十五話
……どういう状況だろうか。
目が見えない三島理恵の母親に見られている。ついでにリビングでお茶も出してもらっている。
……いや、ほんとどういう状況?
「あの……」
「どうかしました?」
「なんで俺の声と姿が認識できるんですかね……」
「ああ、簡単なことよ」
そう言って、理恵母は自分の右手で目を、左手で耳を指さす。
「見えなくなったり、聞こえなくなったら、普通は見えない聞こえないものがわかるの」
どういう理論……。と唖然としていると、「冗談よ」と言って笑った。
「まあ、ほんとは主人と関わったからなのだけどね。目も耳も、あとあの子も」
あの子、というのは三島理恵のことだろうか。
「きっとあのこたつむりからいろいろと聞いているのでしょう?」
言い方可愛いな。こたつむり……。どっちかっていうと蛸壺か? まあいい。
「まあ、そうだが」
「やっぱり。じゃあ、改めて自己紹介をしようかしら」
理恵母が、見えない俺の方をきちんと向く。
「三島理恵の母親の、三島花です」
そう言って、頭を下げる。
「……すまないが、名乗る名前がなくてな」
「あら、そういえばそうね。みんなそうだわ」
とりあえず会釈だけ返しておく。
「ご丁寧にどうも。それでは、本題を。なぜここに?」
……そういえば、なんでここに来たんだっけな。あ、そうだ。偽理恵がドッペルゲンガーをしている時、本体がどうなっているのか気になって……。
まずい。すごい言い出しづらい。
「……えっと、ですね」
「そんな、敬語じゃなくても」
「いや、あの、大変申し上げにくいのですが……」
「ええ、言ってご覧なさい?」
……余計言い出しづらいんですが。
「……好奇心です。えーっと、ドッペルゲンガーってご存じですか?」
「ええ。あの、うちの理恵の姿をなさっている子でしょう? きっと本人は気づかれていないと思っているのでしょうが、バレバレなんですよ」
驚いた。普通にバレてんじゃねえかあの偽理恵。というかこの人――花さんは、一体どこまで気づいているのだろう。
それを聞いてみたかったりもするが、本題からずれてしまうので後で聞くことにして。
「あの偽理恵がドッペルゲンガーをしているときって、本体はどうなっているのかと思って」
「ああ、そういうことでしたか。ならばお答えしますよ」
はたしてどうなっているのだろう。花さんの返答にどこかワクワクする。
「いません」
……ん?
「いないっていうのは……」
「透明人間さん。あなたはだまされているんですよ。ついでに、その偽理恵さんも」
また話がややこしい方向に行ってしまったことを、俺は心の中で察した。ついでに後悔もした。
ため息交じりにどういうことですかと目で訴える。が、俺の目は見えないということに今更ながら気づき、口で言った。
「それはどういう?」
「ええ。その偽理恵さん。本当の能力はドッペルゲンガーになりすますのではなく、憑依する能力なのです。だから、憑依が解けたときに、憑依していた時の記憶の一部を偽理恵さんが持って行ってしまうわけですよ」
そういえば、そんな話もあったな。タコ男は、ドッペルゲンガーになる代わりに、記憶を少しもらっていく程度だと言っていたが……。
「そっちの方が、信憑性がある。……のか?」
「私としては、信じてもらった方が助かるのですが……。あともう一つ。あの男。ひょっとして、とあう一人の男に気を付けろと言っていませんでしたか?」
「……言っていた」
あの溶解液男のことを。
「それ、私の夫なんですよ」
……は?
また一気に話がややこしく……。
「付いてきてください」
そう言って、花さんに連れられるがまま、俺は一階のとある部屋へ。そこは、まるで一人の会社員の部屋のようで。
「……理恵には、ここがお父さんの部屋だと言ってあるんです」
そう悲しそうに笑いながら、クローゼットを開けると、そのクローゼットの中は真っ暗な闇だった。窓から差し込む光があるのに、だ。
そこだけ、別の次元に切り取られたようだ。
「さ、中に入りますよ」
「……わかりました」
俺は、花さんに続いて、漆黒の闇へ足を踏み入れた。




