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⑨2人3脚

「冷泉先輩、これ本当に偶然なのでしょうか?」

「白石さん、厳正なるくじ引きの結果よ。恣意的なものはないわ」


・・もし神様が偶然というものを司っているのであれば、この悪戯は立ちが悪い・・・

・・そんな不公明不正大の神様なんて・・

・・いや、いるな。普通にそんな神様が・・・


「そういう事だから頑張りましょう。白石さん」

「はい、冷泉先輩。足を引っ張らないように頑張ります。」


体育祭での新入生と2年生の交流を目的とした競技、それが2人3脚競争である。

で、その競技に出場する私の相手が、冷泉夏海先輩。


「白石さん、はっきり言って、私とはやりにくいでしょ。」

・・・結構、意地悪だなこの先輩・・・

「はい。身長差ありますからね。冷泉先輩」

「白石さん、そういう意味じゃなくて」

「西園寺先輩や冷泉先輩は、皆様の憧れの的ですからね。私に限らず新入生はみんなやりにくいと思いますよ。」

「白石さん、かわすわね。」

「はい?」

「じゃあ、単刀直入に言うわ。白石さん、私のこと好きではないでしょ?」

「冷泉先輩、どちらか言うと好きですよ。顔とか好みだしほうだし。」

実際、これは嘘ではない。

やや冷たさを感じるが、美しい顔立ちの冷泉先輩。


「私も夏海の顔が好き。」西園寺先輩が話に割り込んできた。

「玲子!」少し顔を火照らせる冷泉先輩。

「ところで、西園寺先輩の相手は、どなたなんですか?」

「仙倉さんよ。そして彼女から言われたわ。」

「本当ですか?で、仙倉はなんて言ったんですか?」

「うん、私こと嫌いですって。」西園寺先輩は苦笑する。

・・・まいんらしいな、まったく・・・

「でね、彼女曰く、私と気が合わないと思いますが、競技には勝ちたいのでちゃんと練習しましょうって」

「ああ、そうですか、お疲れさまです。」

「だから、夏海、白石さんも、これから私たちと一緒にやるのよ。予行練習を。」

「西園寺先輩、私もですか?」

「玲子、そんな急に勝手に決めないでよ。私、これから習い事があるのに・・」

「夏海、それ家での個人レッスンでしょ。それ終わったらやりましょう。夏海の家で」

「もう、分かったわよ。」

「じゃあ、遅くなるかもしれないので、留美もお泊りの支度をしておいてね。」と玲子先輩。

「もう、勝手にしなさいよ、玲子。」冷泉先輩は全面降伏だ。


私は、一旦は自宅に帰り、お泊りの支度をする。

まいんは、お抱え運転手の車で行くということなので、同乗させてもらった。




「白石さん、後輩って先輩に気を遣うものでしょ!」

「冷泉先輩。後輩をリードする立場にある人を先輩というのですよね?」

「ああ、そうね。白石さん、私が悪いのよね」

「冷泉先輩、すいません」

冷泉先輩の家の大きな庭で2人3脚の練習を始めた私たち。

私と冷泉先輩のペアはなんども足がもつれ、転びそうになる。

冷泉先輩は、時折、私が彼女を支えようと身体を密着させると、都度、その身体をこわばらせてしまう。何故か頬も赤らめている。


・・・・・


2人の脚が止まり、沈黙の時間が流れていく。


やはり私と冷泉先輩との相性はあまりよくないらしい。

というか最悪だ。

私への嫉妬か?

いや、微妙な雰囲気といったものを醸し出す原因というのものは、まさに微妙に色々なものが、絡み合って複雑化しているのだろう。

嫉妬、妬み、憎しみ、そういった負の感情を抱いてしまっている冷泉先輩自身の自覚とそれに対しての嫌悪感。

もしかして、私への憧れか?自分もそうなりたい思う冷泉先輩自身への激励?

いろいろあるだろう。

だから微妙なのだ。


でも、そんな「微妙な」とか、「気まずい」とか、そういう雰囲気って実は嫌いではない。

そんなことを思う私は異常であろうか。

前世では、そんなことあり得なかったな。

沈黙の時間が続くこと、仕事でもプライベートでも許せなかった。

わたしは、だから常に、懸命に会話の間を埋めていた。

でも今の私は、沈鬱な表情、或いは困惑している顔をしつつも冷泉先輩の心の葛藤に思いを馳せる。

悪くない時間だ。


・・「この人、どうするんだろうな」って・・・


他人事である。


そう、ここでは、私にとってすべてが他人事だ。私も含めて。


「少し休憩させてもらっていいですか?冷泉先輩」

「白石さん、そうね。」


2人でテラスのテーブルに移り、給仕さんが入れてくれた紅茶を頂く。

上品そうな香だ。きっと物凄い高級品だろう。


「むこうのペアはどんな感じでしょうか?」

「こっちと違って、順調みたいよ。」冷泉先輩はスマホを見ながら答える。

「そうみたいですね」私もまいんから送られてきた動画を見て頷く。

「身長差は関係ないようね。」と冷泉先輩。

まいんと西園寺先輩との身長差も、私ほどではないがそこそこある。

「まいん、いや仙倉さんは、私と違ってスポーツ万能でして」

「そういうものかしら、でもこの動画みるに、多分、このペア優勝するんじゃないかしら」

「あの、先輩。別にそんなに真剣にやらなくてもいいのでないですか?そもそも親睦が目的ですので」

「ダメよ!、それは絶対にダメ!」急に高くなった冷泉先輩の声のトーンに驚く。

「それ、生徒会の名誉のためですか?」

「名誉?そんなんじゃ!私は、玲子の側にいなくちゃいけないのよ!玲子の側にいるのは私じゃなくちゃいけないよ!あの時から・・あっ」

冷泉先輩は、本来、自分の心の中に留めておくべき言葉を、つい口走ってしまった事に気づき、あわてて口に手をあてる。

「白石さん。ごめんなさい、変なこと言って」


・・・そうか・・・


・・・単なる恋愛感情だけではないんだ・・・


・・・この人も大きな呪いに囚われている・・・


その後、別々に自主練となった。

2人3脚を一人で自主練するとか聞いたことないけど。


その後、4人で食事。

まいん提案の「4人でお風呂」は、反対2、棄権1により却下。

仙倉さん提案の「一つの部屋で皆で寝る」も反対2、棄権1により却下。

常に棄権する西園寺先輩って。


用意された寝室に入り電気を消す私。

そしてまさに私が深い眠りに入ろうとしていた時であった。


????


私は、ベッドの横の人影に気づく。


西園寺先輩?まいん?

流石に、他人のうちでそれはないでしょと私はあきれる。


「白石さん・・・」

「れ、冷泉先輩・・・、ちょ、ちょっと」私はその声に驚く。

そして冷泉先輩は寝ている私の上に覆い被さろうとしてきたのだ。


月明かりに照らされる冷泉先輩の白く美しい顔。

何か取りつかれているような、怒りを隠しているような、悲しみに満ちているような・・、

少なくても私に好意を向けている表情ではない。

「女性同士でも、こういう事するの。白石さんは知ってる?」

はい。とは流石に答えられないな。

「冷泉先輩、何を?」

「白石さん、これからあなたと私は、ふしだらな事をするのよ。それであなたもふしだらな人になってしまうのよ」

「先輩??」

冷泉先輩の身体の震えを感じる。

上ずった声だ。

ふしだらな行為?

この人にそんな事できるのかな?

だって、さっきの練習の時だって、身体、強張らせていたのに・・

せいぜい、私の寝巻をはだけさせて

身体をちょっと触って

もしかしたらキスくらいするのかな

そんな事、いやそれ以上の事、まいんに毎日のようにされているわ

庶民には普通の事だ。

この程度の事で、私の心に傷を負わせられると思ったの?

まったく深窓の御令嬢様というものは・・・


さてどうするか・・・


冷泉先輩の勇気に敬意を表して、ここは激しく抵抗して、いや、抵抗するふりをして

最後に涙まで流しちゃって、この人の一時的な衝動に応えて差し上げるか。


いや、それはダメだ。

多分、彼女は我に返った時に、明日の朝、目覚めた時に、それは大きな悔恨となって彼女の心を蝕み、追い詰めることだろう。

2人の関係修復も困難だ。


では、その暗澹たる未来像を、今、ここで語ってやるか。悟らせてやるか。

理路整然として、時には情に訴えて、この一時の過ちは、これからのあなたをもっと苦しめることになるよって諭してやるか。


それもダメだろう

年下の小娘に言いくるまれた彼女の自尊心はどうなる?

却って彼女の暴発を誘う可能性もある


いっそ、こちらからのキスしちゃおうかな

この奇襲作戦に対して彼女は狼狽し、部屋から逃げ出すだろう。

後は、明日の朝に「昨日、冷泉先輩とキスする夢見ちゃいました。私よくねぼけて変なことする癖があるんです」って言って終わり。

完璧な作戦だ。

誰も傷つかない。


って、それ、コンサル森田のやり方でしょ。

私がそれを許さない。

それに、そんなの単なる問題の先送りだ。

正攻法ではない。


正攻法?


普通に彼女と正面から向き合ってみるとか?


そうだね。


なんで私の思考はいつも斜め上から入るんだろう?


・・・うらやましいな、この人が・・・


・・・感情に素直に従って行動できて・・・


・・・子供らしくて可愛いなあ・・・


そして、普通にこの人が愛おしく思えてくる。


憧れてしまう。


私は自分でも気づかないうちに冷泉先輩を抱きしめていた。


「ちょっと白石さん!」

「安心してください。先輩、私、玲子先輩のこと救っていないですよ。」

「知ってるわ、そんな事。でもこの間の演説の時・・・」

「あんなのはペテンです。ただ玲子先輩の話を聞いてあげて、足が痺れた先輩の身体を支えて、講堂までご案内しただけです。それだけです。」

「でも、玲子は・・・」

「足の痛みから一時的に混乱していただけです。私は、玲子先輩を救っていない。でも、だからこそ、本当に救いたいと思っています。」

(・・あなたの事も・・なんて、それは今は言わないでおこう)

「無理よ、そんな事、あの子を本当に救うことなんかできない。貴方にも、私にも」

「はい、夏海先輩には、救えません。もちろん私だけでも救えません。でも」


「でも?」


「なっちゃんとなら、救えると思います。」

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