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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第三章 完成していくパズル

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第75話 置き去りの過去を求めて

 文官襲撃事件の顛末が大々的に語られてから三日後。
 表面上は大分落ち着きを取り戻した王都であったが、未だ小さな火種が燻っている危うい状況は続いていた。
 主に政治の面で、という注意書きは付くが。絶対たる王の発言によってのみ動く国ではなく、多くの人間が集いて意見をぶつけ合うという政治形態のアルデステンでは当たり前に起こってきた日常でありその点を危ぶむ人間は少なかった。
 利権、理想、現実。
 様々な思惑が入り乱れる場では速やかな政治の前進などは難しい。良くも悪くも社会の歩みが牛歩なのは独裁政権とはまた違った問題が生まれるのもやむなしなのである。

 そんなお国事情などとは無縁の日陰者達の集いであるダンセイル一家。

 昼間の仕事を終えて普段着に着替えたリーンは、何やら笑みを隠しきれていないティエナとアジトの広間でばったり出会う。

「およ、ティエルじゃん。どしたの? なんかご機嫌じゃない?」
「リーンじゃないですか。上の仕事はもう終わったんですか?」
「やー、やっぱ開店から三時までの勤務はつらいわー。愛想笑いし続けるのつらいわー」
「何言ってるんですか客寄せマスコット第二号のくせに」

 客寄せは人当たりのいい笑顔で男を釣ってナンボだろうとティエナは当然のように断言した。
 リーンもそういう仕事だという自覚があるので特に何も言わなかったが、追及すべき点を見逃したわけではない。

「と・こ・ろ・で? アタシの質問には答えてもらってないんだけどー、ティエルちゃーん?」
「な、何ですか、その目は」

 まるで獲物を前にした蛇のような、いや、誰かをからかう時の猫のような目でリーンはじりじりとティエナに詰め寄っていく。一方でティエナも普段のツンとした態度というよりは、どこか及び腰で今にも逃げ出したいという雰囲気が目に見えて分かった。
 本心をさらけ出すのが苦手なくせに演技が下手で意地っ張りという弱点だらけのティエナを悪賢いリーンが手玉に取るのなど簡単なのだ。

「ふーむ、このご機嫌の源はその両手で持っているバスケットの中身にあると見た! そしてほのかに香るこの香ばしい香りは……焼き菓子だ!」
「ちょ、な、なにをワザとらしく大きい声で! ほ、ほら! 他の団員が見てますから!」

 なお全員が共通の表情であり、あーはいはいと言いたげな表情であった。
 一家公認のカップルの片割れが何をしていようとも大体の目的は分かるのだ。ティエナが取り繕う意味があろうはずもない。

「そして匂いから察するにこれはマフィン! マフィンだね!」
「ちょっと待ってください、匂いだけで特定に至るはずがないでしょう!」
「いやいや、昨日お姉ちゃんに何か相談してたじゃん。その時にちらっと盗み見たレシピのページを知っていればこの程度の推理、造作もないことよ!」
「だ、だから、わたしが必死になって隠れた努力をしているかのように言うのはやめてください!」

 隠す意味あんのそれ? という発言をその場にいた全員が黙殺した。
 知らぬは本人ばかりなり。
 ここまで指摘されてティエナはようやく不承不承という顔で認めた。昼食後にウェバルテインの制御の訓練を行っているアルセスとは別行動を取って仕上げた物であるという事を。

「今日のアルセスの訓練はウェバルテイン使用時の持続力を鍛える訓練ですから、わたしが一緒にいる必要はなかったので時間を持て余したんです。ですので、暇つぶしを兼ねての作業であったことを強調します。ええ、決して普段は出来ない労いをしようとか殊勝な考えをしたわけではないのです」

 何故かやたらと早口のティエナ。理由を探るまでもない。

「へー」
「なんですかその棒読みは!」

 時間が出来るであろう事を予見して事前に姉に相談したという事実が判明していてなおこの言い訳である。そりゃリーンだって抑揚のない声になるだろう。面倒な女、ここに極まれりである。

「そ、そろそろ部屋に戻った頃でしょうから、わたしは行きますね。あ、アルセスを待たせたくないとかじゃないですよ!」
「はいはい分かった分かったー。だが、敢えて言おう! その席にアタシも同行させてもらう! そろそろおやつ食べたいし!」
「ええ、ええ、そう言うだろうと思って余分に焼いてますから一つくらいは慈悲で差し上げますとも。ええ」

 これまた建前である。教えを請うた以上は礼をするのは必要だろうとレイリアの分も用意し、そうなると確実にリーンも絡んでくるだろうと予想してのことだった。
 なお、ルガーの分は含まれていない。フィオネの分はあるのに、とは聞いてはいけないのだ。
 マフィンを直接皿に乗せて運ぼうとせず、一つ一つ丁寧に紙で包んでバスケットまで用意したのはそういう事情だ。部屋に戻る途中で会えば渡しやすいし手間も省ける。同行を許したのは、そもそも二人きりになる事が主目的ではないからであり、なおかつマフィンだけ渡して体よく追い払ったところで素直にリーンが引き下がるとはティエナも思ってないからだ。

(うっかり盛り上がったところに乱入されても困りますしね。餌を与えて目の前で大人しくしてもらった方が利口というものです)

 もはやここまでくると打算しかないティエナだったが、その行動原理の全ては一人の少年のためという思いに集約されている。一体何が彼女をここまでさせるのか、という疑問を抱かざるを得ないが部屋が近づくごとに徐々に顔が綻んでいくティエナを見てそのようなことは考えるだけ無駄だと誰もが悟るだろう。
 部屋の前に辿り着くとティエナは当然のようにノックをした。
 勝手知ったる部屋とはいえアルセスは作業中。その邪魔をしてはならないとの配慮からだった。常日頃から我儘な姫気質とはいえ気遣いが出来ないわけではないのである。

「アルセス、今部屋に入っても大丈夫ですか?」
『ああ、構わないぞ』

 部屋の主からの許可をもらいティエナは扉を開けて部屋に入った。
 二人の私室と言っても過言ではない部屋の風景はいつも通りで変わりなく、違いと言えばアルセスが机に向かって数枚の書類を手にしていることだろうか。

「そろそろ休憩にしませんか? マフィンを焼いてきましたよ」
「焼いてきた、ということはティエナの手製なのか?」
「はい、その通りです。日々ゆっくりですが、わたしとて料理の腕が上達していないわけではないのですよ! 分量命、手順重要、細かなミスで出来栄えが変わる菓子作りとて、数回の失敗を重ねてこの通りです!」

 このティエナの発言をアルセスがどのように解釈したかというと、

(要するに何度か失敗したがめげずに頑張った結果だから誉めてほしい、ってところか)

 この通りである。お分かりいただけだろうか。これだけ右に左にと曲がりくねった道のような発言を悩むことなく理解するアルセスと、そしてその理解が決して間違いではない面倒な少女のティエナの理想的な組み合わせというものを。

「ティエルの自信作らしいのでアタシもご相伴にあずかりに来たぜぇー!」
「なるほど、リーンもくっついてるのはそういう事か」
「非常に不本意なんですが数はありますし、追い払うと後々うるさそうでしたので」

 ティエナが開けた大きめのバスケットには上質な紙で包まれたマフィンが数個積み重なっていた。
 洗面所の方で手を洗って戻ってきたアルセスは早速一つを掴んで紙を開いて中身にかぶりついた。
 表面にはナッツをあしらい生地にはドライフルーツを盛り込んだのだろう。生地そのものの甘さも控えめなこともあって実に食べやすい。中にもきちんと火が通っておりふんわり仕上がったマフィンは文句のつけどころのない出来栄えであった。

「うん、美味い。頭を使った後だから余計にほんのり甘いのが身に染みるね」
「おおー、生地に色々混ざると焼き加減とか難しいっていうのにこのふんわか加減は何事ー!? おのれ、ティエルどんな魔法を使ったー!」
「レイリアの教えに従ったとおりに分量を調整しただけですよ。そういう計算はお手の物ですので」

 そうした点では調味料に目分量という項目が含まれる料理よりも、分量や計量が正確なものを求められる菓子作りというのはティエナの性質にも合っていたのかもしれない。
 レイリアの教えもよかったのだろうが、それでも一度や二度で成功したわけではないだろう。
 アルセスはそう推測しつつも、この成功に至るまでの努力については触れないことにした。彼女は今目の前の功績を喜ぶ方がいいだろうから、と。
 彼女の努力の価値は知っていればそれでいい。むやみやたらに褒めるだけが大事ではないとアルセスはあっという間にマフィンを平らげた。

「よしもう一つもらおうかな……っと、リーンも食べてるってことは義姉さんたちの分も含まれてるんだなこれ」
「ええ、何個かは残しておいていただけると。い、一応成功したという報告はしなければなりませんので証拠として」

 素直に世話になったから、と言えないティエナを微笑ましく見守りつつアルセスは二つ目の包みを広げた。
 食べ終わったリーンは次第に興味がアルセスの広げていた資料に移ったらしく、指をペロリと舐めながらアルセスに尋ねた。

「んで、アルセスは何を調べてたのさ」
「調べてたというよりはレポートに目を通してたんだよ。ギルドに依頼していたウェバルテインに関わりそうな情報の調査の依頼のな」
「ああ、前にアルセス達が見つけた記憶媒体のあれとかも?」

 リーンが思い出しながら言うと、アルセスがそうだと頷く。

「あれとラークオウルが保有していた情報を統合するとウェバルテインかどうかは別として人格を持ったオーファクトを作ろうとするプロジェクトが歴史上存在したのは間違いないらしい。ただ、時期がな……」
「時期?」
「……崩壊期の直前だとギルドの研究部では結論付けている。参照できた日付や判明している以前の人類史の年表と照らし合わせるとそうとしか思えないとさ」
「んー? でもティエルも言ってなかったっけ? 一品物って言われるようなオーファクトの中でもウェバルテインみたいな規格外の奴は『原初』のオーファクトって言ってオーファクトの開発初期の頃のオーバースペック品みたいな区別だったって」

 最古のとも称されることもあるが、まとめると安定性度外視で作られた最初期の頃のオーファクトをそう呼称するのだ。

「ああ、そうだ。俺も自分で使っててウェバルテインもそれの一つなんだろうって疑うことはなかったんだが……今回の調査結果でその点を疑問視しなければならないかもしれないと考えている」

 研究部の調査が正しいとしたら、崩壊期直前に『原初』のオーファクトに近い性能の物が作り出されたかもしれないのだ。
 代を重ねるごとに汎用化、量産化を目的として作られてきたとされるオーファクトの開発史の見方を一変させかねない情報だ。そして、それが崩壊期の直前という点がアルセスとティエナの表情を曇らせる。

「……わたしの記憶(メモリ)にも残っていない崩壊期の原因。その直接的な原因がもしかすると人類が生み出したオーファクトである可能性も否定できなくなりましたね」
「歴史学、考古学の間でも未だに根強く残ってる説だからな」
「ワンダラー同士による天変地異に匹敵する戦争災害の結果による文明滅亡説? だっけ。確かにやっばいオーファクトは世界にいくつかはあるけど、それは大げさだろってあんまり真面目には取り扱ってないよねえ」

 リーンが苦笑い混じりに言うが、それも仕方のないことだ。
 オーファクトは強力だ。そしてそれを使いこなすワンダラーが常識の外の存在であることも。
 だがそれでもワンダラー同士の戦いの軌跡というのはあちこちに残されている。それらは確かに災害とも呼べるほどの被害を残したものもあるが。

「残ってる逸話の中でも最大級の被害は国一つの滅亡くらいだからな……ウェバルテインもそうだし、人類と文明の両方を全部崩壊にまで導いたというにはちょっとスケールが足りない」

 そう、可能かもしれないが実現性が薄い。
 だから崩壊期の原因とは人類の手におえぬ想像以上の天変地異による危機であったという説が有力視されているのだ。

「わたしの記憶が虫食いどころか存在すらしてませんから真偽のほどは定かじゃないですけどねえ」
「けどさー、それってある意味ではティエルが崩壊期直前に作られたかもしれないって裏付けになんない? だって、ティエルの知識ってなんて言うか……見聞きしたことを一部忘れてるっていうよりは既に判明している知識は蓄えていたって印象あるんだけど」
「……言われてみれば、ティエナの活動していた記憶って新しい人類史になってから使われた時の話が多いか」
「リーンに言われるまで考えたこともなかったですが……辿れるのは新しい人類の時代になってからの事ばかりですね。それ以前の稼働記録はもしかしてわたしが忘れているのではなくて存在していない……?」

 思わぬ観点からの意見に三人は顔を見合せたまま黙りこくってしまうのだった。
砂糖やらシリアスやらがごった煮の回

※ 次回の更新は12月27日です。
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