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蓮の伝説4

「椋実にとって春日(かすが)は、どんな存在ですか?」

千砂はここに来た理由を話すべく口を開く。

完全に空気が変わってしまい、ここまで話題を戻すのに一度お茶を飲んでそれぞれの気持ちをおちつけるという一幕があった。

河浜(かわはま)や白良に比べるならば、まだ脅威ではありません」

晴彬があっさり答える。千砂も「でしょうね」とあまり気にした風もなく口にする。

千砂は一枚の紙を取り出す。折りたたまれたそれを晴彬の前に広げる。この一帯の地図だ。

山を背後に持つ椋実。それに隣接する、白良と河浜。

白良は地図上、椋実の左側の上に乗るように接し、右の一部が河浜の上にある。春日と接するところはほとんどない。

河浜は、上部に春日、下部に椋実、左側は白良と接している。そして春日から河浜、椋実にかけて海が存在する。

「春日にとって椋実は接する部分のない唯一の国です。ですので、先ほどの晴彬様と同意見だったのでしょう。ほんの少し前までは」

「…あぁ、三ヶ月の間に家督が二人に移りましたからね」

何でもなさそうにその家督を受け継いだ男は言う。

「春日は判断した。椋実をおとすならば、今だ、と」

春日からすると椋実は弱体化したように見えるのだろう。

そう思われていると変わっても、晴彬はじめ誰も顔色を変えない。

「なるほど。しかし春日が椋実に来るためには、河浜か白良を通らなければならない…。いや、…海路がある、か」

千砂は唇をさわりながら呟いた高脩をちらりと見る。

「どちらかが……おとり……か」

晴彬の言葉に千砂が再び晴彬に視線を戻す。

「おとりはありません。あえて、おとりという言葉を使うのならば、陸路がそうでしょう。今、春日と河浜は結託しています。春日と河浜は、それぞれ兵を合わせてふたつに分れるでしょう、陸路と海路に」

千砂の言葉に勝春が舌打ちをする。

「敵の敵は見方ってことか」

乱暴な言葉に千砂は視線を一瞬だけ、勝春に向ける。粗野な言葉遣いや態度ではあるが、勝春の一貫した椋実に対する情を千砂は感じでいた。

全員の視線が地図にあるのを確認すると千砂は言葉を続ける。

「おそらく陸路はこうです」

千砂は春日の中ほどを指し、ゆっくり右に動かす。白良よりではあるが、河浜の領土内だ。椋実に近づくと千砂の指は上向きになり、白良領土に入り、椋実に至る。

「白良からの侵入だと思わせるわけですか」

勝美は苦々しく言う。風千代は、「そういえば…」と口を開く。

「兄様。兵たちが言っていました。近々戦が起きそうだ、とか何とか」

千砂は風千代の言葉に息を飲む。それは各国の緊張状態を表しているようなものだ。

晴彬は続けるように身振りで促す。千砂は一度地図から目を外すと、深呼吸をするとゆっくりと口を開く。

「椋実への侵入により恐らく椋実は白良が責めてきた、と思われるでしょう。案外、椋実領土の境界周辺で何らかの騒ぎを起こすかもしれません。椋実は白良から責められたと判断し、白良に兵を出します」

「それを確認して兵力の少なくなった椋実に対して、春日と河浜の海路組が椋実に上陸ってところか」

晴彬の言葉に高脩が頷く。

「騒ぎを起こした陸路組もどこかに隠れていて白良に向かう椋実を襲うことも出来る」

「そのまま春日と河浜は合流して椋実を挟むようにして襲い、白良に向かえば…」

「はい、白良はその前の攻撃で国内は混乱している状態で襲われれば、抵抗のひまもまく滅ぼされてしまうでしょう」

勝美の言葉にも千砂は淡々と答える。高脩は言う。

「もし、そうなれば白良に侵入させなければ良いことになりますね」

千砂は頷く。

「白良に入ろうとする陸路組は白良が止めます。椋実は白良が戦場となっても兵を動かさずに海路組に備えていただきたいのです。白良侵入がうまくいかなくなっても海路組が引き返す可能性は低いのですから」

風千代はきょとんとして問う。

「どうして、そう思われるのですか?」

「それは、河浜と春日の混合だからです。敵の敵は味方…とはいっても、それは椋実や白良を間に挟んでいるからなのです。その椋実と白良を取り払ってしまえば…」

千砂の言葉に風千代はぽんっと手を打つ。

「あくまで河浜と春日は敵同士だから、弱味になるようなことはお互いしたくないんだね?」

千砂は微笑み「正解です」と答える。風千代は納得したように頷く。勝美は言う。

「白良が侵入を許してしまったときには?」

「保険をかけます。とは、言ってもこの保険は椋実をここに留める保証しかしません」

「そもそもこの話がでたらめだったときは?」

「同じ保険です。これは椋実にとって不利ではありません」

勝身の問いに対する、千砂の答えに晴彬は千砂を見る。

「千砂様、もしや貴方は…」

千砂は晴彬を見つめ困ったように微笑む。

「保険は私です。白良領主の次女として、椋実の人質となります」

勝美は息を飲む他の四人を一瞥して冷静に確認する。勝美自身驚かなかった訳ではない。むしろ単身で人質になりに来た人物など始めてみる。だが、勝美は話の中で保険と言う言葉を聞いて、ある種の予想はあった。それならば次女とはいえ現白良家当主の娘である彼女が、単身でこちらの現れたのに一応の納得がいくのだから。

「白良を装った河浜と春日兵が椋実に入っても、それは白良のものではない、と示すためですな。人質のいる椋実には白良は攻めいれない、ということですな。この話がでたらめでも人質の存在で白良は椋実に逆らえないと言ったところですな」

「はい。本来ならば弟の敬影(としかげ)とこちらに来させるべきではあるのですが、敬影は陸路組との攻防が初陣となります」

千砂の言葉に反応したのは、勝春だった。

「弟君はまだ元服すら済んでいないのではないですか?」

「私がここにつく前後には元服は終わっているはずです。敬影を人質として送らないのです。そのくらいは、と父が」

千砂の言葉に今までの話の信憑性が増す。勝美が口を開く。

「千砂様が、単身で来られたこと、前置きなしに来られた訳が判りました」

「ありがとうございます」

「この話を春日や河浜といった連中に気付かれずにここに持ってきたかったのですね」

高脩はちらりっと勝春の方を見ると言う。

「よく、お一人で来られましたね」

「父は止めました。せめて弟の元服が終わってからと言われました。けれど…だからこそ好機と思い、私が勝手に出てきました。……それに、私は側室の子ですから」

千砂は、軽く俯くとそう言ったなり口をつぐんでしまった。

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