五話
「ぬああああああああ!」
右へ、左へ、また左へ。俺は読まれないように蛇行しながら粘液を避ける。しかし、なんだって透明な俺の姿をとらえられてんだ?!
「おい! なんで俺の場所がわかる!」
『ちょーっと考えりゃわかる! てめえの足跡はしっかりついてんだよぉ!』
言われて足下を見る。無我夢中で駆けてるうちに、いつの間にか俺は運動場の上。すなわち足跡のわかりやすい土の上を駆けていた。そりゃわかるわな!
『おらぁ! 逃げるだけか能がねぇ!』
仕方ないだろ! こちとらどんな力が自分にあるのかすらわかってねぇんだ! せいぜい火事場の馬鹿力ぐらい出れば……。
……火事場の馬鹿力?
『ちょこまかとぉ!』
聞き覚えがある。少し前、今日のことだったはず。確か、三島理恵を助けるときに。俺はどうして常人じゃありえないあの距離を詰めることができた?
一つだけ仮説を立ててみよう。
俺はただ透明になっただけではなくーー人間の活動限界を超えた、スーパー透明人間になっているとしたら?
だとしたら、戦わずして何が男か!
「おい! そんだけやるなら俺にも考えが……」
勢いよく振り向く俺の視線の先にーー男が、いない。
馬鹿な。先程までなんなに意気揚々と俺の事を追ってきていたのに。いや、まだ近くにいるはずだ。
男の姿を探す。すると、なんと男は校舎裏にまた戻ろうとしている。なぜだ?
いや、理由は一つ。おそらく校舎裏にまだいるであろう。少年と三島理恵を襲いに行くのだ。
そうとわかれば突っ立っているわけにもいかない。
「さあ、俺の仮説はあってるかなっと!」
ぐっとふくらはぎ辺りに力を入れーー土を踏む。
俺は高校二年生に測ったのがラストだが、その頃ですら7.9秒と、運動の方はあまりよくなかった。
だが、どうだ。
俺のいた所から校舎裏まで、およそ直線距離で百メートル。それをなんと、五秒足らずで駆け抜けることができてしまった。
「ど、どうだぁ?! げほっ、ぶはぁっ!」
ただの社畜の体にはそうとう不可がかかるようだ……。と、そんなことはどうでもいい!
『あ?! もう追いつきやがったのか! ……ちっ』
男子中学生に溶解液の魔の手が迫る寸前。俺の声に振り向く男は、苛立ちを隠さずに、感情のままに溶解液を垂れ流す。
『……なんでかよお。惹かれるんだ』
「……なんの話だ」
男が、唐突に話を始める。
『本当は、てめぇをどろどろに溶かしてから、こいつらを殺るつもりだった。……だがよ、この小娘。こいつが気になって仕方がない』
言って、男は背後。流れるままの溶解液による被害に困惑し、慌て逃げていく三島理恵を指さす。
『なんでかなぁ。おい、わかるか?』
「……いや、わからんな」
だが、強いて言うならば。俺はあの時彼女を守った理由を知らない。自分で勝手に守っておいて変な話だが、ただの正義感ーーだけではないのだ。
『一個だけ心当たりがあるとすれば、もしや、あの小娘は何か俺達の重要なものを握っているのかもしれない』
「どういうことだ?」
『知らねぇなぁ。忘れっちまった自分の名前とか、家族とかじゃねぇの?』
自分の名前……自分の家族……。
あ、れ?
「そういや、俺にもねぇな、そこの記憶」
『やっぱりか。俺が今まで溶かしてきたやつもそうだった。……もっとも、戦闘しか知らねぇ狂人どもだったがな』
先程とは人が変わったかのようによく喋る。敵意も感じられない。
「……なあ、さっき、俺たちを殺そうとしたのも」
『……やっぱりかぁ。そろそろ、俺も限界かもな。化け物は化け物になるように作られてんだとよ』
寂しげに笑い、男はーー
『ーーだから、戦って、そして殺してくれ』
「俺に、そんな力があるかはわからんがな」
『じゃ、お前が死んでくれ』
「断る!」
俺は横にはねとび溶解液を躱すーーことはしなかった。
『……おいおい。真正面で受け止めやがって。何して……っ!』
やっぱり、正解だった。
今の俺はどうやらーー
「お前よりも、強いらしい」




