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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第三章 完成していくパズル

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第62話 雨の降る日に

 その日、王都ゼルダンタは大雨に見舞われた。
 屋根を強く叩くほどの雨粒に窓ガラスからはまるで滝のように流れていく雨水が見えるほどの豪雨。
 自然とその日は大いに人の足は遠のき、誰もが雨雲が去るのを待ちながら家でのんびりとした時間を過ごす。このような豪雨にあっても働きに出なければならない者達は別だったが。

「うーん、空を恨みながらずぶ濡れになって働く人がいる一方でわたし達自由人はのんびりと余暇代わりに空いた時間を過ごせるこの至福。裏稼業って素敵ですねえ」
「思いっきりダメな方向に発言してるからな、ティエナ」
「何を言いますか。そもそもわたしに労働意欲なんて求めてはいけませんよ。あくまでわたしはオーファクトなんですから。主が働かないならわたしも無償奉仕(ボランティア)なんてまっぴらでーす」
「……それもそうだな、今更だ」

 ティエナの自分本位のスタンスを改めさせるなどという意味の無い行為を何故しようとしてしまったのか。根本的に真面目な面もあるアルセスであったが、今回ばかりは相手が悪い。
 それに事実、急ぎの仕事はなく加えて地下では分からないが外は大雨だ。何故彼らがそれを知っているのかと言えば表の店で働いているメンバーの一人が戻ってきた際に全く客足が無いとボヤいたのを聞いていたからである。
 昼食を終えた後、オーファクトの整備、調査、訓練と一通りの日課を済ませてなお余った時間をアルセスとティエナは広間で雑談する形で過ごしていた。
 二人とて年中時間が空けば部屋で二人きりの時間ばかりという訳ではない。

「昼時でもガラガラとか今日の売り上げは壊滅的じゃないですかね」
「ま、客商売ならそういう日もあるだろ。特に天気の影響は大きいだろうさ」
「そして店員全員が身内だから急遽休みにしても誰も拒否しない、と」
「上で働いている分の賃金はきちんと残しておかないと営業実態を疑われるから仕方ないさ。逆に削れるんなら経費としては削りたいだろ」
「それで文句を言う人もいませんしね。副業だから」

 雨が止んで客足が戻りそうならば再び上に戻せばいい。
 かなり自由の利く雇用形態ならではの強みがハイドアウトにはあるのだ。振り回される団員はたまったものではないだろうが。

「だけど、いつまで降るんだろうなこの雨」
「外を見てないから知りませんけど、結構な勢いみたいでしたね」
「いやー、結構なんてレベルじゃないよー! 滝だよ滝! 何であんなどざーって降ってんのさー!」

 そこへ大きな声で二人の会話に乱入してきたのはリーンだった。
 しかし、いつものショートカットの髪はびしょ濡れで水を滴らせるほどであり、何より衣服もぴったり張り付いて身体のラインを浮き上がらせるほどだ。
 有体に言うと濡れ鼠である。言わずとも外の酷さが伝わる格好だが、

「何やってるんですかリーン。わざわざ体を張って外の雨の強さを確かめてくるとか」

 アルセスも口には出さなかったがティエナと同じ感想を抱いた。

「わざわざ意味も無く外に出るわけないっしょ!? どうしても外に出なきゃならない用事あったから覚悟を決めて行ってきたんじゃん!」
「傘はどうしたんだよ?」
「微妙に吹いてる風のせいでほぼ意味なし!」

 リーンが大きく手でバツを作って断言する。しかし、それでも頭から濡れているのは一体何故なのか。
 アルセスがその疑問をぶつけると、リーンは少々気まずそうに目を逸らした。

「い、いやー、ちょっと秘密の通路を開けるのに手間取って? モタモタしてる間になんかもう全身濡れてきたし傘なんかいらねー! ってなったら突然雨足が強くなってさー」
「自業自得じゃんか」
「いいの! ちゃんとスイートタイムの今日から発売の新作は無事ゲットできたんだし! ちゃんと雨からも守ったし!」
「それを守るのに傘と上着を使ったな、さては……」

 裏手の通路を開き、なおかつ梯子を降りることを考えると普通の鞄を傘で守るだけでは心許ない。恐らく開けるのに時間がかかっている間に濡れるのを嫌って上着も被せておいたのだろうとアルセスは推測した。甘味にかける女子の情熱の凄まじさに驚くやら呆れるやらだったが、そういう事情ならば尚更ここで時間を潰しているのはまずいだろう。

「とりあえずリーン、さっさとシャワー浴びて着替えて来いよ。風邪引くぞ」
「あっと、しまった! いつまでもこんな刺激的な格好でいたらまずいよね」

 わざわざしなを作って体を隠すように腕を組むリーンに、アルセスは白けた表情で告げた。

「悪いけどティエナと比べたら貧相すぎてこいつ何やってんだ、って可哀想な気持ちしか浮かばないからとっとと行ってきたほうがいいぞ」
「チクショー! 予想通りのクールな対応ありがと! あ、ティエル! アンタの分もあるからその紙袋は全力で守っておいてね! 他のハイエナな連中に渡しちゃだめよ?」
「ふむ、甘味に釣られたわけではありませんが、この雨の中わざわざ出向いたリーンへ敬意を表する意味でその役目引き受けましょう」
「さんきゅー! んじゃちょっと行ってくるねー」

 本当に体力が有り余っているかのようにリーンは走って廊下の先に消えていった。
 あの様子ならば風邪など引きそうに無いな、とアルセスは感心とも呆れとも判断のつかぬ感想を抱いた。

「そうですか、今日はスイートタイムの新作発表の日でしたか……こんな天気でもきっちり仕事をこなすとは、あそこの店主は本当に人間の中でも評価できますね」
「お前の人間の評価基準色々と酷くないか」

 身内には激甘、自分の実益に叶うならばやや甘めの評価、と常日頃から人間はどうしようもないなどと評しているオーファクトの発言ではない。
 その身勝手ささえもアルセスにとってはティエナの評価を下げる要因にはならないが。彼も大概である。
 程なくして格好を整えたリーンが戻って来たところで品評会という名の茶会が始まった。アルセスはおまけだが。

「お姉ちゃんとお母さんにも声かけたんだけど二人とも趣味で忙しいらしいから後にするってさ」
「フィオネは仕方ありませんよ。ハイドアウトの夏用の制服の仕上げが佳境に入ったと昨晩言ってましたからね」
「義姉さんは修理を依頼された機械が溜まってきてるから今日は一気に片付けるとか言ってたか」
「だけど後で絶対に食べるから手を出すのなら死を覚悟しろ、って注意書きをしておくようにお母さんに言われたけどね」
「スイーツ一つで命が散るのかよここは……」
「何を言ってるんですか、アルセス。事、焼き菓子の分野ではゼルダンタで常に頂点を争い合うトップクラスのお店スイートタイムの新商品ですよ? リーンが一般の団員の立場だったのならば、今頃女性団員の間で戦争が起こってます」
「うちの女性団員皆肉食すぎだろう……」

 何で揃いも揃って濃い団員しかいないんだ、とアルセスはどうしようもない事実に頭を抱えた。
 さて、ではそれほどの争いを生み出しかねない焼き菓子とは一体どのようなものかと問題の品にアルセスは目を向ける。
 テーブルの上に広げられたのはふんわりと焼きあがったマフィンだ。リーンいわくイチゴを混ぜこんでいる点が普通のマフィンと違うらしい。
 普通の生地よりも若干色が違って見えるのも生地を作る際に使う水分を全て潰したイチゴでまかなったからだという。

「へー……それじゃこの甘い香りはいい感じに潰したイチゴが混ざってるからなのか」
「ほむほむ……確かに果物を贅沢に使った上品な甘さを感じますね。それでいてクドくない。これは当たりですよリーン」
「だよねー。お店に入ったときからなんかいい香りしたもん。買うしかない! このビッグウェーブに! って頭の中で叫んじゃった」
「変に飾り立てたお菓子ではなく味で勝負、というシンプルな外見も個人的には良い仕事してますね。見た目は大事ではありますがそれも中身が伴ってこそですものね。わたしのように能力も外見も完璧でこそ一流という物です!」
「そうだねー」
「そうだなー」
「何でそこだけおざなりなんですか二人とも! 特にアルセス! もっとわたしを敬えとは言いませんがぞんざいに扱うのはダメなんですよ! 愛を失ったらわたし泣きますからね!」

 いつものやつか、と言わんばかりに流したリーンとアルセスだったが、ティエナにはどうやら不服であったようで。今日はどの手で行くか、とアルセスがしばし考えた後、アルセスはにこやかに微笑みながらティエナの頬に優しく手を添える。それだけでティエナの顔に赤みが差した。

「いつも感謝してるからこそ、こういう扱いも出来るんだろ?」
「な、なるほど親しいからこそ、信じているからこそ、というやつですね?」
「そう、心の広いティエナならこれくらいで怒らないよな、という俺達の甘えでもあるのさ」
「そ、そうですね、特に男性は時に甘えさせてくれるような母性を求めるともいいますしね! この溢れんばかりの慈母のようなわたしを見てアルセスが気兼ねなく接した結果だというのならば、いいでしょう、今回の事は水に流します」

 発言こそ相変わらず尊大だが、アルセスに見えないように背中を向けるとティエナは、

「えへへ……えへへへへ……」

 と、スイーツを食べて喜んでいるのか、今のアルセスの台詞に喜んでいるのか最早判別が付かないほどに顔が蕩けていた。
 リーンも二人の時と場所を選ばないやり取りには慣れたが、幸せそうな、という表現を通り過ぎて浮かれきっているティエナの表情には若干疲れのようなものを感じざるを得なかった。

「なんていうか、ウェバルテインってホント、アルセス以外の人間には絶対使いこなせない代物だったんじゃないかって気がしてきた」

 リーンの発言には能力的な意味ではなく、この困った守護者に合わせられる意味で、というのを含んでいたが、アルセスはそれを理解したうえで言葉を返す。

「どうだろうな? ティエナを受け入れられる器量があれば問題なかったんだから他のクセの強すぎるオーファクトよりはハードルが低いと思うが」
「いんや、世界一高い壁だから。女ならお母さんクラスの母性がないとダメだし、男ならアンタ以外にこの子を躾けられるやつはいない。アタシが断言する。よってこのオーファクトは世界一使い手の見つかりにくいオーファクトとして認定します」

 リーンも家族と共にそれなりに世界を巡り人間を見てきた。だからこそきっぱりと断言した。こんな面倒な女と息を合わせながら、なおかつ彼女のご機嫌一つで死ぬかもしれないオーファクト。その事実を知った上でなお使おうなどと考える好ましい馬鹿は、目の前の少年一人だけだと。
 やがて雑談交じりに急遽開かれた茶会は終わり、厳重に封がされた紙袋に注意書きを張って食堂に仕舞った後、リーンは思い出したように二人に告げた。

「あ、そーそーアルセス、ティエル。アンタ達、明日から一度本アジトに戻ってってさ」
「へ? ってあー、そっか、丁度メンテナンスの日か」
「うん、ティエルがいた方が楽に進むし、親父も一度進捗と状況把握に戻るって言うからついてこいって」

 ティエナがアルセス及びウェバルテインから一定距離以上離れられない以上、ティエナがメインとなる仕事であってもアルセスが同行する必要がある。
 幸いにして今は二人とも急ぎの仕事は無い。欠かさず行わねばならない仕事の一つであるし二人とも否を言う事は無かった。

「我ながら面倒なモノを起こしてしまいましたと時々思うことがあります」
「気持ちは分かるが、そのお陰でダンセイル一家の行動範囲は世界に広がったくらいだからなー。いずれはティエナ抜きでも出来るようにしていかないといけないんだろうけどもうしばらくは手をかけてやらないとな」
「わたしもその準備は進めてますし、レイリアも手伝ってくれてますけどそれはもうちょっと先になりそうですね」

 そんな事を言いながら二人は随分と本アジトのことを懐かしく思い出す。
 そう感じるくらいには離れて時間が過ぎたことを実感したのだ。

「明日の朝一で列車に乗って二駅目の街の近くに飛行艇停めておくからそっから乗ってね」
「あら、リーンは行かないんですか?」
「アタシはもう一隻の方の飛行艇のメンテ手伝えってお姉ちゃんに言われててね」

 メンドイー、と叫ぶリーンにティエナはそれくらいしっかりやってくださいと返していた。
 そんな二人のやり取りを見ながらアルセスは思い出す。

(今は()()()()にいるんだろうな――アジト)
なお濡れたリーンに反応した男性団員は
皆無の模様(酷

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