隣の部屋のプリンセス
「……綺麗だなぁ」
外では春風に揺られる桜が咲き始めている。窓の外を眺めながら三浦和也は呟いていた。
ここはアパートの二階の角部屋に当たる。立地は非常に良く、目の前には川が流れておりその両サイドには桜が植えられている。毎年花見の時期には遊歩道には出店が立ち並ぶため、花見客で賑いテレビでも取り上げられるほどだ。
引っ越してきてから1ヶ月が過ぎ、若干の生活感が部屋にはある。間取りは1DKで無駄なものは置かないように整理整頓している。最低限の家具を置き、バルコニー側に配置したシングルベッドが部屋で過ごす定位置となっている。
そして大きなクローゼットにはお気に入りの服たちがびっしり収納されている。この物件はクローゼットが大きいことが決め手となったといっても過言ではない。
初めて生まれ育った街から出て一人暮らしをするため、最初の3日間程はドキドキとワクワクが抜けなかったがら徐々にそれもなくなる。1ヶ月近く経てばアパートの周りに何があるかも把握し、新鮮味のない日々を送っていた。
アパレル業界ではアルバイト、社員関係なくシフト制のため平日が休みであることが多い。現在は3月26日の火曜日、午前10時を過ぎたところ。
ピンポーン。
チャイムが鳴り、ドアの方を振り返る。大好きなネット通販は貯金をするために最近は控えている。
(まだなんか届いてないものあったっけな…?)
頭を掻きながら玄関のドアを開けると。ふわっと風が吹き込み柔らかく髪を撫でた。鼻孔をくすぐる甘い香り。そして何よりも目を奪ったのは、そこに凛と立つ女性。
「初めまして、隣に引っ越してきた須藤です」
「あ、どうも…」
どこからどう見ても、誰が彼女を見てもきっと思うだろう。
(あー膨よかなおばさんだなぁ)
目の前に立っていたのは50歳前後のおばさまだったのだ。隣の部屋に誰も住んでいないことは知っていたため、良からぬ妄想をしたりなんかした。とんでもなく美しいお姉様が引っ越してきて、ご飯を分けに持って来てくれたら…なんて妄想はこの時をもって儚き夢と化した。挨拶も済ませたので部屋に戻ろうかと思っていると…。
「ほら、あんたが住むんだからしっかり挨拶しておかないと」
何を一人で喋っているのかと思いもう一度おばさんの方を見た時、またしても目を奪われた。おばさんの後ろから動く影が見えたのだ。その影はゆっくりと人の形をしていき…。
「…うぅ……」
「…初めまして、今日から隣に住む須藤姫奈です……」
春風に艶々の黒髪を揺らし恥ずかしそうに頬を赤らめている彼女。真っ直ぐにこちらを見つめる大きな瞳はまるでブラックホールのようで吸い込まれそうになる。
気づけば和也は漏らすように呟いていた。
「お姫様みたいだ……」