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蓮の伝説13

そして、すべては一瞬だった。


千砂と利代子が奈菜に気を取られた一瞬だった。

残っていた二人の敵兵がほぼ同時に現れた。

その場面で飛び込んできた晴彬が千砂を庇うように抱きしめるようにして避ける。

勝春が次の瞬間、千砂を襲おうとした敵兵を切り捨てる。


「…()()!!!」


奈菜は利代子の前に彼女を庇うように立ち、残った一人の敵兵に切りつけられた。


利代子は呆然として、傾く菜奈の体に合わせてゆっくりと流れる奈菜の髪を見つめている。


勝春は体を反転出せると残りの一人を切る。

利代子が呆然と差し出した両手に奈菜の体が落ちてくる。

戦場で見慣れた血が奈菜の体から流れている。


「……()()()!」


利代子の叫びに奈菜がゆっくりと目を開ける。自分を抱える利代子を見て、奈菜は微笑む。

「湖依、貴方は無事?」

利代子が呆然としたまま頷く。

勝美が奈菜の側に身を屈める。勝美が眉を潜める。一目で助からないことが見て取れる。しかし、勝美は何も言わずに手当てを始める。

勝美は利代子の左腕を見る。

「永沼…湖依……」

勝美の呟いた声に利代子が、何も感じないような眼で頷く。

「左…、いや、生きていたのですね」

勝美の言葉に利代子ーいや、永沼湖依ーが呆然とした状態のままもう一度頷く。

「千砂…」

奈菜の静かな呼びかけに千砂は体を震わせる。「白良の鬼姫」と呼ばれた千砂が、側にいる人にすがりつく。

縋りつかれた晴彬がそんな千砂を見て奈菜を見る。晴彬は暫く考えると千砂をゆっくり立たせる。千砂は晴彬に対して反抗しない。反抗できないのかもしれない。奈菜に近づいていく。

奈菜は微笑んでそれを見ている。勝美は奈菜の側から離れると、湖依の腕を手に取る。じっとみていた勝美は手当てを始める。

誰もがじっとして千砂を見守っている。

勝春と高脩は部屋の片隅に待機している。敵に警戒するためだ。


「千砂も無事ね」

意外とはっきりした声だ。千砂はぎこちない仕草で側に座る。晴彬も「失礼」と言うと千砂の隣に座る。

「千砂。以前私は貴方に蓮の伝説の話をしたことがあったでしょう?あれは、永沼と椋実に伝わる伝説なの」

「…永…沼?」

千砂の言葉に奈菜は頷く。

「そう、湖依、いや、利代子の…里よ」

「……利……代……子」

「そう、利代子は永沼湖依と言うの。私の義理の妹になるわ」

「…………」

奈菜は答えない千砂に気付いていないのだろうか、そのまま千砂から若干視線を外すと話しつづける。

「私はね、18年前に永沼浦順様の元に嫁いだの。恭順様という弟君が12歳、湖依は8歳のときだった。私は17歳、浦順様は19歳。私は浦順様が好きだった。でも嫁ぐ直前に病気がちだった恭順様がお亡くなりになって…。でも、私は浦順様の妻となり、湖依の義理姉になった。正式にまだ嫁いだことにはならないけれど、永沼に伝わる蓮の花に二人で誓ったの」

「しかし喪が明ける直前に永沼は、河浜の攻め込まれたのです」

消え入りそうな奈菜とは違ってはっきりとした声に、千砂が顔を上げるとはつねが奈菜の側に立っている。その時晴彬が隣にいるのも千砂の視界の中に入り、安心する。千砂自身、なぜこんなに動揺しているのかよく分からない。

義敬は目覚めたらしい敬影に支えられている。はつねは奈菜の側に座ると続ける。

「そして、あまりの急なことに永沼は、浦順様はあっという間に殺されてしまったのです」

「私と湖依の目の前でね」

奈菜の言葉に湖依がはっとしたように奈菜を見る。

「私…どうやって逃げたのか覚えていないわ。気が付いたら一緒に逃げていた湖依がいなくなっていた」

「……………わ、私は勝美様に助けていただいたのです」

晴彬が勝美を見る。勝美は呆然としたまま話している湖依をじっと見ている。勝春と高脩が部屋の隅で驚いている。

「勝美様は私の話を聞いてくれました。もう、すでになくなってしまった国の話を…」

ここまで言った湖依は、ようやく呆然としていた状態から抜け出したようだ。

「私は河浜がにくかった。兄上を義姉様をこんなに苦しめた河浜が許せなかった。だから、…白良の忍になった。けれど私は貴方に、義姉様にこんなことをして欲しかったわけではありません!」

奈菜は微笑する。そして湖依の頬にそっと触れる。

「分かっているわ、十分にね。でもね、浦順様、私に言ったの『湖依を頼む』って。私にとっては浦順様の言葉は絶対。だから、湖依を守りたかったの、私の手で」

奈菜は千砂を見て言う。

「浦順様はこうも言ったの『幸せになれ』って。でもね」

消え入りそうに細くなった奈菜の声に、それまで黙っていたはつねが口を開く。

「奈菜様は…浦順様の死を目の前で見て…あまりの衝撃に……浦順様のことを……忘れてしまわれたのです」

はつねはじっと何かに耐えるように目を閉じている。しかし、ゆっくりと目を開けると一切の躊躇も見せずに話し出した。

「奈菜様は白良に戻られてすぐに元気になりました。けれど、浦順様の記憶を失っていました。いつも気の抜けた笑みを撒き散らして…。けれど、この辛い現実から逃げられるのであるのならばと、誰も何も言わなかったのです」

はつねは奈菜を見る。奈菜ははつねを見て微笑む。

「私は現実に一度引き戻された」

「奈菜様は」

はつねは言いよどむ。はつねは千砂を見る。

「奈菜様は浦順様の子を身ごもっていたのです」

「浦……順様の……子?」

呟いたのはこれまで黙っていた晴彬である。千砂は相変わらず晴彬から離れようとしない。

「そうです。奈菜様はその事を知ると記憶が一瞬戻ったのでしょう、狂ったように笑いつづけ、泣き続け……。私と義敬様は、奈菜様に言いました『私達の勘違いだった』と。そして、奈菜様は再び気の抜けた笑顔を貼り付けてしまった」

「都合よくこのことは私とはつね以外誰も知らない。私もはつねもその子どものことは諦めた。諦めるしかなかった。生きていても帰る場所も父もいない子ならば、いっそ生まれてこない方が……本気でそう思った」

はつねの後に義敬が続ける。

「しかし、赤子は生まれた。…違いますか?」

晴彬の言葉に千砂以外の人間が息をのむ。晴彬は義敬とはつねの反応で、自分の言葉が肯定されたことを確信する。晴彬は反応できない千砂の方に手を回す。奈菜がそんな晴彬を見る。

「……貴方は……もう…お分かり……なのですね」

穏やかな声に千砂が震える。晴彬は千砂を見る。

「千砂様は側室の子ではない。利代子、いや、湖依様が義敬様でなく千砂様の忍であることから一つの推測が出来る」

「まさか、晴彬様」

突然声を上げたのはそれまで静かにしていた高脩だった。一息後に勝春も気付く。

「高脩、勝春」

晴彬の低い声に二人は黙る。これは、黙っていろと言う合図なのだ。高脩と勝春は顔色を青ざめて沈黙する。勝美は手当が終わったのか、湖依のそばで二人を守るように控えている。

「間違っていたら正してください」

晴彬が静かに声をかける。

「そのお子様を、側室の子として育てたのでしょう?」

晴彬の声に千砂が震える。晴彬は千砂の肩に載せた手に力を入れる。

「父がいないのなら、別の人を父にすればよい。側室にその子を自分の子として育てさせた。違いますか?義敬様」

沈黙が落ちる。

「違わない。当時私の正室は私の側にはいなかった。いたのは側室だった。だから預けた、ち」

「千砂様を」

義敬の言葉を強引に奪う晴彬。千砂の体が強張る。



(私は死を直前にしたものは、嘘など言わないと思いますよ。


(今まで騙していてごめんなさい。

(貴方は私の本当の娘ではないの。

(貴方の産みの親は私ではないの。


(貴方に受け入れて欲しかったのですよ。

(その強さを貴方に認めたのです。


(貴方には守りたいものがあるのでしょう?

(だったらその手で守りなさい。


(優しいお方だ、白良の鬼姫。


(湖依

(義姉様


(私も力になります。


(千砂

(父上……



「千砂」


ぼやけていた視界が元に戻る。千砂の瞳が奈菜を認識する。

「ねぇ、千砂……貴方……幸せ?」

すでに奈菜の声には覇気が無い。千砂を見つけていた奈菜の口元に笑みが浮かぶ。

千砂の向こうにいる誰かを見るような遠い目だ。

「……浦順……様」

奈菜の瞳から光が消え始める。

「貴方は……幸せでした……か?」


「義姉様!!」


湖依の言葉に反応しない。

奈菜の瞳から完全に光が消える。

湖依の頬に触れていた奈菜の手がゆっくりと落ちていった。

奈菜の表情は嬉しそうに微笑んでいた。

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