死者の声
まるで誂えたように薄気味悪い夜だった。
窓から入ってくる4月の夜風は生ぬるく、まとわりつく髪の毛が鬱陶しくなって車窓を閉める。
車は深夜1時の山道を走っていた。
街灯もない真っ暗な空間を、ヘッドライトの光のみが進む先を照らしている。
目の前にはやたら大きな月が見えている。この月の明るさと対比した濃い暗闇が、自分を現実世界から切り放しているような、異次元の世界に迷いこんだような錯覚を起こさせた。
長いトンネルを抜け、ホッとした次の曲がり角、ぽつんと男性が立っている。
暗闇の中にぼんやり光るガードレールを背に、石膏のような質感で。
人間ではない、と瞬時に判断しアクセルを踏んで行き過ぎる。
見ていたのは私だけのようだ。
しかしまたいる。
今度は身体の一部分、つまり右手。
思い切りアクセルを踏んで通り過ぎたそのとき、対向車線に小さくヘッドライトの明かりが見えた。
安堵感に包まれて近づいて行った自分自身がかわいそうになるくらい、次には絶望感に突き落とされた。
それは大型のタンクローリーで車体をゆっくりとUターンさせ、こちらの車線をふさいでしまっていた。
この世のものではない。まず運転手がいない。車体に重量感がなく色彩がない。
そのタンクローリーから何が出てくるのか、見たくないのにまばたきもできず凝視してしまう。
大きなタンクの横についている扉のようなものが開いて、あの男性が降りてきた。
助手席で寝ていた娘が目を見開いて、痛いくらい左腕にしがみついている。
恐怖で身動きができない。
ハンドルにかけた手にかすかに吐息がかかる。男性が後部座席に乗り込んできているのがルームミラーに写った。
どうしようというのだ