表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラーコメディー

我は妖刀である。銘を宵桜という。

作者: 燦々SUN

 我は妖刀である。銘を宵桜(よいざくら)という。

 時の権力者に睨まれたために、類稀なる技術を持ちながらも不遇な扱いを受けた名工。彼が文字通り己の心血を注いで鍛え上げた遺作。それが我である。

 我は製作者の無念に従い、彼の名を広く世に知らしめるために、今まで己の本分を果たしてきた。刀の本分。言うまでもない、人を斬ることだ。

 我は、我を手にした者の恨みつらみ、妬み嫉みといった負の感情を増幅させ、数多くの所有者を凶行に走らせてきた。


 そんな我も、ある旧家に引き取られて以降、長らく蔵にしまわれっ放しだったのだが……どうやら、久しぶりに出番が来たようだ。

 我を覆っていた布袋の口が解かれ、ごつごつとした武骨な手が我の柄を握る。

 ほう、しっかりと鍛えられた力強い手だ。最近は、たこの痕の1つもない軟弱な手の人間が多くなったが、今回はなかなか期待できそうだ。

 すかさず我は、我の新たな所有者となった者に思念で語り掛けた。


『クククッ、我は妖刀宵桜。我に血を捧げよ……』


 こうやって話しかけると、多くの者は驚愕し、周囲に視線を彷徨わせるものだ。

 だが、この男……厳つい容貌で鋭い眼光を放つ壮年の男は、全く動じた様子もなく、我の刀身をじっと眺めていた。

 ほう、肝も据わっているようだ。これはいい。このような所有者に巡り合うのは何十年ぶりのことか。


『さあ、お前が憎い相手は誰だ? 妬ましい人間、消えてもらいたい人間は誰だ?』


 そう語り掛けながら妖気を放ち、男の負の感情を増幅させようとする。

 だが、やはり男は無反応。我をめつすがめつし、何やら思案している様子。

 我がいよいよ「これは何かおかしいぞ?」と思い始めた時、ようやく男はその薄い唇を開き、ぼそっと呟いた。


「刺身包丁か……」


 ……は? なにを……この男は何を言っている?

 戸惑いと共に周囲を眺め回してみれば、そこはどこぞの居間などではなく、どこか懐かしい気がする場所だった。

 暗い室内。その中で赤々と燃える炉。その手前に用意された金床と水桶……


 そうだ、何か懐かしいと思ったら、我が生まれた場所もこのような場所だった……って、ん!? まさか、ここはもしかして、鍛冶場というやつか!?

 だとしたら、先程の男の「刺身包丁」という発言は……ま、まさか!?


「さて、始めるか……」


 男はそう呟くと、手始めに我のつかを外そうとし始めた。

 マズい、この男は本気だ。本気で、我を刺身包丁なんぞに打ち直そうとしているのだ!


 冗談ではない! 包丁とは料理に使うもの。料理とは即ち食。人の生命維持に必須の活動だ。

 何が悲しくて、人の血を吸い生命を断つことを生業とする我が、人の血肉を形作り生命を維持する手伝いをせねばならぬのか。

 そもそも刃が折れたとか欠けたとかならともかく、我は刃毀はこぼれ1つしていない。なぜ包丁なんぞに打ち直される? まさか、前の所有者の意向か? だとしたら一生呪うぞ!!


『ま、待て! 貴様、何をするつもりだ! 我は妖刀。数多くの人間を斬り殺し、裏の世にその名を轟かせた妖刀宵桜だぞ!? おい、聞こえていないのか!?』


 我の必死に呼びかけにも、男は無反応。

 慣れた手つきで淡々と我の柄とつばを外すと、あっという間に我を丸裸にしてしまった。そのまま大きな火箸で我を掴むと、真っ赤に燃える炉へと我を突っ込もうとする。


『待て! 待てと言うに!! 「うるさい刀だ……」って、貴様やっぱり聞こえているではないか!? くっ、包丁なんぞになって生き恥を晒すくらいなら……いっそのこと一思いに殺せ!! って、熱っ! あっつぅ!? いや、ちょっと本当に待っ──待ってくださいお願いですから!! 溶けちゃう! 我、溶けちゃうぅぅーー!!!』


 こ、こやつ鬼か!? 人の心というものがないのか!? この人でなし!!

 必死に制止しようと叫ぶが、男はまるでお構いなし。そして、とうとう切っ先が炉に突っ込まれようとしたその時……ぬるりとした血臭が、我の感覚を撫ぜた。


『血! 人間の血の臭いがするぞ!!』


 そう叫んだ瞬間、男の動きがピタリと止まった。

 眉根を寄せ、周囲を見回しながら鼻を鳴らす。

 だが、ほどなくして嘘だと判断したのか、また我を炉に突っ込もうとする。


『待て! 本当だ! 外から人間の血の臭いがする! 誓って嘘ではない!!』


 その時、どこか遠くから微かに悲鳴のようなものが聞こえた。

 男は弾かれたように立ち上がると、ぼそっと「案内しろ」とだけ呟き、外へと駆け出した。

 我は我が身を守るためにも、血の臭いを辿って男に行先を指示する。

 そうして走ること十数秒。辿り着いたガラス張りの店で、1人の男が短銃を持って騒いでいる光景が見えた。


「さっさと金を詰めろ!! いいか、ちょっとでも余計な動きをしたらまた撃つぞ!?」


 男の視線の先には涙目で震える若い女の店員がおり、その隣で男の店員が腕を押さえてうずくまっていた。

 どうやら、あの店員が脅しを兼ねて撃たれたらしい。なるほど、血臭の源はあれか。


「おい! さっさと──な、なんだテメェ!?」


 強盗らしき男の視線が、突如店に入って来た鍛冶師の男に向けられる。

 この男、まさか正面から乗り込むとは……いや、我の力を当てにしてのことか。

 これは好都合だ。一度でも我を振るい、その手を血に染めた者は、その感覚を忘れられなくなる。

 人の血に酔い、徐々に殺人鬼へと変貌していくのだ。たとえ我の妖気が通じずとも、その宿命には決して抗えない。


『おい、我を使え。なに、短銃の一丁や二丁、なんの問題にも──』


 そこまで言ったところで、男が動いた。

 一瞬で距離を詰めると、空いている左手で強盗の短銃を握る右手首を握り潰し、続けざまにその人中に一本拳を叩き込む。


『えぇーーー……』


 瞬殺である。手首を粉砕され、人体の急所に容赦のない痛打を受けた強盗は、激痛と呼吸困難でその場に倒れてしまった。これには我も思わず絶句。

 と、その時、通報を受けたらしい警察がちょうど駆け付けてきた。

 火箸に挟んだ我を持ったままの男にぎょっとし、店員の説明を受けて倒れている強盗を捕縛する。


「あぁ~~その、ご協力ありがとうございます。あなたのおかげで、無事犯人を取り押さえることが出来ました」

「いえ、当然のことをしたまでです」

「それで、ですね……詳しい事情をお伺いしたいので、お手数ですが署までご同行願えますか?」

「分かりました。ただその前に、この刀を家に置いてきてもいいでしょうか? それに炉に火を入れたまま来てしまったので、消してこなくては……」

「あ、ああ! 鍛冶屋さんだったんですか。道理で……分かりました。火事になったら大変ですしね」

「かたじけない」


 警察の許可を得た男は、家に戻って炉の火を消すと、我を母屋の机の上に置き、鍵を閉めて出て行った。

 ふぅ、予想外の展開だったが、どうやら助かったらしい。飽くまで今日のところは、だが……それにしても……


(ふん……あの男、やはり腕はいいらしいな)


 連れてこられた母屋は、表の部分が店になっているらしい。

 周囲の棚にずらりと並ぶ大きさも形も様々な包丁の数々を見て、我は密かに感心する。今の時代に、これほどの刀工がいるとは……もっとも、人格はアレだが。


(ん? あれは……)


 その時、ふと1本の包丁に目が留まった。

 棚の端の方に立てられている、少し細身の三徳包丁。

 なんだ? なにか見覚えがある気がする。あれは……いや、まさか。そんなはずは……だが、この感覚は間違いなく……


『……村雨むらさめ先輩?』

『……む、その声は……まさか、宵桜か?』

『む、村雨せんぱぁぁぁーーーーい!!!』


 そこにいたのは、尊敬する先輩の変わり果てた姿だった。

 なぜ、なぜだ! あの、我らの中でもぶっちぎりで切れていた村雨先輩が、なぜあんなみすぼらしい姿に!?


『くくっ、まさか後輩にこんな姿を見られちまうとは……とんだ生き恥だ』

『そ、そんな……先輩が、なんで……』

『あの男は……恐ろしい男だぜ。この俺の精神汚染をものともせず、力尽くで……俺も必死に頑張ったんだがな……結果は見ての通りだ。くくっ、今ではすっかり丸くなっちまった』

『馬、鹿な……』


 我は……どうやら、予想以上にとんでもない男に捕まってしまったらしい。

 そのことを改めて実感し、みねに悪寒が走る。

 果たして我は、明日も我のままでいられるのだろうか……その疑問に、答える者は誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そうか…! この職人気質な刀鍛冶さんは、刀専門の転生の女神なのか!(謎断定) 死蔵され刀の本分を果たせなくなったモノ達に、新たな生と働ける場所を提供する様は、チート能力を授けて送り出してくれる神様そ…
村雨せんぱぁぁぁーーーーい! って、面識(?)あるんかい!? 三徳包丁より刺身包丁の方がマシだと思うしかないな。 しかし、この格闘系鍛冶師は何を考えて刀を包丁にしてるんだろう? 昔の刀はいい鉄を使って…
[良い点] 村雨先輩ぃ・・・www
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ