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87話 長期休暇と聖女祭③

 教会のようになっているそこには、数人の男女がいた。何かを話していたようだが、私が一番後ろの椅子に座ったことに気付いて、そそくさと神殿を出て行った。

 気を遣わせたかと反省しつつ、小さく息をつく。


 リリー先生たちは、花束(ブーケ)を配るために広場へ向かった。私はジェニーとフレッドが戻ってくるまで神殿で待つことになった。

 私も広場へ出ようかと思ったが、先生に止められた。貴族が人混みの中を1人で歩いていたら、護衛兵を連れてきた意味がない。


 神殿の衛兵たちは全員外門の近くに待機しているらしく、辺りに人の気配はなかった。開け放たれた入口の扉から外を眺め、心の中で呟く。


――あの『白い花束』……見たことがあるとすれば、ゲームのイベントだろうか。


 詳しくは覚えていない。しかし、白い花束は珍しいなと思った記憶がある。この聖女祭はゲームには出てこなかったはずだから、他の場面で出てきたのだろうか。

 セシルルートのイベントにそんなシーンがあったかな、と腕を組む。


 あの5つの花束は夜、祭りが終わる直前に配る予定らしい。町長や街の最高齢者、神官様など神殿関係者数人に渡すものだと聞いた。

 大事な相手に贈るための花束だが、記念に持って帰る人もいるという。


 気になるのは、この場所に『5色』の花束が置いてあったことだ。聖女祭も知らないだけで、実は共通イベントなのだろうか。

 もしかしてセシルたちもいるのかと考え、首を振る。ライアンとロニーはともかく、王族であるセシルがいるならもっと騒ぎになっていないとおかしい。


――1周目だとリリー先生は攻略対象じゃないはずだし、考えすぎか?


 単にこの世界ではあの5色が選ばれやすいというだけなのだろうか。白い花を包むのであれば、青や緑よりもピンクやオレンジの方が明るくていいのでは……と思うのは前世の感覚なのかもしれない。


 あれこれ考えていたせいか、空腹を感じてお腹が小さく鳴ってしまった。慌てて押さえ、周りに誰もいなくてよかったと苦笑する。

 ジェニーたちは人が多すぎて時間がかかっているらしい。まさか問題に巻き込まれているわけではないだろうと立ち上がる。外門の近くに行けば、広場の様子もわかるだろうか。


 そう思って神殿から出ようとしたところで、視界を人影が横切った。


 よく見えなかったが、服装からして神殿関係者のようだ。庭園の端に向かった影が妙に気になってしまい、追いかけるように外に出る。

 人影が消えた方へ足を向けると、生垣いけがきの裏から小さな声が聞こえてきた。くぐもっていてはっきりとは分からないが、どうやら泣いているらしい。


 子供が迷子にでもなったのだろうかと生垣の裏を覗き込み、ギクリと固まる。


「……あ」



 桃色の髪を揺らして顔を上げた彼女と、目が合ってしまった。



 金色の瞳が潤んでいる。頬には零れたばかりの涙が伝っている。何度もこすったのか、目元は紅をさしたように赤くなっていた。

 しゃがみ込んで泣いていたヒロインとの出会いに、ドッと心臓が跳ねる。


「なんで、泣いて……」


 思わず、考える前に口から疑問が漏れた。ルーシーはハッとしたように涙を(ぬぐ)って立ち上がる。そして顔を隠すように俯いたまま、小さく頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。お見苦しいところを」


 人がいると思わなくてと続ける彼女の声は、かすかに震えている。謝るのは私の方だ。そう言いかけて口をつぐむ。

 攻略対象として、どうすればいいんだろう。混乱する頭で考える。


――さすがに、このまま立ち去るなんてできるわけがない。


 泣き顔を見ないよう顔を逸らして、ハンカチを差し出す。


「すまない。不躾(ぶしつけ)だった」

「い、いえっ! そんな……」


 ルーシーは手を振って遠慮していたが、私が引き下がらないと気付いてそっとハンカチを受け取った。かすれた声で礼を言われ、いたたまれなくなる。

 泣いていた理由を知りたいが、聞いていいのだろうか。それとも何も聞かない方がいいのかと悩んでいると、彼女が先に口を開いた。


「あの……アレン様は、どうしてここに?」


 そう尋ねられ、どこまで話すかと一瞬考えて答える。


「休憩だ。使用人が広場から戻ってくるのを待っていた」

「そうなんですね……」


 ルーシーはちらりと広場の方へ視線を向けた。相変わらず賑やかだが、昼時よりは落ち着いているようだ。定期的に聞こえていた歓声もなくなっているため、大道芸はすでに帰ったのかもしれない。


 会話が途切れ、しばらく沈黙の時間が続く。この中でお腹が鳴ったりしたら雰囲気を壊しかねない。かなり迷ったが、これでは話が進まない。

 できるだけ威圧感を出さないように、彼女に尋ねる。


「君は、その……何かあったのか?」


 視界の端で、ルーシーがハンカチを握り締めるのが見えた。言いたくないならと続ける私に首を振って、彼女は悲しそうに笑った。


「私が自分で聞いてしまっただけなんです。……聞かなければいいだけのことを」


 ルーシーは目を伏せたまま、ぽつぽつと話し出した。


 聖魔力保持者が平民から出たことは知られているが、彼女が聖女であることは学園と神殿にしか公開されていない。

 だからこそ、まさか聖女が近くにいると思わなかったのだろう。何か手伝いたいと神殿関係者に混ざって花束を配っていると、話し声が聞こえてきたらしい。


『前聖女様は例の門を封印した実績があるけど、今の聖女様はただの子供だろ?』

『ただ聖魔力を持ってるってだけで王族からもちやほやされてるらしいな』

『ちょっと前までただの平民だったくせに玉の輿こしじゃない。羨ましい』

『こんな風に祭りなんか開いたら、余計調子に乗るんじゃないか?』


 聖魔力は彼女が望んで得た力じゃない。貴族学園に入るのだって国に強制されたからだ。普段の姿を見ていても、とても調子に乗っているとは思えない。


 勝手に眉根が寄るのを指で押さえ、息をつく。いきなり今までの生活を捨てさせられ、伝記まで出ている前神官様と同じだけの働きを期待されるなんて。

 最終的に身分が上がるとしても、簡単に羨ましいと言えるようなことだろうか。


「広場にいる時は我慢できたんですが……花束を配り終えて戻ってきたら、なんだか勝手に涙が出てきちゃって」


 涙を拭って笑う彼女の姿に胸が痛くなる。無事に乙女ゲームのハッピーエンドを迎えたら、彼女はきっと幸せになれる。

 でもそれを知っているのは私だけだ。今の彼女には不安しかないだろう。


 この国唯一の聖魔力保持者という立場も、彼女のプレッシャーになっているのかもしれない。自分の左手にめた白い指輪に目を向け、小さく首を振る。

 話すわけにはいかない。今彼女に伝えてしまったら、彼女の努力もこれまでのことも、すべてが台無しになる気がした。


 代わりに、ぎゅっと拳を握って声をかける。


「誰が何と言おうと、君は立派な『聖女』だ。……何かあれば、私も力になる」


 生徒会として、と最後に言い訳のように付け加える。ルーシーは目を丸くして、次いで、ありがとうございますと嬉しそうに笑った。

 ちょうどそこで、外門の向こうにジェニーとフレッドの姿が見えた。そのまま立ち去ろうとした私に、ルーシーが慌てて顔を上げる。


「あっ、えっと……」


 ハンカチのことを気にしているらしい。構わないと手を振って門へ向かう。

 彼女は生垣の影に隠れたまま、深く頭を下げて見送ってくれた。




===




 ようやくいたベンチに座って辺りを見回す。だいぶ傾いた日が街をオレンジに染めているが、まだまだ広場は賑やかだった。


 神殿から出たところで、ジェニーとフレッドに謝られた。予想通り人が多すぎて並ぶのに時間がかかったらしい。何かに巻き込まれたわけではなくてよかった。

 3人で遅い昼食を終えて気が付くと、あっという間に屋台は撤収していた。早くも広場を囲むいくつかの店には明かりが灯っている。


 広場にはランタンがたくさん吊るされていた。完全に日が落ちたら一斉に火を灯すのが伝統らしく、それを見に来ている人もいるらしい。リリー先生が言っていた飾りというのはこのことだろう。


 目の前では、幼い兄弟がお菓子を分け合っている。離れたところには、ベンチに腰掛けて微笑む高齢の夫婦がいる。花束を抱えて盛り上がっている若者たちもいる。店の前で看板を眺め、どこに入ろうかと迷っている家族連れも見えた。

 みんなこの世界で、確かに生きて暮らしている。魔界の門の封印が解けかけているなんて、おそらく誰も知らないだろう。


――当然だ。本当はそんなに急に解けるものじゃない。


 そのために学園の生徒たちが魔力を送っているのだから。国も学園の先生方も神殿の人達も『まだ大丈夫』だと考えているようだ。まさか門を封印するための学園の中に、門の開放をたくらむ人物がいるとは思っていないらしい。

 聖魔力の封印が弱まって闇魔力が強まり、魔物が出現しやすくなっていることは気付いているが、今すぐに門が開くなんて誰も心配していない。


 ルーシーが自由に行動できているのも、今はまだ封印に余裕があると思われているからだ。彼女が聖魔力を使いこなすまで3年もかからないだろうと。

 実際は、あと数か月で門が開いてしまうというのに。


 ルーシーの力は今どの程度なんだろうと考えていると、ベンチの傍に控えていたジェニーが辺りを見回して言った。


「アレン様、どうなさいますか? そろそろ馬車の準備をいたしましょうか」


 それに対して、フレッドが首を傾げる。


「え、もったいなくないですか? どうせなら、最後にランタンが点灯されるところまで見ていった方が……」


 その言葉に少しだけ考えて頷く。せっかく祭りに来たからには、フレッドが言うようにランタンの点灯まで見ておきたい。


「そうだな。それまで見てから帰ろう」

「かしこまりました。では、そのあたりで馬車を呼びに行って参ります」


 ジェニーによろしくと返して、再び街に目を向ける。さっきまでオレンジだった街は少しずつ影に覆われていた。この分ではすぐに真っ暗になるだろう。


 頃合いを見て、ジェニーは馬車を停めた場所へ向かった。人が少なくなってきたから近くまで馬車を寄せても問題なさそうだ。そろそろベンチを人にゆずるべきかと立ち上がったところで、声が聞こえた気がした。


 賑やかで楽しげな声とは違う、緊迫した声だ。


 アレン様? と尋ねてきたフレッドを手で制し、耳を澄ます。広場から横に伸びた道、まだ明かりが灯っていない店の方から子供の声がする。


「フレッド、付いてきてくれ」


 気のせいならそれでいい。しかし、もし何かが起こっているなら放っておけない。突然駆け出した私に驚いた顔をして、フレッドは慌てて追ってきた。


「ど、どうしたんですか!?」

「子供の声が聞こえた気がしたんだ。気にしすぎかもしれないが」

「普通に近所の子が騒いでるだけなのでは?」

「それならまた広場に戻るだけだ」


 喧騒けんそうを背にして薄暗い横道に入る。店が開いていないためか、この辺りに人の気配はない。静かな路地裏から、今度はハッキリと聞こえた。


「お姉ちゃん……!」

「だ、大丈夫よ。私が守るから」


 子供とは別に、明らかに聞き覚えのある声がする。もしやと眉をひそめつつ、フレッドと共に路地裏へ飛び込む。

 袋小路になっている場所にルーシーの姿が見えた。後ろには幼い少年がいるようだ。そして彼女たちの前には、道を塞ぐように黒い影が揺らめいている。


 あれは魔物だ。判断すると同時に杖を抜き、唱えた。


「アイススピア!」


 空中に3つの氷の槍が現れ、タイミングをずらして魔物を上から貫く。1発で倒せない魔物もこうすればと考えての攻撃だったが、学園ではないからか魔物はそれほど強くなかったらしく、一瞬で弾けるように霧散むさんして消えた。

 他にはいないか辺りを確認していると、ルーシーが安心したように声を上げた。


「アレン様……! ありがとうございます!」


 駆け寄ってくる彼女に怪我はないようだ。後ろにいた少年も元気そうで安堵あんどする。申し訳なさそうに何度も頭を下げるルーシーに首を振り、小さく息をつく。

 杖を懐に収めていると、すぐ近くから若い女性が誰かを呼ぶ声が聞こえた。ルーシーがはっとした顔をして振り返り、少年に声をかける。


「ねぇ、あなたのお母さんじゃない?」


 彼は目を丸くして、それから慌てて声の方へ駆け出した。守ってくれたルーシーへの礼もそこそこに、路地裏を飛び出していく。


 どうやら彼女は迷子の少年を見つけて親を探し回っているうちに、魔物に追われて路地裏に入ってしまったらしい。

 神殿の近くだから結界の力も強いはずなのに、こんなところでも魔物が出るとは。広場の中心で現れてパニックにならなかっただけマシなのかもしれない。


――ルーシーがマディに狙われたという可能性もあるが……。


 乙女ゲームのヒロインだから、というのもあるのだろうか。彼女が魔物に襲われるのはもう何回目だろうと心の中で苦笑する。

 分かっていたが、彼女の傍では何も起こらないことの方が少ない。つい、口からため息と共に言葉がこぼれた。


「君といると退屈しないな」



 その瞬間、声に被せるようにわっと歓声が上がった。



 この辺りの道にも飾られていたらしいランタンに、一斉に火が灯る。同時に点灯するということは、魔道具か何かを使っているのだろうか。

 間接的に照らされた路地裏で、ルーシーは目をぱちくりとした。


「えっと……すみません、今何か……?」


 歓声にかき消されて私の声は届かなかったらしい。わざわざ言い直すほどのことでもないし、聞こえなかったならそれで構わない。

 大したことじゃないと返して、フレッドを連れて路地裏を出る。もう馬車が近くまで来ているかもしれない。


 改めて礼を言うルーシーと別れ、広場に向かう。夜の暗闇にランタンの灯りが揺れていて、昼間とはまた違った雰囲気になっていた。

 広場を抜けた先、神殿の端にクールソン家の馬車が止まっているのが見える。ジェニーは不安げな顔をして待機していたが、私たちの姿を見てほっとしたようだ。


 フレッドが馬車の扉を開けてくれたところで、後ろから声をかけられた。



「アレン様! あ、あの」



 ルーシーの声だった。追いかけてきたのだろうか。それとも何か伝え忘れかと振り返ったところで、彼女が抱えているものを見て顔が強張こわばる。


「今日はありがとうございました! よ、よかったら、受け取ってください」


――なんで、『私』に……?


 その疑問は、声に出なかった。混乱する頭でその理由を考える。差し出されるままそれを受け取り、なんとか「ありがとう」と返す。

 嬉しそうに微笑んで走り去る彼女の姿が人の波に紛れて見えなくなる。ジェニーとフレッドに声をかけられたが、応えられなかった。


 自分が抱えたものに目を向ける。

 ドクンと心臓が高鳴る。


 鮮やかな青い紙に包まれた白い花束が、ランタンの灯りに照らされていた。

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