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蓮の伝説5

「実際、どう思う?」

見事に整えられた庭に面した廊下を高脩と一緒に歩いていた勝春が突然尋ねる。高脩は何のことか分からずに無言だ。

そんな高脩に意味深な視線を向ける。

「千砂様のことさ」

高脩が「あぁ」というと反応を示すと勝春は、高脩の肩を抱くように腕を乗せると座り込む。高脩も勝春の力に逆らえず隣に座る。

「先ほどの話でしょう?嘘はないと思いますが……」

なすがまま、庭をぼんやり見るしかなくなった高脩に勝春が彼の顔を覗き込む。勝春の顔には「何言ってんだよ」と書いてあり、高脩はため息をつく。

高脩はたまに、この友人の思考回路がわからなくなることがある。

「晴彬様とさ。晴彬様、二十歳だろ?千砂様は十七ぐらいだから、年齢差としてはいい感じだろう?」

高脩はそっちか、と自分の思考を切り替える。

「十七か十八なら結婚なさっているのではないですか?綺麗な方ですし」

勝春が、にやり、と笑う。

「白良家の長女の奈菜様は三十二だけど今だ未婚。それもあるけど、千砂様、通り名があるんだぜ」

高脩はどうして他家の女性の年齢にそこまで詳しい?という言葉を飲み込んでしまう。

この時代、女性で一七で結婚していないのは珍しいことだ。

高脩はそういった方面での情報は疎い。要は興味が湧かない。当然、千砂の通り名など知らない。

「晴彬様の初陣に腕試しに単身で来られた方だぜ。噂もあるし、通り名もある。何だと思う?」

「……さぁ……」

高脩はしばらく考えて、小さく呟く。あまり女性には褒められた通り名な気がしない。

「千砂様の通り名は『白良の鬼姫』、『白良の女将軍』だ」

「……………………………結婚なさっていないでしょうね」

高脩は今日の出来事を神妙な顔で思い出す。勝春はその言葉と高脩の表情に爆笑してしまった。


結局千砂は春日と河浜のことがはっきりするまで客人扱いという事になった。


千砂に与えたれた部屋は普通の部屋だった。

「千砂様」

ばんっという景気の良い音とともに戸が開く。風千代は中を覗きこみ、首をかしげる。風千代の後ろには声をかけたのと戸をあけたのが同時であった事実に苦笑顔の晴彬もいる。

中には千砂よりも五歳ほど年上の女性が姿勢よく座っている。肩のあたりで切りそろえられた髪を揺らして振り返ると風千代に微笑む。

「千砂様は、お庭の方にいかれましたよ」

晴彬は風千代の肩に手を置く。

「千砂様を探しておいで。私も後から行くから」

穏やな声に風千代は元気に頷くと、庭の方に駆け出して行った。晴彬は風千代の姿が見えなくなると、そこにいる女性に向きなおるように座る。

「どなた、ですか?」

風千代に対する声音に比べると、少し硬い。

「申し遅れました。私の名は利代子(りよこ)。白良家の忍です」

晴彬の明らかに変化した声音に忍と名乗ったその女性は気にすることなく、頭をゆっくり下げる。晴彬は軽く目を細める。

利代子と名乗った女性は、一見すると千砂には劣るものの普通の女性の服装をしている。

だからこそ、風千代はこの女性に対し大した警戒をしなかったのかもしれない。

晴彬は服装とは別に、利代子の所作にどことなくきれいなものを感じ「忍」の印象をあまり感じずにいる。

「千砂様に忍がつくのは分かりますが、私の目の前に出てくるのは本末転倒ではありませんか?私に要らぬ用心をさせることにもなりますよ」

しかし、晴彬から出たのは真当な言葉だった。

「確かに。しかし貴方様にお会いするな、という命など受けていません。それに用心されたとしても、私は貴方さまに会うべきだと思いましたから」

「私と?」

「……永沼(ながぬま)のことはご存知ですか?」

言われた晴彬は、突然変わった話題にふいを付かれ目を見開く。

「永沼…とは、確か十五年ほど前に河浜に滅ぼされた…」

利代子は軽く頷く。利代子はゆっくり立ち上がると、晴彬の瞳を凝視する。

「私は、永沼の生き残りです」

「永……沼……の?」

「千砂様をお願いします」

晴彬が呆然としていると、利代子は「千砂様にはご内密に」とだけ言うと千砂の部屋をあとにした。


千砂はふと呼ばれたような気がして振り返る。しかし、そこには誰もいない。千砂は首を傾げつつも、再び視線を戻す。

「千砂様」

千砂が先ほど振り返った方とは逆の方から声がかかる。振り向くと同時に風千代が走り出す。千砂の側で止まった風千代に視線を合わせるために千砂は身をかがめる。

「何を見ているのです?」

「蓮、ですよ」

千砂の前には蓮が咲いている。風千代はそこのある、見慣れた蓮をしげしげと見つめ尋ねる。

「なぜ蓮を見ているのですか?」

「蓮にはちょっとした伝説があるんだよ」

千砂と風千代の視界が翳ったのと、穏やかな声が降ってきたのは同時だった。

「兄様!いつの間に来られたのですか?」

晴彬は先程千砂が振り向いた方向を指しながら「え?向こうから結構堂々とやって来たのだけれども」と苦笑する。千砂は「おや?」と首を傾げていると「どうかしましたか?」と晴彬に声をかけられ我に戻る。

「あぁ、やはり、貴女は白い服が似合いますね」

千砂は来るときに着ていた上着を脱ぎ、いつもの淡い色の着物を着ている。千砂は淡い色の着物を好んでいるのだ。

晴彬は千砂がどんなことをいっても正確には理解してくれないことを理解したので、いいたいことは言うことにしたようだ。

突然の言葉で千砂はタイミングを逃してしまう。

「あ、ありがとうございます」

「ねぇ、兄様!蓮の伝説って何?」

風千代が目を輝かせて二人を見上げている。二人は、お互いを見ると苦笑して先ほどの千砂のように座り込む。そして、どちらからともなく伝説を交互に話し始めた。


ある所に、それは仲の良い夫婦がいました。

夫は働き者で優しく、妻はとても美しい女性でした。村の者は二人をとても祝福しました。特別な儀式を行ったわけではなかった夫婦は、しかし、二人の好きな花に誓いを立てたのでした。

しばらくすると突然やってきた富豪の息子が、美しい妻に目をつけ無理やり自分の妻にしようとしたのです。

妻と夫は離れ離れになってしまいました。妻は、夫のため、花に誓った誓いのため、富豪の妻になる前日に自ら命を絶ったのです。

それを知った夫は、自暴自棄になってしまいます。しかし、夫は偶然にも妻の最期の言葉を知ります。

「幸せになって」

夫は呆然とします。「お前なしの幸せなどいらない」夫はそう叫びます。しかし、妻には決して届きません。夫は生きます。

「幸せになって」

ただその言葉だけを胸に秘めて生き続けます。夫は二人の誓った花の前で、その花に問い掛けるのです。

「私は幸せだろうか。お前は幸せだったのだろうか」

そして、夫はその花の前で再び美しい妻の幻と会います。

「あなたは、幸せになれましたか?」

夫は少し考えて答えます。

「お前は、幸せだったのか?」

「えぇ、とても」

妻の答えに、夫は妻を亡くして始めて微笑します。

「ならば、私は幸せだよ。今、とても幸せな気分だよ」

夫はその日のうちに天寿を全うしたのでした。


「その二人が誓った花が蓮なのですよ」

千砂はそう締めくくる。風千代は考え込んでいる。晴彬が千砂の方を見て言う。

「よくご存知ですね」

「えぇ。奈菜姉様がよく話してくださいました」

風千代が二人を見る。

「その二人は本当に幸せだったのですか?」

千砂はちょっと考えて答える。

「よくわかりません。でも、幸せかどうかなんてきっと本人ですらわからないのでは?」

「私も何ともいえないね。でも、蓮に誓いを立てた夫婦は幸せになれるし、来世でも又、夫婦として出会えるって言い伝えられているんだよ」

「…よく、分かんない」

「そう、ですね」

千砂はそういうと風千代から蓮に視線を戻す。晴彬はそんな二人を見つめていた。

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