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86話 長期休暇と聖女祭②

「やだ! 子供のは小さいもん。大きいのがいい!」

「子供用を2つあげるから、まとめて1つにすればいいでしょ?」

「ちーがーう! 大人用のが欲しいの!」


 道の端で騒いでいるのは7歳くらいの女の子だ。そして彼女に腕を掴まれて疲れた顔をしているのは、どう見てもリリー先生だった。今日は前神官様が着ていたのと同じような、白いローブを身にまとっている。

 彼が手にしている茶色いかごの中には、色とりどりの花が白い紙に包まれていくつも入っていた。話を聞く限り、花束(ブーケ)は大人用と子供用で分かれているようだ。


 ジェニーとフレッドに声をかけ、リリー先生に近寄る。


「先生。お疲れ様です」

「アレン! 来てたのね」


 そこで私に気付いたらしい。彼は顔を上げて目を丸くした。騒いでいた女の子は突然現れた私たちに驚いて、さっとリリー先生の後ろに隠れる。


「何か()めているようだったので」

「あら、ごめんなさいね。せっかくの祭りなのに」


 先生は苦笑して、籠を持ち上げた。


「花束を作って配るのは神殿の担当なのよ。でも今年は思ったより人が多くて、大人に配る分が足りなくなっちゃったのよね。まぁ、神殿に戻って作り足せばいい話なんだけど……」


 籠の中には、子供用だろう小さい花束がいくつか入っていた。それに混ざって1束だけ大きな花束があるのを見て、首を傾げる。


「その大きいのは大人用なのでは?」

「これは予備なのよ。高位の貴族から『花束をくれ』って言われた時にすぐ渡さないと、色々面倒なことが起きたりするから」


 彼が答えている途中にも、女の子はぐいぐいとローブを引っ張っていた。彼女はその予備として取ってある大人用の花束が欲しいらしい。神殿に戻るまで待てと言っても聞かず、離してくれないから(らち)が明かないと先生は息をついた。


 それなら、と口を開く。


「高位の貴族のためということは、私には頂けるんでしょうか?」

「え? ……まぁ、そうね」


 リリー先生はちらりと女の子を見て、大人用の花束を籠から取り出した。

 礼を言ってそれを受け取り、その場にしゃがみ込む。


「私から彼女にゆずるのは問題ないですよね?」


 花束を女の子に差し出しながら尋ねると、先生はそうするのが分かっていたというようにため息をついた。


「別にいいけど、アレンはいいの? この祭りの花束は特別な意味を持つのよ。基本的に1人1つしか渡せないことになってるし……」

「家族に贈るには足りませんし、恋人もいないので」


 ジェニーに渡すなら護衛兵のフレッドにも渡したいし、母様や父様にも持って帰りたい。特別な想いがなくても、小さな子供に渡すくらいはいいだろう。

 そう思ったが、彼女は首を振った。先生のローブを掴んで悲しそうな顔をする。


「いい。お兄ちゃんからは……いらない」


 その言葉で、彼女がずっと大人用の花束を欲しがっていた意味を理解した。確かにこの祭りで『大人が』大切な相手に渡すのは、大人用の花束だ。

 神殿に行ったら他にも人がいるだろうし、彼女にはきっと今、この場でしかチャンスがなかったのだろう。それを知って微笑ましくなる。


「そうか。私からでは駄目だな」


 素直に立ち上がった私を見て、リリー先生は驚いたように彼女に顔を向けた。


「どうして? 大人用の花束が良かったんでしょ?」

「だって……」

「リリー先生」


 ここで彼に怒られたら女の子が可哀想だ。他に高位の貴族が来る前に、と急いで先生に花束を差し出す。


「先生から渡してあげてください」

「……あたしから?」


 リリー先生はきょとんとした顔をして花束を受け取った。私と女の子を交互に見て、はっとする。ようやく彼女が言っていた意味に気付いたようだ。

 彼はこほんと軽く咳をすると、女の子に向かって花束を差し出した。


「そういうことね……どうぞ、お嬢さん」

「……! ありがとう!!」


 ぱあと女の子の顔が明るくなる。彼女は頬を赤くして嬉しそうに花束を受け取ると、宝物たからもののように抱き締めた。貴族の令嬢のようにスカートを摘まんで一礼し、満足げに走り去っていく。

 彼女の後ろ姿を見送って、先生が小さく笑った。


「まったく、おませさんなんだから。ありがとね、アレン。気付いてくれて」

「いえ。可愛らしい子でしたね」

「神殿の近所に住んでる子でね。今よりもっと小さかった頃、時々遊んであげてたのよ。いつの間にか大きくなっちゃって」


 時が経つのは早いわねと呟く彼に、同意を込めて頷く。人の子の成長は特に早く感じるよなと思っていると、リリー先生が思い付いたように言った。


「そうそう、もう広場は見た? この祭りのために飾り付けられてるわよ」

「いえ、まだ。広場に向かうには人が多くて」


 首を振って、苦笑する。未だ人の波が落ち着く様子はない。先生は「そうなの?」と辺りを見回して考える素振りをすると、わずかに声を落とした。


「……それじゃ、神殿の中を通り抜けていったら?」

「えっ? いいんですか?」

「あたしが一緒だから、特別よ」


 先生はそう言ってスタスタと横道に入っていった。手招きされるまま、ジェニーとフレッドと共に彼に付いていく。

 街に住んでいる人しか知らないような細い路地を抜けると、目の前に白いへいが現れた。小さな鉄の門を開けながら、リリー先生が振り返る。


「ここ普段は鍵が掛かってるから、神殿に用がある時は普通に表から入って」

「わかりました」


 門をくぐって、塀の中に入る。正面には大きな白い建物があり、ステンドグラスの窓が並んでいた。どうやら神殿の側面が見えているらしい。

 左にはさくがあって奥へ行けないようになっている。リリー先生に案内されて右へと進んでいくと、神殿前の庭園に辿り付いた。


 遠くから歓声や音楽が聞こえてくるが、塀の内側は静かだ。以前来た時は意識していなかったが、防音の魔道具がどこかに置かれているのかもしれない。


「まっすぐ行って正面の門から出れば広場よ。疲れない程度に楽しんでね」

「はい、ありがとうございます」


 改めて礼を言ったところで、誰かがこちらに走ってくるのが見えた。白いワンピースのような服を着ているから神殿関係者だろう。

 彼女はリリー先生の前で立ち止まると、私たちに礼をして先生に顔を向けた。


「神官代理。急いで作り足しているのですが、花束が足りないみたいで」

「あら、やっぱり? すぐに手伝うわ」


 神官代理という言葉で、はっとする。そういえば、今日はまだアデルさんを見ていない。『あのこと』に気付いたのは去年の長期休暇だ。

 もしかしてと考えていると、リリー先生が思い出したように手を叩いた。


「そうそう。伝えてなかったけど、この前姉さんに子供が生まれたのよ」

「ああ、ちょうど考えていたところでした。おめでとうございます」


 ということは、今は産休中なのだろう。無事に生まれたと聞いてほっとする。同時に、あのアデルさんがお母さんになったのだと思うと不思議な感じがした。

 先生は小さく笑って、次いで複雑な顔をする。


「ありがと、今度姉さんにも言ってやって。あたしは医者だけど……そっちは専門じゃないから気付けなかったのよね。あんたがあの時止めてくれて助かったわ」

「いえ、そんな」


 手を振った勢いで『男性があれだけで気付くのは難しいと思います』と言いかけて咄嗟とっさに口をつぐむ。これを先生と同じ男性である私が言うのはおかしい。

 でも、とリリー先生は続けた。


「めでたいことなんだけど、偶然お休みの期間が重なった人が3人いてね。ちょうど祭りの準備に人手が足りなくなっちゃったのよ」


 彼の隣では、神殿関係者の女性がそわそわしている。一刻も早く追加の花束を作りに行きたいのだろう。花束が足りなくなったのは人が多いせいもあるが、作る人手が足りなかったというのもあるのかもしれない。


――私が予備の花束を貰ってしまったから、高位の貴族が来たら困るだろうな。


 そう考え、そっと手を上げる。


「それなら、私もお手伝いしていいですか?」

「え? ……花束を作るのを?」

「はい。まだ広場には人が多いようなので」


 ここからでも外門の向こうで大勢の人が行き来しているのが見える。リリー先生は一度広場の方を確認して、首を傾げた。


「助かるけど、祭りを見に来たんでしょ? 昼も過ぎたし、今行かないと屋台の食べ物がなくなっちゃうかもしれないわよ」


 え、と後ろから声が上がる。振り返ると、フレッドが慌てて口を押さえていた。


 確かにお腹が空いていないわけではない。祭りは夜まであるが、屋台は夕方に撤収てっしゅうしてしまうだろう。それ以降は、周辺の店が屋台と交代で開くはずだ。

 少し考えて、ジェニーとフレッドに声をかける。


「私は神殿で手伝いをしているから、屋台で何か適当に買っておいてもらえるか」


 2人が間を置かずに「かしこまりました」と頷いたのを見て、リリー先生は苦笑を浮かべた。さっそく外門へ向かう2人を見送り、先生と共に神殿に入る。


「自分から手伝うなんて、物好きね」

「予備の花束を頂いてしまいましたから」

「結局アレンは受け取ってないじゃない」


 花束は『関係者休憩室』で作られていた。教室くらいの広い部屋で8人の神殿関係者がテーブルを囲み、次々に花を切って紙で包んでいる。

 先生の後に続いて部屋に入ると、ぎょっとしたように一斉に視線が向けられた。


「え!? アレン・クールソン様!?」

「ど、どうしてこんなところに」

「もしやご見学ですか? 今すぐ椅子のご用意を」


 私の名前は知られていたようだ。もしかして聖魔力のことが伝わっているのかと思ったが、リリー先生が知らないのだからそれはないだろうと思い直す。

 10年前の名残(なごり)だろうかと思っていると、私の代わりに先生が答えた。


「花束を作るのを手伝ってくれるんですって」

「クールソン様が!?」


 どよめきが起こり、彼らは顔を見合わせた。余計な世話だったかとリリー先生を見上げる。先生は首を振って私の手を掴むと、テーブルの傍に引き寄せた。


「気にしないで。あんたは神殿で大人気なのよ、昔から」

「昔から?」

「ま、とにかくどんどん作りましょ。今も花束を配りに行ってる数人が帰ってきたら、また交代しなきゃいけないから」


 先生はテーブルに並べられた花を取ると、色を選びながら同じ長さに切り揃えた。それを見て、真似をするように私も花を取る。赤や黄色、オレンジにピンクなど明るい色の花ばかりで鮮やかだ。

 先程受け取った花束と同じくらいの大きさになるように切り、白い紙で包む。茎の部分は紙をねじって広がらないようにする。できた花束をかごに入れて、また次の花を取る。しばらく戸惑っていた人たちも、こちらを気にしつつ作業に戻った。


「アレンの花束を貰える人は運がいいわね」


 リリー先生が花を包みながら呟いた。その隣で花を選んでいた女性が、慌てたように先生をひじで小突く。


「ミルトンったら、さっきからクールソン様のことを呼び捨てにして」

「学園では先生と生徒なんだからいいじゃない」

「ここは学園じゃないでしょう? 身分をわきまえないと」

「それは、そうだけど」


 花を切り揃えつつ、言われてみれば確かにここは学園ではないなと思う。かといって、今更先生に敬われたくはない。それに私は神殿関係者にも敬語を使うようにしているため、リリー先生に対する口調は学園を出ても変える気がない。


 包み紙を手に取って、先生に顔を向ける。


「いえ、構いませんよ」

「ほらアレンもこう言ってるし……」

「リリー先生に敬語を使われたら、距離を感じてしまいそうなので」

「え?」


 リリー先生は目を丸くした。何か変なことを言っただろうか。包んだ花を籠に入れて首を傾げると、彼は躊躇ためらいがちに口を開いた。


「つまり、その……今は、結構近しい仲だと思ってくれてるってこと?」


 不思議な質問だと思いつつ、頷いて返す。先生は、そうなのねと呟いて顔を逸らした。何故か周囲からは生暖かい目が向けられている。

 手にしていた花束をさっと籠に入れ、リリー先生はテーブルを叩いた。


「と、とりあえず! あと1人10個作ったら配りに行くわよ!」

「はーい」

「了解です、神官代理」


 そこからはみんな集中して作業を進めた。置かれていた籠が花束でいっぱいになったところで、1人の男性が先生に尋ねる。


「あ、そうだ。神官代理、そろそろあれも出しておきますか?」

「そうね、後になって慌てても困るし」


 リリー先生は部屋の奥へ向かうと、今までの茶色いかごとは違う白い籠を抱えて戻ってきた。中には、真っ白な花だけで作られた花束が5つ並べられている。

 花に色がない代わりに、それぞれ違う鮮やかな色紙で包まれた花束。それを見た瞬間、既視感を覚えた。


 花束を包む色は、赤、青、黄色。そして緑と紫。

 ゲームには関係ない……とは、さすがに思えなかった。

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