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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第三章 完成していくパズル

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第81話 継承と喪失

 そこは広い聖堂のような場所であった。
 否、宗教的な意味での聖堂ではない。
 無機質な崩壊期以前の遺跡を現代の調度品や祭壇で飾り立てた酷くチグハグな、それでいて一種の静謐さが神秘性を生み出しているようなそんな広いホールのような場所。
 灯りはなく来賓を持て成すための簡素な椅子が並ぶだけの本当に儀式の為だけに整えられた場所の奥。
 そここそがこの場所の本当に重要な場所であるというのに、まるで覆い隠すように後から作られたであろう儀式場の裏側に。

「……これが扉だっていうのか」

 見上げねばならぬほど巨大な一面の壁。
 一見してそこに扉があるとは思えず、僅かな切れ目のような模様から扉だとかろうじて分かる作りは他の遺跡と同様であったがその大きさが桁違い。
 広さはともかく高さは普通の家の二階にまで届きそうな程だ。何の意味があってこのような巨大な扉を設けたのだろうかとアルセスは首をひねる。
 そんなアルセスに説明をしつつもティエナは隣で作業を続けていた。

「扉の横に管理用の端末パネルがありましたから、まず間違いないかと。そして通り過ぎたところにあった段差が恐らくは認証用のチェッカーですね」
「認証?」

 聞きなれない単語にアルセスは思わず疑問の言葉を口にした。
 ティエナが嬉しさをうずうずと顔に浮かばせながらも、必死に表情を取り繕って説明を続ける。そんな状態でも管理用パネルを操作しているのは流石であったが。

「ぬふふー、では崩壊期以前より生き残る知識の申し子たるわたしが説明しましょう。崩壊期の直前における重要施設や物品のセキュリティというのは本人認証と呼ばれるものが採用されていたのですよ」
「それは普通の鍵よりも頑丈だったりするのか?」
「まだこの世界では研究が進んでいませんが、人間の身体が持っている情報というのは非常に複雑かつ同一の情報というのが存在しません。双子とかの例外はありますが」

 カチカチと軽やかにパネルのキーを叩きながらティエナは説明を続ける。
 アルセスはそれを黙って見守り耳を傾けるだけだ。

「例えばアルセス。ご自分の指の裏をご覧ください」
「指の裏?」
「渦巻き状の模様がありますよね? それはかつての世界では指紋と呼ばれていましたが――それが同じ形をしている人は誰一人としていません。個人を特定する情報として非常に重宝されている重要な要素でした。犯罪の現場に残されていた指紋を、容疑者のものと比較して特定したりなどから今言った本人認証のための一要素として取り上げられたこともあります」

 フオン、と小さな音が聞こえたかと思うとわずかに遺跡の周囲から駆動音が混じり始めた。
 どうやら遺跡を起動させることは出来たらしい。相変わらずこの手の遺跡はどこから動力を得ているのかが謎であったが、アルセスにとってそこは些細な問題でしかなかった。

「こうして目に見えるようなものから目に見えないものまで含めて、人間の身体というのはオンリーワンの情報の塊なのですよ。ですので――それらを正確に計測出来る装置を生み出せばより強固なセキュリティとなると考えた人間はすぐに誕生したのです。例えば特定の血族の血を引く人間でなければ開けられない扉、などのような」
「待ってくれ、ティエナ。代替わりをしても機能するようなものなのか、それは?」
「ええ、まるっきり同一の本人でなければ開かないセキュリティから、その人間の血を継ぐ人間であれば問題ないレベルまでと調整は割と自由ですよ? 難しく考えないでくださいアルセス。子どもというのはどこか親に似るものでしょう? それと同じで代を重ねても『必ず継承される』情報というのはあるんです。その一族にしか現れないであろうその情報のパターンさえ網羅すれば、その手のセキュリティを作り出すのは容易かった」

 ティエナは簡単に言うがアルセスからすればまるでおとぎ話のような次元の違う話に聞こえた。
 技術力の違いというものを過去を調べるうえで何度も思い知らされてきたが、もっとも身近である自分の身体、人間の身体でさえ自分たちは完全に把握していないという事実はアルセスに驚きを禁じ得なかった。
 拙いオーファクトを作り出せたと喜んでいる今の人間をティエナは滑稽だと言うが、まさしくその通りだ。入口にすら立ってないのに大はしゃぎしていると分かればその発言がティエナの傲慢さによるものだけではないと納得できようものである、と。

「……そう、操作系統は正常、システムチェックも異常なし。アルセス、この遺跡の大半の機能は生きています。中に入ることが出来れば有用な情報があるかもしれません」
「そいつは朗報だな。それで、強引に開けることは出来そうか?」
「ふっふーん、既にシステムは把握済みです。完全掌握するまでもうちょっとハックしないといけませんけど、それほど時間はかかりません。ちょっとお待ちくださいねー」

 王家の人間が聞いたら憤慨ものであろう台詞を言いながらティエナは操作を続けていくが、その過程で小さく何かを呟いたかと思うとその手を止めた。

「あー……なるほど。アルセス、わたし王家がここを必死に守っている理由が分かったかもしれません」
「また知らなくてもいい事実に気づいちゃったか……どんな理由だ?」
「今、ハッキングの過程でこの扉が開かれたのがいつなのかという履歴(ログ)を見つけたんですよ。アルデステン王国が建国されたのがグラムピア歴にして78年の頃。それ以降、恐らくは代替わりの際に一度は扉を開くという通過儀礼的に儀式が行われていたのでしょうが――グラムピア歴213年、この年を最後に扉は開かれていません」
「……俺はこの時ばかりは頭が悪い方がよかったかな、と思いたくなってきたよ」

 詳しい設計や技術までは理解できない。だが、アルセスとて理解しようと努めるだけの思考力はあったのだ。
 正しい王家の血筋の者しか開けぬ扉。定期的に開かれていたその扉がこの百年近く一度も開かれていないという事実と――それでもなお王家が存続している事実から判明するのは一つしかない。

「今の王家には初代からの血筋が途絶えている、という事か……」
「政争、急な病死、陰謀、暗殺……と跡継ぎが途絶えるであろう事象は豊富ですからね。以前読んだ王国史もこの時期を境に王家の継承の儀に他国からの来訪者を招くようになった事実が記されていましたから、恐らくは変な疑問を抱かれないためのカモフラージュであったのでしょう」
「この遺跡の仕組みそのものがもしも判明してしまっては、それは同時に今の王族は正当な継承者ではないことまで明らかになる……だが、全てを隠したままでは不審や疑問を抱かれかねない」
「ええ、ですからこういうことをやっているんだ、という情報までは明らかにして当時の王家はその事実を隠ぺいしたのでしょう」

 正当なる王家の血統が途絶えた真の理由までは分からない。
 だが国という巨大なものを継承していく上で困難はつきもの。まして突然に後継者が途絶えたという大事に、果たしてまっとうな方法がどれほど浮かんだというのだろう。
 過去を探るとはこういう事だ。時に歴史というものの中にはこうした魔物が潜んでいる。
 国一つを揺るがしかねない闇が。今の人間の知識と技術ではそれを証明することは出来ないだろうが、誰かが「王家の人間ならばこの遺跡の先を見ることが出来る」という事実に気づかれてしまった段階でアルデステン王国は終わるのだ。

「王族、ねえ。何とか食っていける程度の農村の生まれとしてはどれだけの苦労かは想像すらできないが、こういう形で一つの事実を知っちまうと何とも言えないものがあるな」

 この国の民が我らが王よ、と崇め敬う者は、既に国を築いた先祖からは遠く離れた存在となっている。
 いや、それどころか生まれだけで言うなら普通の民と同じ者であったかもしれない。どこでその血が途切れたのか。歴史を辿れば推測は出来るかもしれないが、当時、いかなる理由で王家の血が失われ、どのような理由でそれを隠蔽したのか。その手段を知る方法がアルセスには無い。

「まだ幼くして跡継ぎが死去した、出産こそしたけども虚弱体質で長く生きられそうになかった、などのまっとうな事情ならまだマシかもしれませんよ。アルデステン王国は今でこそ大陸全土を統一していますが、グラムピア歴百年前後の頃は小国の統一を目指して戦争に明け暮れていた時代でしたから」
「その政争の間に正当な跡継ぎが死んだと?」
「それもありますし、一番の可能性は統一された後ですよ。どこかの国では滅ぼされた国の末裔が執念でその国の中枢に入り込み、少しずつ本当に些細で気づきにくい方法で少しずつその国の政治を傾けさせ最後には国を滅ぼした、という事例があったりします」
「……直接的に戦うだけが恨みを晴らす方法ではないってか」
「そういう事です。例えば――生まれたばかりの子をすり替える、なんて方法でも、ね」

 王族だけに警戒はしているだろうし隙も無いだろうが、それでも実行不可能かと問われれば無理ではない、とアルセスは思った。
 ウェバルテインのようなオーファクトだって存在する。まだ見ぬオーファクトの中には常識外れの力を発揮するものがまだごまんとあるだろう。一概に不可能だと断言するのは難しかった。

「平民からの出世も可能なこの国ではありますが、政治の舵取りを担う上層部はまだまだ古い家格を持つ一族が牛耳っているアルデステンですからね。当時から隠されてきた事実を継承する一族がいてもおかしくないかもしれません。完全に隠蔽した筈の事実の継承を怠る事――それこそが秘密が明かされるきっかけになるかもしれません」
「一部の人間にはきちんとした情報を伝え、その上で隠蔽を怠らないようにする、か」
「こうして国にとっての不都合な事実だけはいつまでも継承され、肝心なことは喪失されていく。歴史って本当に複雑ですよね」
「しかもこの国に不利益をもたらさないだけで、いつでも国が大きく揺らぐかもしれない事実を継承するだけってのはな」

 この国にとっては爆弾以上の何物でもないだろう。何より歴史的事実と経緯からこの地を放置も出来ない事からさぞかし代々の王は事実に頭を痛めているのではないだろうかとアルセスはほんの少しだけ同情した。

「王家だけに伝えたい何か、って事なんだろうか」
「いいえ、そんな穏便なものではないかもしれませんよ。ただ伝達するだけならもっと簡単で確実な方法をいくらでも残せました。わざわざ王国を興した者の血を要求する高度なセキュリティ……単に広めたくない何かを隠したのか或いは……」
「或いは……?」

 ピッ、という小さな音と共にアルセスの隣で壁が、否、扉が開きだした。
 まるで城門のような重厚な音と共に開かれていくその扉は、長年閉ざされていた事からの開放感を示すかのように開け放たれた。

 そこには部外者を退けるような無粋な邪魔者もいなかった。
 ただ奥へと、それでいてゆっくりと坂になっている道があるだけであった。

「先読みはここまでにしましょう。アルセスの未知への発見の喜びと驚きを奪うわけにはいきませんから」
「その気遣いはありがたいが、正直厄介者を掘り出しちまった感しかないんだけどなあ」

 事前に手に入った情報に穏便に済まされそうなものが何一つない。
 意図せず他人の秘密を暴いてしまうことには僅かな罪悪感しかないが、それよりも自分が何を目にし、耳にしようとしているのか。そちらの不安の方がアルセスには大きかった。
 念の為にと装備を確認しようとしたのは慎重さゆえか。ウェバルテインとバルンティアにしっかりと触れる。ここから先は歴代の王族以外誰も立ち入れなかった秘されし場所。そこへ強引に入り込んだ自分たちは間違いなくこの遺跡にとっての異物。穏便に済むなどあり得ないと。

「行こう、ティエナ。サポートは頼んだ」
「もちろんです。こういう地でこそわたしが輝ける場ですからね!」

 フンス、とやや鼻息荒く返事をするティエナは実にやる気に満ちている。
 頼もしい事この上ないとパートナーの意欲の高さに感謝しながらアルセスはゆっくりと坂を下り始める。
 自分たちはとんでもないものを掘り起こそうとしているのかもしれない。その事実の大きさに若干の不安を抱きながら。
ファンタジーなのにやってることは
ハッキングである(世界観的今更

※ 次回の更新は1月8日です。
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