際は良いだろうし、パーティーに遅刻させるほど時間がかかるとは思えない。

 これも何かのイベントだったりするのだろうか。ゲームではどうだったかと記憶を辿るが、パーティーが始まる前のことまでは覚えていなかった。


――少なくともセシルルートでは、何事もなく最初からパーティーに参加していたような気がするが……。


 しかし他のルートまでは分からない。妙な胸騒ぎがして外の暗闇に目を向ける。先生方が見回りをしているとはいえ、魔物が出ないわけではない。

 もし彼女が、動き(にく)いドレスで外にいるとしたら。


「……少し、女子寮の方を見てきます」


 私がそう言うと、エルビン先生は目を丸くした。


「クールソン様がいらっしゃるのですか?」

「生徒会ですから。ライアン、ロニー。すまないが、セシルかカロリーナを見かけたら伝えておいてもらえるか」


 しっかり杖を持ってきていることを確認しつつ言伝(ことづて)を頼んでおく。ダンスパーティーには攻略対象として参加するべきだが、ヒロインがいなければ意味がない。


 ライアンとロニーは不安げに顔を見合わせた。


「アレン1人で大丈夫か? なんなら全員で行ったって……」

「ルーシーが私と入れ違いで来るかもしれない。ダンスパーティーは初めてだろうから、誰か残っていたほうがいい」


 平民の彼女が1人でパーティーに参加しても困惑するだけだろう。周りは貴族ばかりだし、仲のいい攻略対象が傍にいたほうが安全だ。

 彼らもそれには同感だったようで、小さく頷いて納得してくれた。


 何もなければすぐに戻ると約束してダンスホールを後にする。

 胸騒ぎを感じているのが自分だけだということには、気付かなかった。




===




 真っ暗な中に街灯が点々と立っている。


 女子寮へ向かうのは初めてだ。周囲を警戒しながら少しだけ駆け足で進む。今のところ魔物の気配は感じない。悲鳴が聞こえてくることもない。それなのに、何故か不安感は増すばかりだ。


――ルーシーは以前、悲鳴すら上げられずに固まっていることがあったからな。


 今回もそうだったら気付くのが遅れてしまう。咄嗟(とっさ)にホーリーライトを使えればなんとかなるかもしれないが、彼女は戦闘経験が豊富なわけでもない。

 せめて道に迷っている程度であってほしい。そう願いつつ女子寮が見えてきたところで、何やら言い争っているような声が耳に届いた。 


「知らないですって!? あんたが言わなきゃ、他に誰が言うのよ!」


 ルーシーではない。怒気どきを含んだ女性の叫びが辺りに響く。


 思わず眉を(ひそ)めて足を止める。彼女たちは生垣いけがきの向こうにいるようだ。暗くてよく見えないが、身に着けている装飾が街灯の明かりを反射して光っていた。

 そっと生垣の影から様子を伺う。どうやら3人の生徒が誰かを取り囲んでいるらしい。それが誰かは、確認しなくてもわかった。


「さ、さっきから何のことですか?」


 ルーシーは壁を背にして、ぎゅっと胸の辺りで手を握っている。薄い桃色のドレスを着ているようだが、この暗闇の中では白く輝いて見えた。

 女子生徒たちは彼女に対する怒りが収まらないようで、口々に(まく)し立てる。


「セシル王子に報告したでしょう!? せっかく名前を教えてやったのに、わざわざ私たちの髪色と目の色まで!」

「最初から告げ口するつもりで覚えていたなんて、小賢(こざか)しい女!」

「高貴な生徒会の方々が平民なんか相手にするわけないわ。恥を知りなさい!」


――ずいぶん好き勝手なことを……。


 目の前の彼女たちは、カロリーナの友達の名前を(かた)ってルーシーをいじめていた生徒たちだろう。先日の報告書が誤りだったという話はセシルから聞いている。

 ルーシーに確認したところ、彼女たちの特徴はピアたちとまったく一致しなかったそうだ。こうして見ると髪色からして似ても似つかない。


 それでも自分たちの策略さくりゃくに自信を持っていたのは、ルーシーが外見の特徴まで報告することはないと踏んでいたからだろう。

 実際、最初に報告があった時はセシルも名前しか聞いていなかった。


 しかし真実を明らかにされてルーシーを責めるのはおかしい。これ以上過激化する前に止めなければ、とため息をついて足を踏み出す。


「ダンスパーティーは始まっているはずだが、ここで何をしている?」


 私の声に気が付いた彼女たちはこちらを向いて目を見開いた。顔が白く見えるのはメイクのせいか、血の気が引いたのだろうか。おろおろと目を泳がせているのを見ると、自分たちが良くないことをしている自覚はあるようだ。


 とりあえず誤解を解いておこう。腕を組んで、口を開く。


「先程妙な言葉が聞こえたが。私たち生徒会は、生徒を身分で差別させないために存在している。当然、学園内では平民であっても関係ない」

「そ、それは……」


 1人の生徒が後退あとずさった。少し間を置いて「申し訳ございません」と頭を下げる。

 それを見ていたリーダーのような女子生徒は、ぐっと拳を握って前に出た。


「で、でも! それならどうして彼女が授業に参加するだけで、生徒会の方々が護衛に付くのですか!? 見回りをされている時だって、明らかに彼女の周囲を特別に警戒されているではありませんか!」

「君たちのような生徒から守るためだ」


 思ったより冷たい言い方になってしまったようだ。怖がらせてしまったらしく、女子生徒は顔を強張こわばらせて口をつぐんだ。

 小さく息をついて、改めて彼女たちに目を向ける。


「身分を意識するなとは言わない。それが難しいことはわかっている。しかし、よく考えるべきだ。何故平民であるはずの彼女がこの学園に通っているのか」


 そこで女子生徒たちは、はっとして顔を見合わせた。


 ルーシーは聖女であり、この国の大事な聖魔力保持者だ。本来なら王宮で保護されていてもおかしくない彼女が学園にいるのは、魔法を使うことに慣れるため。

 そして、おおやけにはされていないが……ゲームのエンディングから察するに『貴族としてのマナーを学ぶため』だ。


 学園卒業後、ゲーム通りであればルーシーは神殿に勤めることになるはずだ。しかし、それで終わりではない。

 聖魔力を独占したい貴族に利用されないためにも、平民のままではいられない。すぐに貴族か王族と婚約または養子に入って、守られる身分になる必要がある。


 今はおそらくそのための準備期間なのだろう。つまり卒業と同時に、ルーシーは彼女たちよりも上の身分になる可能性があるということだ。

 それを理解していないと、きっといつか悲惨ひさんなことになる。


「彼女はただの平民ではない。国が守るべきだと判断されたからここにいる。学園内とはいえ、君たちの行動によっては家名に傷が付くことになるぞ」


 下手をすると、もっと重い罰が下るかもしれない。


 彼女たちはようやく自分たちが何をしていたか理解したらしい。顔を青くして俯いていたが、こわごわとルーシーに顔を向けた。


「あの……カミンさん。申し訳ありませんでした」


 リーダーらしい女子生徒が頭を下げ、残りの2人も彼女に続く。ルーシーは驚いたように目を丸くして、慌てて首を振った。


「そんな! お気になさらないでください。私も自分の立場はわかっていますし、みなさまのお気持ちも、もっともだと思います」


 階段から落ちそうになった時は怖かったけど……と彼女は苦笑して続ける。


「今はまだ弱い力ですが、いつかみなさまのお役に立てるよう頑張りますので。少しの間だけ、この学園にお邪魔することをお許しください」


 そう言って誰よりも深く頭を下げる彼女に、女子生徒たちは申し訳ないという顔をして小さく頷いた。先程までとは違う穏やかな表情だ。

 こほんと軽く咳をして、声をかける。


「落ち着いたならホールへ向かえ。君たちを待っている生徒もいるだろう」

「は……はい! ありがとうございます」


 失礼します、と頭を下げて女子生徒3人が去っていく。ひとまずこれで彼女たちからルーシーへのいじめも落ち着くだろう。

 大きな問題になる前でよかった、と胸を撫で下ろしてルーシーを振り返る。何故か彼女は私を見て、不思議そうに首を傾げた。


「そういえば、アレン様はどうしてここへ?」

「どうしても何も……」


 その問いについ呆れた顔をしてしまう。片手で眼鏡を押さえ、答える。


「君がなかなか会場に現れないから探しに来たんだ」

「わ、私をですか?」

「そう言っただろう」


 もうこの場には私とルーシーしかいなかった。女子寮の扉は閉まっていて、誰かが出てくる気配もない。他の生徒たちは全員ホールに向かったようだ。

 ルーシーは嬉しそうに笑って顔を上げた。


「すみません、迎えに来ていただいて」

「気にするな。……遅刻している生徒を確認するのも、生徒会の仕事だ」

「はい、お仕事ですね。ふふ、ありがとうございます」


 彼女と並んで、ダンスホールへ足を向ける。


 街灯に照らされた彼女の目元が光っている。よく見ると、桃色の髪には白いリボンが編み込まれていた。先日の香水をつけているのか、ふわりと花の香りがする。

 ここまで着飾っているルーシーを見るのは初めてだ。無意識に眺めてしまい、胸が高鳴る。そっと顔を逸らすと、視界の端で彼女がきょとんとした顔をした。


 彼女にもドレス姿の感想を伝えるべきかもしれないが、他の攻略対象と褒め言葉が被るのはあまりよくないだろう。ホールに着いてからでいいかと口をつぐむ。

 ルーシーは沈黙が気になったのか、ちらりと私に視線を向けた。


「……アレン様、あの」


 彼女が立ち止まって、何かを言いかけた時だ。

 突然、後方から嫌な気配がした。

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