挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第三章 完成していくパズル

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

65/87

第64話 島といえば

 ミラージュアークは崩壊期の末期に作られた防衛機構の一つだったと推測される。

 それがラークオウルの研究班が出した結論だ。
 ティエナが向かっていった中央管理室にてコントロールできる様々な機構が彼らの予測を裏付けている。
 まずは環境維持機構。ミラージュアークは速度こそ現在の造船技術で作られる高速艇よりも劣るが、海上であればどんな荒波でも巡航が可能な超巨大船に等しい。それゆえ海上によっては島の気候も環境も変化するわけだが、結界装置を応用した機能により島内の気候は全て同一の状況で保たれる。
 次に表面上の島としての部分を管理する土壌管理機構。これは周囲から吹きつける潮風から様々な動植物を守ると同時に、植えた植物に適した土壌へと性質を変化させるものである。この機構があればこそ農作が可能なのであり、また成長促進の機構も担っているため通常よりも生長から収穫までのサイクルが早い。一家の食糧事情を大きく支える屋台骨であり、また島内で世話をしている家畜の飼料なども自前で生産で出来ているのだ。
 最後に強固な住居区間。管理施設に降りる中央エレベーターは、ティエナが降りていった洞窟の奥に存在するが、そのエレベーターからはもう一つ、避難用のシェルターに該当する居住区が存在する。およそ数百名は格納可能なシェルターは様々な環境変化にも対応出来るように作られていることが判明している。

 これらの機構を統合して考えたのならば誰でも容易に到達できる推論ではあったのだ。
 加えてラークオウルでは自走こそ出来ないが、似たような施設が存在する事を既に掴んでいた。恐らくは崩壊期において当時の文明という文明を根こそぎ破壊しかねない「何か」から逃れる為にかつての人類が用意した手段は一つや二つではなかったのだという分析が既に存在していたからでもある。

 そんな古代技術の粋を集めて作り出された箱舟も、アルセスにとっては歩きなれた庭のようなものだ。
 居住区はあくまで避難施設としての側面が強いため、ミラージュアークで生活する団員は皆、中央の洞窟近くに建てた居住施設で過ごす。もっとも、島内から出ることが殆ど無い団員は、農場の近く、牧場の近くとそれぞれに家を構えているのだが。
 ティエナの管轄の下に行われるメンテナンスが終わるまでは少々時間があった。
 アルセスは時間潰しも兼ねて農地の方へと顔を出すことにした。住居の管理人によれば丁度収穫のタイミングらしくて人手があるに越したことはないという話だったからだ。
 程無く歩いて見えてきたのは目に優しい黄緑色が並ぶキャベツ畑だった。気候による不作はまず起こらないが、害虫の駆除、雑草の処理などといった野菜の育成に欠かせない手作業は全て人の手によるものである。つまりアルセスの眼前に並ぶ野菜の数々は団員たちの努力の結晶であり、超常の技術だけによって培われたものではないのだ。
 アルセスの姿を見かけると作業着に身を包んだ数名の男性たちが大きく手を振って呼びかけてきた。

「おお、アルセスー。来てたんか」
「お疲れ様、丁度収穫だって? 時間が空いてるから手伝いに来た」
「そいつはありがてぇ。どれも食べ頃だからどんどん取ってくれ。籠はそっちにあるから」

 収穫用の道具と収穫物を収める籠を用意し、アルセスは手馴れた様子で収穫を進めて行く。
 ここで手伝うのが初めてという訳ではないが、基礎知識はここに来る以前――まだ生まれた村が存在していた頃にまで遡って得た技術だ。
 小さな村落の生まれであったアルセスは幼少期より親の手伝いとして農業に勤しんでいた。宿屋とは言っても、時折訪れる商人以外にはあまり利用客が無かった事もあり実の両親は農業も並行して行っていたからだ。
 他に年頃の子どもが多くなかったこともあり時間の殆どを手伝いに忙殺されることも少なくなかった。それでも拙い手際であっても大きく育った野菜などを一つ一つ運んでは籠に入れるたびに、周囲の大人達がよく頑張った、と褒めてくれるのは子供心に誇らしかった覚えが彼にはあった。

 もっとも思い出せるのはそれくらいのものだ。
 思い返せば突然声をかけてきたティエナの存在を知られないようにと、村の外れで彼女と語らっていた頃の思い出の方が多いくらいである。
 聡明だったアルセスは自分にしか聞こえないティエナの声について村の者達はおろか両親にすら明かさなかった。ウェバルテインは厳重に鞘にしまわれていたので両親も持ち歩く事に関しては何も言わなかったが、この事実を口にしたら取り上げられるのではと危惧した為である。
 そうして肌身離さず持っていてウェバルテインとの親和性が高まっていたからこそ、村を滅ぼさんと襲来した危機を切り抜けられたのだ。その事実は今でもアルセスに感謝の念を抱かせるほどに強烈な印象を彼に残した。

(……一度だけ謝られたことがあったな、そういえば)

 そのような懐かしい事を思い出したからだろうか。傍若無人を地で行くティエナが珍しく神妙な声で謝罪をしたことも思い出したアルセス。
 壊蒐者(エグゼキューター)が来たのは自分のせいだ、と。
 程々にウェバルテインを使いこなせるようになり、ティエナが肉体を得る直前の事だ。
 修練に疲れて眠ろうとしていた時に、普段なら滅多に聞かないようなしんみりとした声でティエナはそんな謝罪を口にしたのだ。
 今なら許してもらえるのではないか、という打算があっての事だとわざわざ口にして。
 それは未熟な子どもであった頃では罵倒されるのではという恐怖からかもしれない。
 それはパートナーとしての自負がティエナに芽生えたからこその甘えであったのかもしれない。
 彼女があの時を選んだ理由をアルセスは解き明かそうとはしなかった。
 どんな時にそんな謝罪を口にしようとも彼はいつだって答えを決めていたのだから。

 あの悲劇をティエナのせいにするつもりなど微塵もない、と。

 この答えはルガーに引き取られた頃の無知な少年のままであったとしても同じであったとアルセスは断言できる。あの頃からティエナに対して憎悪も憤りも感じた事は無い。あったとすれば理屈も道理も通じない壊蒐者(エグゼキューター)に対してであり、それをティエナにぶつけるというのならば理不尽しか撒き散らさぬ連中と同類に自らなるようなものだと。
 懐かしい作業に触れたからか、アルセスは手を動かしながらも思考が別のところに飛んでいたのを自覚した。気づけば作業はほぼ終わりに近づいており、ワンダラーとしての身体能力も使ったとはいえ少々早くやりすぎただろうかと。

「いやー、想像以上に早く片付いたな!」
「アルセス! 帰る時には他の野菜と一緒に少し持ってけよ! 団長のところは今、レストランやってんだろ?」
「ああ、そいつはいいな。きっと皆喜ぶよ!」

 ここで生活する団員達はまた早い段階で育つ野菜を次々に収穫していくので食糧事情には余裕がある。
 遠慮なく余剰の分を箱に詰めてもらう算段をつけて、アルセスは農地を離れたのだった。


 ★


 そうして散歩がてらに牧場の方にも寄って軽く手伝いをした後。
 アルセスは海岸沿いへと辿り着いていた。現在は移動していないため波打ち際は静かで白い砂浜は過ごしやすそうな陽気に満ちていた。
 気候管理の機能は島全体に及ぶが、その調整は非常に細かく可能だ。その気になれば島の北側は冬、南側は夏などといった極端な操作すら実現可能となっている。
 波打ち際の周辺はやや気温が高めになるように設定されており年中水遊びが可能なほどだ。団員たちのリフレッシュの際に利用されることもあるほどだ。昨今では海水浴というレジャーも認識されてはいるが、海の魔物からの襲撃という点を考慮すると人類圏でそうした遊びが可能な地域は非常に限定される。
 一つの国に、二つか三つ程の海水浴が可能な海岸があればいい方で、その大半がいわゆる上流階級か相応の金持ちで無ければ利用が出来ないようなリゾート地化しているのが殆どだ。
 反面、湖畔や森林、河川などのリゾートは多くの庶民に解放されていたりするのだが。
 さくさくと足音を立てながら歩く海岸から吹く風は心地よい。潮の匂いが混じっているが乾いており、海の雄大さを感じさせる良い風が吹いていた。

「あーっ、アルセス見つけましたよー!」

 ぼーっと水平線の向こう側に視線を向けていたアルセスの背中に遠くから呼ぶ声が投げかけられた。
 振り向くまでもなく分かる透き通った声。駆けて来る様子がありありと浮かんだアルセスは少々の悪戯を思いついた悪い笑顔で振り向きつつも自身も駆け出した。駆け寄るティエナとは反対の方へ。

「はっはっは! お疲れさん、ティエナー。だが、褒めて欲しければ俺を捕まえてからにするんだな!」
「へっ? ちょ、ちょっと待ってくださいアルセス! ほ、褒めて欲しくないわけではないですが、何故逃げるんです!?」
「いやあ、海岸線といえば追いかけっこだろうと男なら誰でも答えると思うぞ?」
「そ、そのイメージを殊更に否定するつもりはありませんが――配置が逆だと思います!」

 足音の間隔が短くなったことでアルセスはティエナが速度を速めたのだと理解し、自分も相応に速度を上げる。まるでティエナの抗議にそ知らぬふりでもするかのようだ。

「捕まえてごらんなさーい、ってな」
「だからそれもわたしの台詞です! ああもう! 何でこんなことになってるんですか! わたし今しがた一仕事を終えたばかりなんですよぉ!?」
「時には主導権を握るのも悪くないと思ってね」

 割と簡単に奪い返す事が多い気がするアルセスにとって、敢えて主導権を握る必要があるのかは甚だ疑問である。しかし、そのような深い考えにティエナが及ぶはずもなく、自身の使える身体能力を全開にして必死にアルセスの背を追いかけた。

「ふぬぬぬぬぬーっ! こうなったら意地でも食らいつきますよ! とりゃーっ!」
「うおっと!?」

 どっちも戦闘時ほどの本気の力を使っていたわけではなかったが、ティエナの形振り構わないタックルがついにアルセスの腰を捕らえ、引き摺り倒されるようにアルセスは前のめりに倒れた。ティエナもそれにのしかかるような形で続く。

「にゅっふっふ、さあ捕まえましたよアルセスー。勝者にはご褒美があってしかるべしです。さあさあ、疲れているわたしを労わってください。ほ、方法は任せます、アルセスのセンスに期待します」
「ふむ、ならこうするか」

 するりとティエナの戒めから抜けた後、アルセスは軽く砂を払って立ち上がりついでに立ち上がらせたティエナの砂も払う。サラサラの白い砂とはいえ服には多少くっつくものだ。特に勢いよく滑り込むような形で飛び込んだ二人は結構酷い有様である。

「……全身を軽くとはいえ遠慮なくたたきますね、アルセス」
「んー、今更ティエナの全身を撫で回す事に抵抗は感じない。むしろ隙あらばやる」
「わ、わざわざ卑猥な言い方をしなくてもいいのではないでしょうかっ」

 走らされたせいかティエナの反論には普段のキレがない。この時点でそもそもアルセスに主導権を握られっぱなしのようにも思えるが、そもそも彼女がやたらと偉ぶるのも意識してやってのことなので、余裕がなくなれば地の性格の方が強く出てくるのは当然であった。
 アルセスは自身のジャケットを脱いでその上にティエナを座らせて自身も隣に座り、肩を抱き寄せるようにしつつ優しく頭を撫でた。
 少々子どもっぽいスキンシップのようにも思えるが、ティエナにとってはアルセスに優しく触れてもらうことは何よりの至福の一時だ。この辺の感覚はやはりオーファクトに宿る擬似人格ゆえの喜びなのであろう。

「もう少し情勢が落ち着いたら泳ぎもいいんだけどな。当分は無理だろうなあ」
「日帰りで来られなくもないですけど、どうせレジャーなら慌しい日程は組みたくないですもんね」

 色々な組織が動き出し、様々な情報を手に入れる絶好の機会だ。ギルドに恩を売れるチャンスでもある中、今は二人とも闘いの渦中から離れるつもりはなかった。

「だけどま、出発までもうちょっと時間はあるからそれまでこうしていようか。何か昔を思い出してさ」
「昔ですか?」
「そう、まだティエナがウェバルテインから出られなくて村の隅っこの方でこっそり話してた頃の事とかさ」
「……ふふ、それは懐かしい話ですね」

 二人の間に流れるのは寄せて返す漣の音だけ。
 探しに来たルガーが呆れた様子を見せるまでは、二人はしばし一時の休息に浸っていたのであった。


 
センチからシュガーへ一瞬で転じるという芸当。

何なんだこの小説(作者が言うな


※ 次回の更新は12月5日です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ