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蓮の伝説11

庭の池に咲く蓮を見つめている女性がいる。

淡い青色の着物を身に着け、綺麗に波打つ髪を自分の手で押さえて、風に煽られないようにしている。漸く日が昇り始めた時間帯。この時間帯に蓮を見つめるのがこの女性の日課だ。

「奈菜様」

声をかけられると同時に、池に女性の影が映る。利代子である。奈菜は特別何か言うわけでもなく利代子をみる。

「奈菜様。義敬様、敬影様がこちらに向かわれています。……あと………」

利代子が珍しく口ごもる。奈菜は何故自分にそのようなことを報告するのか理解できずにいた。利代子が口を開く。

「千砂様がこちらに向かっておられます」

利代子に奈菜の緊張が瞬時に伝わる。利代子は仕方がないと思いつつも、同時に口惜しくもある。

(千砂様は自分が側室の子ではないことを知っておられます)

思わず口にしそうになった言葉を利代子は、ぎりぎりのところで呑みこむ。

「……分かりました」

消え入りそうなこの声に利代子は何も言わずに立ち去った。再び一人になった奈菜は蓮に問い掛ける。

「貴方は……幸せでしたか?」

池の蓮は今日も答えることはなかった。


義敬は気を失った敬影を抱えて、片手で馬のたずなを引いていた。敬影は今でこそ気を失っているが、義敬の思った以上に頑張ってくれた。どうやら敬影は影で千砂や白良の兵士たちに鍛えられていたようだ。初陣にしては立派だったと義敬は評価している。

義敬は「城に向かい退却」とだけ言うと、殿(しんがり)で馬を走らせていた。正直、陸路兵が業を煮やし白良城に向かったときには、呆然としてしまった。義敬自身傷は浅いのだが、腹に傷を受けたために思った以上の血が出ている。腹には椋実と戦ったときに勝美から受けた古傷がある。

その状態で13歳の敬影を抱えている以上、他のものに比べるとやはり遅くなってしまった。恐らく義敬が白良城につく頃には陸路兵が何名か、入ってしまっているだろう。

(千砂が遠くにいてくれて良かった)

義敬は思わずにはいられない。千砂を椋実に送ったのは一緒の賭けだったが、千砂を「保護」するのには椋実に送るのが一番だと判断したのだ。千砂は失えないのだから。

城に着いた義敬が、門を閉めよ、と叫ぼうとして腹に力が入らず馬の上からそのまま倒れるように落ちる。蹲った義敬の耳に馬の嘶きが飛び込んでくる。義敬はその場で何とか体を起こす。

「門を閉めなさい」

凛とした声が義敬の耳を打つ。聞こえた声の主を認め、義敬は叫ぶ。

「千砂!!」

しかし、その声は発散せずに、義敬はその場で気を失ってしまった。


千砂が城に入り、ぐるりと廻って門の近くに来た時思わず息を飲んでしまった。隣で勝美も絶句している。約二十人ぐらいが敵味方無く戦っていたのだ。

「門を閉めなさい」

千砂は声を上げる。しかし、聞こえていないのだろう、誰も千砂と勝美の存在に気付かない。

と、そのとき義敬が敬影を抱えて門を潜る。千砂は一瞬で血の気が失せる。目を硬く閉じている敬影と腹から血を流している義敬を見たからだ。義敬が馬から落ちるように降りると蹲る。

千砂は無意識にたずなを引き、馬を無理矢理鳴かせる。その音に静まった空間を千砂は冷ややかに見つめる。馬から降りた勝美の驚いたような視線を無視する。義敬が体を起こす。千砂はそれを認めると口を開く。

「門を閉めなさい」

義敬の体が傾くのと勝美が駆け寄ったのは同時だった。

千砂は馬から降りると再び叫ぶ。

「けが人は城内に運びなさい」

この千砂の声に他の者たちが我にかえる。勝美は義敬と敬影の意識を確認すると彼らを庇うように立つ。千砂はけが人を運び込もうとしている男性に声をかける。

「どのくらい門内に入られましたか?」

「2,30人ぐらいだと思いますが…」

千砂は器用に攻撃を避けながら勝美の側に行く。門内に入った人数を伝えると

「なるほど。10名前後の人間が城内に入った訳ですね」

勝美はそういうと不敵な笑みを浮かべた。


千砂を始め、白良の男たちが呆然と勝美を見ている。ここに侵入した半分近い数を一人で倒してしまった。

その時千砂はふと思い出したのだ、昔の義敬の言葉を。

<私に傷をつけたのはただ一人なのだよ。椋実の椛島勝美という男なのだ>

物思いに耽っていた千砂に勝美は声をかける。

「城内においきなさい。怪我を負った女、子どももいるのでしょう?」

その言葉に我に戻る。

「……勝美様は?」

「ここで外の兵達の動きを牽制します。私が適任だと思いますが…」

確かに椋実の椛島、といえばこの辺り一帯に名の知られた剣豪ではある。実際ここにいた人間がその強さを目の当たりにしている。

その勝美が始終相手の見える位置に立っていてくれることは、とても強い牽制剤になりえる。

しかし、勝美は椋実の家臣だ。白良のごたごたにそこまでつき合わせるわけにはいかない。なにより、牽制剤として使いのなら勝美は常にその姿を敵にさらすことになり、危険は高い。

「危険です。もしものことがあったら晴彬様に合わす顔がありません」

千砂の言いたいことは、どうやら勝美には伝わったらしい。しかし勝美は笑みを絶やさぬまま顔を横に振る。

「ここで、若たちの到着を待ちます」

「……勝美…様……」

千砂はじっと勝美を見上げる。

「貴女が私のことを心配してくれているのは良く分かりました。しかし、私は椋実の人間です。何かしらの理由がなければ、城内を気安く歩けるわけではありません」

「……分かり……ました」

しぶしぶ頷いた千砂はその場に残っている白良の男達に城に行くように伝える。そして、5人ほど勝美と一緒にその場に残るように指示した。

千砂は彼のことを「味方」とは言わなかった。「信頼できる人だ」とだけ言った。どうやら、男達にはそれで十分だったらしい。

「優しいお方だ、白良の鬼姫」

勝美は自分の持っているものとは別に腰に下げていたものを差し出す。千砂は受け取りつつ困ったような表情を浮かべる。差し出されたものは、千砂が今使っているものよりも軽く、短い一本の剣だ。

「私が初陣に使ったものです。こちらの方が使いやすかろうと持ってきました」

千砂は受け取ると勝美に頭を下げる。

「千砂様にお貸しします」

「………ありがとうございます」

お互い生きて返してください、言外の勝美の言葉に千砂は何とか微笑むとゆっくり城を見る。ぎこちない動きで歩き出す。

「急ぎなさい」

勝美のその言葉に千砂は一度立ち止まると振り返らす城に向かって走り出した。

千砂を見送った勝美に初老の男性が近づく。

「お見事でした」

「お粗末さまでした」

突然声をかけられたにも関わらず、勝美はにこやかに答える。

初老の男は勝美の様子を伺うようにしていたのだが、しばらくして能天気そうな声で話しかける。

「どうですかな?千砂様は。そろそろ良い年ですので、そちらの晴彬様と……」

「よろしい話ですな」

この緊迫した状況でお互い伝えたいことは伝わったようだ。勝美に声をかけたのは、野崎武治(のざきたけはる)で義敬の信頼する白良家の家臣だった。

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