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蓮の伝説10

晴彬は隣室に人の気配を感じ、その場にいた勝春と高脩に「準備に取り掛かってくれ」と伝えると足早に隣に移動する。

「やはり、貴女でしたか」

晴彬はそこにいた女性に声をかける。肩にかかる黒髪が揺れると、女性は晴彬を見る。晴彬は女性が何か言う前に口を開いた。

「千砂様について行かれなかったのですか?利代子様」

「利代子で構いません。私はむしろ、貴方達の対海路戦に興味があったので」

晴彬はその利代子の正直な態度に微笑すると先ほど勝春にした質問を利代子にもする。

「貴女は客観的に見て椋実をどう思いますか?」

突然の質問にも利代子は驚いた様子も無くじっと晴彬を見ながら答える。

「椋実そのものについてならば勝春殿に賛同します。個人的には椋実を敵に回したくない」

ちなみに勝春の意見は「陸の上なら向かうところ敵無し」である。利代子の言っていることはそのことだろう。勝春の回答には驚いたが、利代子も同意見と知り晴彬は微妙に顔を崩す。要は「陸には強いがそれだけ」と言われているのだから。

しかし、この意見が今回に限っては有利に働くのだからそれだけでもよしとしよう、と晴彬は判断する。「しかし……」と利代子は続ける。

「晴彬殿。”宝”は出し惜しみする方が良いのではありませんか?」

晴彬は苦笑する。この女性は初めからここで気配を消して、三人の会話を聞いてきたことを確信したのだ。頃合いだと思い、晴彬にだけ分かるように気配を出したのだ。

「潮時です。もうそろそろ河浜を騙せなくなっていますからね」

「河浜?」

思わぬ地名に利世子は驚いたように呟く。

晴彬はとっておきの情報を子どものように利代子に耳打ちする。

「白良は黙認ですよ。義敬様は御存知だ」

「……黙……認?」

「えぇ。義敬様は白良にとって椋実の”宝”はおそるるに足らず、と判断したのでしょう。事実、白良は海には接していません。そういう意味でも私たちの宝は白良には危害を与えることはありません。

……義敬様のその冷静さにはいつも、驚かされます。事実、今回のことも椋実に知らせないより、知らせた方が白良の安全は一気に高くなる。私が千砂様を手厚く保護することも予見されているのかもしれないと本気で疑ったぐらいですから。………私にとって敵に回したくないのは義敬様だ」

最後の独白に利代子はくすりと笑う。

「私は千砂様を追いかけます。晴彬殿……」

利代子は体ごと晴彬の方を向く。しかし、一瞬戸惑ったように口ごもる。利代子にして珍しいその態度に晴彬は、無言で先を促す。利代子は微かに首を振ると真直ぐに晴彬を見る。

「晴彬殿……決して死なないで下さい」

晴彬は目を見開く。利代子はその様子を無視して続ける。

「助けるといったのは晴彬殿です。その言葉を裏切らないで下さい」

彼女の言葉の真意が分からないまま、しかし裏切るつもりのない晴彬はゆっくりを頷いて答える。利代子はそれを見ると何も言わずに無音で立ち去る。一人取り残された部屋で晴彬は、直感的に悟る。

「彼女がいたのは、最後の言葉をどうしても伝えたかったからなのではないか……」と。


「少し休みましょうか?」

勝美から声をかけられて、千砂は無言で頷く。千砂は何とか馬から降りるとその場に座り込んでしまう。勝美はその姿に慌てる。

「すみません。千砂様がお疲れとは気付かずに」

勝美の本当に申し訳なさそうな声に、千砂は首を振る。白良から椋実に約一日かけてやってきたのに対して、今回は椋実から半日かけずに白良に戻らなければならないのだ。そうである以上、多少どころかかなり無理をしなければ、と覚悟していたのだ。むしろ思ったより、我慢できたし頑張ったと思っている。ハッキリいって自画自賛したいくらいだ。

しかし千砂は勝美にそういったことを伝えることはせずに、声を整えるとゆっくり立ち上がった。涼しい風のお陰で心地よい。二人は今、森の脇を通る道を北上している。

「晴彬様たちは、大丈夫でしょうか」

勝美は椋実城のある方角を見ながら、呟いた千砂を見る。

「気になりますか?」

千砂は異様に鮮明に聞こえる風に揺られている木の音に耳を傾けながら、ゆっくりと頷く。勝美は目を細める。

「大丈夫ですよ。晴彬様には秘策がありますから」

「その秘策、私が聞いても構わない類のものですか?」

千砂は相変わらず椋実城のほうを見ながら言う。その千砂の言葉に勝美が目を見張る。正直そう返されるとは思ってもみなかったのだ。勝美は微笑する。

「えぇ、構いませんよ。遅かれ早かれ分かることですから。椋実の秘策は”船”ですよ」

「……船……?」

千砂は眉をひそめて、殊更声を落として聞き返す。千砂の視線を感じ、勝美はさらに微笑する。

「えぇ、海路兵の交通手段はどう考えても船です。椋実は今のところ船は持っていないことになっている。もし、椋実が船に気付いたとしても彼ら(海路兵)私達(椋実)が海岸付近に陣を置き、中距離の投げやりや弓を使った戦になるだろうと考えるわけです。だったら、その考えを逆手に取ればいいのです」

勝美の言葉に千砂は考え込み、沈黙する。

そして、しばらくすると「夜…」と小さく呟く。

「………つまり、椋実は……夜、闇に乗じて船を出し海路兵の背後に回り、陸と船上での同時攻撃をしかける、というわけですか」

一瞬驚いた表情をした勝美は、すぐさまその表情を解除する。

「そういったところです。海に出る船は火を灯せないから、危険はかなり大きいものです。陸のほうも海に敵の意識がいなかいようにしないといけませんし、数も半減してしまいます。正直に言って賭けですね。

晴彬さまや勝春、高脩はその調整が終わり次第、こちらに向かわれる予定です」

「……そう、ですか……」

声の調子の落ちた千砂に勝美はそのことには触れずに尋ねる。

「しかしよくおわかりになりましたね」

「……父上ならば、どうするだろうと考えただけです」

「義敬様なら……?」

「はい」

驚いたような勝美の声に千砂は、勝美を見る。千砂の視線に気付くを苦笑する。

「実は私も晴彬様も義敬様だけは敵に回したくないのですよ」

千砂は目を見開く。暫くしてくすくすと笑い出す。

「私も聞いたことがあります。父上は勝美様のことを誉めていましたし、あのような勇猛な部下が欲しい……と」

千砂の言葉に何と答えてよいのか分からなくなった勝美は、笑っている千砂に先ほど聞きたかったが聞き辛かったことを尋ねる。

「何か気にかかるようなことがありますか」

勝美の言葉に千砂の笑いが止まる。

勝美はこの千砂という女性は正直な人物だと思っていたが、どうやら想像以上に正直な人間らしい。それは美衣との会談で拍車が係ったのだが、それを椋実の男たちが知るよしもない。

「どうして、私の話を信じたのですか?」

勝美はその答えに満足する。

白良城襲撃の衝撃から落ち着いた千砂が、一番に感じた疑問はその一点だった。すんなりと事が進みすぎている、という実感があるのだ。

「晴彬様と勝春と高脩と私とで話し合ったのです」

「私の話がどこまで本当のことか、ですか?」

「いえ、貴女を何処まで信用できるか、ですよ」

「………私を?」

千砂は不思議そうな顔をしている。

千砂の戸惑いは勝美にもよく分かる。勝美たちは話の内容より千砂の人となりを見ていたのだから。例えば、風千代や美衣に対する態度や発言を見ていたのだ。

「短い時間でしたが私なりに貴女を見てきました。貴女ならば嘘は吐くまいと思ったのです」

千砂は黙り込む。随分長い時間沈黙を守っていたのだが、千砂は微笑みと同時に勝美を見て答えた。

「ありがとうございます。私を信用なさってくれたのですね」

千砂はそう言うと深呼吸をした。

暫くして、千砂が勝美に声をかけた。

「私も晴彬様や勝美様のことを信用しています。

椋実の秘策と戦術は教えていただきました。お礼にお教えします、白良城の構造を」

勝美は千砂の言葉に再度驚かされる。

正直ここまで千砂の頭が切れるとは思っていなかった。事実、椋実の秘策を伝えたのは確実に白良城に入れるようにするための条件のようなものだ。しかし、城の構造を知られることはその城を守るもの達にとっては致命的だ。

確かに千砂は迷ったのだろう、と勝美は思う。

しかし、結局教えることにしたのだ。白良を守るために。

千砂には別な思いがあったのだ。晴彬が、勝美が、勝春が、高脩が、信用してくれたことに報いたかった。彼らを信用するに値すると思ったのだ。

何より千砂は晴彬が信じてくれたことが嬉しかった。

千砂は淡々と城の構造を話し始めた。

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