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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第三章 完成していくパズル

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第70話 悪あがき開始

 王都ゼルダンタのビル街の夜。
 他のビルの窓から電気が消え、仕事を終えた社員たちが家路を急ぐ中にあっても慌ただしいビルがたった一つだけ存在した。
 デクトマンド商会支部のビルである。
 バタバタと走り回る社員――の格好をしたチンピラ紛いの男たちが小箱を両手で持っては廊下の部屋を出入りして運び込んでいる。五階から二階に至る全室にほぼ人の出入りが行われており、事情を知る人間からすれば夜逃げの準備かとも見間違うような騒ぎであった。
 カーテンのかかった支部長室にてモースはただ怒鳴り続けていた。表情にも声音にも焦りが浮き出ており、余裕を一切感じさせない姿は滑稽にすら思えるほどだ。

「どうだ!? 全て運び終わったか!」
「へ、へい! さっき出て行った奴が持っていたので最後です。ですけど、支部長。本当によかったんですか、これで?」
「あの忌々しいコソ泥はワシのコレクションを()()頂くと宣言した。ならば、その詳細は奴に割れていると思って間違いない。ならば奴の宣言を逆手に取るまでよ」
「ですけどねぇ……この方法じゃオレらも守りようがないんですけど」

 モースの立てた作戦とは大雑把にまとめるとこうだ。
 まずは宝石を全て丁寧に包んだうえで小さな小箱にしまう。そしてその小箱と全く同じデザインのものを多数用意させて、ビル内のあちこちに隠させたのだ。
 部屋から廊下の隅、それこそトイレの棚の上などありとあらゆる場所へだ。誰も外見しか見ていないので本物が入った箱はどれか分からないし、黒狼団の者達も同様だ。
 無数の囮の中に本命を紛れ込ませることで容易に盗ませないという手段。予告が来てなおも同じ部屋にご丁寧にお宝を固めておく必要のないモースは如何にして隠すかを頭をひねって考えたのだ。
 もっとも、赤字の補填の問題もありそう派手には動けなかった。何より軍部に目をつけられた事でビルの周囲には絶えず見張りがいるとの報告もあり、証拠品を隠せないばかりか自分のコレクションを逃がすことすら出来なかったのである。

「バカモン、一人一人締め上げて隠し場所を吐かせても無駄だという状況を作るにはな、誰も場所を知らんというほうが都合がよかろう。目当ての物が見つからずにビル内を右往左往させている内に捕まえれば御の字、例え何個かの箱が奪われてもその中に本物があるとは限らんわ」
「けど支部長。騒ぎが起こったら外に控えてる連中に突入の口実を与えちまうんじゃないですか?」
「フン、それも想定済みよ。ならば遠慮なく被害者として訴えればよかろう。物取りが出て被害が大きくなったので――ワシらにも所在の把握できなくなった物があるかもしれんなあ、と」

 そこまで聞いて部下の一人は納得した。仮に騒ぎが起こったのならば地下倉庫から処分できずにいた数々の証拠品を壊してしまえという事なのだと。
 今日の今日まで処分を躊躇っていたのは、何とか現金化出来ないかとあれこれ対策をギリギリまで考案していたからだ。宝石を手放さずに赤字を補填するにはそれも手段の一つであったために、軍に目をつけられてなお証拠品を処分できなかった背景にはそういう事情があったのである。
 モースは緊張から額に汗を浮かべつつもどこか不敵な笑みを浮かべながらこう呟いた。

「ククク……この八方塞がりの中にさらに悪名高い泥棒の予告など悪い夢かとも思ったが、場合によってはチャンスだ。あのミスティタビィには高額の賞金もかけられている。偽物か本物かは知らんが、堂々と引き渡して金を受け取れば、起死回生の一手になるやもしれん……!」

 落ち着きなく支部長室をうろつくモースを部下はやや冷めた目で見ていた。
 そんな簡単に捕まるような相手ならば、そもそも世界的に有名にはなりはしないだろう。元々、状況が不利になるとさらに状況を悪化させるような事が多かったモースに、部下はそろそろ潮時かと自分だけでも逃げる算段を立てていた。
 モースにはどうやら運だけではなく人望もないらしい。

「警備している連中にも言っておけよ、あからさまに固まるなとな! コソ泥の奴にはあちこち探してもらわねば困るのだからな」
「……了解しました」

 だからといって戦力を分散しすぎては仮に発見したとしても対処できないのだが、と部下は呆れたがもう反論する気力はなかった。黒狼団もそうだが、金の払いが渋られると人間やる気を無くすものである。
 一応仕事はするか、と部下がモースに背を向けた、その時だ。

『あーらあら、アタシの悪名を知っていてこの程度でどうにかなると思ったのかしら? とーんだおバカさんだったようねー』
「な、だ、誰だ!? どこから声を!?」

 まるで室内全体に響き渡るように少女の声が聞こえ、モースは右に左にと視線を彷徨わせるが声の主の姿はない。部下も同様で、彼らからは見えないが廊下やエントランスなど、至る所に散っていた部下や黒狼団の者達もこの声を聴き周囲を探っているが怪盗の姿を捉えることはない。

『ダミーの中に本物を混ぜる……隠す手段としては二流だけど特に手立てのない泥棒に対しては有効よね。ま、アタシには関係ないんだけど。そうよね? この透き通るような青空を思わせるブルークリスタルは、アンタのコレクションでも五指に入るほどの価値ではなくて?』
「は!? ば、バカな、でたらめを言うな! こんなに早く本物を盗み出せるわけがなかろうが!」
『へぇ? 自分でもどこにあるか分からないのに、アタシの手元にあるこれがどうして本物じゃないってわかるのかしらね? それとも……そう思いたいだけじゃないの?』

 怪盗の言葉にモースは返答に詰まった。
 それはそうだ。自分の手元には一つたりともコレクションは残っていない。ミスティタビィの発言が偽りであると断じることは出来ないのだ。

『さ、この調子で根こそぎ奪わせてもらうわ。せいぜいこの追いかけっこを楽しませてもらうわよ? このビル全てが――アタシの狩場だからね!』

 そして廊下から銃声と怒号が同時に響き、モースは戦いが始まったことを実感すると同時に恐怖に震えた。

 得体の知れぬミスティタビィに対してか、それとも全てを失い破滅する事へか。
 どちらへの恐怖なのかは彼にも分からなかった。


 ★


「……始まりましたね。やれやれ、あのおバカ小娘は今回の作戦の本質を理解していませんでしたね。決行前に打ち合わせをしておいてよかったです」
「ロザリンドも気づいていたみたいだから、向こうから修正は申し出たと思うけどな。何にせよ出だしは好調なようで何よりだ」

 場所は移ってデクトマンド商会支部のビル一階のエントランスの物陰。騒ぎが始まったことを確認したアルセスとティエナは静かに廊下へと移動し、地下へと繋がっている階段を目指す。
 足音と気配を完全に消して移動するその様は、ある意味泥棒以上に隠密行動に徹している。
 だが、アルセスの隣を並走するティエナの表情は冴えない。まだミーシャの抜けっぷりに呆れているようだった。

「囮が目立たないように盗むとか何を言ってるんですかね。普段から目立ちたがりの怪盗とかしているくせに、何でここぞとばかりに宣言した後はこっそりと盗むとか言ってるんですか。バカなんですねえ」
「盗みを成功させようとしすぎたから本質を見誤ったのだと信じたいな」
「単に目的を理解してなかっただけだと思いますよ。バカですから」

 自信満々の笑みで作戦内容を話したミーシャを見た際に、彼女以外の全員が沈黙していたほどだ。
 騒ぎを起こして敵の目を引き付けつつミーシャ達は宝石を盗み出し、アルセス達がその騒ぎに紛れてオーファクトを持ち出す。それが作戦の前提であったというのに、

『今回は普段みたいな派手な宣言はなしで行くわ! 無駄に警戒させても盗みがやりにくくなるし、あの支部長、こっそりコレクションを移動させてるみたいだしね!』

 と、ミーシャが笑顔で言い放った際の何とも言えない空気にはアルセスも言葉を失った。
 下調べの際に全ての宝石にこっそりと仕込みをしていたので、どんなにダミーを用意しようが無駄だと豪語していたまではよかったのだが。

「それにしてもゼルマも侮れません。発信機と受信機のような使い方ができるオーファクトは数多くありますが、発信用の機器を取り付けなければ機能しないものが殆どでした。時間制限ありとはいえ、よもや人には見えない発信用の『エネルギーの塊』を照射するオーファクトに改良するとは」
「あれはまさしく怪盗向けの改造だよな。ゼルマ本人は『製造は苦手だけど改造は得意~』とのんびり言ってたけど」
「ゼロから一を生み出すのと、その一から優れた十を生み出すのは全く別の才能が必要なのは認めますが……少々謙遜しすぎだとは思います。これだから人間は愚かであり賢くもある。本当に――飽きない生き物ではありますね」

 そのゼルマの手によって改良されたオーファクトによって、モース達には把握できない本物の所在はミーシャ達の手の内だ。そうなっては逆に分散した戦力が仇となり、ミーシャ達が姿を見せるだけで敵は誘導されて翻弄され、次にミーシャ達がどこへ動くかが予想できない故に待ち伏せも出来ない。
 まさしくモースは自らの首を絞めた形になったわけだ。後はビル全体の動きを把握しているであろうゼルマの情報とロザリンドの戦術によって敵を削っていけば彼女たちの勝利は目前という状態で戦いは始まったのだ。
 もっともそこまでの下準備が出来たのならばその時点で盗めばいいのでは? と怪盗に言ってはいけない。彼女らには彼女らの流儀があるのである。

 地下へと駆け下りた二人は慎重に周囲を探る。アルセスの感覚には引っかかるような気配はなく、ティエナもアートを使って地下全体をサーチしたが生命反応の類は感知されなかった。

「目的の場所はこの廊下の奥です。複数の量産型オーファクトの反応をキャッチしました。汚染状況までは遠すぎて分かりませんけど」
「そっちはまずブツを確認してからだな。よし、行くぞ」

 音を立てないまま二人は再び疾走、廊下の奥の倉庫の前に立つと慎重に鉄の扉を開けた。
 罠の類はない。電灯のスイッチはあるようだが敢えて点けずに、ティエナの暗視のアートによって視界を確保し目標のオーファクトを一つ一つ確認する作業を始めた。運搬用の木箱には様々な量産型オーファクトがそのまま収められている。正直アルセスは宝石を隠している暇があったらこっちをどうにかしろと言いたくなるほどであった。

「これとこれがオーファクトですね。いやはや、まさか本当に外見までそっくりそのまま同じものを揃えてるとかどんだけ凝ってるんでしょうね。ばら撒くための努力は惜しんでないみたいですね」
「今の検査じゃ機械を通さない限りはオーファクトかそうでないかを判別するのは難しいからな。木を隠すなら森の中、って事なんだろう」

 アルセスはティエナが指定した銃や剣、或いは普通の道具に至るまで実に多種多様な量産型オーファクトを一つずつ回収した。同型の物がいくつかあったので現物を持ち出すことにしたのだ。証拠が一つでも残っていれば仮に軍が調べたときに証拠不十分で検挙出来ない、などという事態にはならないだろうと判断してのことだった。

「他には無さそうだな。詳しく調べるのはギルドの研究部に任せるとして……ティエナの調査ではどうなんだ?」
「えーと、正直に言うなら汚染されたオーファクトの調査ってわたしにとってはドブの中に落とした小石を拾うに等しい作業なんですけど……」

 ティエナにとっては汚れ仕事に等しいらしい。

「ですけどアルセスの為ですのできちんとやりますね。えっと……軽ーく調べた限りでは少なくとも経年劣化やメンテナンス不足によって引き起こされる変化ではありません――明確に人の手によって引き起こされた改変であり変質です」
「……もともと機械にとっての故障のようなイメージではあったよな? 汚染って」
「そうですね、間違ってはいません。オーファクトは機械と違い人間の精神面にも接触するからおかしな現象が起こるわけですが、きちんと手入れをしていないとおかしくなるという点ではその二つに違いはありません」

 アルセスはそれを聞いて厄介ごとに首を突っ込んだような顔をした。
 繰り返す夜想曲(リピートノクターン)がもしもこうした「異常」なオーファクトを簡単に量産できるのだとしたら、今ゼルダンタで起こっている混乱などほんの始まりに過ぎないのかもしれないと。
 ティエナは深刻になりそうなアルセスを慮って空気を変えるように明るい声で告げた。

「ま、わたしの簡易チェックでは詳細は分かりませんからね。とりあえずはさっさとギルドに真相を明らかにしろー、と大量の証拠を送り付けてやりましょう、アルセス」
「……そうだな、今は考えてもしょうがない。よし、ゼルマに連絡して状況を――」

 確認しよう、と言いかけたアルセスの声が、

『アルセス~ティエルライーナ~ミーシャ達がピンチ~』

 ちっとも慌てたようには聞こえないゼルマののんびりとした救援要請に遮られたのだった。
これ程成功する見込みのない悪あがきも珍しい。

しかし、そこは安定のミーシャであった。

※ 次回の更新は12月17日です。
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