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⑧お客様相談室

それは、ある日の進捗報告会が終わろうとしていた時のことだった。

「あの、白石さん」

女神様は何か言いづらそうな表情だ。

「なんでしょうか?もしかして、また仕様変更ですか?」こういう事は、早めにはっきりしておくのが、私のモットー。

「いや、仕様変更ではないのですが、このプロジェクトの内容について、きちんと説明をして欲しいと言ってきた部署がありまして」


・・ああ、きたか・・・

この今さら話は、多分、どこかの部署が「こんなプロジェクト聞いてない!」ってへそを曲げたんだろう。


「神様内の内部調整は、本来、女神様の役割でございますが。。。」

「はい、要件定義書を始め、各種進捗情報はメールで共有しているのですが、「聞いてない、ちゃんと説明してください」というばかりでして」

「はあ、それで説明会をやれという事ですね。ちなみに部署はどこになりますでしょうか?」

「えーと、お客様相談室です」


・・ちっ、めんどうくさいな・・

私は心の中で舌打ちする。

そもそも、神様の世界でのお客様相談室ってなんだよ。

そこ、誰から、どんなクレームを受けているんだよ。

が、もちろん、その気持ちは顔には、一切出さない。


「了解いたしました。こちらの都合はいつでも大丈夫ですのでお客様相談室と方とのスケジュール調整をお願いします。それと何点かお願いがございます。」

「なんでしょうか?」

「まず、本件について女神様とお客様相談室との間でやりとりした経緯などがわかるものであれば、共有して頂けますでしょうか?

いえ、資料などにまとめて頂く必要はないので、差し支えなければ、メールなどを転送して頂ければ助かります。」

「はい、すぐに送ります」

「それと、私も神様方のお客様相談室の業務内容がわかっておりませんので、一度コールセンターで業務の見学をさせて頂きたいと思います。

あと、お客様とのコンタクト履歴なども参照させて頂ければ。もちろん、説明会が終わった後、都合のよい時で構いません。」

「わかりました、コンタクト履歴は、セカイフォースにみんな入っているので、あとでIDとPWを送ります。」

女神様は、本当に嬉しそうだ。

そりゃ、そうだろ、めんどくさい宿題を他人に押し付けることができて。

「ありがとうございます」

そういって、私はオンライン会議を退出する。


5分も立たないうちに、女神様からメールから転送されてきた。

「・・セカイフォースID発行ならびに初期PWのお知らせ・・はあ?」

私はメールの内容を見て呆れる。

「これ、女神様のIDPWじゃない。それに初期PWって!」

私は、メールに記載されたセカイフォースのログインURLを叩く。

「IDとPW、それにログインURLを同じメールに記載するとか緩々なんだけど。それに・・」

私は、ID,PWと入力してエンターキーを押す。

【初期PWを変更してください】の表示。

「やはり女神様は、一度もログインしていないな。そんなんでセカイフォース高いとか言ってるとか。ますは不要IDの調査と削除でしょ。提案してやろうかな」

「うわ、それにこれ、管理者権限までついている流石にヤバイ」

取り合えずお客様相談室のチケットを何件、流し読みしてみる。

そのうち、女神様から例のやり取りのメールがどんどん転送されてくる。

「全部受信してから、最後のだけ読めばいいか。」

そのメールのやりとりは、全引用でやっていたからだ。

・・頭悪い子だな・・・

メールの受信が終わったようなので、私は、最後に受信したものを読み始める。


「あちゃちゃ、これはめんどくさい状況だな」


時系列で説明すると・・・

まずは、お客様相談室のM女史という女性(多分この人が責任者だろう)からの発信である。

時期は要件定義が始まった頃だ。

M女史曰く、今回、新しい世界ができるにあたって、私たちの業務に影響がないか?

またその世界の内容が、顧客対応上問題ないかの確認させてほしいという話から始まっている。

それに対して、女神様は、要件定義が始まったばかりなので、待ってくれと回答している。

少したってからM女史は、要件定義の進捗の状況を教えて欲しい。

途中段階でもいいので、内容を共有してほしいとの依頼をしてきた。

それに対しても、女神様のほうは、まだ固まっていないとの回答。

その後、数回に渡って、同じようなやりとりが続いていくのだが、M女史のほうは、段々とヒートアップしてきたようだった。

受電体制が、新規採用が、人材育成が、教育が、トークスクリプトが、等々、とにかく彼女がおもいつくだけの不安要素を次々とか書き並べている。

やりとりのメールのタイトルも「女神様、ご確認ください!!!」とびっくりマークがついていたり、メールのCCもどんどん増えている。

最後には、大神様(この前にきた偉そうなおっさん)までは入れてきている。

もちろん、このやり取りに横レスする人なんかいない。

みんな見て見ぬふりである。

そして、M女史の怒りはついに爆発する。

それは、女神様が、「添付が本世界の要件定義書(確定版)になります。ご確認ください。」となげやりなメールを送ってきたからだ。

M女史は、事前に自分になんの説明もなく、要件が勝手に確定されたことに腹を立てたらしい。

以降、要件定義のここの意味は、どういうことか?

お客様視点からして、ここはおかしくないかと?

という細かい指摘(私から見れば重箱の隅をつつくよう事ばかりだが)が書きつられている。

それに対して、当初は女神様は無視していたようだ。

しかしM女史は次第にエスレーションしていき、このままでは、コールセンターの業務が止まる、人が辞めるなど騒ぎだし、

最後には、大神様を宛先に入れて「緊急で対策会議をさせて欲しい」と言い出した。

ここに至って、女神様は、無視を決め込むのを諦めたらしく、実務担当者と調整しますと返した。

「・・その実務担当者が私か・・・」

私は経緯を理解した。

そして、そのメールのやりとりについて気になる部分があり、女神様に、お客様相談室のコールセンターのワークシフト表を幹部だけでいいから共有して貰えないかと尋ねた。

すぐに、ワークシートが確認できる画面のURLは送られてきたので、私はそれを確認する。

「なるほど、そういうわけか」

私は事態収拾のためのおおまかな道筋を考えて、後は、ひたすらお客様相談室の大量の顧客対応案件の内容を確認していく。




「お客様相談室のMです。よろしくお願いします。」

私への査問会が開始された。

M女史は、女神様より一回り年上の元美人といった容姿だ。

「本プロジェクトのお手伝いをさせて頂いております白石留美と申します。あと、一応主人公もやらせて頂いております。」

「白石さん、では始めて下さい。」女神様はかなり不機嫌そうだ。

「はい、プロジェクトの概要などの説明は要らないかと思っております。何故ならM様からのご指摘事項、確認させて頂きましたが、プロジェクトの中身など十二分に理解頂いており、そしてまさにお客様視点で的確なご指摘を多数頂き感謝しております。」

これは、世辞でなくて、実際、このM女史が神様側で一番要件定義書を読み込んでいるだろう。

誰でも、他人のあら捜しのほうが、真剣になるものだ。

私は続ける。

「ですので、要件定義書以外にも、現在進行している基本設計も含めて、お客様視点で、これはおかしいよとか、これじゃ業務が回らないといった点について具体的にお話を頂ければと思います。」

この私の台詞にM女史は少し驚き、慌てて自分の手元のメモを見ながら話だした。

「では、直近の話ですが、体育準備室で、主人公の白石さんが、西園寺さんに正座をさせた上で話を聞いて、わざと足を痺れさせるタスクがありました。」

ん!?その部分、確かに、やり方が少し姑息で、白石のキャラがぶれるなと思っていた場所だった。

案外、このおば、いや、お姉様はきれるな。

私は少し緊張する。M女史は続ける。

「これは、非常に大きな問題だと思います。例えば、あの時に姿勢を崩す西園寺さんに巻き込まれて、白石さんも体勢を崩し、手を床につけてしまう。

その際、そこにたまたま小さな釘が落ちていて、白石さんは、手に小さい傷を負ってしまいます。そして、その釘には、通常の破傷風菌とは違う、かなり時間が

たってから発病する奇病の菌が付着していたとします。その後、白石さんは、ピアニストを目指し、日々の絶え間ぬ練習の成果あって、国際的なコンクールへの出場が決まるのですが、その決勝の時に、例の病気が発病して指が動かなくなってしまう。ピアニストとして有望だった将来が閉ざされしまうわけです。

そして将来に絶望した白石さんは、鉄道への投身自殺を図りますが、未遂に終わる。結果、列車を止めたことによる大きな賠償責任が発生する。そして、その賠償金と将来国際的なピアニストになった場合の生涯年収と治療費諸々を、この世界の創造主に対して賠償責任を求める可能性があると思います。

このようなケースの場合、裁判になった場合の判断は、リーガルマターになりますが、最初に窓口になる私たちは、事前にそのための業務整理とトークスクリプトの準備をしておく必要があります。」


・・ああ・・そっちかあ・・・


「Mさんさああ、そんな事あんの?実際」とおっさん、いや大神様がM女史に言う。

あ、このおっさん、一番いっちゃダメなこと言った。

「はあ?大神様が、ご存じないだけです!こんなのしょっちゅうですよ!この前もありました。大変だったんですよ!」M女史は目を三角にしておっさんを睨む。

ちあみに、コンタクト履歴をすべて確認した私は、このような案件があったこと知っている。

しょっちゅうというのは、10年で2回だ。

この前と言っているのは5年前である。

こういう時にアホな新卒は、「まず、そのような事例が起こる可能性を確認して、必要な改修にかかる費用を明確にして、投資対効果を確認するのはいかがですか?」などと言ってしまうが0点である。

彼女のようなタイプには、投資対効果とか全体最適という言葉を使ってはいけない。

彼女の考える課題は、「彼女にとっての仕事の課題」などである。

いわずもがな、顧客とのトラブルの99.999%は、担当者やスーパーバイザーによって解決される。

残りわずかな0.001%で発生するイレギュラー事項の解決が、M女史にエスカレーションされるのだ。

全体の0.001%であっても、「彼女の仕事にとっての100%」なのである。

そして、イレギュラーであればあるこそ、その記憶は鮮明に残る。

だから、投資判断をする際に彼女のようなものの意見に従う必要がないの事は正しい。


だが・・・


話は聞いてやる必要がある。


そこで私は少しとぼけた感じで口を開く。

「すいません、ちょっとコールセンターの業務が知りたくて、トラブルなどの一覧を見ていたのですが、たまたま見つけたのですが、それ佐藤〇〇さんってお客様の事例ですか。なんか読みましたが、すごく大変そうでしたね」

おっさんや女神が「それいつあった話?年間何件あるの?」と余計なことを言わせないための予防線だ。

具体的なお客様のお名前を出すのも、M女史の記憶を想起させるのに有効だ。

「そうそう、佐藤〇〇さんよ。もう、毎日のように私あてに電話かかってきてほんと大変だった。それに・・・」

延々と佐藤〇〇とM女史のやりとりの話が続くのを、私は我慢して聞いてやる。

その後、同じような事例の話を聞かされて、査問会の第一ラウンドは終わった、

M女史は少しは満足したようである。

しかし油断はできない。

「M様、本日は大変ありがとうございます。でも、また私の業務理解が足りておりませんので、よろしければ、追加でヒアリングをさせて頂けませんか?

女神様にお手数かけるのも恐縮なので、私のほうが、M様と予定を調整しますが」

「いいですよ。まあ、私も出られたら同席するようにします。」と女神様。

「では、M様、こちらの都合で恐縮なのですが、直近の日曜日の夕方はいかがでしょうか?」

日曜の夕方?っと目を剥いたのは、女神様のほう。

ちなみに、お客様相談室のシフト表を確認した私は、M女史が毎週日曜の午後から夜にかけて管理者としてシフトに入っていることは確認している。

「私は、構いませんよ。顧客対応があったらそっちを優先しますけど」とM女史

「ありがとうございます」とお礼を言う私。

「ごめんなさい、日曜の夕方はちょっと」と女神様。


そして、それから4週にわたって、毎週日曜日の夕方は、M女史とのヒアリングに費やした。

ヒアリングといっても、単に彼女から今日あったクレームの話とか愚痴を聞くだけである。

実際、その時間は、彼女は暇にしていた。

そして、スーパーバイザーからのエスカレーションに対しては、本当にいやそうに対応していた。

私との雑談中であっても「いま、打ち合わせ中だから」といって断る場合もあった。

要は、管理者として、日曜夕方という誰もがいやな時間帯に、彼女はフラストレーションを溜めていて、それが新しいプロジェクトに対して不安と不満を高めていったのであった。

そのフラストレーションを私はミーティングという名目でよもやま話をすることで緩和した。


彼女から女神様への執拗なメール攻撃はそれを機に止まった。


なぜなら、かつて、女神様への執拗なメールの発信時間。


それは、すべて日曜の夕方だったのだから。


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