蓮の伝説1
「若。若はもう二十歳になられる。早く嫁をもらって母君を安心させてやって下され」
晴彬は初老の椛島勝美と会うたび開口一番そう言われ続けている。
始めはドキリとしていたものの二年も前から言われ続ければ慣れて、最近では少し苦笑が出る。
恐らく嫁を貰ったら貰ったで「早くお子を作りなされ」とか言うに決まっているのだから。
勝美は晴彬の父がこの地を治めていたときから、椋見家に仕えている。
椛島と椋見の繋がりはとても古く、晴彬はとても信頼している家臣の一人ではある。
勝美本人、自分のことを「隠居爺」と読んでいるが、実際にはとても元気な爺である。
「兄様には心に決めたお方がいるのですよ」
晴彬の後ろからひょっこりと姿を現した十歳程の少年に初老の顔は綻ぶ。
晴彬はいつも勝美の言葉を適当に流している。だが、今日は珍しく弟の風千代がそばにいるのでいつもと違う流れに少し戸惑いを覚える。
「ほほう、若に心を決めた女性ですか?どのようなお方ですか?風千代様」
そんな風千代に勝美が食いついてくる。
「うんとね、勝春が言っていた。隣の国のお方だって」
晴彬は風千代の言葉に側に控えている勝春を睨みつける。
勝美はそんな晴彬を見上げてにやりとする。
勝美と勝春は強面な外見に似合わず、面白いことが好きという共通点のある親子である。最近の主な被害者は晴彬になりつつある。
晴彬の兄的存在である勝春は晴彬の3つ上だ。
勝春は「本当のことだろう?」と言わんばかりの表情で軽く笑う。
「というと、風千代様。白良奈菜様ですか?確かにあのお方は美しいと評判ですが若よりも十歳以上は年上ですな…」
勝美ののんびりした口調に晴彬は思わず口を開いていた。
「奈菜様の妹君の方です!」
「ほほほう」
勝美の言葉に晴彬ははめられたことに気付く。存在を消して控えていた勝春も吹き出して、しかしこらえるように声を殺している。