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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第三章 完成していくパズル

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第74話 Break time

 夏へと向かっていく季節の移り変わりの最中。
 四季を感じられる気候であるアルデステン王国ではいわゆる雨期と呼ばれる時期に突入した。
 農業を営む者にとっては夏を前にしての恵みの雨でもあり厄介ごとでもある。作物によっては根腐れを起こすほどに土が水分を蓄えてしまったりするからだ。
 農作業を楽にできる農耕機械の導入が進めど、自然任せの部分に関しては天に任せるしかない。
 そんな雨降りの日が三日ほど続き、晴天とはいかずとも久々に雨の上がった日の夜。
 アルセスとティエナは二番街ストリートの一角に並ぶとあるバーへと訪れていた。
 仕事には全く関係のないちょっとした休憩――要するに夜のデートである。
 ミーシャとの仕事を我慢してこなしたご褒美、と称してのデートであるが果たして年がら年中何かしら理由を作ってはデートをする二人にとってこれがご褒美になっているのかははなはだ疑問である。
 当のティエナがご満悦だから問題にはならないが。
 そんな二人のいわゆる酒場でのデートだが、アルデステン王国ではアルコールの摂取が許される年齢の制限は高くない。なのでよほど幼い外見をした者でなければバーや酒場の出入りを咎められることもないのだ。
 二人が入ったのは一階はレストラン、二階はバーという構造の店だ。夫婦で飲食店を経営している店であり、バーが開くのは隔日の夜だけだ。開店している日だけは夫であるコックがバーテンダーとして店に立ち落ち着いた曲と静かな雰囲気の中で自慢の酒を提供するのである。
 隔日なのはレストランの調理の方も担当しているからだ。連日では流石に身体が保たないのだろう。バーの営業時間も日が変わって一、二時間くらいまでがいいところだ。客の出入りによって前後するらしい。
 店内もバーカウンターに席が五つほど。それ以外には壁際に二人掛けのテーブル席が三つほどで、奥の角には上質なピアノが置いてあり、時折歌と音楽を提供する歌い手が来ることもあるそうだ。

 奥の方のテーブル席にアルセスとティエナは向かい合って座る。レストランでコックをしていることもあり、店主の料理の腕は抜群だ。ちょっと遅い夜のデートにしたのは、バーでしか提供されない料理を食べながら少しお酒を飲もうという提案にティエナが頷いたからである。
 周囲の客もカウンターに二人だけでそれほど店は混んでいない。元々酒を飲んで大騒ぎするような場末の酒場という雰囲気とは真逆のコンセプトの店だ。客層も相応の落ち着いた客が多いのだろう。

「……ふむ、このシンプルながらもホクホク感が素晴らしいコロッケに、チキンの香草焼きと実にお酒が進むメニューですね。そしてどれも絶品ときました。惜しむらくはもう一度同じメニューに会えるかどうかは運次第という点だけですね」
「レストランで余った食材を使ってできる料理を即興で出してるっていうからな。そこは仕方ないだろう」

 コックならではの即興料理と美味い酒。
 両方が揃って出てくるとなれば名店と言って差し支えないが、カウンターの向こうに立つバーテンダーは客を選ぶ。といってもその選別の基準は厳しいものではない。
 静かに一時の休息にも等しい時間を楽しめる事。
 酔って下品に騒ぎたいだけならば他所へ行け、というのがこの店の暗黙のルールだ。それを守れぬ者には――語るのも恐ろしい何かが起こる、とだけ噂で伝わっていた。
 それ故にこの店を訪れる客はこの場での楽しみ方を弁えた者たちばかりだった。

 店の名は「Break time」

 文字通り一時の休憩に等しい静かでそれでいて少し楽しい時間を過ごすことを求める者が尋ねる癒しの場であった。
 自分の腕は半人前もいいところなのに分かったように料理を分析しているティエナだったが、酒を飲むペースはゆっくりだ。バーテンダーに勧められたワインだから――というわけではない。味を楽しむ意味もあったが、あまりに早いペースでアルコールを摂取するとすぐに酔うからである。
 店の約定もあるが、酔うと大抵醜態を晒していると話に聞いているティエナにとって外で酔いつぶれるわけにはいかないのだ。
 アルセスの方もティエナと同じ料理を肴に口当たりの良い赤ワインを堪能しているが、こちらの方はややペースが速かった。鶏肉の香味がいい塩梅に酒を早めるのだ。

「偶にはこうやって二人だけで落ち着いた酒を楽しむのもいいな。仲間内で飲むとただのバカ騒ぎで終わっちまうから」
「あれはそもそもリーダーのルガーが率先して酔っぱらうから問題なんだと思います。人の上に立つ者としてのプライドとかないんでしょうか」

 数々の酒席の中でルガーがやらかした事を思い出しているのであろう。ティエナの表情は疲れとも呆れとも取れぬ微妙な表情であるが、それは恐らくルガーの記憶に連動して自分の失態も思い出したからではないだろうかとアルセスは推測した。けれどもそこに触れようとしないのは彼の優しさと愛であろう。もう一つ理由があるとすればそれは目の前の彼女に原因がある。
 何しろ気を取り直して料理を口にしたらすぐさま表情が緩んだからだ。この笑顔を見て無粋な言葉など口にする気にはなれない。
 アルセスの視線に気が付いて取り繕っているが何せ根は素直な心根の持ち主。喜怒哀楽の感情を完全に隠すような処世術は持ってないのだ。そこまで理解した上でアルセスは自分の食事を再開した。

「うーん……もうちょっとお酒と料理が欲しいですね。折角なので色々食べたい気がします」
「それには俺も賛成だな。ちょっと聞いてくる」

 アルセスは席を立ち、カウンターに近づくと何かもう一品別の料理をもらえないかとワインのおかわりのついでに頼んだ。

「では、魚料理を何かご用意いたしましょう。苦手な食材などございますか?」
「いえ、特には」
「畏まりました。少々お時間をいただきますので先にお酒の方をご用意いたしましょう」

 外見的には三十代に入ったくらいだろうかという印象をアルセスに与える男性のバーテンダーは冷やしていたワインを取り出してアルセス達の席に同行し、空いたワイングラスになみなみとワインを注ぐ。

「それではしばしお待ちを」

 恭しく頭を下げてカウンターへ戻ると手早く調理の準備を始めるバーテンダー。
 カウンターの下にはおそらく冷蔵庫があってそこに食材が入っているのだろうが、即興だというからには作るメニューが決まっているわけでもないだろうに取り出す動きに迷いがない。注文を受けた段階で既に提供する料理を決めていたとしか思えぬほどの早さだった。

「ふふん、アルセスは彼女を持て成すという事のなんたるかが分かっていますね。自ら席を立って注文する。お客という立場に甘えない精神。うんうん、わたしも鼻が高いです」

 やや偉そうな物言いをしながらティエナは軽く自分の髪を撫でた。
 そこでアルセスが我慢しきれなくなったのか押し殺した笑いを浮かべる。

「む、何が可笑しいんですか、アルセス」
「や、ティエナの意地っ張りも本当筋金入りだよなと思ってさ。嬉しいのが堪えきれなくなった時に気持ちを誤魔化すために髪を撫でる癖は治ってないんだもの」
「あ、な、や――何を根拠にそんな――」
「俺が動いたというよりは、もう一品食べたいけど自分で言うのはちょっと恥ずかしいな、とか考えたんだろ」
「う……」

 それはティエナでも持っている女性ならではの羞恥心とも言うべきものだったのだろう。
 要するに大食いと印象付けてしまうような行動故に、食欲という本能を抑えにかかってしまったところをアルセスが自ら動いたことで事なきを得た。
 本人的にはその辺の機微を組んでアルセスが率先して動いたことに気づいていたのだが、素直に礼が言えずにあんな物言いになったというわけだ。それをアルセスは癖一つで見抜いたのである。

「そんなに多く食べたわけでもないだろうに、色々食べたいって考えるのは普通だと思うんだけどな」
「あ、アルセスは男性だから分からないんですよ。じょ、女性ならではの悩みといいますか」

 沢山食べるのは健康にもいいことだし、という正論をアルセスは口にすることなくティエナを落ち着かせることに終始した。世の中正論だけが正しいわけではない。人間は感情の生き物なのだ。その点で見ればティエナは本当に――その出自が分からなくなるほどに人間の少女めいている。
 作り物、などという表現が間違っても出ないほどに。

「そ、そういえばこの間の仕事の件はどうなりましたか。ほら、あのいけ好かない泥棒猫娘と組んだ時の」
「ああ、親父経由でギルドから返答が来てた。仕事達成の労いと近々俺達の調べものに役立つ資料の提供も出来そうだって」
「おおー、それは朗報ですね。実にストレスのたまる仕事でしたが、こうして実を結んだのなら何よりです。頑張った甲斐があるというものです」

 ですよね? と言いたげな目をティエナはアルセスに向ける。
 言わずもがな褒めろと要求するサインだ。何かを期待するような眼差しを向けられては気づかない方がおかしいと思うばかりにあからさまである。

「ああ、ティエナのお陰だ。ありがとうな」

 瞬間、まるで花が咲いたように顔の綻んだティエナだったが、すぐさま表情を引き締める。外ではできる限り油断した表情を見せない、という意識の表れなのだが効果は薄い、というのはアルセスの評価だ。

「え、えへへ、いえいえ、どういたしまして。アルセスは形式的にはわたしのご主人様(マスター)ですからね! 姫という立場でありつつも主を立てる健気なわたしとしてはあくまで評価されるのはアルセスでなくてはいけませんから!」

 実に長い建前であったが、要約すると自分が評価されるよりもアルセスが認められる方が嬉しい、という事なのだ。何故素直にそう言わないのか、とは誰も言ってはいけない。それが出来る性格ならもっと他にもマスターになれる人間の候補がいたはずだからだ。
 これだけ捻じれてひん曲がった性根の上に高飛車で基本的に人間を見下すスタンスのティエナにはアルセス以外の人間は決してマスターにはなれなかったであろう。彼らを知る者ならば誰もが思うことだった。

「それとロザリンドからもギルド経由で金が届いていた。ご丁寧に内訳をまとめた書類までつけてな」
「小娘と違ってロザリンドは仕事が丁寧ですねえ。感心します」
「いや、これ絶対後からお前がイチャモンつけないようにって証明のためにしただけだと思うぞ」
「し、失礼な! わたしそこまでガメつくないですよ! あれ? ちょっと少なくない? 誤魔化された? なんてわざわざ言ったりしませんよ!」
「だけど、清算したのがミーシャだって知ったらそれこそ金貨一枚に至るまで誤魔化していないか調べるんじゃないのか」
「当然じゃないですか。誰があの小娘の言い分をすんなり信じるものですか。疑ってナンボですよ。そして向こうもそう思ってるに違いありません」

 その言い分についてはアルセスは否定しなかった。同じようなことをミーシャに聞けば言葉は違えどニュアンスとしては全く同じことを言うだろうことは想像に難くない。
 きっと今のティエナと似たような顔で不平たらたら言うだろう。そう思うと目の前の少女がなんだか可笑しかった。どこまで反目し合いつつも似た者同士の二人なのか。

「むぅ、アルセス。その微笑ましいものを見るような優しい眼差しは嬉しいですが、そんなものをわたしに向ける理由が非常に気になります」
「理由については黙秘させてくれ。話したら絶対ティエナはムキになって反論するからな」
「あーっ、そうやってまた都合の悪いことを笑ってごまかそうと! ずるい、ずるいですよ、アルセス!」
「こらこら声が大きくなってるぞ。ティエナは姫で高貴だから、場にそぐわない態度を取ったりはしないよな?」
「うぐ……わたしのアイデンティティに訴えかけるとは……アルセスってばどんどんずるい男としてのレベルを上げてませんか。あんまり悪い見本を見習わないでほしいんですけど」
「そんなつもりはないんだがな」

 アルセスの言う通り進んで某女たらしの手法を盗んだり学んだつもりはない。
 しいて理由を挙げるならば――ティエナと付き合っているうちに身についた処世術だと答えるだろう。

「お待たせいたしました。白身魚のハーブソテーでございます」
「ほら、追加の料理が来たぞ。温かいうちにいただこうぜ」
「こ、これくらいで誤魔化されたりはしませんよ? 後でちゃんと追求しますからね」

 しかしこの数十分後。完全に満足したティエナの頭からはこの時の怒りはすっぱりさっぱり忘れさられていた。
タイトル通りの話でしたね(しろめ

※ 次回の更新は12月25日です。

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