二十一話
ふと切り離された触手がどうなったか気になった俺は、死神の視界からその顛末を追った。
なんと、それは落下する前に空中で消滅してしまった。
『死神。周囲の被害は気にしなくてよさそうだぞ』
「なら、あとは簡単だな」
この透明人間の体に慣れ切った死神が、あとは任せろと言わんばかりに指を鳴らす。これじゃまるで主人公だ。
そしてタコ男はといえば、切り落とされた触手を呆然と見つめていた。もう人だったころの姿の欠けらも無い顔で。
「あ、あぁ……?」
「どうした。たったそれだけのことで心が折れたとでも?」
「おれはぁ、おれはぁ、このせかいを……」
今にも泣きだしそうな口調で、タコ男はぶつぶつと語り出す。
「おれはぁ、おれをころしたあいつらを……ふくしゅうするんだ、なのに……」
しかし、その口調ははっきりしたものに変わっていく。
「俺は、まだ何もしてない。何もしてないんだよ! せっかくの能力も! ここまで積み上げた野望も! 計画も! 何も成してない! あいつとの、約束も!」
それはまだ残っていた人間の言葉だった。
「だから! 死なない! 死ねねぇんだよおぉ! 嘘をついたまま! あいつはこの世に残せねぇ!」
十八の触手が、孔雀の羽のように広げられる。それはとても綺麗と言えたものではなかった。
だが、先程までの狂人も、もういなかった。
そこにいたのは、必死に生きる一人の人間だった。
ただ願いを叶えるために、ただ、誰かのためになるように。
そんな人間が、そこにいた。
男は、これで終わりにしようと、全ての触手を俺たちに向けて放つ。
そして、俺達も心を決めた。
「……え?」
ふと、困惑したような声がした。
その方向を向けば、いたのはーー一匹の猫。
そう、三島理恵に取り憑いていた、憑依の能力を持つ、タコ男に騙された少女。
「うそ、なんでーー」
男もその存在に気づいたようだった。
だが止まらない。止めることは出来ない。男もーー俺達も。
「ーーあぁ……」
十八の触手は、宙に消え去った。猫は、そっと顔を背けた。
「……ごめんな。俺、嘘をついてたんだ」
男が、消えゆく体を必死に動かし、猫の元へ行く。
「能力者はな、みんな、誰にも見えないんだ。ごめんな、嘘をついて。お前にーー友達を、作ってやれなくて」
猫は、その柔らかな毛を涙で濡らした。
「ありがとう、透明人間くん」
「……罪悪感は、すごいな」
「ははは、そうかい。……ありがとう」
改めて、男は感謝の言葉を述べる。
「俺を、止めてくれて。誰も殺したくないんだ。ほんとは。……でも、こうなったのは俺自身の責任だ。受け入れよう」
その表情は悲しげだ。しかしそれを隠すぐらい、声ははっきりとしていた。
「ありがとう。君は俺のヒーローだ。……俺みたいに苦しんでるやつを、救ってあげてくれ」
「……お前も、男だったよ」
「そりゃ、いいなーー」
涙が一つ。光の中から零れて、地面に染み込んで、消えた。




