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一両目

貫通扉を開けると次の車両内の景観が飛び込んでくる。先程までの車両とは違い壁は木製で出来ており、ログハウスのような造りとなっていた。ふと背後を振り返ると先程通ってきた貫通扉は姿を消していた。だがそのような変化よりも一際私の目を引いたものがあった。それは車窓である。先程までの車窓は何処までも続く暗闇のみで光など一切見えなかったが、この車両を訪れた途端車窓が風景を写し出していたのだ。外は暗く、恐らく雪が降っているのだろう綿毛のようなものがちらほらと視認できた。列両内を人が居ないかと確認しながら歩き進むうちに、私は本来扉があるのであろう場所に大きな本棚があるのを発見した。自然と足が動き出し、本棚の前まで駆け足で寄って行く。きっと私は本が好きであったのだろうか、本と言う存在に惹き寄せられたのだ。本棚には「Big treasure」「Girl's secret」「Lancelot」「Train journey」という英名の本などがきちんとアルファベット順に整列されていた。きっとこの本棚の持ち主は几帳面なのだろう。私が食い入るように本棚を見詰めていると、急に背後から人の気配を感じた。先程までは人の気配も姿も全くと言っていいほど見当たらなかったが、ここが異次元である以上急に現れないとは限らない。もしかしたら人成らざるものではないのかと思いながら恐る恐る振り返ると、そこには立派な口髭を貯えており知性を感じさせる服装の老人が音もなく佇んでいた。私は本当に居るとは思っておらず驚きと恐怖で固まってしまった。頭の中に殺されるかもしれないという考えが駆け巡る。すると突然老人が口を開いた。


「君は誰だね」


という短い言葉であったが声には威圧感を纏っており、思わず後退りをしてしまう。老人の質問に答えなかったからだろうか、老人は苛ついた様子でまた口を開いた。


「君の口は作り物かね」

「い、いいえ」


と急いで返答をする。返答したからか老人は先程よりは柔らかい雰囲気になった。


「君は誰だね。ここは儂の家なのだが、何故ここに居るんだい」


私は返答に困った。自分の名前や何故ここに居るのかが自分でも分からないのにどう返答すれば良いのだろうか。私は少し考え、老人以外に頼れる人間?が居ないので正直に話してみることにした。


「実は、分からないんです。自分の名前も何故ここに居るのかも、全部。すみません、貴方の家とは知らず」


老人は「ふむ」と短く呟き、何かを考え込んだ後に言った。


「まあ良い。君は儂に悪意があるようには見えんしな」


何とか信じてもらえたようだ。


「そういえば儂の紹介を忘れていたな。儂はパレンツという者だ。よろしく頼む」

「あ、はい。よろしくお願いします、パレンツさん」


パレンツは満足気に大きく頷き髭を触る。そして何かに気づいたかのように私の鞄を指差した。


「君の鞄には何か記憶の手掛かりとなる物は入っていないのかい」

「え、えぇ。中には空の財布と本ぐらいしか「本だって!何と言う本なんだい!」


どうやら本と言う単語に反応したらしく、私が言い終えぬうちに言葉を被せてきたパレンツの瞳は老人であるにも関わらず、まるで夏休みに虫取りをしている少年のように煌めいていた。確かにこのように本を収集しているのならば本が嫌いな筈がないだろう。


「何と言う題名なんだい」

「た、確か『うとまうそ』だったような…」

「『うとまうそ』だって!?き、君。その本を是非儂に譲ってはもらえないだろうか。実はね、昔から読んでみたかった作品なんだ」


私は少し考えてから本を譲ることにした。今私に必要ない本を持っていても仕方がないだろうし、本にとっても大切にしてくれる人が所有してくれた方がいいだろう。「いいですよ」と返事をするとパレンツは嬉しそうな声で「ありがとう!」と言いながら私の手を上下に思いっきり振った。振り終えるとパレンツは私から丁寧に本を受け取り、より一層丁寧に本棚へと収めた。パレンツは収めた本と本棚を満足気に眺めると私に向き直った。


「いやぁ、ありがとう。君のお陰で夢が叶ったよ。君とは話が合いそうだ。どうだね、お茶でも飲んで行きたまえ」


思えばずっと飲み物を飲んでいなかったので喉が渇いていた。


「では、お言葉に甘えて」


パレンツはそう聞くとおもむろにパンっと手を叩く。すると何処からか椅子2脚と机、淹れたてと思われる紅茶が2杯現れたのだ。私が驚きで動けないでいると「さあ、座りたまえ」とパレンツが私の腕を引っ張ってきた。そして私はパレンツのされるがままに着席し、パレンツは私の目の前に着席した。私が紅茶を一口含むとその様子を眺めていたパレンツが口を開いた。


「突然なんだが君は、今の世の中に対してどう考えているかい。儂はね、常日頃から考えているんだよ。この世の真の幸福とは、男女間という壁を、秩序をしっかりと定め皆が皆同じレールを通ることだとね。思わないかい?最近の世の中は男女間と言うものが曖昧すぎる、と。男性は紳士らしく自分から行動し、女性は聖母のように色々なことに寛容になり男性に着いて来るべきだと私は考えているんだよ。儂はね、君と気が合うようだから君の考えを聞きたいと思っている。思考を共有したいんだ。どうだね」


私が驚きで固まっているとパレンツは言葉を続けた。


「ところで君は何故長髪なんだい。紳士ならば短髪だろう。どうだね、私が切ってあげよう」


さも自分が正義のように言い放ったパレンツの瞳は私を見てをおらず、うちに狂気を宿していた。パレンツは何処からか取り出した鋏を片手に、私の方へとにじり寄って来る。


「い、いや。私はこの髪形が気に入っているのでえ、遠慮しておきます」


何故だか自分の髪型を変えることに抵抗があったので断ったのだがパレンツは止まらない。それどころか先程よりもにじり寄って来る速さが上がってきている。私は身の危険を感じ、パレンツから逃れようと席を立つ。幸い、私の背後の貫通扉は消滅していない次の車両へと続く貫通扉であったので、相手を刺激しないようにゆっくりと後退する。


「わ、私はここらでお暇させていただきますね」と言いかけた時だった。

「先程から気になっていたのだが、君は長髪に加え一人称が私なのだね。それも直々に儂が教育してあげよう。何故逃げるんだい?まだ儂の話は終わっていないのだが…君は人の話を聞く時はしっかりと聞くということまで忘れてしまったようだね。そうだね、これも儂が教育し直してあげよう。さあ此方へ来るんだ」


先程までの知的な印象は何処へいってしまったのやら。パレンツの瞳は赤く血走っており片手に鋏を持つ姿はまるで猟奇的殺人鬼のようであった。

私の本能が警告をだしている、こいつは危険だと。私は鞄を片手に一心不乱に貫通扉へと走る。幸い、パレンツは足が悪いようでそこまで速くは走れないようだった。徐々に私との差が開いていく。走っている途中、後方から


「今ならまだ許してあげよう。君にとっても悪い話ではないだろう?今ならまだ許してあげよう。君にとっても悪い話ではないだろう?今ならまだ許してあげよう。君にとっても悪い話ではないだろう?今ならまだ許してあげよう。君にとっても悪い話ではないだろう?」


と壊れた機械のように繰り返される上から目線の発言と同時に、何処からか小さく


「お父さんごめんなさい。お母さんごめんなさい。僕がちゃんとするから、だから…もう叩かないで」


と言う幼い子供の声が聞こえてきた気がしたが、私は一切振り向くことはなかった。そして遂に貫通扉へ手をかけた。

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