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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第二章 奔走する少年と少女

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第61話 落ち着いて振り返る日

 王都ゼルダンタの城壁を越え、街道を行く事少々の時間にその場所はある。
 南方へ伸びる舗装された街道が東西に分割する広々とした平原。動植物が豊富で見晴らしもよくその分多種多様な魔物も生息するが、街道を車で走って数時間後には駐留している兵もいる大きめの宿場町があるため電車が通ってなお陸路では重要な役割を果たす街道が通っている事でも有名だ。
 当然冒険者としても小銭稼ぎとして魔物を狩ったり植物由来の素材を集めたりと活動している事も多く、自然とこの平原に関する情報は詳細に分析されている。魔物も多くが自身の縄張りに固執するタイプで、むやみやたらに挑発さえしなければ向こうから襲い掛かってくることは稀であり、目的の魔物以外を狙わないように立ち回れば、生息している種が多い狩場の割には難易度が低いとも評されている。

 そんなプラガット平原だがそれでも要注意の魔物は存在する。それがフェタニィウルフだ。

 大きさとしては中型の魔物に分類され普通の狼よりも一回り大きい身体に獰猛な気質、加えて集団での狩りを得意とし近辺の魔物ですら迂闊には手を出さないこの平原における魔物の生態ピラミッドの頂点に近い位置に君臨する魔物である。
 そうして怖れられている一方で人間たちにとっては脅威であると同時に大きな利益ももたらす魔物でもある。
 まず毛皮だ。肉だけではなく木を揺らしては時折果実も食べるなど肉食だけに限らない生態ゆえかフェタニィウルフの毛皮は加工すると非常に頑丈かつ防寒に優れた性質を持つ。冬場は雪こそ滅多に降らないが冷え込みの激しいアルデステン王国においては需要の多い毛皮であり年中通して非常に高値で売れる。
 次に骨だ。骨そのものは加工しても素材に組み込むにしても有効な活用法は無いが、アルデステン伝統の染物の染料の素材として細かく砕いた骨粉が使われており、これを混ぜ込む事により良い色が出るとされている。儀式的な意味ではなく、使っている染料の素材的に相性が良いという極めて真っ当な科学的理由によるもので、染めた後の衣服の色が落ちにくくなるという実績もきちんとあるのだ。
 平原の生態的にフェタニィウルフが増えすぎると近隣の草食動物や小型の魔物などを根こそぎ全滅させてしまいかねないという状況から、彼らは王国創設期より定期的に狩られてきたというが、その一方でこの国の人間は恩恵にも与ってきたという歴史的背景もあるのである。

 とまあ、そんな神妙な理由も余所者であるアルセスやティエナには関係が無い。
 フィオネより依頼を請けて即行動に移した昼前。適当な位置で街道から外れて平原を突き進んだ先で、群れの一つに出くわした彼らは早速とばかりに退治を始めたのだ。

「ティエナ、素材が目的だからあまり派手に傷つけないようにな!」
「ふっふーん、誰に言ってるんですかアルセス。わたしがそのようなミスをするはずがないでしょう」

 数十体という狼の群れ、しかも極めて凶暴かつ獰猛というのは並の冒険者でも腰が引ける相手なのだが、アルセスとティエナにとっては脅威ですらなかった。
 元々二人で多数の相手と戦うという状況は多く、そもそも――

「はいはい、心臓とか頭とかは要らないのでサクサクいきますよー」

 設置型の黒い光で対象を捕獲するアートと投射型の黒い刃を飛ばすアートを使い分けて全方位から迫る相手を的確に迎撃するティエナは全く動く必要がなく、

「獣型の魔物は素早いし体力あるし面倒だけど動きが直線的だからなあ」

 足を使って戦うのが得意なアルセスにとってはある意味フェタニィウルフと同じ土台で戦うようなものなので敵にすらならなかった。
 切れ味鋭いウェバルテインで頭部を狙って的確に一撃で仕留め、牙も爪も掠らせもせずに獣を上回る敏捷性で一匹一匹確実にしとめて行くアルセスと、自身は動かず足元から或いは上空からと黒い刃と弾丸で群れを圧倒するティエナの二人の前にしては平原の主も形無しであった。
 昼を迎える前に二人は予定していた量の骨を確保できる見通しが立ち、三回目の群れの撃破が丁度水場の近くだったという事もあって、フェタニィウルフの不要な箇所を解体しながらしばしのんびりと休むことになった。

「これでお肉も美味しければ捨てるところの無い魔物としてもっと討伐されたんでしょうかねえ……」
「毛皮の質が良いのは肉だけ食ってないからって話らしいけど、同じ理屈で美味い肉だって言われる鳥とか牛とかいるんだし食えても良さそうなのにな」

 解体用のナイフで手早く肉をこそぎとり、出来る限り血がつかないように毛皮を剥ぎ取りながらアルセスは呟いた。実際にアルセスと同じ理屈を唱えて確かめた者の話によれば、文字通り煮ても焼いても食べるのには難儀するほどに硬くなるらしく、また香辛料漬けにしても消しきれない臭みもあるということで食用には全く向かないという結論が出ていた。
 アルセスも手際よく解体を進めている中、ティエナはフェタニィウルフの死体をアートで空中に浮かべてそこからはもういつもの攻撃用アートでスパスパとそれは機械的に素早く進めていた。その効率はおよそアルセスの三倍近い速さであり、ティエナ一人でやっても問題ない早さであったのだがアルセスが彼女一人に任せるのは心苦しいと手伝っているのである。
 暖かな風が吹く中、程無くして解体作業が済むと二人の前には山程の毛皮と依頼された骨が積まれていた。それを回収用の容量圧縮の効果が施された鞄型オーファクトに詰め込んだところで依頼された仕事は終了だ。

「義母さんに気使わせちまったなー。今度何かお礼しないと」
「そうですね。人間に対してそこまでへりくだるつもりのないわたしですが、借りを積み重ねっぱなしというのは不義理であるというのは承知してますので」
「素直にお返ししたいって言えばいいんじゃないのか」
「わたしには色々と複雑な事情があるんです。そう天よりも高く地よりも深い複雑な事情が」

 どんな事情なんだか、とアルセスはからかうように笑う。本当に根っこの部分を見せない娘だと。

「……ラークオウル、再神教会に繰り返す夜想曲(リピートノクターン)と。欲しい情報にはなかなか手が届かないが時代が動いてるっていうのだけは感じるな」
「なんで大きい組織って示し合わせたように同時に動くんでしょうねー。人間ってほんとう普段から争い合ってるくせに妙なところで息が合うと言うか」
「いやいや、俺達の中心にあるのが全部オーファクトなんだからこればっかりはしょうがないだろ」

 ラークオウルは平穏の為に人知れず危険なオーファクトの排除と管理を。
 再神教会は神の教えを世に知らしめる為に人の叡智であるオーファクトを冒涜と称して破壊を。
 繰り返す夜想曲(リピートノクターン)は自らの享楽の為に混乱をもたらさんとする手段としてオーファクトを求める。

 全くもって妥協点の見つからない三大組織が国や世界を舞台に動いているというこの状況。
 事情を知らない人間からすれば世が乱れているな、という程度の認識になるだろうが一気に知る機会が増えたアルセスにとっては見えている以上に広い世界の表と裏についていくだけで精一杯であった。

「まだまだ知らないことが山程あるなあ」
「何ですか唐突に?」

 ティエナが可愛らしく小首を傾げながら――しかし若干距離を詰めるようにしてアルセスの隣に座りなおす。その行動に果たして何の意味があったのかはさておきアルセスは気にした様子もなく話を続ける。

「いや、本アジトから出て許可の下りてる範囲で動くのが許されてからある程度は世界を見て回ったつもりだけど、次から次へと知らない事実が出てきてさ。前に親父達と世界を回ったのは本当にさわり程度の内容だったんだなーって今更気づいたよ」
「はぁ……何を言い出すかと思えば。そんなもの当たり前でしょう。訓練中に基本的な国を回ったとはいえ、わたし達が回ったのってそれぞれの国の首都くらいでしょう? 無駄に版図だけは広げている人間の世界だけ見ても大した物は見ていないのに、わたし達の時代の事まで知ろうとしているアルセスからすれば、知らない事だらけなのなんて当たり前じゃないですか」
「そうなんだけど、俺はそれを頭で分かってても実感できなかったというかさ。こうしてだだっぴろい平原を見てもああ、世界ってこんなに広かったのかって」
「何でまた急に」
「さっぱり手応えが無いからさ。ウェバルテインの事については全然分からない事ばっかりっていう状況だろ。でもこうして普段は意識しないような仕事をしてると思うんだ。何も分からないって焦るには早すぎる。そもそも俺はまだ何も知ってないじゃないか――世界が広いってことをさ」
「うわっ、本当にすごい今更なことでアルセスが悩んでました。全くもう……そんな当たり前の事、もっと早くからちゃんと認識しててくださいよ」

 呆れたように言うティエナだったが、アルセスはその広大さを改めて実感したのである。
 ティエナの抱える問題の解決策の為の調査が思うように進まず、少なからず焦りを感じていたのだがそもそも自分はそんな領域にすら立っていなかった。
 まずは世界地図に映る全てを自分の足で踏破でもしてからではないと悩む資格すらないと。

「ですがまあ、そうやってアルセスが焦ったのはわたしがらみの事ですからね。うん、それはオーファクトとしては素直に喜びましょう。そのくらい道具に入れ込んでくれる人ではないとこの身体を預けるに値しませんからね!」
「そして唐突に凄い理由で嬉しそうになったなティエナ」
「う、うううう、嬉しそうになんてしてません! 喜んだだけです!」

 しかしそうやって怒鳴るようにして否定するティエナは満面の笑顔だ。
 心で怒って顔は笑っている、などというレベルではない。正真正銘の喜色満面の笑顔なのだが強い発言はそれを否定している。
 一体どういう事なのか、とアルセスが判断に悩むほどだ。

「違いが分からない……」

 彼女との長年の付き合いになるアルセスでさえ、時折不安定になるティエナの発言は理解の範疇を超えることが度々ある。もっともアルセスはそれも含めてティエナを好きでいるのだから何の問題もないのだが。

「もしかすると少しは落ち着けって遠回しに義母さんは言うためにこんな依頼をよこしたのかなあ」
「んー、どうでしょう。それだけが目的じゃなくて、どうせなら一回で二つも三つも美味しい仕事にするほうがいいわよねー、って考えたような気もしますが」
「……まあ義母さんならそれも考えられるか」

 あれで周囲を見る目は鋭く、なおかつ頭も回るのだ。
 アルセスも度々その片鱗を見せ付けられているが、娘達にもその聡明さが受け継がれている事からフィオネの本気はどれ程なのか、想像するしかないのだが一番敵に回してはいけない人物だ、というのは心底身に染みていた。

(助けられてるなあ、俺は周りの人間に)

 しかし、それを幸福とは思っても情けないなどとは露も思わない。未熟ではあるとは自省するがそれは日頃からの癖のようなものだ。強力なオーファクトがあるからこそ驕らない、というのはアルセスがウェバルテインを手にした時から自らに課してきた前提である。それを忘れれば、自分は遠からずこの世界にとっての災厄にすらなりかねないとまで怖れるほどに。
 こうして大事な初心を思い出せた事も義母には感謝しかない。無意味な背伸びなど不要。アルセスは伸ばせる手は伸ばし、掴める手は掴む。その選択の基準は己がその手を信じられるか否か。

 そうでなければティエナを真の意味で解放するなどという大仰な目的は達せられまい。古のオーファクトの深奥に迫るような内容なのだ。自分の手でだけで解明するなどとおこがましいことを彼は口にしない。

「さーって! 義母さんのお陰で気分転換も出来たし、とっとと王都に戻ろうか。急がないとランチが終わる時間になりそうだしな」
「毛皮はどれくらいになるでしょうねー。まだちょっと需要の時期には早いですから安く買い叩かれますかね?」
「どうかな、ストックしておきたいって店は多そうだが……その辺はうちの売買担当に期待するか」

 大きく伸びをして立ち上がると、アルセスはティエナを伴って平原を駆け出す。
 その速度は一時的に強化された身体能力によって車を越える速度で見る見る間に王都への距離を縮めるほど。
 未だ道は入り口すら見えない深い霧に覆われているが、立ち止まるつもりなど微塵もないという気概に満ちているアルセス。
 そんな彼の背中を熱い視線で見つめるティエナは恋する少女の眼差し。その想いはきっと困難に立ち向かう少年の力となる事を思わせる。

 二人の旅はまだまだ始まったばかりなのだ。

もうちょっとだけ続くんじゃ(お約束

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