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94話 再起① ◇

「何を悩んでたのか、あたしに話してみる気ない? いくらでも相談に乗るわよ。もちろん無理に話せとは言わないけど」


 ベッドのふちに座り直したリリー先生が首を傾げた。彼のことは信頼しているし、相談したい気持ちがないわけじゃない。しかし、話せることは限られている。

 好感度のことも恋ができないことも、すべて伏せて伝えるのは難しい。何と返せばいいか迷っていると、先生は苦笑いを浮かべた。


「まぁ実は、何があったのかはだいたい聞いたんだけどね」

「え?」


 誰に聞いたんだろう。リリー先生は一瞬だけ医務室の扉に目を向けて、すぐこちらに視線を戻した。優しく微笑んで、口を開く。


「とりあえず、1つだけ確認させてもらえるかしら。……アレンはルーシーのことをどう思ってるの? 良い子だな、とかじゃなくて。関係の話ね」


 そういえば、先程セシルにも同じことを聞かれたなと思い出す。そこまで頭が回らなくて、結局伝えられなかった。

 攻略対象としてルーシーに言うわけにはいかないが、この場で言うくらいならいいだろう。少しだけ考えて、答える。


「私は『友達』だと思っています」

「そうなのね。別にそういう好きじゃないってこと?」


 頷いて返すと、先生は不思議そうな顔をした。


「それなら、気にすることないじゃない。誰かのためかもしれないけど、あんたがわざわざルーシーと距離を置く必要はないんじゃない?」

「そうかもしれませんが……」


 しかしそれだと、好感度が上がってしまう。それに私がどう思っていても、結果としてみんなの恋を邪魔することになってしまっている。

 そう思ったところで、先生が続けて言った。


「男女が一緒にいたら疑っちゃうのもわかるけど、仲がいい関係って別に恋だけじゃないのにね。あの子たち、そんなこともわからないのかしら」


 その言葉にハッとする。自分の置かれた立場やゲームのことばかり気にしていたせいだろうか。彼に言われるまで、そんな当たり前のことに気付かなかった。


 攻略対象とヒロインの関係は、必ず恋にしかならないと思っていた。友達としか思えないのは私の問題で、本当なら好感度が上がると同時に彼女に恋をするのだろうと。……でも、もしかしたら。


――好感度が恋心を表しているという前提が、そもそも間違っているのでは……。


 もしゲームの好感度が、ただルーシーとの『仲の良さ』を表しているだけだったとしたら。それなら恋ができない私が反応してしまったのも納得できる。

 ルーシーとどれだけ仲良くなってもいくら好感度が上がっても、それが恋になるかは、人によるのではないだろうか。


 そうだとしたら、好感度が高い『友達』のままでも門の封印はできるかもしれない。この世界はゲームのようにエンディングで終わりではない。たとえ私の好感度が最も高かったとしても、封印後に告白イベントを起こさなければいいだけだ。


 どうして今まで封印には絶対に恋が必要だと思い込んでいたんだろう。ゲームにそんな話が出てきた覚えはないし、本に書かれていたわけでもないのに。あれこれ思い悩んでいたせいで、勝手に想像してしまったのだろうか。


 要するに、とリリー先生が言った。


「アレンは友達としてルーシーと一緒にいたのに、彼女に恋をしてる彼らが一方的に嫉妬しっとして『はっきりしろ』って言ってきたのよね」


 どうやら生徒会室での話も聞いたらしい。ということはカロリーナが先生に話したんだろうか。彼は腕を組んで、怪訝(けげん)な顔をする。


「気持ちは分からなくもないけど、あたしからすれば『その前にあんた達がはっきりしなさいよ』って言ってやりたいわ」


 それがどういう意味かはわからなかったが、みんなに嫉妬されるのは仕方のないことだと思う。攻略対象は全員ヒロインにかれてライバル同士になる。私だって恋ができていれば、きっと同じように彼らに嫉妬していたはずだ。


 でも、さすがにここまで険悪けんあくな仲になるとは思っていなかった。少し前までは普通に会話をしていたし、それなりに仲もよかった。

 恋をしたら性格が変わるものなのかもしれないが、私には分からない。これが普通なのか異常なのか、ゲームの強制力なのかが判断できない。


 こんなことになるなら、とシーツを掴む。


「最初から、みんなに伝えておけばよかったのでしょうか」

「ルーシーは友達だって? 難しいでしょ。そんなの途中で変わるかもしれないし、アレンがどう思っていてもルーシーの気持ちは分からないんだから」


 リリー先生は首を振った。確かに言われてみれば、ルーシーの気持ちは未だに分からない。私のルートに来ているのかと焦ったが、それも確定したわけではない。

 渡り廊下で話してから、ルーシーとはパタリと出会わなくなった。もしゲームの強制力が働いているのなら、私たちがどうしようと勝手に出会っていたはずだ。


 ルーシーは私のことをどう思っているんだろう。いきなり距離を置いてしまったし、下手をすれば友達だと認識しているのも私だけかもしれない。

 それはそれで悲しいなと思っていると、先生は「だいたいねぇ」と人差し指を立てて言った。


「誰と仲良くするのも誰を好きになるのも、そもそも恋をするのもしないのも、個人の自由なの。もちろん場合によって制約はあるだろうけど、友達だからっていちいち報告する義理はないわよ」


――恋をするのも『しない』のも……。


 その言葉が胸に残る。彼はそういう意味で言ったわけではないだろうが、否定されなかっただけでも心が軽くなったような気がした。


「まぁでも、恋は盲目とはよく言ったものよね」


 リリー先生はベッドから立ち上がり、大きく伸びをする。そして、何故か扉を睨み付けて腰に手を当てた。


「恋に夢中になっても、他の関係を(ないがし)ろにしていいわけないんだけど。それで本当に大事なものまで見えなくなったら終わりだわ。傷付けてから後悔しても遅いってのに。……ほんとに貰っちゃおうかしら」


 まるで誰かに聞かせるような言い方だった。先生が言い終わると同時に、ガタッと小さな音がする。もしや扉の外に誰かいるのだろうか。


 私がいるから遠慮して入ってこないのかと思い、ベッドから降りる。先生は机に置かれていた眼鏡を手渡すついでに、倒れたことで乱れていた髪を整えてくれた。


「とりあえず、あんたは色々抱え込みすぎよ。詳しくは聞かないけど。正解が1つじゃない場合もあるんだから、あまり思い悩まないように」

「……はい。ありがとうございます」


 今朝よりもだいぶ前向きな気持ちになっている気がする。先生と話したことで落ち着いたのだろうか。感謝を込めて頷くと、何故か先生は不安そうな顔をした。

 少し間を置いて「それと」と口を開く。


「アレンのことを大事に思ってる人は、たくさんいるんだから。あんたも自分を大事にしなきゃ駄目よ。……心配するでしょ」


 先生の表情を見て、咄嗟とっさに返事ができず口をつぐむ。改めて考えると、目の前で倒れて心配されないわけがない。

 しかも彼は医務室担当医だ。医務室に運ぶだけでは済まなかったのだろう。申し訳ないと思いながら、再び頷く。


「すみません。今後は気を付けます」


 リリー先生はじっと私を見詰めた。小さく息をつき、苦笑いを浮かべる。


「ちゃんと伝わってるのかしら……まぁいいわ。もうすぐ鐘が鳴る時間だし、暗くなる前に出ましょうか」


 もうそんな時間かと驚いて時計を見る。確かに18時まであと数分しかない。ジェニーが心配しているだろうと思いつつ、扉へ向かう先生に付いて行く。

 彼は扉に手をかけて何かを考える素振りをすると、私に顔を向けた。


「心配だから送ってくわ。……でも、その前に」


 ガチャ、と音を立てて扉が開かれる。


 同時に先生が退いたことで、廊下に立っていた人物と目が合った。赤い目がわずかに見開かれ、ドキリとしてしまう。ここで彼に出会うとは思っていなかった。


「セシ……」

「ッごめん!!」


 私が彼の名を呼ぶより、セシルが頭を下げる方が早かった。

 状況を理解するのに3秒ほど経ってから、慌てて医務室を飛び出す。


「待て、こんなところで王子が頭を下げるなんて」

「構わない!」


 はっきりとした声が廊下に響く。いくら学園の中とはいえ、人に見られて構わないわけがない。どうしていいか分からずリリー先生を振り返る。


 先生は驚いた様子もなく、腕を組んでため息をついた。


「本当にちゃんと待ってたのね、王子様」

「……待ってた?」


 何をと考える前に、ひとつの答えが思い浮かぶ。しかしこのままではさすがにいたたまれない。ひとまず頭を上げるように頼むと、セシルはそっと姿勢を正した。

 生徒会での様子とは別人のようだ。刺々とげとげしい雰囲気もなく落ち着いている。


「もしかして……私を待っていたのか?」


 まさかと思いながら尋ねると、セシルは小さく頷いた。一体いつからここにいたのだろう。王子である彼が、ずっと廊下に立っていたのだろうか。


「どうして……」

「もちろん、君に謝るためだ」


 セシルは私に向き直って、ぎゅっと拳を握った。


 謝るなんて。曖昧(あいまい)な態度を取っていた私に怒るのは仕方がない。気にしないでくれと言いたかったが、彼の目を見たら何も言えなくなった。


「アレン、傷付けてすまなかった。カロリーナに(さと)されてようやく目が覚めたよ。こんなに大事なことを忘れるなんて、どうにかしていた。……本当にごめん」


 セシルは再び頭を下げた。そして、ゆっくり顔を上げる。改めて向けられた目には嫉妬も敵意も感じない。彼は申し訳なさそうな顔をして続けた。


「情けない話だけど、僕はずっと嫉妬しっとしていたんだ。知らない間に、君をルーシーに取られてしまいそうで」


 それを聞いて首を傾げてしまう。彼が嫉妬していたのは分かっていたが、その相手は私ではなかったのだろうか。

 その言い方では、まるでルーシーに嫉妬していたように聞こえてしまう。


「……逆じゃないのか?」

「ああ。さっきまで自分でもわかっていなかった。でも、少し考えればわかることだったんだ。もちろんルーシーのことは大事だけど、僕にとっては……アレン。君の方がもっと大事だ」


 そう言ったセシルの目は、まっすぐ私に向けられていた。


 彼の口から飛び出した予想外の言葉に、じわりと胸が熱くなる。そんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。

 仲のいい友達に戻れるとしてもエンディングの後だと思っていた。生徒会室で睨まれた時には、もうこれで関係が壊れてしまうのかとまで考えていたのに。


「君を傷付けた自分が許せないよ。アレン、身分なんて気にしなくていい。どうか僕を殴っ……」


 思わずセシルを抱き締める。彼は驚いたように息をのんで言葉を止めた。


 私も、すまない。最初からもっと君に相談していればと言いたいことはたくさんあったが、口から出たのは「よかった」という一言だけだった。


 おそるおそる背中に手が回され、すぐ近くで声が聞こえる。


「アレン、ごめん。……約束するよ。僕はもう2度と、君を傷付けたりしない」


 そこで18時の鐘が鳴った。同時に後ろから肩を掴まれ、ぐいと引き離される。


「ほら、アレンは早く寮に帰らないと。じゃあね王子様」


 リリー先生は何故か不機嫌そうな口調で言った。セシルは口を開きかけたが、躊躇(ためら)うように唇を噛んだ。そのまま数歩下がって、小さく頷く。

 なんとなく、リリー先生に対する態度が変な気がする。私が眠っている間に何かあったのだろうか。疑問に思ったが、話を聞いている暇はない。


 先生に手を引かれつつ、彼に声をかける。


「セシル、また芸術祭で」


 きっともう大丈夫だ。

 彼は一瞬だけ目を丸くして、「ああ、またね」と眉を下げて微笑んだ。

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