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98話 2度目の芸術祭③

 アレンと普通に話せてよかった。


 心の中で呟いて、こっそり息をつく。隣の席に座ったルーシーは真剣な顔でステージを見ていた。彼女にとってはこれが人生で初めての観劇になるらしい。どうせならもう少し立派な劇団を呼べればよかったかな、と正面に目を向ける。


 この劇団は演技も脚本もしっかりしているが、演出に魔道具を使っていないのが惜しい。演出魔道具の舞台を見慣れているため、どうしても違和感を覚える。ついそちらに意識が向いてしまうせいで、演出が入るたびに集中が途切れてしまう。


――まぁこれが初めてなら、ルーシーにとっては違和感も何もないだろうけど。


 苦笑して椅子に座り直す。ちょうどいい位置に2人分の席が空いていたため、自然な流れでルーシーと観ることになった。

 仕方のないことだが、アレンとも一緒に観たかったなと思う。彼は1人で大丈夫だろうか。もちろん周囲には先生方もいるが、昨日は1日休んでいたようだし心配だ。先日も倒れて医務室に運ばれたばかりなのに……と考えて、唇を噛む。


 彼をそこまで追い込んだのは自分だ。あの日アレンは僕を許してくれたが、僕は未だに自分が許せない。彼に酷い言葉を掛けた自分が信じられない。


 せめて1発でも殴ってもらえたらと思うのは、自分を許すための理由が欲しいからだろう。医務室の前で安心したように抱き締められて胸が苦しくなったのを思い出す。あんなに簡単に許されてしまったら、僕はもう自分で自分のあやまちを後悔することしかできない。


 何故あんな思考に(おちい)ったのかと頭を(ひね)る。大事な彼のことを忘れて、その上傷付けるなんて。そこにどんな理由があろうと自分の意思だとは信じたくない。

 僕はいつの間にそこまでおろかな王子になってしまっていたんだろう。カロリーナに目を覚ましてもらうまで、ずっと変だったんだろうか。


 そういえば、と隣のルーシーに目を向ける。劇はこれからダンスパーティーのシーンに入るらしく、暗闇の中で演奏が続いている間に衣装替えをするようだ。

 今のうちにと彼女に声をかける。


「ルーシー。こんな時に申し訳ないが、ひとつ確認させてもらえないか?」

「はい、なんでしょう?」


 彼女は目を丸くしてこちらを向いた。君を疑っているわけではないんだけど、と前置きして尋ねる。


「以前、数名の女子生徒に階段から落とされそうになったと言っていたね。相談された時に名前は聞いたけど、できれば彼女たちの特徴……髪の色や目の色を教えてもらえないか? 覚えている範囲でいい」

「髪と目の色、ですね」


 ルーシーは口に手を当てて、しばらく考える素振りをした。そして劇が再開する直前、声を抑えて教えてくれた。



 カロリーナの友達とはまったく一致しない、彼女たちの特徴を。



 ダンスパーティーが始まり、ステージでは色とりどりのドレスが揺れている。その中には、先ほどルーシーがつくろったドレスを着ている演者もいた。

 わぁと声を上げて嬉しそうにしているルーシーを見る。彼女が嘘をつくとは思えないし、嘘をつく理由もない。ということはつまり、ルーシーをいじめていた女子生徒たちはわざとカロリーナの友達の名を(かた)ったということだ。


 ルーシーは彼女たちが騙った名前をそのまま僕に報告したのだろう。おそらく、彼女たちの狙い通りに。カロリーナが友達を庇うと見越した上で。

 そうすれば疑いの目はカロリーナに向き、『やっていない』証拠を出せないカロリーナは僕から責められることになる。思惑おもわく通り、僕も1度は疑ってしまった。


 ルーシーをいじめた女子生徒たちの狙いは彼女を傷付けることじゃない。


――カロリーナを、僕の『婚約者候補』の座から引きずり降ろすためだったのか。


 去年のダンスパーティーで一緒に踊ってから、カロリーナを(ねた)む女子生徒が増えたことは知っていた。しかし表向きにはしっかり『候補』であると明言めいげんしていたし、問題ないだろうと考えていた。

 候補であることすら妬む生徒がいるとは。聖女を利用してまでカロリーナをおとしいれようとする生徒がいるとは、思わなかった。


 今回のことはルーシーも、カロリーナも被害者だ。そしてうまく思惑に乗せられた僕は加害者側だ。カロリーナもアレンも傷つけて、僕はどこまで愚かなんだろうとため息をついてしまう。

 いくら魔法を使いこなせても体を鍛えても、人間として成長できていないようでは意味がない。学生だからと気がゆるんでいたのかもしれない。もっと王子としての自覚を持たなければと拳を握る。


「あの……セシル様、大丈夫ですか?」


 声をかけられ、はっとして我に返る。気付けば場面が変わっていて、ダンスパーティーはすでに終わっていた。今は聖女が顔をおおって泣いている。

 不安そうな顔をしたルーシーはこちらを見て小声で言った。


「もしかして、私がご相談したことで何か問題になってしまったのでは」

「あ、いや。そういうわけではないよ。すまない、気にしないでくれ」


 劇に集中したいだろうに、隣でため息をつかれて気にならないわけがない。慌てて手を振ると、彼女はほっとしたように眉を下げて笑った。


「よかった、またご迷惑をおかけしてしまったのかと……私ばかり楽しんでしまってすみません」

「そんなことないよ。君はさっきも手助けしてくれたばかりじゃないか」


 彼女がいなかったら誰もあの衣装を(つくろ)うことはできなかっただろう。感謝していると伝えると、ルーシーは照れたように微笑んだ。


「セシル様にそう言っていただけて嬉しいです」


 その瞬間、トクンと心臓が高鳴った。妙に顔が熱くて、急いで視線を逸らす。彼女の笑顔が目に焼き付いて離れない。同時に、何故か心がざわついた。

 彼女を誰にも渡さないよう、近寄る敵を排除しなければと思ってしまう。


――この感覚は、駄目だ。


 このまま感情に流されたらどうなるかは知っている。自分を落ち着けるように深く息をついて、彼女から顔をそむける。

 どうしてルーシーといると毎回こうなってしまうんだろう。自覚はないが、もしかして僕は、本当は彼女のことを……。


 そこで突然、あちこちの座席から感嘆かんたんの声が漏れた。みんなざわざわと興奮したように薄暗い天井を見上げている。

 なんだろうと顔を上げたところで、気付いた。



 講堂全体に雪が降っている。



 演出だというのはすぐにわかった。劇の中で雪を降らせる場面があるのも珍しいことじゃない。それでも、目の前に落ちてきた氷の結晶から目が離せなくなる。

 それは残されたシャンデリアの灯りを受けて、きらきらと七色に輝いていた。


「これは……」


 思わず差し出した手のひらに落ちた結晶は、すっと溶けるように消えていく。冷たさは感じない。むしろ、氷なのに不思議と温かい。

 この魔法は知っている。いつか授業で見た覚えがある。温かくて優しくて、そしてとても綺麗だ。……まるで、彼自身のように。


――ああそうか。また君は、誰かを助けるために魔法を使ったんだね。


 静かに降り続ける雪を眺めていると、なんだか泣きそうになってしまう。モヤモヤと胸に渦巻いていた気持ちはいつの間にか消えていた。

 今すぐ彼に会いたい。彼の声が聞きたい。他の誰よりも、アレンの傍にいたい。


 ステージと座席が一体になった空間で物語はクライマックスを迎える。

 2人が将来を共に歩むと誓い合う、ハッピーエンドだった。




===




 ふう、と息をついて杖をふところに収める。最近はあまり食事を取っていなかったせいか、大きな魔法を使っていなかったせいか。保有魔力量が減っていたらしい。

 今度からはちゃんと食事を取ろうと反省しつつ、ステージに目を向ける。


 雪の中で踊っていた2人がダンスを終え、生徒たちに向かって礼をしている。鳴りやまない拍手を聞いて、無事に終演したようだと頬が緩んだ。


――久しぶりに魔力をたくさん消費した気がするな。


 ステージ上では魔法を打ちあげる高さが足りなかったため、急遽(きゅうきょ)講堂全体に雪を降らせることになった。しかもそれを持続じぞくさせるために何度か同じ魔法を使った。魔力には余裕があるとはいえ、なかなかの重労働だ。

 創作呪文の授業で偶然編み出した、雪を降らせる呪文。まさかこんなところで使うとは思っていなかったが、役に立ったようでよかった。


 授業で協力してくれたアンディーにも後で感謝しておこうと思っていると、舞台裏に戻ったところで劇団員たちに囲まれた。


「何ですか、あの素敵な魔法は!? あんなに綺麗な雪は初めて見ました!」

「最後の場面が理想通りで最高でした。ありがとうございます!」


 劇が無事に終わったためか、みんな興奮しているようだ。落ち着けと周囲を見回している劇団長の声も若干(うわ)ずっている。

 彼はこほんと咳をすると、改まって頭を下げた。


「クールソン様、ありがとうございました。おかげで無事に公演を終えることができました。本当に素晴らしい魔法で……本当に……」


 何故かぐっと拳を握って、彼は悔しそうな顔をする。


「もう2度と、あの場面であの雪を降らすことができないのが残念です……!!」


 劇団長は何よりも劇のことを考えているようだ。そこからどんなに雪が美しかったか、あの場面に合っていたかを熱く語り出す。

 周りの団員たちは「また始まった」と彼を(なだ)めていた。


――そこまで気にいってもらえるとは。


 嬉しいが、何もできないのが心苦しい。彼らが劇をするたびに私が魔法を使うわけにもいかない。出番がなかった雪を降らせる魔道具に目を向けて、呟く。


「私の魔法を魔道具に設定できればいいんだが……」

「できますよ」


 突然横から返事が聞こえ、ギクリとしてしまう。気配を消して隣に来ていたらしいエルビン先生が、すっと懐から青い魔鉱石を取り出して言った。


「こちらは特殊な加工を(ほどこ)した魔鉱石です。クールソン様、こちらに杖で触れて先程の魔法を使っていただけますか? 魔力は少量で結構です」

「え? ……わかりました」


 声に気付いた劇団員たちが口をつぐみ、息をのんでこちらを見詰めている。

 先生の手のひらに置かれた楕円形の魔鉱石に杖を当て、唱える。


氷の球(ボイル・クリエイション)


 ふっと一瞬魔鉱石が光り、杖の先から魔力が流れる。エルビン先生は満足そうに頷くと、劇団員たちの間を抜けて魔道具に近付いた。

 こちらに背を向けてしゃがみ込み、ガチャガチャと手を動かす。


 数分もかからず、彼は振り返ってにっこりと笑った。


「小規模ではありますが、これでこの魔道具でもクールソン様の魔法と同じ雪を降らせることができるようになりましたよ」


 試しにと先生が魔力を流し、きらきらと輝く雪が舞台裏に降る。それを見てさすが魔道具担当の先生だと感服してしまう。

 劇の最中は魔鉱石を取り換えることを考える暇もなかった。これなら最初に魔道具の確認をしておくべきだったな、と苦笑する。


 ぽかんとした顔でエルビン先生と私を交互に見て、劇団長が口を開いた。


「あの、魔鉱石のお値段……いや、修理代? 魔道具に魔法を込めていただいた代金は、おいくらでしょうか……?」


 そう尋ねられ、きょとんとしてしまう。魔鉱石代はいくらだろうとエルビン先生に顔を向けると、彼は首を振った。


「この魔鉱石は加工された時点で空っぽのただの石でしたから、単体では価値がありません。魔法を設定したクールソン様がお決めください」


 まさか判断を任されるとは思っていなかった。急に値段を決めろと言われても、私は軽く杖で触れて呪文を唱えただけだ。どうしようかと考え、思い付く。

 本当なら、芸術祭に呼んだ時点で劇団には学園から礼があるはずだ。しかしマディがそんなものを用意しているとは思えない。劇の間も席で眠っているようだったし、劇が終わった今も挨拶にすら来ない。


 それなら、と顔を強張こわばらせている劇団長に向き直る。


「これは今日の礼として受け取ってくれ。代金は必要ない」

「えっ!?」


 彼は目が飛び出そうなほど驚いて、周りにいた劇団員たちと顔を見合わせた。これで良いだろうかと確認のつもりでエルビン先生に目を向ける。先生は何も言わず、納得したように大きく頷いた。


「ほ、本当にいいんですか? こんな素晴らしい魔法を演出に使っている劇団なんて他にいませんよ。それなのに、俺らみたいなひら劇団なんかに」

「最初にこの魔法を思い付いた時は何の使い道もないと思っていたんだ。価値を見出(みいだ)してくれたのは……劇団長、あなただ」


 私がそう言うと、劇団長は口を引き結んで姿勢を正した。


 雪を降らせる手伝いを申し出たのは私だが、彼がその魔法を気に入って本気で褒めてくれなければ魔道具にしようなんて思わなかった。

 これが彼らの劇を観てもらうきっかけになればいいと思いながら、小さく笑う。


「是非有意義ゆういぎに使ってくれ。あなた達の演技はもっと大勢に評価されるべきだ」


 力を入れすぎたらしい彼の顔が赤く染まる。他の劇団員たちも顔を赤くすると、一斉に頭を下げた。ありがとうございます!! という声が揃って舞台裏に響く。


「お約束いたします! この魔道具でもっと劇を盛り上げて人気になって、もっと演出用魔道具を集められるようになったら……!」


 ぱっと顔を上げて、劇団長が声を上げた。


「絶対に俺たちで、クールソン様を主役にした劇を()ります!!」

「え?」


 予想していなかった言葉に目が点になる。どうしてそうなったと尋ねる間もなく、劇団員たちはすでにやる気に満ち溢れている。

 盛り上がっている彼らを眺めながら、エルビン先生が楽しそうに手を叩いた。


「いやぁ、よかったですね。幼い頃のクールソン様のお話は今もしっかりと残っていますから。平民の間では特に、英雄譚えいゆうたんとして語られているようですよ」


 よく考えると、今回の劇も70年近く前の実話を元にしているのだろう。確かに10年前の話なんてネタにしやすいのかもしれないが、あれは私にとっては……


――反省ばかりの黒歴史みたいなものなんだが……!


「よしお前ら! ここから街一番、いや、国一番の人気劇団になるぞ!!」


 疲れを感じさせない元気な声が舞台裏に響き渡る。

 他に大きな問題もなく、2度目の芸術祭は無事に幕を閉じた。

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