四話
俺は咄嗟に身構える。防衛本能が体を動かす。
なんだ、こいつ……。
いや、待て。一概に見た目だけで悪いやつとは言いきれない。俺みたいなやつもいるのだ。こんなやつがいたっておかしくは
『ぐへ』
後ろにはね飛ぶ。瞬間、俺の元いた位置を茶色の粘液が汚した。よく見れば、じゅうと音を立てながら地面を溶かしているようだった。
「いやいやいやいや……」
おかしいだろ? 信じられないが、信じねばならない。
こいつは、害のある、化け物だ。
『ぐじゅじゅぅ』
「気色悪い鳴き声だな!」
とにかく、人気のない場所へ誘導しなければ!
「俺じゃ手に負えねぇ!」
ところ構わず溶解液を撒き散らすその化け物に注意しつつ、俺はなんとか校舎裏まで誘導させる。さあ、ここからどうするか……。
「あ、あのっ!」
ビクッと肩を揺らす。……驚かさないでくれよ。俺はこいつで手一杯……。
「俺と、付き合ってください!」
……?
状況を整理しよう。
「え、えっと……」
校舎裏に透明人間と化け物。それと告白をした男子中学生と――三島理恵。
いや、さっきまで部活やってたやん……。
と思ったが、よくよく見れば二人ともジャージ。つまり、同じ運動部で、この男子中学生が勇気を出してここに三島理恵を誘い、今に至ると。
なんかこれ、やばくね?
『ぐじゅ、ぐへへへ』
ほら、案の定この化け物なんか反応してるし。まあ俺も驚いて何もできないんだけども。
『こういうシチュをぶっ壊すのが夢だったのさぁ』
ふと、俺の脳内に直接言葉が送り込まれてくる。
こんな常識じゃありえないことができるのは……まあ、目の前のこいつだろう。意思疎通がとれるとでもいうのだろうか。
「……えーっと……俺の声、通じる?」
『ああ、もちろん。ま、俺もダメ元でテレパシーみたいなもんを使ってよかったなぁ』
そう言って、ゆらゆらとその体を揺らす化け物――いや、一人称からして男だろうか? とりあえず、男と仮定しよう。
改めて見てみると、その男は人の形をしていた。ただ体の周りが奇妙な色合いの粘液に覆われていると言うだけで、本体の形は太った中年男性のような姿をしている。
「んで、このシチュをぶっ壊すのが夢だと?」
『ああ、そうさぁ。今までさんざん人間にはコケにされてきた。それがどうだ! この力!』
突然興奮状態になり、男がばっとこちらを向くとそれに合わせて粘液が飛び散る。
「きゃっ?!」
「うわぁ?!」
その音に気づいてか、男子中学生と三島理恵もこちらを振り向く。
「……なんだ、今の音」
「さ、さあ……」
きっとこの男子中学生は思っているはずだ。「雰囲気を壊すなよ」と。しかし、俺にはそれに哀れむ感情を抱いている暇はない。
『今までいじめられっ子としてよぉ! 小中高大! 頑張ったさ! ああ、頑張ったとも! 社会人になれば幾分かましだろうと思ったらようあのクソ上司!』
その感情はとどまるところを知らず、心なしか男の体を覆うその粘液の量も幾分かまして見えるではないか。俺は危機感を抱かずにはいられない。
『だが俺は選ばれた! 常人には視認されず! だが強大な力! それを手に入れることができたんだ! 願ったり叶ったりじゃねえか! 俺はなぁ、今からこの力で復讐してやるんだ。人を溶かすのなんて容易いもんなぁ!』
「ま、まあ落ち着けよ」
『……あ?』
ギラリ。そう効果音があるように見えた。
『……止めるつもりか』
「いや、止めるとかじゃなくて、な? もっと有意義に使えるだろ?」
『……例えば?』
「ほ、ほら。溶接業とか、工事現場とかで活躍でき」
言いかけた俺の言葉を、俺の体の輪郭をなぞるようにして出された溶解液が遮る。おそらく、背後の壁には人型ができていることだろう。
『馬鹿にしてんのか、てめぇ』
静かに怒る男。横では二人が悲鳴をあげ、困惑している。
「いや、そんなわけじゃ」
『じゃあどんなわけだってんだ』
まずい、これは確実に地雷を踏んだ。だが、俺にはこいつを止められるぐらいの力なんてない。
「……ま、まあまあ」
『てめぇ、殺すぞ?』
男が言い終わる前に、俺は右足を踏み込んで、男の左を走り抜ける。
『逃がすかよぉ!』




