表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

④SDGs対応

「ああ、今日も疲れたな、それに、今日は予定外のこともあったし」

自宅に帰った私は、定例報告の前に本日の行動を振り返る。


・・私の設定にはないことが起きているのだ・・・


・・これはどうしよう?あらたな課題として報告しないとダメかな・・・


・・でも私、この世界というかこの仕組みを全部知っているわけじゃないし・・・


・・もしかして、創造者が企画したこと以外も起きるのようになっているのかな・・・


・・でも、今さら、そんな事もきけないよなあ・・・


・・事実は事実として、課題感として話をするかあ、その辺りは適当に話をつくって・・・


「あ、定例報告の時間だ。」


考えは、まとまっていなかったが、定例の時間に遅れるわけにもいかないので、急ぎパソコンの電源を入れる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「女神様、ごきげんよう」

この言い方、面白いかなと思ったけれど、残念ながら彼女には全く響かなかった。

「白石さん、ごきげんよう」

相変わらず、この女神様は、俺を森田と呼ぶことを避けているようだ。

「では、本日の報告を開始させて頂きます。

まずは、全体の状況を定量的な数値にて報告させて頂き、その後、具体的な内容を補足させて頂きます。」

後であんたとの雑談もちゃんとやってやるから安心してて、最初に宣言する。

プロのコンサルタントたるや、同じ指摘も何回も受けてはならないのだ。

「まず、全体の状況ですが、予定に対しての実績は100%。あらたな課題もありません。WBS、詳細工程にしたがったタスクは問題なく消化しています。」

「ふーん、そうですか」

「具体的な実施事項としては、白石の優柔不断な性格と自分が変わりたいという意思の明確化を行っております。

それと、これも過去の事例をもとにしたものではありますが、本人の意思とは別に生徒会へ加入せざるを得ない状況の設定をしております。

昨今の事例を上げるまでもなく、本人がその意思に関わらず参加した組織において、いままで気づかぬ才能を開花させていくこと、それによって自らを、そしてさらに周囲を変化させていくことは、この世界におけるKFS、重要成功要因となっております。

これについてですが、多くの人々が、リアルの世界において、「自分が持っている」と思っているスキルとか能力が評価されていない現実。

その不満を解消したいという心情を反映しているかと思います。

なお、主人公白石の今後の生徒会等での活躍については、基本設計にて定義していく予定です。

しかし、昨日実施のタスクにおいて、最も重要なのは、彼女の幼馴染の仙倉麻衣の性格と白石との関係の明確化です。

いわずもがなですが、仙倉は白石に並々ならぬ思いを抱いておりますが、白石はそれに気づいていないという状況にしております。ですので」

「ねえ、白石さん」そこで突然、女神様は俺の話を遮った。

「WBS見て思ったんだけど、仙倉さんって男の娘なの?」


!!!???


俺は、手元にあった資料をわざと床に落とす。

資料を拾うために床にかがむ。

俺は、驚いたのだ。

まず、彼女がWBSを確認していたということ。

殆ど場合、詳細工程であるWBSをプロジェクトオーナーが確認することはない。

だから一見ずぼらに見える彼女が詳細工程を見たことに驚いた。

ちなみにプロジェクトにおいては、多頻度で、責任者を含むプロジェクト関係者全員にWBSやら課題一覧表を送り続けるのは常套手段だ。

もちろん、その中にはやばい話もこっそり載せておく。

そんな大量の資料を責任者は見るわけない事を知って、形だけは報告の義務を果たすのだ。

いやそんなことはどうでもいい。

そんなことより俺が驚いたことは・・・

それは、俺が、自分ではWBSに設定した記憶にない「仙倉は実は男性かもしれないという伏線の設定」がWBSにあったということだ。

昨日の仙倉とのやりとりの中でも感じていた違和感。

もしかして俺は無意識のうちにそれをしていたのだろうか?

そんなはずはないのだが・・・

だから、自分の驚き、焦った表情を隠すために資料を下に落とした視線をずらした。

これは、ちょっとわざとらしかったかもしれない。


スーっと息を吸い、呼吸を整える。


「失礼いたしました。」


よし、ここからが、コンサルとしての力量を示す場面だ。

突発的事項に対して臨機応変に対応し、顧客の理解と納得感を得る。

要は、うまくでまかせを言ってその場をしのぐことだ。


「申し訳ありません。」まず謝る。

「要件定義書においては、簡単にしか記載しておりませんでしたが、その件は、SDGs対応の一つに該当します。」

ちょっと前までは、困った時の内部統制または、セキュリティ対応、管理会計への考慮といったものと同じ類だ。

要は、殆ど人はなんか重要なことだなと思いつつも詳細を知らない何かへの対応を引き合いに出してごまかすのだ。

もちろん、その道のプロが出てきたらそんなことは言わない。

その時は、「御社の内部統制的に問題がないか、ご確認・教授頂けませんでしょうか?」と下手に出る。

この女神様はそのようなことはないだろうと俺は高をくくった。

「SDなんとか?あのデフォルメしたロボットが戦うやつ?」

「多分それは違うと思います。何かゲームの名前かと」

「あなたのいた国で政治活動をしている宗教団体?」

「いや、それはSG・・、もっと遠くなりました。」

案の定、この女神さんは分かっていないことがわかり、俺は少し安心する。

「SDGsとは分かりやすく言うと持続可能な開発目標ということです。」

いやこの説明、むしろ意味不明だろう。

「ご存じの通り、その目標の一つにジェンダー平等を実現しようというものがあります。

そしてグローバル企業においては、自分たちが今までそれぞれ自社で設定したCSRとして実施してきた事項をSDGsの軸で再整理してその姿勢の評価を受けることがスタンダードになっております。」

「ふーん、そうなんだ。神の世界は、そんなこと関係なく持続してるけどね」

お、その言葉、なかなか示唆があるな。

今度、どっかで使わせてもらおう。

神の世界でない限り、人の集団は持続可能な開発目標を設定していく必要がありますみたいな感じか。

「何か、お堅い世界の話とも聞こえますが、そうではなくて、最新の事例、それもコンシューマー向けアミューズメント領域のプロジェクトの事例なのですが、まあ具体的には、あるバーチャルシンガーを題材にしたコンテンツがございます。

その中の箱、いやグループの中には、そのメンバーの一人が強迫観念に取りつかれた引きこもりだったり、2重人格の自殺志願者だったり、承認欲求のお化けで家庭内虐待の加害者だったり、トランスジェンダーすなわち性同一性障害者だったり、というものさえあります。

ですので、SDGsにおけるLGBT対応は単なる企業の多様性の受容を示すためのものでなく、社会全体が受け入れるべき、いやすでに社会の一部になっているものだと思われます。」

「それはそうだよね」

俺はよくこんな適当な事を言えるよな。

ほんと自分でも関心する。

「ですので、この理想的百合世界であっても、LGBTへの何らかの考慮は必要だと思います。

しかしながら、トランスジェンダーは、実際の動物学的な性と自分の考える性の不一致で苦しみ悩んでいることも事実です。

ですので、この理想的な世界において、そのような不一致が存在すること自体が適切でない可能性がないこともございません。」

あれ?俺、日本語あってる?

「したがって、要件定義フェーズにおいては、このあたりの詳細化をしておらず、基本設計フェーズでそれを実施する予定でおりました。

記載と説明が十分でなかった旨、大変、申し訳なく思っております。」


さて、こんなんで、どうだろうか?


「なんか難しいんだね」

女神さんは、なんとなく理解してくれたようだ。

よし、ここでが話を変えるチャンスだ!

「はい、しかし、仙倉がトランスジェンダーであってもなくても、プロジェクト全体としての影響は少ないと考えております。

どちらにしても、仙倉は白石の幼馴染であり、密かに白石に思いを寄せ、そしてその恋心は叶わない。

すなわち多くの事例での幼馴染敗北確定キャラとなっておりますので。」

「可哀そうだね」

「まあ、仙倉をトランスジェンダーにしたほうが、彼女が男性だった幼少時の白石の思い出とか、仙倉がトランスジェンダーになったきっかけですとか、その心の悩みを白石が解決するとか、そういうものを掘り下げていく方法もありますが、あくまでプロジェクトの主目的ではなく、その実装による付加価値、投資対効果の大きさを測りかねるので、現時点での早急な結論出しは得策ではないと思います。

むしろ、他に、それ以上に優先すべきタスクがありますので、そちらを優先させて頂いております。」

「えっ?何?」

「はい、それは、『クレイジーサイコレズ』です。

やはり『クレイジーサイコレズ』の存在は必須であると思っております。

『クレイジーサイコレズ』は、主人公との関係のみならず、周囲のステークホルダーに対して幅広く影響のある横断的活動に担い手とも言えます。

過去の事例においては、見守り系健気サブヒロインとクレイジーサイコレズが同一であるケースも見られますが、本プロジェクトにおいては、それは分けるべきと考えおります。

一つのプログラムに複数の機能を持たせることは、その保守性を低下させ、不具合の要因になる、それと同様です。

やはり、クレイジーサイコレズと見守り系健気サブヒロインはきっちりわけるべきであると。」

「で、その役は誰なの?」

「その点については、鋭意検討中ではありますが、まさにその有力な候補が、仙倉です。

仙倉については、大財閥の令嬢という定義をしておりますので、その財力なり人脈を利用した、まさに狂気的なふるまいをさせることが可能です。

ただし、最後には、納得して白石と西園寺の恋愛を応援する立場にもっていく必要があるため、そのための実現可能な実装方法を検討しておく必要があります。

振れ幅が大きいだけになかなか難しいと思いますので、いずれ実装段階での課題として管理していきます。

もう一人は、幼馴染の朋美。

彼女は、苗字もさることながら、なんの機能定義もしていないように見えますでしょうが、仙倉をクレイジーサイコレズにできない場合の代替策として利用できると考えております。

したがって、彼女についての機能定義の開始には少し時間を空けたいと考えております。」

俺は、一気にまくしたてた。


女神様は、なんとなく納得してくれたようだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あー疲れたよ。あ、学校の宿題やんなきゃ」


眠い目をこすりながらなんとか宿題を終わらせた私は、WBSを再確認するなんてことはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ