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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第三章 完成していくパズル

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第73話 陰で動く者

 アルデステン王国軍中央司令部。
 王国内における軍部の統括を司る部署であり、その性質上王城の一角に本部を置き都市内の詰所から分室に至るまで統合する王国軍の要である。
 司令部内にあるとある一室。王国軍の密偵の一人が上司に呼び出され報告を受けていた。
 質実剛健を体現する質素な室内。執務用の机に書類整理用の棚に椅子。支給品以外には一切の私物を置かず、絨毯と申し訳程度の応接用のソファとテーブルがあるばかり。
 机の近くに立てかけられた金属製の槍は柄が随分と太く穂先もショートソードの刀身並に長い異質な作り。

 だが、これこそがこの執務室の主、アルデステン王国軍少将グウェイン・ストロガースの得物であり、彼の二つ名でもある「烈双牙」の元となった銃鋼槍(バレルランス)である。
 重厚かつ鋭利な穂先を用いり、なおかつ両刃であるという性質から槍特有の斬る、払う、突くを技術として生かせる槍の形態。
 穂先の位置をずらしてなおかつ片刃に切りかえグレイブと呼ばれる薙ぎ払うのを主目的とした長物へと変形する代わりに柄に仕込まれた大型砲による特殊砲撃を組み合わせられる銃と槍の融合形態。
 それが二種類の異なる戦闘スタイルを保有する可変型銃鋼槍オーファクト「オルトロス」である。
 若干十八歳という新兵の頃から国境線の不穏な戦場で、時に魔物の襲撃に見合った地方の町で、王都周辺に現れた賊を相手になど数々の武勲を立て、四十歳を迎えた今なお現役の兵士たちに劣らぬ戦闘力を持ち、有事の際には自ら戦場に立つ叩き上げの軍人グウェインの象徴たる相棒。
 代々ストロガース家に受け継がれたオルトロスの武名を曇らせぬようにと、かの家は有数の軍人を輩出した名家である。紺色の軍服の下には戦場で受けた傷と今なお鍛え上げられた肉体が隠されており、鋭い眼光を有した厳つい顔はただそこにいるだけで威圧感を与える猛者であった。

「……以上が『梟の使い』を名乗る者の密告と内容でございます、閣下」
「此度の件、動揺が広がる前にと我々も急いでいたが……やはり奴らも動いていたか。世の影に梟の目あり、か。まこと、因果なものよ。オーファクトの贋作を作れるようになってはしゃぐ我らの気づかぬところで、未だ叡智を司る使いに見守られその事実に多くの者達が気づかぬとはな」

 グウェインは何かを皮肉るように静かに呟いた。
 それは諦観のようなものでもあり、或いは感心であるとも取れた。

「現在取り調べ中の冒険者の聴取は密告の内容を参考にしつつもかつ穏便に行え。同時に、王都全域の憲兵にばら撒かれた『凶器』の回収を急ぐよう伝えよ。提出に応じなければ徴集してでも取り上げろと厳命しておけ」
「はっ、了解であります!」
「広報部には王都の混乱を鎮めるよう誤報の否定とともに判明した情報の一部まで公開して構わん。同時に市民にも不審な物が流入してきているので発見次第憲兵に報告するよう危険性があることを踏まえた上で注意勧告するようにとな」
「承知しました」

 密偵は敬礼をすると執務室を出て行った。
 部屋が静まり返った中、グウェインは窓のそばに立って外を見下ろす。
 二階に位置する執務室からは王城を囲む城壁に囲まれて街を見ることは出来ない。
 武装や兵装の変化に伴い、重鎮達を守るのも一苦労だ。この高い城壁とて空を往く飛行艇の前では無意味に等しい。人類の技術の進歩は常に軍事力と隣り合わせにあった。それを向ける相手から人が無くなった事は人類史上ないことも。
 グウェインはそれを人間の業の深さであると嘆くと同時に、驚異の無くならぬ世界においてそのような思考は単なる甘さでもあると自らを断じた。
 綺麗事では争いは収まらぬ。
 暴力だけでは騒乱を生む。

 故に武と心は常に一体である。
 己を律し力を律しそれでこそ世を律する者となる。

 力を振るう者はそれ以上に強き心を持ってこそ意味がある。それがストロガース家の家訓であり、オルトロスの継承者に定められた約定でもあった。

(しかし梟が直接関与してくるとはな……このオーファクトの件、相当根深いものであるという事か)

 軍部を駆け上がるうちに、グウェインもまた先代より表に出ぬ組織の存在を耳にした。
 今回の事件はグウェインというよりも軍部にとっても頭の痛い事件であった。
 アルデステン王国は王制を取りつつもその政治形態は議会制に近い。
 文官を始めとした政治を取り仕切る者達の意見を集約し王が決定を下す。その決定には様々な手法が取り入れられ、王であっても己の意を強引に通すことはままならず、かといって重鎮達の横暴がまかり通るわけでもない。両者が常に落としどころを探すように舵取りをしているのがアルデステンの政治形態だ。
 それ故に歩みこそ遅いが権力の暴走を招かずに、少しずつ時流に乗ることが出来ているという点は評価できるだろう。
 だが、それ故に派閥同士の争いも絶えない。今回の事件も軍事費の増加に異を唱えていた文官が襲撃されたということで、連日会議が荒れる要因となっていた。挙句の果てには主犯であった冒険者が反対派が用意した工作員ではないかという暴言まで飛び交う始末であった。初動の捜査の段階で汚染オーファクトが凶器であったことから、犯人の背後関係はほぼ関係ないという結果を報告していたにも関わらずである。
 そして捜査の途上で汚染されたオーファクトが多数王都内に存在していることが分かったら、今度は自分たちの身の安全の確保のために軍力の強化の賛成に回る文官たちまで出る始末である。お陰で数日は政治が空回っているとの嘆きの声を王宮内のあちこちで聞いていたグウェインにとって、事態の解決に繋がる情報の提供はありがたいのであるが。

(自分達の国の事を自分達だけで面倒を見れぬとはな。過去の遺産オーファクト……その全てを掌握できる日が来るまで、我らは一体どのように生きていくべきなのか)

 グウェインの心中の問いに答えられる者はいない。
 ただ時計の秒針だけが静かに時を刻み続けるのみ。
 その静寂も長くは続かず、控えめなノックが沈黙を破る。

『ストロガース少将、失礼いたします。襲撃事件の件で報告に参りました』
「入れ」

 まだ事件の収束は遠いだろう。早く王都の情勢を落ち着いたものにしなければ政が前に進むまい。
 グウェインは続く厄介ごとに内心でため息を吐きつつも、己の仕事に向かい合うべく椅子へと戻りペンを取るのだった。


 ★


 デクトマンド商会ゼルダンタ支部に強制調査。
 そのようなタイトルが一面記事に踊った新聞が販売されてから三日が過ぎ、ゼルダンタの状況は大きく動いていた。
 まずは自発的に憲兵にオーファクトの提出を申し出る冒険者や傭兵が現れたことだ。
 汚染オーファクトは何も手にした瞬間すぐに狂うわけではない。使うために心気を注ぎ、オーファクトとしての機構と肉体の神経を繋げることで初めて進行する病気のようなものであり、異常を察知した時点で使用を止めれば影響は小さい。
 軍が大々的に異質なオーファクトが王都に流れていることを発表したこと、デクトマンド商会がその窓口となってばら撒いていたことなどを包み隠さず喧伝したことで、購入した者達が慌てて持ち込んだ、という方が正しいが、グウェインの狙い通り必要な情報だけを正確に発表したことで事態は一気に動いたのだ。
 無論検査の結果異常が無ければそれは所持者に返される。残念ながら該当するオーファクトであった場合は購入者の一方的な損となるが、これだけの大事件となった一因であるオーファクトの購入費用を惜しんで軍に楯突くような者はいない。怒りの矛先を向けようにもデクトマンド商会支部は既に軍が掌握しており泣き寝入りするしかないのだが、迂闊であった自分を呪うしかなかった。

「最近はこういう手口で事件を起こすのが流行ってるらしいな」
「怪しい店や押し売りには気をつけろって事か。怖いねえ」

 時には酒場の世間話で。

「今のところ規制の予定はないがオーファクトを含めて品物の取引には注意しろとお達しが来てるなあ」
「商売がちぃっとやりにくいねえ。まあ仕方ねぇか」

 時には商人同士の噂話で。

「少し冒険者に風当たりが強くなるかと思ったが、そうでもないみたいだね」
「汚染オーファクトによる事件は取り扱いを慎重にならざるを得ん。治安維持の面でも貢献している我々にキツく当たれないという事情もあるのだろう。被害にあった文官は重傷だが何とか一命を取り留めたことも温情が下った理由の一つではあろうがな」

 時には冒険者たちの窓口での会話で。
 王都の不安を取り除くような情報が次々に飛び交っていた。
 それは軍の情報操作の一環であったり、ラークオウルが動いた結果であったり、それらが相乗した結果、広大な王都中に様々な噂が流れ、いつしか新しい話題に流されていく。
 これが人の世の流れの一つだ。情報の伝達と手段が増えた現代において、市井の民を騙すのも誘導するのも簡単であるが、使い方次第でそれをより正しい情報で上書きし導くこともできる。

「……こういう仕事も手掛けてるあたり、本当ラークオウルの懐って広くてデカイよなあ」
「人々の安寧こそが第一、とは言いますが、よくもまあ新しい人類史が始まってからもブレることなく組織を維持できるものです。こんな働き甲斐のない職場、あっという間に腐りそうなんですけどね」
「いや、手段はどうしてるか知らないが実入りはいいだろう」

 王都のとある廃ビルの屋上から広がる光景を見下ろすアルセスとティエナはこの三日間の出来事を振り返る。
 指定された内容と情報を、上手く広めるようにというギルド直々の依頼。ルガーの一言で二人も実働部隊として声を掛けられ、二人は持ち前の会話術とアートすら使用して担当区域に噂を広めた。
 実際なかなか事件の詳細が明らかにならなかったこともあったのだろう。新聞による段階を経ての情報公開に合わせて不安を取り除く要素の多い噂を広めるという作戦は功を奏し、今では不安げな顔で街を歩く住人はずいぶん減った。次第にこの落ち着きは王都全体に広がっていくだろう。

「ですけど繰り返す夜想曲(リピートノクターン)は動きを見せませんでしたね。やっぱりただ単に騒ぎが起これば結果はどうでもいいって事だったんでしょうか」
「親父は連中は自分たちはきっかけを作るだけでその後どうなるかは知った事じゃない、っていうのが基本だからあまり深く考えても仕方ないとは言っていた。これは俺の考えだが……どう収束をつけるために相手が動くか、までも連中の楽しみなのかもしれない」
「足元でゴミ虫共が慌てふためいておるわ、わっはっはー、なノリって事ですか」
「いやまあ、そのワイングラスでも持ってるかのような手の動きは置いておくとして、事態がどう転ぼうとも気にしないっていうのはあると思う」

 ただ、そうした中で何かしらの利となるようなものを得ているだろうとアルセスは予測していた。
 ただの享楽主義者の集まりというだけでは組織は作れても維持は出来ない。実際、オーファクトをばら撒くだけなら自分たちでやればいい。そこへデクトマンド商会という怪しげな商会を通したのは、手間を省くのと活動資金を得るためという二つの目的があったからではないか。
 何より自分たちが見つかるリスクを冒さずにも済む。そうして自らは闇に潜んで活動し、起こる騒動を他人事のように楽しむ。そんな陰湿かつしかし知性も持ち合わせた連中が組織立って動いているのかと思うと、つくづく外の世界というのは魔窟のようだとアルセスは痛感する。
 だからこそ、この荒れた大海のような世に流されるためにも強さが必要なのだろう。
 その流れに乗りただ海の一部として生きるだけならばいい。だが、アルセスはその大海のどこかにあるかもしれぬたった一つの宝を探し出さねばならないのだ。

「全く……世界ってのは裏表合わせて本当一筋縄じゃ行かないな。ティエナがいなかったらどうなってた事やら」
「ふふーん、アルセスはわたしの偉大さを忘れないので好きですよ? ウェバルテインの管理者として、姫として、これ程嬉しいことはありません」
「珍しく素直に褒めたな」
「今はちょっとだけ気分がいいんです。ええ、肩を抱かれて高い場所から景色を見下ろす、というシチュエーションがちょっとだけ嬉しいので気分がいいんです」

 ちょっとどころではないくらいはしゃいでいるのだろうな、とアルセスは口元が緩むのを押さえられないティエナの顔を見て察しがついたが、それを指摘するのではなく代わりに無言で近くまで抱き寄せた。
 まるで冷やかしの口笛のような音を立ててひときわ強い風がその場に吹いたが、それは果たして誰かの言葉であったのだろうか、答えを知る者はいなかった。
こうして一つの事件は終わるも
不穏さだけは残る。
物語の基本ですね!(メメタァ

※ 次回の更新は12月23日です。
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