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蓮の伝説8

次の日。

千砂は何となく晴彬に会いづらかったが、思い切って彼の元を訪ねた。

美衣に会いたいとお願いすると、晴彬は快諾し道案内までかって出た。萎縮する千砂に晴彬はどこまでも楽しそうだ。

部屋を訪ねた二人を迎えたのは、上半身を起こし白湯を飲んでいた美衣だった。驚いたように訪ねてきた二人を、しかし嬉しそうに出迎える。

「美衣様。もうよろしいのですか?起き上がられても……」

挨拶もそこそこに千砂の美衣を本気で心配している言葉に、二児の母は微笑えむ。

「昨日に比べたら随分良くなりました。ごめんなさいね。二人を待たせたままこんなことになっちゃって…」

「いえ…。別に美衣様が大事ないのであれば、それで…」

千砂は俯く。何も言わない千砂に二人は少し意外な印象を持つ。二人の中で千砂は言いたいことははっきり言う性格だと思われているのだ。

「何か、私にお話があったのではないですか?」

わざわざ晴彬に会いに行き、この部屋まで来たのにはそれなりの理由があるのだろう。

そんなことを思いながら、美衣は千砂に話しかける。

かすかに千砂の唇が動く。同時に千砂は美衣を真直ぐに見る。

発しようとして上手くいかないのだろう、言葉を詰まらせた千砂は沈黙する。が、二人の柔らかい雰囲気に後押しされるかのように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「死を目前にした者の言葉は、信頼できるのでしょうか?」

美衣と晴彬の表情が変わる。中々話題にしずらい内容だ。美衣は声音が固くなるのを隠すことなくつぶやく。

「それは……おだやかでは、ありませんね」

美衣の言葉に千砂は再びうつむく。

「私の………母は……」

千砂は口ごもる。言葉にするのは難しいことはわかっていたが、自分の中でどうしてもはっきりさせたいことがあるのだ。

晴彬と美衣は千砂の態度に何か感じたのか、静かに次の千砂の言葉を待っている。千砂はゆっくりと口を開く。

「私の母は四年前に亡くなりました」

千砂の言葉に張りはないが、もう戸惑いは無い。

千砂の言葉を受け美衣と晴彬はそれぞれ怪訝な顔をする。

晴彬は「四年前?」と呟いている。千砂が昨日言った笑えなくなったのも確か四年前。晴彬は彼女に対して抱いた違和感の原因を知れるのかもしれない、と漠然と感じ沈黙を選択した。

美衣は千砂が「母」と言った時の微妙な表情が気になったのだ。

「体の弱い方でした。美衣様が昨日倒れたと聞いて、眩暈を感じたくらいです。いつも泣いている母を見て、私は強くなろうと思いました」

千砂は自分の手をじっと見ている。

「母は病を得ました。最終的には医者も匙を投げました。母は最期に私に言いました。『今まで黙っていてごめんなさい』と……。母は続けて言いました」

千砂の揺れていた瞳から感情が消える。それが逆に痛ましく見えてしまう。

「『貴女は私の本当の娘ではないの。貴女の産みの母は、私ではないのですよ』と…」

三人に沈黙が流れる。

晴彬は呆然と絶句している。

美衣が絶句して役に立ちそうにない息子を放置し、無言で千砂の頬に手を差し伸べる。

「母は優しい人でした。母はいつも私の為に泣いてくれました。でも、私は母の為に泣けませんでした」

美衣は千砂の綺麗な髪を撫でる。美衣は千砂を覗き込むと微笑し、穏やかに口を開く。

「私は、死を目前にした者は嘘など吐かないと思いますよ」

はっきりと、一言ずつゆっくりと言う。美衣は続ける。

「むしろ、貴女に真実を伝えて、時間がかかっても構わないから受け入れて欲しかったのですよ。そんな強さを母君は、貴女に認めたのです」

千砂は顔を上げる。微笑みとともに自分を見ている美衣に千砂の瞳がかすかに揺れる。

「……私はいずれ、母の為に泣けるのでしょうか?」

「涙は他人の為に流すものではないわ。自分の為に、自分の心の傷を癒すために流すものよ。貴女の母も自分自身のために泣いていたのでしょうから」

二人のやり取りを静かに見ていた晴彬が口を開く。

四年間も一人で抱えていた葛藤に、それを想像して晴彬は言葉をうまく紡げないでいる。

「私も…あなたはお強いのだと…」

千砂は俯いたまま、沈黙していた。


晴彬は出来るだけ静かに廊下に出る。後で、自ら迎えに行くつもりではいるが、今は二人にさせたほうが良いと判断した。

何やら美衣は千砂を気に入っているようであるし、美衣の無茶は千砂が止めるだろう、と判断したのだ。

「白良の鬼姫、という異名とはだいぶん印象の違う方ですね」

背後からの突然の言葉に晴彬はむっとしたようだ。

「……立ち聞きしていたのか?勝美。それに、千砂様に鬼姫だの女将軍という異名はどうかと思っているんだ」

「若にとって千砂様は白い女神、ですからな」

「…………………………で、何のようだ?」

晴彬は早々に話の筋を変える。その言葉に勝美の表情も真面目になる。

「若は先日、勝春と高脩から永沼のことを聞かれたそうですね」

晴彬は勝美に庭にいくように仕草で伝える。勝美が降りることを確認することもなく晴彬は庭へ歩き出す。

「尋ねられた理由とどんな話を聞かれたかは、二人から聞きました」

晴彬は無言で勝美に続きを要求する。勝美の方も特に気にすることなく続ける。

「いくつか付け加えたいことがあります」

「永沼についてか?」

「えぇ。永沼と白良の繋がりは奈菜様ではありません。その母上、奈美様です」

「しかし、奈菜様とて繋がりはあるのだろう?」

「奈菜様の糸は奈美様の糸が元で出来たものなのです」

「………?」

「詳しくお話します。奈菜様の出身は?」

「室谷」

「そう。奈美様が白良に嫁がれる前は、室谷奈美でした。そして、奈美様の姉君、奈々様は永沼に嫁がれました」

晴彬は微かに目を細める。

「奈美様が正室の御子、奈々様が側室の御子だったからです。しかし、室谷にとって永沼への輿入れは人質としての意味あいが大きかった。しかし、暫くして両国の力関係は逆転します。永沼は室谷への人質として奈々様とその嫡男を差し出した。この時、奈々様には嫡男、浦順(もとより)様以外にも男女それぞれ一人ずつのお子様がいらっしゃいました」

「つまり、奈々様のお子様と奈美様のお子様が……?」

「そうです。奈美様は奈菜様をつれて何度か郷里に行かれています。そこで、浦順様と奈菜様がお会いにならない、と考える方が変でしょう?」

「浦順様と奈菜様はすでに会っていた……」

「はい。義敬様も奈菜様の浦順様の元に嫁ぐことには積極的でしたから。奈菜様と浦順様は成人なさり、浦順様は永沼の家督を相続するため戻られます。奈々様は室谷に残られたようですが。これは、どうやら裏で白良が色々と根回しをしていたようです」

「そして、奈菜さまの輿入れか?」

「しかしその直前に浦順様の弟君、恭順(ゆきより)様が病気で亡くなられたのです。結局、浦順様と奈菜様は、内密ではありますが夫婦になられました」

「……………嫁がれていたのですね」

「恭順様の喪が明けると同時に正式な輿入れが行われる予定だったのですが、喪が明ける前に河浜に攻め込まれてしまったのです」

「河浜はこれ以上白良の影響力が大きくなるのが怖かった?」

「恐らくそんなところでしょう。そのあとのことはごたごたしていて良く分からないのですが、奈菜様は白良にお戻りになり、永沼は河浜に滅ぼされてしまったのです。そして、関係者がこのことについて口を閉ざしてしまい真相が分からなくなってしまったのです」

時々相槌を打ちつつ聞いていた晴彬は、じっと勝美を見る。

「その件について関係者が口を閉ざしているのであれば、勝美、お前はどうしてそんなに詳しい?」

晴彬の問いに勝美はすぐには答えようとはしなかった。

「あの時、私の妻は病を得ていましてね。郷里に行っていた妻を見舞いに行ったのです」

突然話し出した勝美に晴彬は、一瞬怪訝な顔をしたが何も言わずに聞いている。

「永沼に近いところでした。よく散歩と称して出歩いていたのですよ。そこで、血を流して倒れている少女を見付けたのです。10歳程度でしょうか、左腕を痛めていました」

勝美は自分の左腕の付け根あたりから、肘と手首の中間あたりまでゆっくり動かした。

「女の子がそんなにひどい怪我を?」

晴彬の言葉に勝美は頷く。そして「介抱しましたよ」と付け加えた。

「正直、助かるとは思いませんでした。一命は取り留めたのですが、傷は残ってしまいました。一応止めたのですが、その子は私に迷惑がかかるからと言って出て行きました。助けてくれた礼に、その子は私に自分の名前を教えてくれました」

「名前?」

「そう。その子にとって名前を言うことはあまり安全と言うわけでは無かったのだと名を聞いて知りました」

「まさか………」

晴彬の掠れた声に勝美は苦笑をする。勝美は驚いている晴彬から視線を外すと空を見上げる。

「永沼湖依(こより)。女の子はそういっていました」

「浦順様の……妹君…?」

勝美は一瞬驚いたがすぐに頷いた。

「生きておられるならば二十代後半でしょうか………お会いしたいですな…」

勝美の独白に晴彬は答えることが出来なかった。


春日と河浜の陸路組が、白良義敬、敬影ひきいる白良軍と戦が始まったと知らせが入ったのは、この直後のことだった………。

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