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蓮の伝説9

元々この椋実城の出入りを自由に許可されていた千砂はこの知らせを聞いた直後、千砂へと割り当てられた部屋に篭ったきり出てくる気配は無かった。用事の終わった晴彬は自分の部屋に入って一分も経たないうちに、再び出てきて真直ぐ千砂の部屋に向かう。

「千砂様。入りますよ」

断っても入る、という晴彬の気合に千砂は押され気味に承諾する。

千砂が用件を聞く前に、立ったままの晴彬が千砂の前に竹刀の柄の方を差し出す。千砂はその竹刀差し出す晴彬を不思議そうに見上げるとその反応が気に入ったらしく、晴彬は微笑む。

「体を動かしましょう。私も最近動いていなくて、相手をしていただけますか?」

千砂は驚いて竹刀と晴彬を交互に見る。晴彬はなかなか竹刀を受け取ろうとしない千砂にじれ無理矢理千砂に竹刀を持たせる。千砂が竹刀を持ったのを見ると、満足したように頷く。

「千砂様、動きやすい服に着替えて庭にいらしてください。私も着替えてきますので」

晴彬の遠ざかっていく足音を聞きながら、千砂は自分の前に竹刀を置き目を閉じる。

しばらくすると目は閉ざされたままだがゆっくりと立ち上がる。目を開けると千砂はゆっくりと身支度を始めた。


晴彬は庭の岩に座っていた。

勝美、勝春、高脩、風千代もそんな晴彬の側にいる。何が起こるんだ、こんな非常時に、と城にいる者がチラホラ庭も集まりだしている。

「兄様、本当に来るの?」

風千代の言葉に晴彬が難しい顔をした時、集まった者達の中からざわめきが起こった。晴彬が立ち上がる。それにあわせて、集まっていた集団の一部が道を作るように二分した。

そこに晴彬から渡された竹刀を持った千砂がいた。表情はわからないが、それでも晴彬に与えた衝撃は大きかった。三年前と同じ白い着物、全く同じ姿だったからだ。

晴彬が気持ちを切り替えるように頭を振ると、竹刀を握り締めて構えを取る。

一瞬集団に緊張が走る。え?晴彬さま、その女性と竹刀とはいえ打ち合うの?という空気が駄々洩れだ。

神妙に静まったその空気を吸い込むように、千砂は目を閉じる。千砂が目を開けると同時に晴彬に向かって走り出す。

「早い!」

誰かがそういっているのが晴彬の耳に入る。晴彬も同感だった。三年前より早くなっている。晴彬は即座に判断する。

斜めに振り下ろした晴彬の竹刀が空を切る。晴彬はそれを悟ると同時に竹刀を反転させる。千砂は半歩後ろに後退するが、思ったよりも低い晴彬の竹刀の軌道に千砂の竹刀が少々弾かれる。何とか持ちこたえた千砂は、力を入れずに持っていた竹刀をそのまま上げる。晴彬はそれを半歩ずれることでかわす。

晴彬は姿勢を整えると、すぐさま竹刀を振り上げる。千砂は晴彬の竹刀の軌道を読んでいたようで、竹刀同士の接点を軸に受け流す。流された竹刀は柄が上になってしまう。しかし、千砂はすばやく柄を持ち直すとそのまま素早く下に引く。晴彬の足元にあった千砂の竹刀は、先ほどの千砂の動きで勢いよく上がる。晴彬は後退してそれを難なく凌ぐと、千砂との距離を取るためにさらに後退する。しかし、千砂は竹刀を持ち帰ると間を置かずに接近する。

「こりゃ、晴彬様苦戦するな」

ぽつんと呟いた勝春の言葉に高脩がいう。

「というより、戦いにくそうですね」

晴彬は後退を続けている。逆に千砂は前進を続けている。その間も二本の竹刀はぶつかっている。

「兄さま、押されてるの?」

風千代は兄が世の中で一番強いと思っているので、少し心配そうに見守っている。

単純に下がっている晴彬に詰め寄っている千砂、の図にしか見えないのだろう。

「そう見えるか?」

にやにやと二人の戦いを見ている勝春が風千代の言葉にこたえる。

「長所は短所で。短所は長所だからな」

答える気が無いような勝春の言葉に高脩はため息をつく。実際、風千代は不思議そうな顔をしている。

「晴彬様は腕が長い、つまり、間合いが大きいことが長所ですよね。千砂様は早いことが長所かな?短所は力が弱いこと」

「千砂様は竹刀をより短く握ることによって相手に近づかざるを得ない。逆に晴彬様は竹刀を長く持つクセがある。広い間合いはさらに広がるわけだ」

「間合いは広い方が良いのでしょう?」

風千代は二人の会話を聞きながら疑問に思ったことを口にする。

「まぁな。でも、千砂様の間合いは小さすぎる」

「今まで晴彬様あんなに狭い間合い、やったこと無いでしょうから」

勝春と高脩の言葉に風千代が「分からない」と拗ねたように言う。

「慣れの問題です。あの間合いに晴彬様は慣れていないのです」

「だから勝手知ったる間合いにしようと後退する。でも千砂様は素早いから晴彬様の作った間合いをすぐに埋めてしまう」

で今の状態の出来上がりです。と高脩が続ける。

「じゃ…」

風千代の言葉は尻切れトンボのように消えてしまう。晴彬が後退できないほど下がっている。

しかし、千砂は打ち方を変えようとはしない。晴彬は千砂のやや強めの打ち込みをかわすと、千砂の横に移動する。千砂は返しでそのまま竹刀を振るが、あっさり止められる。晴彬は流すように千砂に打ち込む。千砂は真横に来た晴彬の軌道を咄嗟に柄で止める。柄から手を放し弦を掴むかを一瞬悩む。千砂は弦を掴もうするが、晴彬の動きが早く、竹刀は千砂が触れることなく千砂の後方に離れていく。

カラ……ン

千砂の竹刀が最初に晴彬が座っていた岩に当たり乾いた音を立てる。晴彬の近くにいた勝春たちはすでに、そこから離れていた。水を打ったように静かになった中、晴彬が口を開く。

「昨日も思ったのですが」

晴彬の言葉を遮るように、千砂は晴彬を見上げて口を開く。

「また、負けてしまいました」

「貴女は戦いに向かないのではないのですか?」

千砂の言葉を無視して晴彬は続ける。

「………かも、しれません…ね…」

小さな呟きに晴彬が再び口を開こうとしたとき、庭に一人の男が慌てたように入ってくる。

男は荒い呼吸のまま晴彬の前に来ると頭を下げる。晴彬の顔が一瞬険しくなる。その男には白良と陸路兵の戦の密偵として様子を見させていた男だったからだ。

男は息を整えるように深呼吸する。

「春日、河浜の陸路兵の進路が変更されました」

「……どちらに向かった?」

男がちらりと千砂を見る。その動作に晴彬は嫌な予感がした。

「……白良城の方向に…」

言いにくそうに男が言うと勝美や勝春等が一斉に千砂を見る。千砂は目を見開いている。晴彬は軽く舌打ちすると男に尋ねる。できれば千砂の耳を塞ぎたいが、千砂は気丈にも聞くことを選ぶだろうことはここ数日で簡単に予想はできる。

「義敬様と敬影様は?」

「ご無事です。命にかかわるようなけがはなさっていません」

それを聞いた晴彬はいつものように落ち着いた声で尋ねている。千砂が強張った状態ながらも、安堵したようなため息をつく。が、変わらず呼吸は浅い。

「白良城が攻め入られるのは、いつごろになるか分かるか?」

「早くても明日の早朝か、と」

千砂は完全に落ち着きをなくしていたので、気づくことはなかったのが、この椋実城の誰もが千砂の持ってきた情報を信じた上での会話をしている。話を持ってきたのは昨日の朝だといことを考えると、この対応の早さにも千砂は衝撃で気づけずにいる。

「勝美」

呼ばれた勝美は無言で晴彬に近づく。

「ここから白良城まで、明日の早朝までに行けるか?」

「……可能です。すぐにここを出れば、の話ですが」

高道(たかみち)叔父上」

高みの見物を決め込んでいた高道は、自分の名前が呼ばれて驚く。高道は晴彬の一代前の椋実家の領主だった男だ。慌てる高道に晴彬はいつもの口調で続ける。

「しばらく、私は城をあけます。母上と風千代を頼みます」

「……確かに」

「千砂様」

高道同様呼ばれるとは思ってみなかった千砂は、反射的に晴彬を見る。

「いいですか?よく聞いてください。勝美と一緒に白良に行ってください」

千砂はその言葉を理解すると同時に首を振る。

「私は、人質です」

震える言葉を晴彬は無視する。確かにそうだ、と晴彬は思う。

千砂はこの城にいた方が絶対的に安全だ。そして、千砂を椋見に残すことと白良に戻すこと、椋見にはあまり影響はないが、千砂には大きな違いだ。

晴彬は戻すことを直感的に選んでいた。

「千砂様の情報は正しかった。それに今回の人質というものは、椋実にとって不利に働くときにのみ有効なものです。今はむしろ白良が危ないのですよ?」

「ですが……」

なかなか首を縦に振ろうとしない千砂に晴彬は、静かに話し掛ける。

「先ほどの私の言葉は取り消しましょう。貴女には守りたいものがあるのでしょう?だったら貴女の手で守りなさい。義敬様には後で私が説明します」

「晴彬様……」

途方にくれたような千砂の声に晴彬の言葉に従うような響きはない。晴彬がそのことに気づくと敢えて声を荒げる。

「従いなさい!千砂」

晴彬の声に千砂は息をのむ。しかし、晴彬は構わずに続ける。

「いいですか?千砂。時間を稼ぎなさい。城に白良兵をすべて収容してけが人を片っ端から手当てなさい。全ての門を閉じ、敵を侵入させてはいけません。もし、侵入されたのなら可能な限り追い出すのです。最悪の場合は無理に門を閉じて侵入したもの全てを排除しなさい。

私が動くには時間がかかります。ですので、勝美をお貸しします。

助けに行きます。必ずです。いいですね?それまでは勝美と持ちこたえてください」

「……晴彬……様」

ようやく頷いた千砂に晴彬は安堵する。勝美に向かい千砂は深々と頭を下げている。

高道は隣に義姉の美衣に言う。

「すごいな、晴彬は。私は千砂という娘の話を全く信じてはいなかったのだが、どうやら真実だったようだな」

美衣はくすりと笑う。高道の言い分に笑ったのか、庭で千砂にぴったりくっ付いている風千代がおかしかったのか、よく分からない。

「だから晴彬に家督を譲った?その判断できる分、愚将にならずにすんだわね」

「こりゃ、厳しい」

美衣はちらりと高道を見、すきび返すと自室に戻っていく。

「助けに行く…ね、偉そうにして。私の仮病も分からないなんて、まだまだ子どもね」

くすり、と笑いつつも美衣は自分の息子の成長を少し誇らしく感じていた。

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