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透明ヒーロー  作者: 今野 春
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二十話

「くっくっく……成功だ!」


俺の前で、あのタコ男が笑っていた。


「馬鹿め! 油断しやがった! これでこいつの人格もぐちゃぐちゃだ!」

「それはどうだか」


俺の言葉――死神の言葉に、タコ男がぎょっとする。


「……なんだと?」

「強い能力者は弱い能力者の能力を受け付けないらしいじゃないか。ありがとう。おかげで俺たちは元に戻ることができた」


皮肉なものいいをするものだ、死神は。俺は死神の中で喉で笑う。


しかし、人格が入れ替わるというのはこんな感じなのか? 死神の感覚を通して感じる世界は、まるで操作されるキャラクターになったようだ。


だが、そんなことはどうでもいいだろう。


今はこれを見るのが楽しい。


「俺が、死神。殺し屋の死神だ。――とくとご覧あれ」


死神がそう言って、壊れた柵を槍のように扱いタコ男に急接近。


「――舐めるなぁ!」


タコ男はそれに対して触手で応戦する。右からの薙ぎ払いをガード。すかさず反撃に出ようとするが、その触手は死神の足に蹴り飛ばされ、大きくタコ男の体勢を崩した。


そこにすかさず自由になった槍での突き。


「ぐっ」


なんとか触手で防いだようだが、その触手には穴が空き、赤い液体が砂にしみこまれていく。


「観念しな」

「……やだね。俺は諦めんよ。たとえ自我が無くなってもなぁ!」


狂ったように叫んで、男が触手を首に突き立てた。それも――あの人格を分離させる白と黒の触手を。


「……血迷ったか?」

「血迷った? そんなことない? ないよ? ないさ。そんなこと、なあああああい!」


完全に狂った。タコ男の体が、異様な膨張を始める。


「人格の分離? 俺ならなぁ! 自己強化だってできんだ! できるんだよぉ!」

「その代償が正気を失うというのなら、それは愚策ってやつだろう」

「力が全てだろぉ?!」


口調まで変わってしまった。どうやらタコ男はもうダメらしい。


『死神。もうどうしようもないぞ』

「ああ、わかってる。……が」


うっすらと俺の首筋に汗が伝ったのがわかった。


そこで俺も理解する。


この死神は、確かに強い。武器の扱いも、体の使い方も一流。プロの殺し屋だ。


だが、それは対人の話。さらにこちらは素手。素手でやれることなんて限られているのだ。


しかも、ここまで巨大化するとは……。


「……アパートと同じサイズか。クレイジーだな」

「ほぉめことばぁとうけとろぉ」


なんとも間抜けな声を出すタコ男に、死神も俺も苦笑と冷や汗を隠せない。


さて、どうしたものか。


『死神。俺達の体はそれなりに強化されてるからな?』

「……信じるぞ」


タコ男の丸太のような触手が俺たちに向けて振り下ろされる。


それに向けて、死神は腕を交差させ防御の姿勢。


「……ぐっ」


とてつもない質量に、死神が息を詰まらせる。だが、なんとか受け切り、思いっきりはじいた。


「なるほどな。自分の思ってた以上に強化されている」


そう言ってうっすらと笑う死神。


しかし、すっかり俺は蚊帳の外だな。死神任せじゃないか。


『力になってやれなくてすまんな』

「何を今更」


タコ男が、今度は二本の触手を振り上げる。


防御は効かない。俺はそう悟る。だから、死神の行動に驚いた。


振り下ろされる直前ーー振り上げられた片方の触手へ向けて跳躍し、その勢いのまま右足は刀のように振り切られる。


「がぁっ?!」

『なっ……』


今にも俺たちをその重量で押しつぶさんとしていた二本の触手は、瞬く間に死神の足によってーー切り飛ばされてしまったのだ。


思わず俺も絶句してしまう。そんな俺に、死神は言った。


「自分の体と一人の人間を救うんだ。安いもんだよ」


もう一人の俺は、格好よく笑った。

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