プロローグ マヤになるまで
自分の感性に正直に、楽しく執筆していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
今世の私の何が悪かったというのだろうか。ただ少し、”前世”という記憶があるだけの幼子にこの仕打ちはあんまりだと涙を流したくなる。推定4歳の私の瞳からは既にじんわり水の膜が張っていて今にもしゃくりあげてしまいそうなくらい喉が引きつっている。
しかし泣いている場合ではないのは間違いない。暗闇の中、時折聞こえる獣の声や風で揺れる草葉の音。空には満点の星空が木々の隙間から垣間見える。こんな場所で泣きわめいていたらあっという間にあの世行きなのは………想像に難くない。
―――――――そう。生まれ変わって4年目にして私は親に捨てられたのだ。
私が悪かったのは間違いはないと思う。ほとんど言葉も喋れないような4歳の子供が妙な発言や奇行を繰り返していれば、いくら親だとしても怖がってしまうのは無理もない事だし、なにより両親は貴族だ。
貴族の末娘が頭のおかしい子だと世間に知られてしまえば彼らの名誉、家名にも傷が付く。貴族というものは見栄を張ってなんぼ………、つまり侮られてしまうような事があればその家は廃れてしまう可能性がある程世間体というものが重要なのが貴族である。
それを分かってはいる筈なのに私はその奇行を止める事が出来なかった。前世でいくら何十年も年月を重ねたとしても今世の私の体は4年しか生きていないのだ。だから精神年齢が体に引っ張られてしまう。
けれどこれはあんまりだ。
吐きたくなるため息をこらえて唇を噛んで目頭にぎゅうと皺をよせた。流れてしまいそうな涙をぐっと堪えて手元の鞄に目を向けた。
がま口の鞄を開けばそこには小ぶりのナイフや非常食、水を入れた水筒や小さな手帳型の植物図鑑などが入っている。今は夜の為、視界が悪くあまり鞄の中身が見れないが他にも確か色々と入れてきたはず。
今の小さな体では持っていける物は限られていてかなり絞る事になってしまったがそんなことを嘆いても体が急に大きくなるわけでもないのだからここでは置いておく。
今はとりあえず、生きることを優先に考えるべきだ。
しかしながら現実とは無情なもので、4歳の小さな体では出来る事がほとんど限られている。
こうやって魔獣に襲われてしまえば逃げる足すら遅くすぐに追いつかれてあの世行き。
どうにか水場を探そうと歩いていた私を待っていたのはよだれを垂らした大きな角を生やしたウサギ。まさかのウサギ。しかも肉食らしいようで口の周りには血がべっとりくっついていた。恐怖のあまりおしっこ洩れた。
勿論ウサギの運動力にこんな小さい足で逃げ切れるわけもなく、もれなくグサッとさされてバッドエンド………、かと思われた。
しかしどうやら天は私に味方したらしい。
名義上”一角ウサギ”と名付けたそいつの角が私に刺さる前に止めたのは、2匹の狼だった。横から1匹ががぶりと首元を押さえつけて地面に押し倒し、もう1匹が器用にその角をボキッと折るところまでしっかり見た。
いやいやいやいや、ウサギの次狼っておかしいでしょ。狼もダメじゃん完全に肉食獣じゃん。
『アニキ、こんなところにちっちぇーニンゲンいるけど、なんで?』
折角天が味方してくれたのになんて体を震わせていた私の耳に届いたのはそんな言葉だった。
…………ん?今、狼が喋らなかった?
『しらねー。それより鮮度が落ちちまうから早く食おうぜ』
『あ!抜け駆けはずりぃ!』
その狼たちはとても理知的な瞳を持っていた。森の中では目立つ白い毛に翡翠の目。魔獣と違いすぐさまこちらに襲い掛かってこないところを見ると恐らくただの獣の狼だと思われる………、が私にとってそれはプラスにはなり得ない。
しかし、一つ僥倖なのは彼らは魔獣とは違い”言語を話す”程知性があるという事だ。もう私が付け入るスキはここしかない。
『………あのー………助けてくれてありがと、』
”うございました”まで言おうとした私を口の周りを赤く染めた2匹の狼が驚いたように見つめてきて。
『しゃ、しゃべったぁぁぁぁああっ?!?!?』
と2匹同時に叫ばれて思わず泣いた。その驚き方はこっちがしたかった。