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八章

 あれは確か、高校二年の夏だったろうか。

 ある日、親にパルクスに話しかけているところを見られてしまった。



 高校に入ってからのあたしは、中学の頃とは違い、パルクスと楽しい会話ばかりしていた。いじめなんかの暗い話題より明るい話題の方がパルクスも好きらしく、話をするたびに顔を綻ばせて「きゅ! きゅ!」と鳴いていた。そんな顔を見るとあたしももっと話したくなって、毎日飽きもせずに高校での出来事を語っていた。


 夏休み前の期末テスト最終日、昼過ぎに帰っていたあたしはリビングでお昼ご飯の準備をしていた。テレビの前のテーブルに焼きそばと飲み物を並べて、その横にツナマヨを置く。平日昼間にあの子と一緒にご飯を食べられる機会はそうないから、浮かれていたんだと思う。


「パルクス、ご飯出来たよー」


 押入れの中にパルクスを呼びに行く。ご飯の準備ができたことを伝えると、寝ていたはずなのに一気に覚醒してぴょこんと飛び跳ねる。心なしか目が輝いている。現金なものだ。

 ご飯を食べながら今日のテストの出来について色々話した。


「数学と世界史のテストだったんだけどね、あたしその辺苦手だし、先生も気合入れて作ったらしくてすっごく難しかったんだ。でも点数低くても平均点下がればいいなーって、あはは……」

「きゅ~……」


 あたしを見る目に憐れみと呆れの色を感じる。視線をそらさないまま前足でテーブルをたしったしっと叩いた。「しっかりしなさい」という意図が痛いほど伝わってくる。ペット同然の動物にお説教されるのってなんだか凹む……。


 最近では前にも増してパルクスは言葉を解す仕草を見せる。「ご飯だよ」と言うと飛び起きるし、

「やっぱり嘘」と言うとしょげる。完全な双方向の意思疎通が図れている訳じゃないけど、控えめに見ても言っていることは理解している。そういうところが動物のペットともちょっと違っていて楽しい。


 ご飯が終わってから、バラエティ番組をぼんやり眺めてあたしたち一人と一匹は話し続けていた。取りとめのない事ばかり。夏の暑さはうんざりするよね、とか、夏休みどうしよっか、とか。


「暑くなるのはわかってるからねー。結局家でごろごろしてるかなぁ」

「きゅー」

「一度くらいパルクスも家の外に行ってみたいでしょ? いっつも家の中だもん」

「きゅ!」


 元気に頷く。よく分からない生物だけど、走り回ったりしたいのは同じだよね。


「できるだけ涼しくて、人がいないかパルクスを見られても大丈夫そうなところじゃないとね。どこかにあるかな……」

「きゅぅぅ……」


 一緒に頭を捻って、とりあえず行けそうなところを思いつくままに挙げていく。


「近所の公園!」

「きゅぅ……」


 パルクスは首を横に振った。


「ぷ、プール!」

「……」


 鳴き声さえ出なくなった。細い目が呆れている。


「図書館!」

 たしっ。前足で駄目出し。


「うー……」

 予想以上に難しい。たしったしっ。急かされる。


「路地裏!」

 パルクスの目はまん丸くなり「それはないわ」と言いたげになった。むー。


「そんなに文句あるならそっちも考えてよー!」

 むきになっていた。


「いいじゃん路地裏。人いないし、涼しいし」

 会話に夢中になっていた。


「他にいい案ないでしょ?」

 だから、気付かなかった。


「友達が来てるの?」

 そこには、不思議そうな顔をしたお母さんがいた。

 時計は五時を指していた。



 やばい。

 と思ったと同時に、ついに来たかという諦めを感じていた。いくら大人しくてもマンションの一室に動物を飼っていれば、バレるのは時間の問題だと思っていたからだ。

 覚悟を決めてあたしは首を横に振る。


「友達が来てるんでしょ?」


 嫌な予感を振り払うように、お母さんはもう一度言った。その表情は願うようだった。


「違うよ」


 もうこれ以上は隠し通せない。

 あたしはパルクスをよく見えるようにお母さんに向かって掲げ、説明した。


「名前はパルクスっていうの。かわいいでしょ。昔から飼ってるの。このマンション、ペット禁止だからなかなか言い出せなくて。ごめんなさい。でも大丈夫! この子、鳴いたりしないし、おとなしいから走り回って音立てること無いし。ご飯は時々ツナマヨあげるだけでいいから、エサ代はあたしのお小遣いから出すから……このまま飼ってもいいでしょ? ……どうしたの? ……お母さん? どうして泣いてるの? お母さ……」


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