十八話
「……さて、と」
俺は戻ったばかりので寝ぼけたような意識を無理矢理たたき起こし、そして周りを見渡す。
そこはどうやら何かの会場のようで、テニスコート二面分ほどの室内には、上品なドレスを身に纏った女性に、整ったスーツを着こなす男性が三十人ほど談笑していた。
俺はその部屋の最も後ろにいるらしく、俺の右には扉と厳つい警備員。前を見れば一段高いステージがある
だが、そんな中にいても俺は誰にも気にされなかった。どうやらここでも俺はまだ透明な状態らしい。
どうしたものか。ここから何をすればいいのか見当も付かないぞ。まあ様子を見るとするか。
俺はよっこいしょとふかふかの絨毯に腰を下ろした。それと同時、ステージに一人の男が現れた。司会なのだろうか。
「皆様、本日はお集まりくださりありがとうございます。一つ確認を。本日は残念ながら麻薬、拳銃の持ち込みは禁止となっていますが、大丈夫でしょうか」
……いきなり物騒な名前が出てきたな。
麻薬、拳銃。おそらくは、表には出れない裏の人間の集まりなのだろう。そう察した途端に、俺は果たして何を見せられているのかと思ってしまう。
まさか、前の俺がここにいる、なんてことはないだろうな……。
どうにも嫌な予感がするが、ひとまず続きを見よう。
「どうしてもと言う方は、扉を出て右手に喫煙室がございます。……何を吸ってもかまいませんので、ご自由にお使いください」
そう司会が言った途端に、ひそひそと俺から一番近いところの男女が話し始める。そして、懐から小さな紙包みを取り出した。
やばい雰囲気しかしない会場だ。俺が透明じゃなかったら即逃げている。
その後、少し司会の男が喋り、会場の人々が飽きてきた頃。
「それでは、皆様お楽しみください」
ようやく男が舞台裏へ退場した。すると早速何人かの人間が俺の前を通って扉から出て行く。みな一様に落ち着きが無かった。
俺もなんだか飽きてしまい、ちょっと扉を出て探索してみよう。そう思って立ち上がった時だった。
「――最後に一つ」
男がまたステージに現れた。
いい加減にしてくれ、と会場の人間が一斉に男に冷ややかな視線を向ける。
それを受けて尚、男は笑った。
「――最後の一時を、お過ごしください」
会場が凍り付いた。
察しの良い人間の行動は早かった。俺の左、壁にもたれかかって眠そうにしている男性が、壁から離れ早々に会場を後にした。次の瞬間。
パンッ。
乾いた火薬の弾ける音。司会の男から一番遠い警備員が銃を構えて――その体勢のまま、崩れ落ちた。それも運悪く扉の前に魂の抜けた体を横たわらせて。
瞬間、会場の全員が理解する。
「こ、殺し屋だー!」
そこからは一瞬だった。
逃げる客、持ち込み禁止の拳銃を構え応戦しようとする客。その全員が――男の持った武器を見て目を見開いた。
厳つい黒光りするガトリング。
それが火を噴く。
――そして、ものの数十秒。会場は真っ赤に染まった。ふかふかの絨毯も、俺が立っている足下以外、血に濡れてべっとりとしている。
「――ふぅ、一仕事終えたな」
そう男は言った。
その男は首下をぐっと掴んだかと思ったら、なんとその顔を剥がした。否、仮面を取った。
その下から現れたのは、優男と言って差し支えない、柔らかな微笑みを称えた男。と思えば、その口が凶悪に歪んだ。
「くっくっく。やっぱ楽しいねぇ。わざわざ危険を冒してまでガトリングを持ち込んだ甲斐があった。どれほど苦労したか……」
どうやら、自ら上げた難易度を攻略できたのがよほど楽しいらしい。
そして俺は理解する。
――こいつは、俺だ。
「だけど、一人倒し損ねたな」
そう誰かに言い聞かせるように、大きな声で言う。
その視線は――俺をとらえた。
「なあ、お前は俺だ。だが俺じゃ無い。なら、いらないよな?」
そう言って、ガシャリとそのガトリングを構えた。
しかしおかしい。
あのガトリング、弾がついていないのだ。
「なあ、俺。弾切れだぞ」
「ああ、大丈夫だよ俺。ここは夢の世界だ」
なるほど。これは単なる回想だということか。ならばあの溶解液男も、夢の中で自分と対決しているのだろうか。
なんて、よそ見をしている場合ではないか。
回想なのだ。俺は無敵じゃ無い。
「勝った方が俺になるんだ!」
「――俺は、三島理恵を守らねばならんのでな」
ぐっと、体に力をこめた。
「負けないぞ?」
「ああ、俺もそんな気はねぇ。だが最後に教えてやるよ」
にたぁと口角がつり上がるその顔に、優男の印象などどこかにかき消えた。
「コードネーム『死神』の恐ろしさをなぁ!」




