③新しい場所へ
キーンコーンカーンコーン
終業のベルの響きとともに学校での長い1日が終わる。
・・・ああ。終わった・・・さあ、帰ろうかな・・・
「ねぇねぇ!、るみるみぃ!!!」
教室の入り口のほうから私を呼ぶ大声。
幼馴染の仙倉麻衣だ。
黒髪のツインテール。
少しつり目ながらも大きな瞳。
顔が小さくて、手足の長い美少女だ。
・・・やはりきたか・・・
相手がどういう行動をするかなんて、直感的にわかる長い付き合いの間柄だ。
そろそろくるかと思っていた。
ちなみに、私は彼女の事を昔から「まいん」と呼んできたけれど、ここでは・・・
「仙倉さん、ごきげんよう」
って私のお嬢様も板についてきたかな。
「あは、白石さん、ごきげんようって、かっこ苦笑。で、今日、これから空いてる?あ、ピアノの日だっけ?」
「大丈夫だよ、まいん、今日のピアノは、先生の都合で振替だから」
「よかった。しかし、るみるみは、なんでまだピアノやってるの?」
何故かちょっと残念そうな顔をしたまいん。
「なぜって、そもそも私がピアノを始めたのは、まいんが・・・」
いつもそうだ。
小学生1年生の時に、私がピアノを始めたのも、まいんが、一緒にやろうと誘ってきたからだ。
そして誘った本人は1年もたたないうちにやめてしまった。
・・・いつものことだ・・・
・・・飽きっぽいまいんにはありがちのことだ・・・
でも、私はずっと続けている。
・・・ピアノが好きだから?・・・
そんなことはない。
ただ続けている。
他の習い事と同様に続けている。
何かを始めることが苦手なわたし。
そして、何かをやめることも同じだ、
・・・変わることに臆病だから?・・・
・・・いや、めんどくさがりなだけかな・・・
・・・自分の意思で何かを始めるとか・・・
・・・自分で気持ちに従って何かをやめるとか・・・
・・・そういうこと自分には、できないのかな?・・・・
・・・これからもずっと・・・でも、私も・・・
「・・変わりたいな、わたしも・・・」
「よし、わかった」
「え?」
その時、私は心の中の最後の言葉が口をついていたことに気がついた。
「この天才少女の仙倉麻衣が変えてみせましょう。貴方のその退屈な日常を」
そういってまいんは、私の手を取った。
「ちょっと、まいん。待って、どこへ?」
「るみるみは部活まだ決めていないよね。当然。」
私の質問に答えず、この人は自分の言いたいことを話す。
自分の都合でしゃべる
「うん、決めてないよ。当然。でもそのうちに・・」
「そりゃ結構で、都合がよい。」
まいんに手をひかれていく私。
・・・多分、ろくな事ではないよね・・・
・・・全くいつも通りの展開だ。まいんはいつも私を巻き込む・・・
・・・もう、ほんとに、いつも、いつも・・・・
・・・でも嫌な気はしない・・・
・・・いつもの心地よさだ、温かい気持ちよさだ・・・
・・・まいんが、また私を新しい場所に連れていってくれる・・・
「分かったから、ちょっと走らないで。私たちお嬢様でしょ」
「そうだ、そうだ、僕たちは今はお嬢様だしね」
えっ?
まいんの言い方にちょっとひっかかる。
・・「は」は区別の副助詞。ここは「今や」じゃない?・・・
・・それに僕たち?って・・・
校舎を出て森の中の小道を進んでいくと、目的の場所が見えてくる。
木造2階建ての白い瀟洒な建物。
・・・確か、ここ、オリエンテーリングのテキストに出ていたな・・・
「ああ、仙倉記念館か」私は思い出した。
「元ね」
「ん?もしかして、この建物、まいんが私的利用しているとか?」
「まさか、さすがにそれはない。」まいんは苦笑する。
言い忘れていたけれど、まいんは、正真正銘のお嬢様である。
日本では有数の仙倉財団の一人娘だ。
そして、この聖マリア女学院の創立にあたって多大な寄付をしたのが仙倉財団。
それに感謝の意を示すために建てられた記念館。
「仙倉記念館は、いまは仙倉ホールの中じゃん。」
「そうだったね。で、ここは何なの」
「新聞部と演劇部の部室。それに生徒会室だよ」
・・・そういうことか・・・
いつも決めることができない私の背中を押して、無理やり部活に入れさせようという魂胆か。
・・ほんといつも通りの展開・・
・・新聞部かあ。まあ文書書くのは苦手でもないから、いいか・・・
「たのもう!」
大きな扉を乱暴に開けたまいんは、叫ぶ。
「あら、仙倉さん、早かったわね」
「冷泉先輩!西園寺先輩!」
私は、私たちを迎えた2人の女性を見て驚く。
「先輩、連れてきましたぜ、文書関係が得意な人を連れてきました。この子です。1年C組の白石留美です。」
「知っているわ、で2人はどんな関係なの?」冷泉夏海はなんとはなしに質問をする。
「冷泉先輩。留美は単なる私の婚約相手です!」
「ちょっと、まいん!、先輩、違います。ただの幼馴染で。。」
これは、まいんの定番ネタではあるのだけれど、なぜか、私はどぎまぎしてしまう。
しどろもどろになる。
「そうなの。まあ2人の関係などはどうでもいいわ。で、白石さん、受けてくれるの?」
冷泉夏海は、確認をしてきた。
この人も、結構、強引なタイプだ。
・・・いつもパターンだ・・・
・・・ここで抵抗しても時間の無駄だ・・・
・・・まあ、いいか、新聞部でも・・・
・・・しかし本当に私は流されやすい・・・
「はい、了解いたしました。これからもお願いします。先輩。」
「本当?やった。可愛い書記ちゃんゲット!」と西園寺玲子が目を輝かせた。
「えっ、書記?」
・・・やられた・・・
「白石留美さん。聖マリア女学院高等部生徒会へようこそ!」
「れ、玲子先輩?」
・・・騙された・・・
・・・これもお決まりのパターンだ・・・
・・・でも、ちゃんと確認しなかった私が悪い・・・
「るみるみ。まあ、騙す気は満々だったんだけどね。実はこれには、深い事情がありまして、いや不快事情かな。」
いつも通りのまいんの裏表のない言い方。そして時々意味不明なことを言う。
でも、一応、その事情説明とやらをしてもらえるらしい。
「今回さあ。聖マリアでは初めて大規模な外部編入の受け入れをしているじゃん。
で、学園としても、生徒会としても、外部編入生と融和を凄く気にしているんだよね。
変に派閥できるとか、絶対に避けないといけないじゃん。
それで、外部編入組の誰かを生徒会に入ってもらうことにしたんだってさ。」
「それ、私なんかより、まいんがやればいいじゃない、勉強もスポーツも出来て家柄も・・」
「そこ、そこだよ。るみるみ。最初に私に勧誘がきたのは事実だよ。
でもさ、私、仙倉財団のご令嬢じゃん。そんな私が、生徒会に入ったらどうなると思う?
他の外部編入の子も、「結局は、聖マリア関係者で固めるか?」と思うだろうし、昔からの聖マリアにいる子は「何よ、あの子、仙倉の地位利用して」ってことになるじゃん」
「ならないでしょ、後者は別として前者については。だって外部編入組は皆しってるよ。まいんことは・・・」
私が前にいた学校では、仙倉麻衣の人気は絶大だった。
成績優秀、スポーツ万能。
それでいて奢ることもなく、分け隔てなく人と接し、ユーモア精神もある。
・・・だから、これは、自分がやりたくないまいんの学園やら生徒会を説得するための方便だろうな・・・
・・・そんな手にひっかかるなんて・・それに・・
・・・わたしなんかより、むしろまいんが・・・
「・・・主人公に向いてると思った?・・・」
まいんは、私の耳元に口を近づけて囁いた。
「えっ」
まいんの思いがけない言葉に戸惑う私。
「先輩。これで任務完了っすね。では失礼させて頂いてよろしいですか?」
「そうね。生徒会活動は明日からで結構よ。白石さんは、この書類に目を通しておいてね」
私に書類を渡した冷泉夏海が事務的な口調でいう。
書類の最後には、QRコードがついていた。
「白石さん、一応、LINEグループとかあるけど、学校にいる間は使えないから、緊急の際、担任の先生経由、または校内放送で呼び出されることもあるので心にとめておいてね」
「冷泉先輩。わかりました。では失礼します。」
私とまいんは生徒会室を後にする。
「ねぇ。ちょっと寄っていかない?喫茶店とか」まいんが寄り道を提案する。
「学校指定?私、どこかわかんないけど」
聖マリア女学院の校則は厳しい。
基本的に自宅までの間は、寄り道は禁止である。
学校帰りに直接習い事に行くとか、家族との会食をするとか、そういうものは、事前の届け出が必要だ。
しかし、例外もあって、学校が指定したいくつかのカフェや喫茶店などは、下校途中で立ち寄ってもよい事になっている。
手をつないで、緩やかな坂道を下っていく2人。
まいんは蔦の絡まる煉瓦作りの建物の前で立ち止まった。
「ああ、ここか」
そこは昔ながらの洋食喫茶。
子供の頃、よく家族で来ていたな。
静かだし、駅から距離もあるせいか、客層も上品で、学校指定になる理由もわかる。
案内された席に座り、2人ともカフェオレを頼む。
湯気を立てたコーヒーカップが運ばれてくる。
そして、いきなりコーヒーカップに唇を近づけたまいん。
「あちっ」
「まいん、らしくないね。なんかあった?」
普段とは違う、時より見せる少し物憂げなまいんの表情。
「あったよ。俺の嫁に手を出そうとしている人がいる。怪しからん」
「えっ?もしかして西園寺先輩?ないない。そんなこと。私をからかっているだけだよ」
「何にもわかっていないね。相変わらず。」
仙倉麻衣は考える。
・・・西園寺先輩は、断るに決まっている私に生徒会に入るように誘ってきた・・・
・・・そして私の代わりに、私が留美を連れていくこともわかっていて・・・
・・・つまらない挑発に乗ってしまった・・・
悔しさに唇を噛みしめる麻衣。
・・・でも、大丈夫だ、だって私、ずっとるみるみと一緒だったもん・・・
・・・るみるみの事、誰よりも分かっているの私だもん・・・