恋人ごっこをした
具体的に、恋人というものは一緒にいるときどう過ごすのか。
私とお兄様は〝とりあえず恋愛小説でも読んで参考にしよう〟ということになり、ふたりで書庫へと向かった。
そこで私は一冊の本を見つける。タイトルは『恋人ができたら読む本』。……なんだこの胡散臭い恋愛本は。この世界にもこんな自己啓発本があることにまず驚く。
「うわ。そんな本あるんだ」
後ろからお兄様が顔を覗かせ、私からその本をひょいと取り上げた。
「参考になりそうだし、これ見ながらやってみようか」
本には〝恋人ができたらまずしたいこと〟という項目があり、私とお兄様はそこを見ながらひとつずつ試してみることになった。過激なことが書いてあったらどうしよう、と思ったが、ぱっと見る限りは全体的にピュアでクリーンな内容の本だったので、その心配はなさそうだ。多分。なんなら乙女ゲームのシナリオのほうが全然内容は過激だといえる。
お兄様は楽しそうにページをめくりながら、恋人ごっこを開始した。
◆したいことその1.恋人同士の定番! 「あーん」で食べさせあいっこ
「ミレイユ、口開けて。このケーキ美味しいよ」
「あー……んっ。本当ね! クリームがふわっふわだわ! お返しに私のもあげる。はい、お兄様」
「ん、ありがとう」
◆したいことその2.手を繋いでお散歩
「春は咲く花の種類が多くて、庭園もぱっと明るくなるわね」
「そうだな。気温もちょうどいいし、春は散歩にも最適だ。……あ」
「なにか見つけた?」
「これ、今日ミレイユが着てる黄色のワンピースに似合うよ。白いイキシア」
お兄様は花を摘んで私の髪の毛にさすと、小さく可憐なイキシアのように、控えめに微笑んだ。
◆したいことその3.ソファで一緒にごろごろ、じゃれ合い
「んー……お兄様とこうしてると、いつも眠くなっちゃう」
「さっきからずっとうとうとしてたしな。寝ていいよ。俺は君の寝顔を見てる」
「もう……そんなことして、なにが楽しいの、お兄様ったら……」
そのまま眠気に勝てず、私はお兄様の肩にもたれかかったまま寝てしまった――。
◇◇◇
「んぅ……」
「……起きた? おはよう」
うたた寝していた私が目を覚ますと、お兄様が優しく頭を撫でてくれる。
「ご、ごめんなさいっ! 私寝ちゃって」
「なんで謝るんだ。ここはミレイユの家なんだから好きなときに寝ていいんだよ。それに、ほんの数十分くらいだったし」
幼い頃はお兄様も一緒に寝ていたのに、いつしか私だけが寝るようになって、そんなときは決まってお兄様は私が起きるまでずっとそばにいてくれた。寝起きにこうして頭を撫でられるのは何回目だろう。
「……なんか、ここまで試して思ったんだけどさ、俺たちってずっと恋人と同じことしてたんだね」
「……そうみたい。だって全部、いつもやってたこととと同じだもの」
「せっかくの楽しい遊びだったのに、結局いつも通りだったな」
「ふふ。本当に」
私たちは目を見合わせて笑い合う。
――お兄様と一緒にいて、こんな穏やかな日は久しぶりだ。心が掻き乱されることなく、ただ流れるままに時が過ぎていく。
今まで当たり前だった日常。当たり前でなくなって初めて、私はこの時間がどんなに自分にとって幸せだったかを思い知る。
お兄様は、今なにを考えてる? ネリーが来ないから、暇つぶしに私に構ってくれただけ? エクトル王子との婚約が気に食わなくて、私がまた恋しくなっただけ?
ゲームのように、選択肢さえ間違えなければ結ばれる運命だったらよかったのに。そしたらこんなに悩むこともなかった。私はバッドエンドが好きだけど、愛されずに終わるバッドエンドは好きじゃない。
「でもさ、さすがにこれはしたことなかったね。ほら」
お兄様が本のページをめくると、そこにははっきりと〝その4.キス〟と書いてあった。
「キ、キス!? って、そ、それは……そうね。さすがに」
あーんする、手を繋ぐ、ごろごろするときたら、次にキスがくるのは予測できる流れだった! 地味に段々濃厚なスキンシップになるようになっていたとは、この本なかなかやるわね……。
え、じゃあ次はもっとすごいことが書いてあったりする可能性もあるの? それは困る。もう終わりにしないと。まずはお兄様から本を取り上げなくては。
そんなことをひとりで考えていると、急に体重をかけられ自分の体が柔らかなソファにぼふっ、と倒された。
視界には私を見下ろすお兄様と、その向こう側に天井が見える。
「お、お兄様!? なにを――」
「しようか。キス」
私を押し倒し、顔の横に手をついて、お兄様はいつもより低い声でそう言った。




