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9話 王宮のお茶会②

 それが私に向かって言われているのだと理解した瞬間、正直関わりたくないと思った。声色からして相手にしたいとは思えない。

 しかし全く反応しないわけにもいかないので、とりあえず振り返る。赤毛の髪を跳ねさせた少年が腰に手を当て、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。


「なんだお前、顔も女みたいじゃないか」


 続けて投げられた言葉に眉をひそめる。貴族としての教育を受けている子供ばかりだろうと思っていたが、どうやら間違いのようだ。というより、それ以前の問題かもしれない。これは甘やかされてわがままお坊ちゃんに育ってしまったパターンか、と冷静に分析する。


 マナーなんか気にせず無視しても問題なさそうだが、こちらまで同じレベルになるわけにはいかない。一度ケーキの皿をテーブルに置いて、体ごと彼を向く。


「アレン・クールソン。残念だが、れっきとした男だ」

「マークス・ウーリーだ。へぇ、ケーキなんか食ってるから女かと思った」


 そう言って鼻で笑う。名乗るだけの常識は持ち合わせているらしい。

 わざわざ私が男だと言わなくても、最初から男児しか招かれていないのは彼も知っているはずだ。ただ馬鹿にされただけだというのは分かっている。


 しかし、顔つきはともかく、用意されているケーキを食べただけで女のようだと言われるのはどういうことだろう。子供の言うことに意味なんかないのかもしれないが、一応尋ねてみる。


「ケーキを食べるのが女みたいなのか?」

「そうだ。男がケーキ食ってるのなんて見たことないぜ? それは女が食べるもんだろ」


――なんだそのくだらない男女差別は。


 と、そのまま言い返してやろうかと思ったところで視線を感じた。その方向に顔を向けると、セシルが子供たちに囲まれたままこちらを気にしているようだった。何故か妙に悲しそうな顔をしている。


 一体どうしたんだろうと頭をひねる。そこで、攻略サイトで見た彼のプロフィール情報を思い出した。

 確か、セシルは甘いものが――……


「……おい、聞いてるのか!?」


 至近距離で怒鳴られ、意図せずマークスを無視していたことに気付いた。

 会話の途中で他のことに気を取られたのは悪かったが、こんなに近くにいるのにそこまで大きな声を出さなくてもいいのではないだろうか。普段から大声で誰かに言うことを聞かせているのかもしれない。

 小さくため息をつき、簡潔に言葉を返す。


「君がそう思うなら、君の中ではそうなんだろう。私には関係ない」


 それだけ言ってケーキの皿を回収し、その場を離れることにした。マークスは一度呆気にとられた後、しばらく付いてきて騒いでいたが、うるさいのを我慢して無視していたらいつの間にかいなくなっていた。


 ああいうのは一度でも下手に相手をすると、出会うたびに絡まれることになるだろう。子供相手に大人げない気はしたが、これも今後のためということにしておいた。万が一、乙女ゲームの本編中に絡まれるとややこしいことになる。

 面倒な奴に絡まれるのはヒロインの役目であって、攻略対象の私ではない。


 それにしても、ケーキは女性の食べ物という風潮は実際にあるのだろうか。

 周りを見てみると、今のところ食べているのは私しかいないようだった。みんなちらちらとケーキに視線を向けてはいるが、取り分けようとメイドが近付くと断っている。

 まさかマナー違反なのだろうかと少し不安になったが、既に1個食べてしまったのでもう後戻りはできない。


 確認のためにも他の子供と話してみるべきだろうか。後から必ず母様にどうだったかを聞かれるだろうし、公爵家にも1人くらい友達を作っておいたほうがいいのかもしれない。……と思ったのだが、子供のほとんどは王子であるセシルにむらがっている。


 それ以外は兄弟で隅っこに固まっているか、さっきのマークスくらいしかいなかった。大人しそうな兄弟に話しかけてみようと近付いたところ、目が合っただけでそそくさと逃げられてしまった。子供からすると、ほとんど無表情な私の顔が怖いのかもしれない。


 結局、1人で黙々と各テーブルのケーキを食べるしかなかった。




===




 3つほどケーキを平らげ、改めてセシルの状況を確認する。先程より周りにいる子供の数は減っているが、何をそんなに話すことがあるのか未だ囲まれている。

 王子も大変だなと同情しながら、おそらく愛想笑いだろう彼の笑顔は、ゲームのスチルそのままだなと思う。


 彼はこれから王子として成長し、学園で生徒会長になってヒロインに出会い、様々なイベントを経て恋をしていくのだろう。いや、ヒロインが誰のルートを選ぶかにもよるのだが。


――今日初めて会った人の未来を知ってるなんて、妙な気分だ。


 なんなら彼のルートしかやっていないから、セシルがヒロインにどう接するのか、どんなイベントがあるのか、どういうセリフを言うのかまで知ってしまっている。それこそ告白のセリフまで知っているのは、申し訳ない気持ちになった。


 そんなセシルもさっきから紅茶しか飲んでいないような気がする。もしかしたら他の子供たちは、王子である彼がケーキを食べないから食べようとしないのかもしれない。


 攻略サイトの情報通りなら彼はかなりの甘党のはずだが、食べないのだろうか。

 いや、子供たちの相手をしているせいで食べられないのか。しかしそれでは、結局私以外誰もケーキに手を付けられなくなってしまう。


 母親同士が親友ならば、私から助け船を出すべきだろうか。でも余計なお世話かもしれないしな……と考えながら、また別のテーブルに移動する。4つ目になるケーキをメイドから受け取ったところで、なにやら騒いでいる声が聞こえてきた。


「おい、なんでケーキしかないんだよ!」


 その声の主はすぐにわかった。せっかく離れていった相手に自ら関わりたくはなかったが、何を騒いでいるのか気になって声のほうに目を向ける。予想通り、マークスが広場の脇に控えていたメイドに向かってがなり立てていた。


「他の料理はないのか!? 別のものを出してくれよ!」

「申し訳ございません。本日はお茶会となっておりますので、他の料理はご用意しておりません。クッキーならお持ちできますが……」

「それも甘いものだろ! もっと別のを持ってきてくれ!」

「申し訳ございません」


 わりと高齢に見えるメイドが申し訳なさそうに頭を下げている。お茶会なのにケーキ以外の料理を出せと言っているようだ。

 当然無茶な話だしマークスも分かっていそうなものだが、八つ当たりだろうか。それなら最初に私が無視してしまったことも彼の不機嫌の要因かもしれない。そう思うと、絡まれているメイドに申し訳なくなってきた。


 それにしても、自分の母親よりも年上だろう相手に向かってよくあんなに喚くことができるな。王宮のメイドなら身分もそれなりに高いだろうに、と彼を見ていて、気付いた。



 右手にフォークを握っている。



 誰かに渡されたのだろうか。ケーキを食べているわけではないから、どこかに用意されていたのかもしれない。

 とにかくあれは危険だ。感情的になった子供は何をするかわからない。自分がフォークを握っていることすら忘れているかもしれない。


 受け取ったばかりのケーキ皿を近くのテーブルに置く。注意深く見守っていると、謝ってばかりで動かないメイドにごうを煮やしたらしく、マークスが一際ひときわ大きな声で叫んだ。


「俺は偉いんだぞ、言うこと聞けよ!」


 その勢いのままフォークを握りしめた右手を振り上げ、振り下ろそうとする。

 彼が叫んだ瞬間には駆け出していたので、ちゃんと間に合った。


 振り下ろす直前に腕を掴んで止める。メイドしか見ていなかったところに突然私が現れたことで驚いたらしく、彼は目を丸くしてこちらを向いた。それを見返しながら、メイドと彼の間に割り込む。


「フォークは食事に使うもので、人に向けるものじゃない。知らないのか?」


 そう言われて、マークスは自分が手にフォークを握っていたことを思い出したらしい。驚いた顔のまま振り上げた自分の腕を見ると、慌てて数歩後退った。それを確認して手を離す。


 彼はしばらく呆然として、それからみるみる顔を赤くした。ようやく状況を理解したようだ。……が、それを素直に受け止めて謝ることができるほど大人ではない。フォークを地面に投げ捨て、私を睨み付けてきた。


「なっ、何だよお前! さっきから偉そうに! 俺は公爵家だぞ!」

「私もだ。ここには公爵家と王族しかいないはずだが」


 同じ身分の人間と関わった経験がないのだろうか。マークスは普段使っているであろう脅し文句が通じないことがよほど腹立たしいようで、地団太を踏んだ。


 普通の6歳ならそれで怖がるかもしれないが、中身が大人の私からすると幼い子供の癇癪かんしゃくにしか見えない。怒っている子供はどうしたら落ち着かせられるのだろうと考えていると、彼が唐突に拳を振り上げた。


――なるほど、言葉で通じないなら力か。


 自分でも意外なほど冷静にそれを眺めてしまう。避けたらすぐ後ろにいるメイドに当たるし、下手に受け止めて彼に怪我をさせても問題になる。痛みに慣れてなさそうだから、大げさに騒がれる可能性もある。


 それに比べて私は、一度死を経験している。フォークはもう握っていないし、子供の拳なんて車にかれたり階段から落ちることに比べれば大したことはないだろう。一度大人しく受ければ満足して落ち着くかもしれない。


「女みたいな奴のくせに!!」


 俺のほうが偉い、とマークスが感情に任せて拳を振り下ろそうとする。

 そこで、声をかけられた。



「何をしているんだい?」



 マークスと同時に、そちらを向く。あの子供たちからどうやって離れたのか、いつの間にかすぐ近くに来ていたセシルが首を傾げていた。微笑んでいるが、目は笑っていない。アレクシア母様が父様に対して怒っていたあの時のようだ。


 さすがのマークスも動きを止め、そろそろと拳を下した。褒められた行為でないのはわかっているのか、目が泳いでいる。セシルは笑みを崩さず、彼に近付いた。


「お茶会だよ、マークス。君は初めてじゃないだろう? 料理は出せないけど、最高級の茶葉を使った紅茶も美味しいよ。君のために特別な席を用意させるから、是非ゆっくり座って楽しんでくれ」


 そう言ってぽんと手を叩く。すぐに他のメイドが子供用の椅子を用意し、テーブルの近くに置いた。要するに『座って大人しくしてろ』という意味なのだろうが、マークスは特別という言葉に満足したのか、頷いて大人しく椅子に向かっていった。


 セシルも子供なはずなのに子供の扱いが上手い。もしかして最初からそのために椅子がないのだろうかと邪推じゃすいしていると、彼がこちらに視線を向けた。

 思わず息をのむ。彼からすれば、私もマークスと同じく、お茶会でもめ事を起こした問題児に見えていてもおかしくない。何を言われるのかと覚悟していると、彼は心配そうな顔をした。


「大丈夫かい? 遅くなってすまない」


 その言葉で、助けられたのだということに気付いた。


 さすがは攻略対象者と感心してしまう。同時に、下手をすれば彼が怪我をするかもしれないのに、大人は動かないで『王子』が動くんだなと思った。この場は彼に一任されているということなのだろうか。まだ6歳の、ほんの子供なのに。


 不思議に思いながら「大丈夫です」と返したところで思い出した。マークスに先に絡まれていたのは彼女だ。振り返り、後ろにいたメイドに声をかける。


「あなたは? 怪我してないか?」

「えっ?」


 彼女は目をぱちくりとして、直後に慌てたように頷いた。


「わ、私は大丈夫です。申し訳ございません」


 どうして謝られるのかは分からなかったが、怪我をしていないならよかった。フォークを握ったまま彼女に向かって腕を振り下ろされていたらと思うとぞっとする。間に合った自分を褒めてやりたい。


 でも、マークスの不機嫌の理由も同じく自分かもしれないので、自作自演のようなものかもしれない。もう少しセシルのようにうまくあしらうことができればと心の中で反省していると、私たちのやり取りを見ていた彼は驚いた顔をした。


「君はメイドを助けたのか?」


 彼の問いには『どうして?』という意味が込められているような気がした。メイドのために動くのはおかしいという意味かと思い、一瞬だけむっとしてしまう。しかし、彼は正統派王子キャラで、身分に関係なく誰にでも優しいはずだ。


 ということはこの疑問も、ただ経緯を聞いているだけかもしれない。そう思い直して、口を開く。


「助けたというほどではありません。マークスがフォークを握っていたので止めただけです。……女性に傷が残ったら大変ですから」


 それはこの世界でも前世でも同じだろうと思う。自分の前世が女性だったから、余計にそう感じるのかもしれない。怪我自体は聖魔法で治癒できるかもしれないが、目の前で彼女が怪我をするのが嫌だった。

 メイドは「まぁ」と口に手を当て、何故か頬を赤くした。セシルは変わらず目を丸くしていたが、やがて納得したように頷いて微笑んだ。


「君、かっこいいね」


 今度は私が目を丸くしてしまう。まさか同じ攻略対象である彼にそう言ってもらえるとは思っていなかった。どこでそう判断されたのかは分からないが、少しはクールキャラらしくなってきているのだろうか。


 うっかり嬉しくなってしまったせいで「あ、ありがとう」と返してしまい、すぐに「……ございます」と付け足した。

 子供なので油断してしまうが、彼は王族だ。年上のメイドに敬語を使ってはいけなかったり、反対に子供でも王族には敬語を使わないといけなかったりで忙しい。


 その気持ちが伝わってしまったのか、彼は「敬語じゃなくてもいいよ」と小さく笑った。


「ねえ、君のことアレンって呼んでいいかな? 僕のこともセシルと呼んでほしい」


 そう言われ、頷いていいものか迷う。アレンと呼ばれるのは構わないが、王子である彼を呼び捨てにしていいものなのだろうか。不敬罪にならないのかと不安になる。ゲームのアレンはどうだったかなと急いで記憶を辿っていたが、答えが出る前にセシルが悲しそうな顔をした。


「駄目かな? 君と友達になりたいと思ったんだけど……」


 そう言われたら、もう断るわけにはいかない。王族に言われたというのもあるが、天使のような彼の望みを断ることにも罪悪感があった。

 それに、いずれ彼の側近になるかもしれないと考えると、今のうちに仲良くなれたらいいなとは思っていた。素直に頷いて、彼の太陽のような目を見る。


「わかった。よろしく、セシル」

「うん。こちらこそ改めてよろしくね、アレン」


 ぎゅっと握手をして、セシルは嬉しそうに笑った。

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