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蓮の伝説6

勝春と高脩は複雑な顔を保ったまま、晴彬と対面していた。

最近複雑な表情ばかりしている、と高脩は思わなくはなかったが、発展性のない思考のため沈黙するに留める。

勝春と高脩が趣味の碁を打とうとしていたときに晴彬がやって来た。そして

「千砂様について知っていることを教えてくれ」

そうきっぱりそういったのだ。先に観念したのは高脩の方だった。

「千砂様と結婚でもなさる気ですが?」

勝春の影響を多大に受けた発言ではあったが、そのことに高脩は気付いてはいない。

晴彬は高脩の言葉で、目の前にいる二人の表情の意味を悟り慌てる。

「あ……その……えっと……そ、そう。白良家について知っておきたいんだ」

高脩はため息をつく。ため息の回数も今日だけで一年分はやっていることだろう。

千砂との結婚云々を否定しなかった以上、本気で心に決めた人なのだろう。

「私は領主になって一月。今まで自分のことで精一杯だったんだ。……だから、少しづつ外にも視野を広げようと…」

取ってつけたような晴彬の言い訳に、それでも悪いことではないと判断した高脩は口を開く。

「今の白良の領主は、十代目白良義敬(よしとし)様。義敬様には三人のお子さんがいらっしゃいます。奈菜様、敬影様、そして今こちらにおられる千砂様。奈菜様と敬影様は正室の子です。年はかなり離れていますが。そして、千砂様だけは側室の子です」

「永沼はどう関わってくる?」

高脩はこの言葉に晴彬を見る。勝春も微かにまゆをひそめると晴彬に言う。

「確かにな。白良と永沼と関わりあることはあるけど、……何故、んなこと知ってんだ?」

晴彬はしばらく躊躇ったあと二人を凝視する。その真剣な瞳に二人は気圧される。

「永沼の生き残りが……千砂様の忍だ」

高脩はわずかに身を引く。しかし、勝春は逆に晴彬に詰め寄る。

「何故、知ってる?」

鋭い勝春の声音に、今度は晴彬は全く躊躇うことなく口を開いた。

「忍と名乗るものに…会った…。千砂様はご存知ないようだ。忍は千砂様には内密にと言っていたからな」

「その忍は何と?」

高脩は話の流れからその忍は何もしないだろうと感じ、気を取り直して晴彬に問う。

ただただ、自分の存在を晴彬に伝えたかっただけのようにもかんじるからだ。

「千砂様をよろしく…と。永沼に関係があるのは…白良家のどなただ?千砂様のご母堂か?」

「いや、千砂様の母親は同じ白良領内の娘だよ。永沼との関わりがあるのは…姉君の奈菜様だ」

勝春の言葉に高脩は問う。

「奈菜様の母親が永沼、なのですか?」

「いや、室谷(むろたに)だ」

「室…?あぁ、私の初陣の…」

晴彬は納得したように呟くと、視線で先を促す。勝春は視線を泳がせて言葉を詰まらせる。物事をはっきり言う勝春には珍しいことで、高脩と晴彬はそんな勝春を凝視する。

「この辺のことは俺も詳しいわけじゃない。親父の方に聞いた方が確実な情報は得れる、だろうが…。まぁ、前置きはこのくらいでいいとして、だ。微妙なんだよ。永沼と白良の関係って」

「微妙?」

「あぁ、白良家の奈菜様が永沼に嫁いだ、つーか、嫁ごうとしていた、つーか。その辺がはっきりしないんだ。その辺で永沼は河浜に攻めいられたんだ」

この勝春の言葉に二人は疑問符を飛ばす。言葉を発したのは高脩の方だ。

「では、奈菜様が嫁がれる前に永沼は滅ぼされた、のですか?」

勝春は高脩をちらりと見ると腕を組む。

「それが微妙なのだ。時期的に見て、嫁がれた後に滅ぼされたと考える方がしっくりくるんだが」

晴彬は勝春の言いたいことを理解し頷く。

「河浜のやり口から言っても、奈菜様に情けをかけることはないからな…。奈菜様が生きている以上、滅ぼされてしまった故嫁げなくなった、と考えるのが妥当だな」

「または、命からがら逃げ出した、とか」

晴彬の言葉の後に続けた勝春の言葉を聞き高脩は、言葉を選びながら尋ねる。

「おかしくは、ありませんか?……婚姻が成立していなかったとして、永沼から見れば直前で成立しなかった婚姻ですよ。成立していたとしても、千砂様と永沼との関わりは限りなく薄い。永沼の……生き残り、と名乗るものが…白良を、もっと言えば、千砂様の忍となる理由など無いはずです」

「なのか…事情があるんだろう、な?」

白良の忍を見たことのある唯一の晴彬の考え込むような言葉に、高脩と勝春は沈黙した。


千砂は困っていた。

椋実での待遇は自分が考えていた以上に良いもので、少々戸惑うことはあっても困ることは無かった。しかし、今千砂は盛大に困っていた。

三人で蓮の花を眺めてまったりしたあと、晴彬と風千代はそれぞれが別々の人に呼ばれて行ってしまった。

千砂は自分に与えられた部屋に戻ろうとして、見たことの無い廊下を見つけ好奇心がむくむく沸き上がってしまい、散歩がてら歩くことにした。

白良での城はこじんまりとして自然の方が多かったのだ。一人で出掛けることも厭わない千砂は、自分が方向感覚が他人に比べ劣るとは思ったことは無かった。

「ここは、どこ?」

実際声を出してみると自分の惨めさが良く分かる。千砂はやりきれなくなり、これも全て椋実の城が広すぎるからだ、と責任転嫁してしまう。そもそも椋実に関係ない人間がそんなに堂々と場内を歩けることの方がおかしいのだ、とも考えてしまう。

どんな風に考えても、千砂にはここがどこなのかさっぱり分からないのに変わりはない。

「あら?」

突然千砂の背後から女性の声がして、驚いて振り返る。考え事をしすぎていたのか、女性の気配を気付かなかったのだ。

そこには千砂より頭一つ以上低い女性が立っている。千砂はほっとする。千砂が困り始めて-早い話、千砂が迷子になってから-始めて人に会ったのだ。

「どなたかしら?」

首をかしげて女性は優しい声で聞いてくる。はっきりいって年齢が分からない。若く見えるのだが、この女性の見知らぬ人間を目の前にした落ち着き方は半端ではない。

「あの、はじめまして。私は白良千砂と申します」

千砂は深くお辞儀をすると、女性は驚いたようだが、すぐにその表情を笑顔に変える。

「あr、ご丁寧にありがとう。はじめまして。私は椋実美衣(みい)です」

美衣は白良家の次女が来ていることは知っていたのであろう「貴女が白良家のお嬢さんね」と言っている。

千砂はそういわれても衝撃から立ち直れずにいる。千砂の目の前にいる女性は前々領主の正妻、つまり、椋実晴彬かつ風千代の実母にあたる人なのである。二十歳の男性の子持ちには見えない。

「ところで。千砂様は、何故ここに?」

千砂は美衣の言葉で我に返る。千砂は衝撃を受けたまま、呆然と正直に答える。

「……このお屋敷、広く、て……その、……ま、迷って……しまった…ようで」

千砂が放心したように呟くと、美衣は目を見開く。さらにしばらくして、くすくす…と笑い出す。

「……そ、そうね、始めての方なら、……迷われる……かもね」

美衣は笑いを堪えて切れ切れにいう。

そのころには千砂は我にかえり、居心地の悪さを隠すように言う。

「み、美衣さま!!そんなに笑われなくとも!!」

一瞬止まった笑いも耐え切れなくなったように笑い出した美衣に千砂は、困惑の色を浮かべる。

せっかく与えられた部屋までの道を聞ける、と思っていたのだが、千砂はその部屋をうまく説明できないことに気付いてはいない。

美衣の笑いが収まる様子もなく、千砂は途方に暮れる。


「母上!!そんなところで何をしているのです」

穏やかだが、どこか苛立ちを含んだような男性の声が突然、二人に届く。またしても千砂の背後から声をかけられる。美衣は目元から涙を拭いながらやってきているその人に声をかける。

「晴彬、千砂様とお話をしていたの」

千砂は表情を改めるとゆっくり振り返る。

「……………千砂、様?」

晴彬は美衣の前に立っている千砂の顔を覗き込むように見る。

千砂は晴彬の言葉に顔を上げる。思いもよらぬ距離に、千砂は一歩後退する。晴彬はうむ、と頷くと千砂から少し離れてから、どちらとも無く尋ねる。

「で、何故、ここに千砂様が?」

数分前に聞いたような言葉だ、と思いつつも千砂は、今までの経緯を考えると罪悪感が募り答えずにいる。そんな千砂の様子を見ていた美衣が、さらりと答えた。

「私がお誘いしたの。白良家のお嬢さんを見てみたくて」

美衣は驚いている千砂の左腕を取ると、ぐいっと自分の方に引き付けてそのまま千砂の腕に絡みつく。

「こんな綺麗な子だとは知らなくて。晴彬も人が悪いわ。出し惜しみするなんて」

「母上!!」

晴彬は美衣の言葉に声を上げるが、言われた本人はたいして気にした様子は無く、千砂をぐいぐいと引っ張っていく。

千砂は訳も分からず少しよろけながら、されるがままになっている。千砂は助けを乞うように晴彬を見ると、ため息をつき腰に手を当ててじっと下を見ている。しばらくそうしていたが、諦めたように美衣に引っ張られている千砂に付いてくる。千砂はそれを見て、少し安堵する。

「もう!晴彬ったら世話の焼ける!」

美衣が小さく呟く。

千砂は聞き返してきたが、美衣は聞こえていない振りをする。千砂が首を傾げているが、美衣は晴彬がついて来ている事を確かめると千砂を自分の部屋まで連行した。

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